第306話 東国のドルゴリオタイト篇㊶ エピローグ・ノーバの休日〜冒険者ナスカ城下町にて
* * *
それからそれから――
瞬く間に一月が経過した。
弱体化した王宮を磐石に見せるために行われたベアトリス殿下生誕祭は、結果的にその試みを遥かに上回る成果を出してしまった。
なにせ晩餐会の当日に病に臥せっていた王が復活し、行方不明の兄も帰参。悪の財務大官の大捕り物を見せつけ、さらに――魔族種の根源貴族、その最古と最強を冠する白蛇族と龍神族、さらに龍神族が擁する水と風の精霊魔法使い――さらにさらに、その精霊がヒトの形を成して顕現化した姿に加え、天をつく神像であるとか飛竜であるとか……。
とにかくその夜は神話の再現となったとして近郷近在を飛び越えて大評判となった。
世界中から集った賓客達は、己の領地に還るまでの間、再び何ヶ月も時間をかけて、各々の街に滞在し、街の名士や商人たちと酒を酌み交わしながら幾度となく奇跡の夜を語り継いでいく。
まるで真っ白い紙にインクが染みていくように、ジワジワと噂話は広がっていき、世界中の人々の語り草となっていく。そしてそのような面白い話を放っておくはずのない旅から旅の吟遊詩人達は、尾ひれと背びれと胸びれまで脚色した、まさに英雄譚を行く先々で語り継いでいく。
人々の口端に上るのは、不屈の男ゼイビスアス第一王子と、死の淵から復活したヘスペリス王、そしてふたりを信じて耐える健気なベアトリス第二王子。
さらに美しき美姫を二人も従えた龍神族の王と、覗きが趣味の白蛇族の王というものだった。
『なんじゃそれは――!?』
当然オクタヴィアは激怒したが、もう後の祭りだった。
ただ人々の受け止め方は好意的なもので、幼子を擁する家庭などでは「悪いことをしても白蛇様が見てるんだからね!」という決まり文句にまでなっていくことになる。
エストランテ王宮はそれら魔族種や精霊魔法使いとの確かな交流があるとして一層の箔がついていくこととなる……。
*
さて、もうひとつの事柄、ギゼルはどうなったかというと、でるわでるわ悪事の山が。これほどまでの悪業を重ねに重ねて今までよくぞ生きてこられたと思えるほど、真っ黒な人生を歩んできていた。
ギゼルはもともとエストランテのムロレー半島の先端にある漁村に住む漁師の八男坊だった。村は貧しく、ギゼルも口減らしのために幼い身空で商人の元へ奉公へ出されたという。
その奉公先がとても評判の悪いところだったらしく、彼の人格形成が歪んだ原因であるらしい。
生来の頭の良さから頭角を現したギゼルは、十五で元服するまでにその商会で番頭にまで上り詰めたそうだが、それが真っ当な手段ではなく、その頃からすでに盗み、改ざん、恐喝はお手の物だったそうな。
その後、ギゼルはユーノス商会と二対八の盃を交わして親子となる。一部では自分の商会をユーノスに差し出したと後ろ指を刺されたそうだ。
だがギゼルにとってはそれも手段の一つに過ぎなかったのだろう。彼はユーノスでもライバルを蹴落としながら実績を積み上げ、四十路までに大商会ユーノスの番頭となっている。
経済界のみならず政治や軍事の世界にもパイプを作っていた彼は、四十四にして財務副大官、翌年には財務大官へと上り詰めた。
それが幾多の屍と嘆きと悲しみの果てにたどり着いた役職であったことは言うまでもない。
そして、ギゼルの犯した犯罪の片棒を長年一緒に担いでいたのがビアンテという男だった。殆どの場合をギゼルが立案・指示。実行をこのビアンテが行っていたと。
ただ、このビアンテという男、極力犠牲となるものへのケアをしてきたらしい。暗殺を指示されれば、死んだように見せかけ僻地へと逃してやったり、取り潰すように指示された競合他商会にも別の商売を紹介したりと。
全部が全部ビアンテによって救われていたわけではない。
だが、ギゼル財務大官逮捕の報を受け、もう彼に怯えなくて済むと知った、ビアンテによって救われてきた者たちが、一斉にギゼルの罪を告発してきたのだ。そしてビアンテに対する恩赦を同時に懇願していったという。
結局、大商会ユーノスの今日の発展はギゼルの黒い仕事があったためであるとして、ギゼルの自白と罪の整合性を図り、精算が成った時点で、一切の権利を放棄し、エストランテ王宮の管理下に置かれることとなった。
これはユーノス商会という大きな商会が断絶した場合のデメリットを考慮した結果だった。
そして新たなユーノスの番頭となるのはビアンテ・マトー。これまで以上に滅私に徹し、王宮と引いてはエストランテ国民のために尽くしていかなければならない。
幸いにして、彼には彼を支えてくれるお嫁さんが三人もいるらしいので大丈夫だろうとのことだ。うらやましい。
そしてギゼルは――もう一生、自由も光もない暗闇の世界で孤独に生きていくことになるだろう。その罪があまりに重すぎて、比肩する罪状が無いためだ。新たな罪がふいに発覚することもあるために、拘束監禁し、これもまた王宮の管理下に置かれるという。
*
さて、暗めの話はここまでにして明るい話をしよう。
黄龍石――ドルゴリオタイトの扱いについてである。
セーレス、エアリス、前オクタヴィアによって、本人たちの美貌と合わせて世界中が知ることとなったドルゴリオタイトの宝飾品は――結果から言うと、国と商人ギルドが動き出すほどの大騒動となってしまった。
もしドルゴリオタイトの宝飾品が、金を出してでも購入したいと言ってくる者がいたら、その窓口に置こうとしていたウーゴは、ちょっとエストランテから身動きがとれない有様となった。
晩餐会で宝飾品の美しさ、そしてその実用性をまざまざと目撃した王族関係者、貴族、軍事関係者、騎族院関係者、商人ギルド関係者、それら全てがこぞって『是非購入したい』と言ってきたのだ。
ただしドルゴリオタイトの宝飾品は大量生産が不可能なため、すべてオーダーメード。さらに精霊魔法使いであるセーレスやエアリスの守りの加護が付加されるとなると、その値段は大変なものになってしまう。
それなのにもかかわらず、王族関係者と貴族は全員が、軍事、騎族院、商人ギルドもまた数点の購入を打診してきた。
これはハッキリいって大変な事件だった。
黄龍石としての市場価値は大暴落からこっち、ドルゴリオタイトの認知度が広まるにつれて、ほぼ石ころ同然と断定された。
これにて黄龍石の市場流通はなくなり、ほぼエストランテ王宮と龍神族のみの独占状態となってしまった。
さらに、黄龍石に魔法を施し、装着者の危機に効果を発揮するお守りとし、見事な芸術品に昇華させられる技術は龍神族である僕しか有していないため、好き勝手のべつ幕なし販売することが必然禁じられてしまったのだ。
僕は窓口としてウーゴ商会のエンリコ・ウーゴを代表に置きながら、彼を通じて由緒正しき大商会ギルド、オベロン商会を通じてドルゴリオタイトの宝飾品を販売していくことになる。
その際、身分の確かなもの、怪しい出自でないものを精査することも忘れずに行わなければならない。
王族や貴族に対しても毅然と照会ができるほどの権威を持つのはオベロン以外にないのである。
まあ何はともあれ、中間手数料や紹介料などを差っ引かれるのは癪だが、面倒な王族貴族らとの交渉はしてくれるようだし、結局手元に残る売上金は、イスカンダルさんへ支払うデザイン代と、リシーカさんへ支払う呪印代を引いても、まだ大きなものだった。
さらにそこからお金を城下町のダフトンへ回したり、我竜族への支援にも回していかなければならない。
そうやってようやく僕の手元に残るお金は……やっぱり微々たる金額になってしまう。でもまあ、家族が食べてくには十分だからいいんだけどね。
*
「家族かあ……」
僕は今龍王城の城下町ダフトンの繁華街ノーバを歩いていた。
プルートーの鎧姿ではない、久しぶりに冒険者ホシザキ・ナスカとしてのんびりてくてくと歩いているところだった。
『いかがしましたタケル様?』
胸からぶら下げたストラップの先、オーバーテクノロジーであるスマホから真希奈が問いかけてくる。
「いやあ、ようやく落ち着いてきたなあと思ってさ」
晩餐会の夜から一月が経ったが、現在ウーゴはまだエストランテにいる。僕の窓口としてオベロン商会と交渉役をするために、ウーゴ商会のエストランテ支部を作っている最中なのだ。人員の募集と事務所の借り受け、人員指導に三ヶ月はかかるそうだ。
その間にもオベロン商会を通して発注が来たドルゴリオタイトの宝飾品を作成中だ。地球のイスカンダル冴子さんは、デザイン料だけ受け取り、発注されるドルゴリオタイトの加工にはかかわらないそうだ。
もともと彼女は職人気質で、セーレスやエアリスを美しく彩りたいという意欲があって初めて仕事になったのであり、顔の見えない不特定多数のために仕事はしないのだという。しょうがないので、彼女のデザインカットを最新の3Dスキャナーで読み込み、カットは全自動で行うことになった。3Dプリンタの提供や研磨加工はカーミラの伝手を使ってしていくことになるだろう。
護符職人であるリシーカさんは現在ナーガ・セーナの自宅に帰っている。まったく売れない護符職人を廃業し、呪印師として近々ダフトンに引っ越してもらう予定だ。
もちろん娘のケイトの実家も僕の城下町となる。獣人種共有魔法学校の前期授業が終了すれば長い休みになるので、そのとき初めてこちらに来る手はずだ。本人は引っ越しのことを大層喜んだそうな。あと一緒にピアニとレンカも連れてきたい、と熱望してるとか。もういっそ特別教室の生徒全員で遊びにきたら?
『それにしても驚きましたね、ゼイビスさんが結婚してしまうなんて』
「そうだなあ」
現在エストランテ王宮に戻り、ギゼルが抜けた財務大官を務めているのはゼイビスである。ベアトリス殿下が元服するまで財務大官と摂政官を努め、後任を育成しながら、殿下の戴冠を待って再び交易に出るのだという。
王位の座は完全に弟に譲り、そしてゼイビスは自身の人生を歩み始めた。
どうやら殿下の乳母だった女性――ヘラはもともとゼイビスと恋仲であり、将来を誓い合っていたそうだ。
一月が経って、ようやく騒動が落ち着いてきた折りにヤツはオクタヴィア(蛇)を通じて僕達を王宮へと召喚した。
晩餐会も終わったばかりだし、結婚式を身内だけで上げてしまいたい、そして是非僕達にも出席して欲しいというものだった。
『お嫁さん綺麗でしたねえ』
「そうだな」
ゼイビスは自身の私財を投じて僕へエンゲージリングの作成を依頼してきた。
僕もまたイスカンダルさんへオーダーメードをしてもらうべく、ヘラさんの写真を撮影し、この世に一つしか無い、特別なドルゴリオタイト製婚約指輪を完成させた。
そうしてゼイビスは最も愛する女性に精霊の祝福が籠められた守りの宝飾品を贈り、永遠の愛を誓いあった。
あと式の最中に発覚したのだが、たった一ヶ月でヘラさんはおめでたが発覚した。まだまったく見た目は変わらないが、ゼイビスの子供が花嫁の中には宿っていた。
ヘラさんは子供が生まれてたら、ゼイビスから貰った守りの指輪を子供へと贈るそうだ。自分が最も大切な者へと受け継がれていく指輪。それはもしかしたらこの魔法世界で愛を繋いでいく新たなスタンダードになっていくのかもしれない。
『タケル様の花火も祝砲として評判でしたね』
「ああ、まったくだ。これで使いみちがなかった6等級から4等級の黄龍石にも利用法が確立できそうだな」
晩餐会の夜に王宮の上空を彩った色とりどりの花火は、当然市民たちにも目撃され、大評判となった。今後祝いの席や、行事ごとにやりたいという地域や首長がエストランテ王宮へ問い合わせをし、僕へとお鉢が回ってきたのだ。
黄龍石は籠められる魔法はたったひとつ。
でも複数の魔素を込めることができる。
だがそれを小器用にこなすのは普通の魔法師には不可能だ。
理由はふたつ。
そんな細かな魔法を込めるには精霊というOSの介在が不可欠だから。
そして花火を見たことがない者には花火を作ることなど不可能だからだ。
地球で見た色鮮やかな花火を知っている僕だからこそ、想像の翼を広げて、それを真希奈通じて魔法に変換し、黄龍石へと込めることができるのだ。
というわけで僕ははからずも龍神族の王でありながら、花火王などというよくわからない肩書まで追加されることとなってしまった。
「まあなんだかんだでお金になりそうだからホッとしたけどね」
ようやくこれで貧乏生活ともおさらばできそうだ。
今回は本当に疲れた。そして僕の家族――未だゼイビスとヘラさんのように、何かの儀式を経たわけでもない――家族も、本当によく働いてくれた。これは何か褒美を用意しないとなあ……。
僕は冒険者ギルドの扉を開く。
相変わらず一癖も二癖もありそうな冒険者たちで賑わっている。
そしてカウンターに居た職員の女性が、僕の顔を見るなり「あーッ!」と叫んだ。
「何してるんですかナスカさん! もう一ヶ月以上もどこに行ってたんですか!? 魔法師資格をお渡しするって言ってたじゃないですかー!」
そう言って怒っているのはハウトさんだ。そうか、ブロンコ・ベルベディア氏と戦ったあと、すぐゼイビスに正体を明かされ、それから顔を出してなかったか。
「いや、ごめんね。急に知り合いから行商の護衛を頼まれてさ」
「なんですかそれ、冒険者ギルドを介さなくてもお仕事に有りつけるならギルド登録なんていらないじゃないですか!」
「いや、いるって。僕今無職だから!」
両手を合わせて拝んでみると、ふくれっ面だったハウトさんは「しょうがないですねー」と魔法師資格の板金カードを取り出した。
「はい、おめでとうございます! ブロンコ・ベルベディアが認めた1級魔法師の証ですよ。これで冒険者1級のお仕事も受けられるようになります」
「へえ、これが。ありがとう」
「なんだか全然嬉しそうじゃないですね。ウチの冒険者ギルドじゃ1級の魔法資格持ってるヒトなんて初めてなのに。ナスカさんが取りに来るのが遅いから、何度も喜びを擦り合って、みんな完全に飽きちゃった感じですよ」
「僕が居ない間にそんな暇つぶししてたの?」
本人不在の祝勝会を何度もして、みんなもう飽きてるってなにそれ?
「よーナスカ、久しぶりだな! 一杯おごれよ!」
「今の聞いたぞ。一ヶ月も護衛の仕事してたんならたんまり持ってるだろ」
何人か、名前も知らない冒険者たちが馴れ馴れしそうに絡んでくる。
昔の僕なら苦手としていた手合だが、今はもうすっかりそんな気持ちはなくなっていた。
「僕酒は飲めないぞ」
「ああ? ウソだろ!?」
「ホントだ。その代わり飯なら奢ってやる」
懐事情は一月前とは雲泥の差なのだ。
まあちょっとくらい奢ってやってもいいだろう。
ホント貧すれば鈍するだ。
逆にリッチになった途端気が大きくなった気もするが。
「よっしゃ! おまえら聞いたか、ナスカが飯おごるってよ!」
ぶッ! あろうことかギルド内全員に声かけやがった。
待て待て待て。何十人いるんだよ!?
「ナスカさん、ごちそうになりますね。あとギルド証発行代、4500ディーオ様払ってください」
ハウトさんも来るのか。あとちゃっかりしてるし。
バハさんの食堂、こんなにヒト入れたかな?
「そういやナスカ、最近ゼイビスのやつを見ねえんだが、お前知らねえか?」
冒険者のひとりがそう問いかけてくる。
「ああ、国に帰って結婚したみたいだぞ」
「え――!?」
「ウソだろ!?」
冒険者たち――特に独り身の男連中は全員が「裏切り者ー!」と叫んでいた。
「そうだったんですか。あんなにフラフラしてそうな方だったのに、決めるときは決めるんですねえ」
「そうですね。僕も頑張らないと」
思わず口をついて出た言葉。
ハウトさんは「ん?」と首をかしげている。
やばいやばい。突っ込まれる前に僕は誤魔化した。
「僕、一足先にバハ食堂に行って席とっておきますよ」
「え、ちょっと、今のどういう……? ナスカさーん?」
その声に振り向かず、雑多な街を駆ける。
大きな事件が終わりを告げ、そして新たな事件が始まろうとしていた――
【東国のドルゴリオタイト篇】了。
次回、【北の災禍と黒炎の精霊篇】に続く。
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