北の災禍と黒炎の精霊篇

第307話 北の災禍と黒炎の精霊篇① 幕間・パっと光って咲いた大輪の花〜特産品を作る龍神様・前編

 * * *



「おーい成華、さっさともってこーい!」


「はーい、ただいまー!」


 ここはとある山の中。

 青々と茂った赤松の木々が抜けるような青空を削るようにそびえ立っている。


 ジワジワとした熱気が立ち込めるも、森を素通りした風はどこか涼を感じさせる。

 それでも、夏の日差しだけは容赦なく僕を照りつけてくる。


「よいしょっと……はい、お願いします」


「お、おお。おめえ見かけによらず力っこさあるなあ」


「ども」


 僕がクリーム色の番重ばんじゅう――四角い運搬容器を三段に重ねてもってきたのは『星』と呼ばれるものだ。


 調合した火薬に水を加えてさらに練り、細く棒状にし切断したものを『切り星』と呼ぶ。最初はわずか爪の先程の大きさしかなかった『切り星』に水と火薬粉をかけ、手で混ぜ合わせては太らせ、天日で乾燥させてを繰り返す――そうしたものを『星』という。


 そう、僕が今いるのはとある花火工場。

 おっと、もちろん魔法世界マクマティカではなく日本にある日本式花火の製造工場だ。


 今現在夏本番に向けて最盛期を迎えるこの場所で、どうして僕が仕事をしているかというと、それもこれも龍王としての務めのひとつである。いや、本当だよ?



 *



 エストランテの晩餐会から一月の間には色々なことがあった。


 最初に知らせなければならばいことは決まっている。

 ドルゴリオタイトの装飾品が売れたことだ。

 売れた、というよりすでに入っていた予約を消化したと言った方が正しい。


 晴れて、エストランテに支店を出したエンリコ・ウーゴの1号店は、魔法世界マクマティカでは初めてとなるドルゴリオタイトの宝飾品を取り扱う店となった。魔法を込める前の、黄龍石を装飾品に加工しただけのモノが店内にはディスプレイされている。


 魔法を込める前の樹脂光沢のものであっても、連日エストランテに住まう貴婦人たちが押し寄せ、購入を希望していくのだという。


 ただし、購入するためには、オベロン商会とエストランテ王宮への個人情報の届け出が必要であり、さらにそこから地球での加工に加え、護符職人リシーカさんによる呪印が施され、最後に僕やセーレス、エアリスによって魔法が籠められて完成するのだ。


 結果としてドルゴリオタイトの装飾品はかなり高級なものになってしまった。エストランテ王宮とオベロン商会、さらに地球での加工代、リシーカさんの取り分と、加えて僕達の人件費も入るのだから当然だ。


 僕が担当する炎と土の魔法、それぞれフレイムウォールとサンドベールが発動するドルゴリオタイトよりも、精霊魔法使いであるセーレスのウォーターベリル、エアリスのウインドシールドの方が価格は高い。


 彼女たちの魔法が籠められたドルゴリオタイトは最低価格でも1000万ヂルはくだらない。


 ちなみに僕の魔法が籠められたものは100〜300万ほどがせいぜいだ。真希奈は「どうしてこんなに差があるのですかー」とプンスカ怒っていた。


 多分マクマティカのヒトたちに人工精霊なんて言ってもピンと来なかったんだろうな。天然ものは強いよ。


 とにかく。

 ついにドルゴリオタイトの装飾品が僕らの手を離れ、ウーゴ商会エストランテ店を通じて売られていった。カーミラが用意してくれた瀟洒しょうしゃなジュエリーケースに入れられたのは、水の魔法が籠められたウォータードロップ型のペンダントだった。


 買っていったのはヒト種族の王都に属する公爵様で、誕生日を迎える娘への贈り物とするらしい。代理人としてやってきた恰幅のいい豪商が恭しく箱を受け取り、嬉しそうに帰っていったという。


 そして支払われるお金は一旦オベロン商会へ送られ、手数料をウーゴ商会に支払い、オベロンも仲介料を差っ引き、ようやく僕達のところへ来てからも、地球への加工代金、イスカンダルさんへのデザイン料、リシーカさんへの呪印代金などなど、必要経費を差っ引くと、ビックリすることに売上の1/10以下になってしまう。


 それでも1000万ヂルの1/10なのだからかなりの金額だ。この中から生活費を差っ引いて、当分はウーゴがキープしてくれているディーオコレクションの支払いへと当てて行かなければならない。


 そう、もともとお金が必要だったのは、我竜族の現王ミクシャが質に流してしまったディーオの遺品を買い戻すためでもあったのだ。


 だがウーゴは太っ腹なもので、ドルゴリオタイトの商売が軌道に乗るのを見越して、ローン払いで構わないと言ってくれた。つまり、晴れてディーオコレクションは我が家である龍王城に無事戻ってくる運びとなったのだ。


 エアリスの喜びようといったらかなりのものだった。現在彼女はディーオの書斎に山積みになっているコレクションを、家事の合間に少しずつ整理し続けるのが日課となっている。



 *



 さて、さらに大きな事件が起こった。

 僕が治める龍神族の領地ダフトンと、なんとエストランテがこの度、国交を結ぶことが正式に決定したのだった。


 具体的にどんなことが起こるかというと、定期的にエストランテの首都ヘスペリストから商業船がくることになった。つまり、世界中から集められたエストランテの品々がダフトンにも流通することとなる。これはもう国を揺らがす大事件だった。


 急遽、ダフトン側では緊急会議が開かれた。

 メンツは鎧姿の僕と、地区長のパオ・バモス氏、自警長のホビオ・マーコス氏、さらにダフトンの商人ギルド長が参戦し、受け入れ体制を整えるための話し合いが開かれた。


 まず必要なのが商業船を受け入れるための寄港地を整えることだった。

 これは現在ルレネー河のたもとに建国中の我竜族にその役割を担ってもらおうということになった。


 エストランテからの商業船が停泊するための港を作り、船員たちが休むための宿屋や食事処も作らなければならない。


 だが悲しいことに流浪の民だった我竜族にはそれらのノウハウがないため、ダフトン側から測量士と建築士を回し、体力旺盛な我竜族の労働力を借りて、急ピッチで港を建設することとなる。


 さらに宿泊施設や食事処の従業員も育成するため、それも歓楽街ノーバから指導員を選出して教育に当てようということが決まった。


 僕は僕で鎧の機動力を使い、重要な役割を担うルレネー大河川の環境調査に乗り出した。どれくらいの規模の船までなら通って問題ないか、または船が通ることで河川の生態系に影響がでないかどうかも真希奈と協議を重ねていった。


 幾度となく河の上を飛び回り、時には川底に潜って地形調査までしたりと。度重なるシュミレーションの結果、中型規模の船なら問題なく通行できるという結果になった。


 さらに商人ギルド長と話し合い、寄港地である我竜族の街を通じて、ダフトンへと流入することになるエストランテの品々への関税も設けることとなった。


 これは元からあるダフトンの商品を守るためであり、絶対必要な措置だった。今後交易船が運ぶ物品のリストと照らし合わせて、ダフトンにない生活必需品の類い――食料品や油、ロウソクなど生活必需品には低い関税を。嗜好品の類い――お茶っ葉やコーヒーもどきやタバコのようなものには高めの関税をかけることになっていくだろう。


 あとは、ヒトの流れを循環させるため、交易船の船員たちや商人たちに、直接ダフトンまで足を伸ばしてもらえるよう、無料馬車による定期便なども運行してはどうかと提案が出され、実際に検討されることとなった。


 それらある程度話が固まった段階で、我竜族の王ミクシャ・ジグモンドに諸々仕事を打診しにいったのだが――


 話を聞いた彼女は目を丸くしていた。「エストランテってあの……?」と彼女も東の永世中立国のことは知っているようだった。そして、「どうして急にそんなことに?」と聞いてきたので、ここ最近あった話を掻い摘んで教えた。


 エストランテの王子に協力して、王国の政争に加担し、悪の財務大官を失脚させたこと。そして晩餐会の席でめでたく王族と交流を温めたことなどなど。


 まあゼイビスは僕のことを兄弟なんて言ってくるし、弟が戴冠したら、また交易船に乗りたいなんて言ってるので、絶対また龍神族の領地にもやってくるつもりなのだろう。奥さんとあと多分息子か娘を連れて。


 毒殺されかかっていたヘスペリス王は大復活を遂げて精霊娘たち――特にセレスティアを猫可愛がりしている。ベアトリス殿下も魔法王としての僕に一角の尊敬を抱いてくれてるみたいだ。


 まあ色々大変だったけど、世界でも有数の商業国家の王族とコネクションができてしまったことと、あとおまえが流したディーオコレクションも買い戻せそうだし、これからもっとお金も支援してあげられそうだから――と告げると、ミクシャは一瞬グッと口を引き結び、何かをこらえるように息を詰めたあと、目を爛々と輝かせながら身を乗り出してきた。


「やります、やらせてください! そして我が係累達と龍神族の臣民のために働かせてください!」


 僕は大声を上げたミクシャをなだめながら「うむ、よろしく頼むよ」とさも偉そうに言ったのだった。

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