第305話 東国のドルゴリオタイト篇㊵ 悪の財務大官・裁きの時〜死よりも重い現世の罪

 * * *



 考えろ。

 考えろ考えろ考えろ――――


 今宵この夜この舞台。

 自分は紛れもなく時代の寵児となるはずだった。

 だが僅かな時間で全てが脆くも崩れ去ろうとしている。


 一体どこで間違った。

 どこで階段を踏み外した。


 そうだ。

 あの連中だ。


 そもそも魔族種だとか精霊魔法使いだとか、そんな伝説級の代物が絡んでくるなど反則ではないか。


 ヘスペリス王を治しただと?

 あれに飲ませ続けていたのはイロウレスという、はらわたを炎症させたあと徐々に腐らせていくという毒薬だ。


 デルデ高地の奥地にのみ生息するゾンデの実の未熟な果実からとれる種を乾燥させて粉末状にしたものだ。


 極めて高い毒性とは裏腹にその果実は大変美味であるが、食べ方を知らない者が口にし、ウッカリ種を飲み込んでしまえば、徐々に身体を弱らせ確実に死に至らしめる。それを治しただと――?


 ゼイビスアスは死んだはずだ。

 船上の不意打ちでよしんば生き延びたとしても、一流の暗殺者に狙われ続けて生き延びられるはずがない。思った以上に手こずったことは認めるが、最後には魔族種の領域まで追い詰めて殺したはずだ。


(ん……?)


 魔族種領。

 まさか、その時にはもうすでに龍神族の王に協力を取り付けていたのか――


 ブワッとギゼルの顔面に脂汗が吹き出した。

 どこだ。どこまで知っているのだ――?


 俺が黄龍石を持ち出したことは?

 俺がヘスペリス王を密かに毒殺しようとしていたことは?

 目の上の瘤だったゼイビスアスを亡き者にしようとしたことは?


 知らないはずだ。

 知り得るはずない。

 超常の手段でもない限りそんなことは――


 火の玉となって空を自在に飛ぶ龍神族の王。

 天を衝く異形のヒト型である神像。

 遥かな太古に絶滅したとされていた飛竜。

 そして伝説の精霊魔法使いと精霊が形を成したという少女たち――


 ギゼルは動けない。

 何を口にしても全て致命傷になってしまう気がする。

 身体の奥底から得体の知れない感情が沸き起こってきて息をするのも苦しい。


 見下し、蔑み、虐げることばかりで自分ではついぞ味わったことのないその感情。

 自分の全てが音を立てて崩れていく『絶望』と『恐怖』を味わいながらギゼルは全身を震わせていた。



 *



 王宮の中でも広大な面積を誇る中庭が手狭に感じられるほど、そこには主要なメンバーが勢揃いしていた。


 本日の主役であるはずのベアトリス殿下。

 病の淵から蘇ってきたヘスペリス王。

 地獄の底から舞い戻ったゼイビスアスことゼイビス。


 そしてギゼルは死を待つばかりだった半死半生の男と、確実に殺したと思っていた男を目の前に、びっしょりと汗をかいた様子で全身を戦慄かせている。


「ギゼル、貴様よくも――」


 ゼイビスが激甚なる怒気を発する。

 憎いかたきを目の前にして冷静さを失っているようだ。

 僕は今にも飛び出して行きそうな彼の肩を背後から掴んだ。


「ッ、兄弟……!」


『気持ちはわかるがヤツは打ち上げられた魚も同然だ。皆の見ている前で上手に捌いてみせろ』


「……ああ!」


 王族に対してフランクすぎるかもしれないが、僕だって王様だし? ベアトリス殿下には頭が下がるけど、今更ゼイビス相手にヘコヘコするのは抵抗があるのだ。


 ゼイビスは自らを落ち着けるようゆっくりと深呼吸をしたのち、未だ状況を理解していない居並ぶ賓客たちに向けて声を張り上げた。


「お集まりのしゅう、お騒がせしている。俺の名はエストランテ・ゼイビスアス。エストランテ王国第一王子である!」


 その声は弟ベアトリスに勝るとも劣らないよく通る声だった。

 突如飛竜と共に現れた男がやっぱり行方不明と噂だったゼイビスアスだと知り、賓客達はどよめいている。


 しかも豹人族とのハーフだったはずなのに、その頭頂部には根本から断ち切られた惨めなケモミミの痕があるだけなのだから尚更だ。


「俺は半年前、何者かに襲われ瀕死の重傷を負った。一命はとりとめたものの、刺客に追われる日々が続いた。昼夜を問わず、寝食の最中にも生命を狙われ続けた俺は、祖国に背を向けてただ逃げることしかできなかった。何故なら、俺を亡き者にしたい男は、祖国の内部にこそ罠を張り待ち構えていると知っていたからだ!」


 突然始まったゼイビスの告白に賓客たちは騒然としている。

 そして驚愕しているのはヘスペリス王とベアトリス殿下も同じだ。


「俺を殺そうとしていた者の正体こそ、そこな財務大官、ギゼル・ティアマンテである!」


 ビシっと指を突きつけ、ゼイビスは宣言した。

 中庭にいた全ての視線がギゼルに突き刺さる。

 彼は、それでも必死に口元に笑みを浮かべながらフルフルと首を振った。


「な、何を証拠にそのようなことを……、いや、それよりもゼイビスアス様が生きておられて喜ばしい限り。本日はなんとめでたき日で――」


「何故、俺が今まで生き延びることができたと思う? 傷を負った身体で、昼夜を問わずに生命を狙われ続けて、どうして追撃を躱すことができたと思う?」


「そ、それは――、きっと天の差配があったのでしょう。ゼイビスアス様は神がかり的な決断をされる方でしたので、神のご加護が働いたのでは?」


「なるほど。天の差配か。言い得て妙だな。ある意味そのとおりだ。確かに俺には神にも等しき力強い味方が出来たからな」


 言いながらゼイビスはギゼルへと手を差し出した。

 差し出された本人はおろか賓客達も疑問符を浮かべる。

 だが――


『ぶはっ、ギゼルよ、お主いい死に方はせんじゃろうなあ』


「――――ヒッ!?」


 耳元でそう囁かれ、ギゼルは飛び上がった。

 己の首もとを手で払い除けると、まとわりついていたエーテル体の蛇が地面へと落ちる。


「へ、蛇!? いつの間に!?」


『やれやれ、身中の虫になるためとはいえ、このような男の中に潜むのは嫌じゃったわい。事あるごとにメイド相手に盛って盛って。猿かお主は!』


 エーテル体の蛇は芝生の上をシュルシュルと移動しながらゼイビスの足元へ近づく。彼はそっと跪き、蛇を両手の上に載せると、ゼイビスは恭しく掲げて見せた。


「ご苦労をおかけしました。オクタヴィア様」


『まったくじゃの』


 声を上げたのはゼイビスが掲げる蛇ではない。

 僕の首もとに纏わりついたもう一匹の白蛇だった。


『こんな姿でなんじゃがのう、儂はオクタヴィア・テトラコルド。最も旧き根源貴族、悠久の蛇を冠するものじゃ。こうしてエーテル体の眷属を無数に操ることができる。主に覗き――げふん。情報収集のため世界中にばら撒いておるがの。瀕死のゼイビスアスを見つけたのはまったくの偶然じゃったわ』


『そういう意味では、天は初めからゼイビスアスこやつに味方をしておったのかもしれんなあ』


『いやいや、あるいはよほどギゼルという男が嫌いじゃっただけかもしれんぞ』


『違いないわ』


 二体の白蛇は僕の肩とゼイビスの手の上で会話おした後、ケラケラと笑った。初めて見る者には異様な光景に映るかもしれないが、何の事はないオクタヴィア自身が一人芝居をしているだけだ。


 だがそんなこととは知らないギゼルは、己のしてきたことが初めから筒抜けだったことをようやく悟ったようだった。ゼイビスは尚も続ける。


「俺はオクタヴィア様の導きにより刺客を躱しながら、貴様の野望を打ち砕いてくれる男を訪ね魔族種領へとたどり着いた。そこで出会ったのがこのタケル・エンペドクレスだったのだ――!」


 バーンと効果音でも出そうなシーンだと思った。

 うん、正直こっ恥ずかしいや。鬼面で表情が隠れていて幸いした。じゃなかったら身悶えていたよ。


「お、お待ち下さい、何か誤解があるようです。野望などと……そのようなだいそれた事……。ゼイビスアス様はそのような人外の物の怪の言葉を、長年王宮のために身を粉にしてきた私の言葉より信じるというのですか――?」


 おーおー。この期に及んでまだいうか。

 ならば僕もまた一手駒を進めるとしますかね。


『黄龍石の大暴落』


 再び何か口を開きかけたギゼルがピタリと止まった。

 まさかそこまで、といった表情で顔面蒼白にしている。


『ディーオ・エンペドクレスにより、エストランテの初代王オイゼビウスへと献上された我が龍神族の国宝石。貧しく苦しかった一介の商人オイゼビウスの前に差し出された宝の山は、逆に彼を発奮させる材料となり、本当に一代で王国の礎を築き上げてしまうほどの躍進をみせた。以後、大量の黄龍石は龍神族との友好の証として国庫に封印され、何人も触れることは叶わなかった――はずだった』


「ギゼル……貴様やはりかぁ……!」


 まるで地の底から聞こえてくる怨嗟の声のようだった。現王・ヘスペリスは、病から回復したばかりの痩身でありながら、その瞳に甚大なる怒りを湛え、ギゼルを射すくめている。


『結果的に、国庫を解放することで市場に大量投入された黄龍石により市場価値は意図的に暴落させられ、石ころ同然になってしまった。だがおまえは、最初に売り払った黄龍石の一次金でその石ころをせっせと買い戻し、新たな付加価値を着けて売り払うことを考えつく――それこそが魔法を吸収するという黄龍石の特性を活かした魔法兵器だ』


 ザワっと、兵器という言葉に賓客達の中――特に軍事関係者が反応したのがわかった。


「攻撃魔法を付加された黄龍石は、魔法の素養がないものでも容易に扱える強力な武器となる。実現すれば世界の戦力的な均衡を破壊しかねない兵器となるだろう。だがな――」


『タケル様、こちらになります』


『ありがとう』


 ギゼルの生産工場から奪取してきた大量の黄龍石。魔法を付加された状態のドルゴリオタイトを三粒ほど、真希奈から受け取る。そしてそれは案の定酷い出来のものだった。


『形も大きさもバラバラ。こんな不揃いな黄龍石に一様に同じ魔法を籠めて、それで同じ効果が発揮されるとおまえは本気で思っているのか? 兵器が兵器たる所以は、いつでもどこでも確実に同じ効果で発動することが絶対条件だ。解放の呪印も粗悪すぎる。こんないつ爆発するかわからない危険な代物、とても持ち歩きはできないな』


 賓客の中には、ギゼルの計画に飛びつく者もいるかもしれない。それだけ、一部の才能のあるものによって独占されているのが魔法という『兵器』なのだ。


 もしもそれが誰にでも扱えるようになれば――喉から手が出るほど欲しがる輩は必ずいるだろう。だがそんな輩だからこそ、実戦証明バトルプルーフがされていない粗悪品になど、興味を示すはずもないのだ。


『諦めろギゼルよ。貴様は器ではない。貴様のような小者に操れるほど、世界は甘くはないぞ』


 大望を抱き、そのためには邪魔なものも容赦なく排除する。手慣れた様子からも、彼は今までそうやってのし上がってきたのだろう。だが肝心要の商品開発力がこの程度では、どのみち魔法兵器など売り出したところでクレームと返品、そして報復の嵐だったはずだ。


「ギゼル・ティアマンテ――、己が野望のため王族殺しまでする見下げ果てた男よ。何か申し開きはあるか――!?」


 ゼイビスが最後の詰みとばかりに王手をかける。

 ギゼルの面相は土気色になり、ツヤツヤとしていた黒髪はなんと真っ白になっていた。


 顔に刻まれた深いシワの奥、彼は辛うじて口を開く。


「違う、私はただ王宮のために。ひとり残されるベアトリス殿下のために国を支えようと黄龍石を……。ただ祖国を思ってしただけなのです、信じてください……!」


 これほど証拠を積み上げられてそれでもまだ諦めないのか。

 諦めが悪く生き汚い。本当に始末に負えない男だと思った。

 だがそのとき――


「ギゼル様……もう終わりにしましょう」


 みっともなく釈明を続けようとしたギゼルの前にひとりの男が現れる。

 顔には包帯をぐるぐる巻きにした小柄な男だ。あれは――


「貴様、ビアンテ!? 終わりにするとはどういう意味だ!?」


 ビアンテと呼ばれた男はその場で包帯を取り払っていく。

 その下から現れたのは――なんのことはない、冴えない一人の男の顔があるだけだ。


 だが、その面相を見て、ギゼルは大いに動揺した。


「き、貴様、その顔は――何故!?」


 本人にしか窺い知れない事柄に驚愕するギゼル。

 ビアンテと名乗った男は、僕らに忠礼をするため、深々とこうべを垂れた。


「私はユーノス商会番頭、ビアンテ・マトーともうします。恐れながらやんごとなき方々に申し上げます。私は財務大官ギゼル・ティアマンテの犯罪行為の片棒を長年担いで参りました。すべて私が証言します」


 ギゼルはもはや言葉もないようだ。

 ついに真っ白くなった髪がハラハラと抜け始めている。

 顔色も次第にどす黒く変色したものになっていた。


「真かビアンテとやら。恩赦がされるとは限らん。貴様も罪は免れぬぞ」


「もちろん、覚悟の上でございます。厳罰を望みます」


 何事か、オクタヴィアから耳打ちをされたゼイビスが強い口調で言う。ビアンテはただ静かに、全てを受け入れているようだった。


 と、いつの間にか、ギゼルの背後に王宮の兵士たちが近づきつつあった。

 話の流れから考えてギゼルが大罪人であることは明らかだ。

 ギゼルは変わり果てた姿でうつむき、ブツブツと何かを呟いている。

 兵士のひとりが、やにわにギゼルの腕を取る。その途端――


「ああああああああああッッッッ――――!!」


 茫然自失としていたギゼルが烈火の如く暴れた。

 焦点を失った瞳で手足を振り回すと、兵士の腰から剣を引き抜く。

 そしてそのまま猛然と中庭を走った。


「どいつもコイツも俺の邪魔をしやがってえええ――! そんなにこの魔法兵器の威力が見たいか!? いいだろう、見せてやる! 全員道連れにしてやるらあああああッッッ!!」


 ギゼルは黄龍石が詰まった木箱に剣を振り下ろす。

 おそらく強い衝撃を与えただけでも容易に魔法が発現するのだろう。

 それが木箱全ての黄龍石を巻き込んで炸裂すればどれほどの被害になるか。

 今中庭にいる者は全員巻き込まれるだろう。だが――


「イーヒッヒッヒ! 死ね死ね死ねええええええ――――…………あ?」


 破壊された木箱から黄龍石が溢れ出る。

 それにいくら剣を振り下ろそうが、内部に付加された攻撃魔法は一向に発現しなかった。何故――


『愚か者め。貴様の好きにさせると思ったか』


 僕が展開した魔素分子星雲エレメンタル・ギャラクシー――キラキラと極彩を放つ四大魔素励起状態のフィールドが、木箱の周辺を包み込んでいた。


 黄龍石に封印された魔法は全て、その魔素を抜き取られ無効化されていた。


「取り押さえろ!」


 ゼイビスの号令一下、四方八方から殺到した兵士たちにより、ギゼルは押しつぶされ、もみくちゃにされながら拘束される。


 夢も希望も野心も何もかも――一瞬にしてすべてをなくしたギゼルは、もはや禿頭に成り果ててしまった頭を項垂れさせた。


「簡単に死ねると思うなよギゼル……。貴様が今まで重ねてきた罪をすべて自白するまで――いや、した後も生き地獄が待ってるぜ……!」


 ゼイビスの発したその言葉が、ギゼルの心を完全にへし折った。

「立て、歩け!」と怒鳴られながら連れて行かれる。

 それを見送る僕に、肩の上のオクタヴィアはそっと囁いた。


『実はギゼルの中にはもう一匹眷属を忍び込ませているでな。死なせはせんし、正気も失わせんよ。むしろ彼岸に渡ろうとしたら強制的に連れ戻してやるわ。ほんに生き地獄じゃろうなあ。狂いたいのに狂えないというのは――ほほ!』


 オクタヴィアは楽しくて楽しくてしょうがないとばかりにユラユラと身体を揺すっていた。


 ふと――ゼイビスの方に目をやれば、ヘスペリス王とベアトリス殿下と、家族の抱擁を交わしていた。半年以上ぶりの再会になるのだから無理もないことだろう。


 ことの一部始終を見ていた賓客たちは、そんな親子兄弟の姿に惜しみない拍手を送っているのだった。


「兄弟――いや、龍神族の王タケル・エンペドクレスよ」


 ひとしきり家族の再会を果たしたゼイビスがキリリと真剣な表情で僕を呼んだ。


「此度のことは本当に世話になった。ディーオ・エンペドクレスに続き、またしてもエストランテは龍神族に大変な恩を受けてしまった」


『やめてくれ。お前にかしこまった喋り方をされると背中が痒くなる。いつもの軽薄で酒浸りで女にだらしないおまえに戻ってくれ』


「おまえな……俺にも立場ってものがあるんだぞ?」


 ゼイビスは険がとれた朗らかな笑みを浮かべていた。


「余からも礼を言わせてほしい」


 その後ろから現れたのはベアトリス殿下だ。

 彼もまた張り詰めていたものが消え、今は子供らしい快活な笑顔になっていた。


「エストランテの危機と、そして兄上を救ってくれて、誠に感謝しておる。タケル・エンペドクレス王、そしてオクタヴィア・テトラコルド王。ありがとう――」


『いいえ殿下、もったいないお言葉です』


 僕は小さな殿下の前に跪き、静かに首を振った。


「おい、俺と態度が違くないか?」


『しょうがないだろう。お前の弟すごすぎるんだから。お前よりきっといい王様になるぞ』


「それは間違いない」


 自分で言いながらゼイビスは吹き出した。

 僕も鬼面の下で笑った。なんだかこんな風に誰かと笑い合うのは初めてかもしれない。そう思った。


「タケル・エンペドクレス王よ、此度の働きに対し、何某か礼がしたいのだ。何か望むものはあるか?」


 ベアトリス殿下がそんなことを言ってくるので、僕はちょっとした悪戯を思いつく。


『では殿下、あちらに転がっております黄龍石を幾つかいただけますか?』


「む? あれは魔法が封じられているのでは……?」


『いいえ、今はもともとの、魔法を吸収する前の希少石に戻っております』


「それならば構わぬが。そなたにとっては見慣れた石ではないのか?」


 僕は真希奈が運んできてくれた数十個の黄龍石に魔法を込める。

 そして全身をたわませると、渾身の力を込めて空へと放った。


「これは……!」


「こりゃあいいな! 粋なことをするじゃねえか兄弟!」


 僕が籠めた魔法は、何の事はない、炎の魔素と土の魔素である。

 ドルゴリオタイトとなった内部で炎色反応を起こしたそれは、色とりどりの炎を夜空に咲かせる花火となった。


『なんじゃこりゃあ! お主天才か! こんな見事なものを創り出すとは――!』


 オクタビアが絶賛している。

 いや、こんなの、日本の本物の花火に比べたら子供だましレベルなんだけどね。


 ベアトリス殿下も、ゼイビスも、そして賓客たちも皆、首が痛くなるほど夜空を見上げている。そして思う。あれ、この世界に花火ってないのか。そうか。これもビジネスチャンスになるかも……。


 などと考えながら僕は、初めての花火を目撃して、すっかりテンションが上ってしまった賓客たちを前に、数百発はくだらない大輪の花を空へと打ち上げ続けるのだった。


 続く。

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