第308話 北の災禍と黒炎の精霊篇② 幕間・パっと光って咲いた大輪の花〜特産品を作る龍神様・後編
*
「これで最後です」
「お、おう……おめえなかなかやるじゃねえか」
「うす」
僕が『星』が入った最後の一箱を持ってくると、工場長さんは若干驚きながらそう評してくれた。白髪交じりで日焼けした肌が特徴的な、典型的な働く中高年といった感じのおじさんだ。
花火工場は麓の町から山道をずーっと上った中腹くらいにポッカリと空いた台地に作られている。周りは高い木々で遮られ、麓の町を見下ろすことは適わない。周囲にはコンビニなどあるはずもなく、週に一回補充にくる自動販売機が一台あるだけだ。
「星ってどれくらい乾燥させるんですか?」
「ん? ああ、今日くらい天気が良ければ午後には一旦しまうわ。この辺とか表面が白く粉吹いてきたべ。これが全体に広がったらもう大丈夫だ」
「なるほど……」
僕は工場長の話を聞きながら、火薬の練り物である『星』に目を凝らす。
星に添加されている元素はアルカリ金属とアルカリ土類金属。これらの炎色反応が色鮮やかな花火になるのだ。
さて、いい加減説明せねばなるまい。何故僕が地球は日本で花火の製造工場で働いているのかというと、晩餐会の夜に披露した花火が思いのほか好評だったためだ。
魔法を籠める前の黄龍石には宝飾品に適した3〜1等級と、それに適さない6〜4等級が存在する。
産出する課程でそれらはランダムに出てきてしまい、3等級以上の産出量より、それ以下の産出量の方が圧倒的に多い。
4等級以下の黄龍石を利用して、炎と土の魔法を籠めたものが、マクマティカで偶然誕生した『魔法花火』である。
ウーゴ商会エストランテ支店には宝飾品の他に、「あの夜空に光った魔法の黄龍石は販売していないのか」という問い合わせ――しかも貴族や領主の代理という商人から――がいくつもあったという。
その報告を受けた僕は「あれ、これ商売にできるんじゃね?」と思い至り、本格的に花火の製造に着手することにしたのだ。
その上でまず最初にしなければならなかったのは、花火それ自体のクオリティを高めることだった。
実を言うと晩餐会の夜に王宮の上空を彩った花火は、形も大きさもバラバラの、日本の花火を見慣れた僕からしても正直しょぼい出来のものだった。初めて目にした人々はそれでも喜んでくれたのだが、僕の満足には程遠いものだった。
硫黄島でサランガの融合群体相手に注意を引きつけるときには、花火の綺麗さなど関係なかったが、やはり人の目を楽しませるなら日本式の美しい花火を再現したいと欲が出てしまったのだ。
鉄は熱いウチに打てと。
客のニーズ、そして僕のやる気。これらが噛み合った今しかないと思い、連日の会合と調整で忙しかったにも関わらず早速僕は行動に移した。
地球へと降り立ちピッポッパ――とスマホを操作。こういうことならやっぱり彼女を頼るしか無い。誰かって? もちろん御堂財閥の百理さんである。
俺は百理に花火の製造工場を見学できないだろうかと相談してみたのだ。ところが彼女から返ってきた答えは意外なものだった。
『タケル様、もちろんタケル様のためならば、御堂が持つコネクションから喜んで紹介させてもらうのですが――でもまさか、日本の伝統技術を見て盗んで、そのままお金儲けに利用しようというのではありますまいね?』
「やだなあ、そんなことあるわけないよ!」
はっはっは――電話越しとはいえ、百理の逆鱗の一端に触れた気がして肝が冷えた。でも現実は、僕の予想からすれば意外なだけで、言ってることは至極当然のことだった。
というわけで僕はまさか見学だけさせてくれとは言えず、最低でも一ヶ月間ほど、百理の伝手がある製造工場でタダ働きをしながら花火づくりを学ぶことになったのだった。
夏に各地で行われる花火大会に向けてフル稼働中の製造工場は大変忙しく、働いた経験すらなかった僕にこなせるか不安だったが、魔族種特有の体力と、あとここ一年あまり色々なことを経験してきたので、正直それに比べればさほど大変とも思わないようになっていた。元ニートも成長したもんだと思う。
花火作りの製造課程は大きく分けて四つある。
配合の工程。
星の元となる火薬に、炎色反応の元となる金属元素を混ぜていく工程だ。例えばリチウムなら濃い紅色、リンなら淡い青色、ナトリウムなら黄色といった具合だ。
成形の工程。
現在行われている星作りがここである。調合した火薬に水を加えて細く切り出し、深いボウルの中に入れて火薬をまぶしつつ太らせていく。天日で乾かしてまた太らすを繰り返す作業だ。
組み立ての工程。
星が出来たら玉皮と呼ばれる半球形の入れ物に星を並べていき、中心には割火薬を入れ、それをふたつ球形になるように合体してひとつにしていく作業。
仕上げの工程。
組み立てた球形の花火玉の表面にクラフト紙を糊付けしていき乾燥させる作業。これを何度か繰り返し、規定の玉の大きさになるように紙の貼付けを調節していくという。
そうしてようやく完成した花火玉を――あと二万発作るというのだから気が遠くなる作業である。
去年末にサランガ災害が発生し、世間は正月どころではなくなってしまった。春を過ぎても自粛ムードは続き、バレンタインやお花見、ゴールデンウィークもほとんどないも同然だった。
ここらでひとつ、弔いという名目で暗い雰囲気を打破しようと、各地では特に夏の祭りに力を注いでいるらしい。その目玉となるのが、夜空を飾る打ち上げ花火なのだった。
「成華、おめえ今いくつだ?」
「16です」
「学校は?」
「今行ってないです」
「なんでだ?」
異世界で王様してるんで――などとは言えるはずもなく。
働いてる方が性に合ってて、などと心にもないことを口にする。
「ならここに就職すっか?」
「え――?」
突然の勧誘に僕はビックリしてしまった。
工場長さんは火薬がついて爪まで真っ黒になった手をパンパンと叩きながら、一面に広がる星の乾燥台を眺めていた。
「おめえさん、火薬の調合の時も随分熱心に見てたわな。花火づくり興味あるんだべ。えれえ力っこさあるし、うちはいつでも歓迎だぞ」
「は、はあ」
やべえ。まさかこんなこと言われるとは予想してなかった。
僕が就職だって? いやいや、ニートだよ僕。元だけど。
なんと返答したものか迷っていると、工場長さんは「まあ、冗談だ」と言った。
「社長から聞いてる。なんかスポンサーさんの紹介で来たんだべ。このクソ忙しいどきに素人の面倒なんぞ見れっか、って思ってたけど、単なる力仕事だけさせておくのは惜しくなってな。まあそれだけだ」
「いえ、気持ちは嬉しいです」
思えば日本に居て何かいっぱしに認めて貰えたことなんて初めてかもしれない。もし僕がセーレスやエアリスにも出会わず、異世界なんて知らない単なるフリーターだったら、かなり心揺れる誘いだった。
「お、やべえ。雨っこ来る」
「え――?」
空は大快晴なのだが、確かに風に乗って水の魔素が僅かに漂い始めている。ただの人間がどうしてわかったのだろう?
「三十年もここで仕事してだら嫌でもわがる。午後にはパラっとくるわ。早いとこ仕舞うど」
「うすっ」
果たして工場長の言うとおり、午後には黒雲が空を覆い、ザッと結構な雨量が降り注いだのだった。
*
花火の製作工場で働いた経験は魔法花火の作成に大いに役に立った。
花火の作成に必要な材料を全て魔法に置き換えることで、日本式花火の再現に成功したのである。
火薬は魔力を付加した炎の魔素であり、各金属元素は土の魔素から精製が可能だ。真希奈というOSを通して作業を効率化しながら、それぞれ炎色反応の異なった『星』をドルゴリオタイトで作成し、それを半球形の玉皮に敷き詰めて合わせれば完成である。
僕は昼間は地球の花火工場でバイトを行い、夜になれば魔法世界に返って花火の試作品を作るを繰り返していた。実際に空に打ち上げなくとも、真希奈の完璧なシュミレート映像をスマホで確認しながら、最適となる魔素と金属元素の調合を導いていった。
そして――――
『えー、本日はお集まりいただき感謝する』
僕は鎧姿のまま、居並ぶ全員にやや畏まりながら第一声を述べた。
ここは我竜族が現在急ピッチで港を建設中の現場近く、ルレネー大河川のたもとである。
一日の仕事を終えた我竜族の面々やダフトンから出向してきた建築指導員の魔人族や獣人種も多数、焚き火を囲みながら食事をしており、遠巻きに僕らを見ている。
「見せたいものってなーにタケル?」
集まってくれたのはセーレスとエアリスを始め、セレスティアやアウラ、オクタヴィア(幼女)と前オクタヴィア。さらにミクシャ・ジグモンドとその親衛隊が多数に加え、本日たまたま現場に来ていたパオ・バモス氏とホビオ・マーコス氏の姿もあった。
『タケル様の修行の成果を見せるときがきたのです!』
僕より以上に興奮気味なのが真希奈(人形)だった。
パタパタとせわしなく僕の頭上を飛び交っている。少し落ち着け。
「エストランテから輸入するばかりじゃなく、うちから輸出する商品に成りえるかもしれない特産品を作ってみたのでこれから披露しようと思う」
おお〜っと全員がどよめく。
「タケル様がお作りになったのですか?」
質問はパオ・バモス氏だ。我竜族への技術指導員の選出は主に彼が行っている。
「しかし、タケル様しか作れないようなものでは特産品といえないのでは……?」
最もなことを言うのはホビオ・マーコス氏。自警長の経験を活かし、我竜族内部の治安維持と警備員の教育を一手に引き受けてくれている。
『確かにこれらはドルゴリオタイト――魔法を付加した黄龍石を使用している』
僕は一抱えもある球形の魔法花火――二尺玉だ。直径は60センチにもなり、重さもかなりのものだ。
『だが魔法が介入するのは配合課程までだ。組み立ての工程は手作業で行うため、仕事として斡旋することができると思う。まあ、取り敢えずはどのようなものになるのか見てもらうのが一番早いだろう』
僕は土魔法で作成した20号用の打ち上げ筒の中に、抱えていた二尺玉魔法花火を導火線を下にして入れる。『離れて――もっと離れて』と全員を下がらせたあと、いよいよ緊張の瞬間がやってくる。
シュミレーションは何度もこなしたが、実際にやるのはこれが初めてだ。失敗したらかっこ悪いことこの上もない。
『タケル様、魔法花火は完璧です。真希奈が保証しますです!』
愛娘から太鼓判を押されて肩の力が抜ける。
僕はパチン、と指を弾き、小さな火種を手の中に出現させると、それを打ち上げ筒の中に落としてやる。
筒の底には打ち上げ火薬である炎の魔素を付加したドルゴリオタイトの粉末を敷き詰めてある。投げ込まれた火種によってそれが小爆発を起し、生み出されたガス圧で『ボシュッ!』っと二尺玉は導火線に火がついた状態で勢い良く上空へと打ち出された。
「おおッ」
と全員が声を上げ、首が痛くなるほど空を見上げている。
星々が瞬く漆黒の空に、導火線に火がついただけの小さな火種が吸い込まれていく。
そして――
「わッ」
声を上げたのはセレスティアか。
上空500メートルにまで達した二尺玉は、突然パッと大輪を咲かせ、次の瞬間遅れて『ドンッ!』という炸裂音が轟いた。
向こうで馬鹿騒ぎをしていた我竜族や魔人族、獣人種が唖然としながら空を見上げている。
そして僕の目の前にいる全員も同様に驚愕に目を見開いていた。
「すごい……」
「美しい……」
セーレスとエアリスがポツリと呟いた。
それぞれの腕に抱かれているセレスティアとアウラなどはポカーンと大口を開けたまま固まっていた。
『どうやら上手くいったようだ』
僕が魔法花火で再現したのは、日本式の『菊花火』である。
これは着火した星が尾を引きながら、中心から全方位に広がる花火である。
炎色反応は橙色。ストロンチウムを入れてある。
『お次は牡丹花火だ』
僕は別の打ち上げ筒に二尺玉を入れ、火種を投げ込む。
『ボシュッ!』っと打ち上がった花火は、今度は星が尾を引かない牡丹花火だ。
花火が二重構造になっており、中心には先程と同様ストロンチウムの橙色。そしてその周りをグルリとナトリウムの黄色い花弁が取り囲んでいる。
――ドォンッ!
やった。どっちも成功した。
魔法花火のメリットは通常の火薬よりも耐久性に優れ、経年劣化がないことがあげられる。さらに魔素を使用しているので、実際の重金属粉による環境汚染がないことも特徴だ。正しく使用を守れば、火薬の花火よりずっと安全に運用が可能なはずである。
「タ、タケル殿はこれを特産品にすると……?」
目が点になったままそう聞いてきたのはミクシャだった。
もちろん、とばかりに僕は頷く。
『年に1度か2度。何か大きな祝い事のときなどに、王族や貴族が領地の民たちをねぎらうという形で、これらの魔法花火を数十から数百発打ち上げて夜空を彩る。一瞬で儚く消えてしまうが、それだけ人々の心に残り易く、また心を豊かにしてくれるだろう』
「た、確かに、これはしっかりとした財力がある者にしか作れない……。逆に言えばこれを使って催し物ができる王族や貴族は、豊かさの象徴として内外に喧伝もできる……!」
「それだけじゃない、これほどの美しさだ。ひと目見たいと大勢が集まってくればそれだけで集客に繋がる。ヒトが集まればそこには需要が生まれる――!」
「そうか、食べ物屋などの屋台を出せは爆発的に売れるはず……! ああ、出店を募って出店料を徴収し、売上から税金を徴収すれば、この催しは定期的にできるんじゃないか?」
「そのとおりだ! ああ、そうすれば会場を整備する必要もあるし、厠も作らねば! 警備員もたくさん必要になるぞ……!」
僕を置き去りにして盛り上がり始めたのはパオ・バモス氏とホビオ・マーコス氏だ。ふたりの興奮は半端ではなく、あっという間に『魔法花火大会』の概要を固めて行ってしまう。
やれやれ……でもまあ、ふたりが頑張ってくれれば僕は花火作るだけで、あとはラクができるかな?
「すごいすごいすごーい! お父様超すごいよー!」
「びっくり、した……!」
セレスティアはいうに及ばず、アウラでさえも興奮気味に僕に抱きついてくる。ああクソ、鎧を今すぐ脱ぎ捨てて直に娘たちを抱きしめたいぞ。
「お主、やりおったのう。革命じゃこれは。晩餐会の時に見たものよりも遥かにすごいぞい……!」
オクタヴィア(幼女)は花火に関しては絶賛と言っても過言ではない。
マクマティカの生き字引にお墨付きを貰うと非常に心強いものがあるな。
「ホント、タケルには綺麗なものばっかり見せられてる気がする……」
「まったく、やはり貴様はとんでもないな。私の見立て通りだ」
ああ、これこれ。
やっぱりセーレスとエアリスに褒められるのは格別だ。
どんな誰からの賞賛よりも、やっぱり僕はこのふたりを喜ばせたいから、色々と柄にもない努力や頑張りをしてしまうのだろう。ひとりで部屋に閉じこもっていては決してわからなかったことである。
僕は鬼面の下でニヤニヤと笑いながら、さて次はどんなことをしてふたりを喜ばせてやろうかと考え始めるのだった。
続く。
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