第304話 東国のドルゴリオタイト篇㊴ 名乗りを上げる龍神様〜精霊・神像・飛竜一堂に会す

 * * *



 夜空を彩るふたつのムートゥ。

 だが実は三番目のムートゥが存在する――かもしれない。

 三つの月の共演サントラ・フェスタ


 用例――お前があの子に好かれるなんざ三番目のムートゥを拝むよりあり得ない。


 一夜にして沈んだと言われる超大陸オルガノン。

 それが再び一夜にして蘇ること。

 復活せし超大陸アンコール・オルガノン


 用例――再起の芽はなくなりました。私達が再び日の目を見ることは、超大陸オルガノン復活することより難しいでしょう。


 それらふたつの事象は、魔法世界マクマティカにおいて『あり得ないこと』の代名詞としてよく使われる言葉だ。


 そのふたつに並び称される『あり得ないこと』がもう一つある。

『空を自由自在に飛ぶこと』。


 幸いにしてこの世界の住民には、風の魔法が授けられている。

 膨大な風を生み出し、自身の重さを打ち消すほどの浮力が得られれば、確かに空を飛ぶことは可能だろう。


 だがいまだかつて、誰ひとりとしてそれを成し得たものはいない。

 想像していた以上に空を自在に飛ぶということは難しい行為だった。


 自身を持ち上げられるほどの風が生み出せなかったり、強風を生み出したはいいが、それに自分の身体が耐えられず大怪我をしてしまったり。


 鳥の翼を模した補助具を使って飛び上がったはいいが、真っ逆さまに落ちてしまったりと――


 風の足場を踏みしめて空を移動する術が発明されてからは、めっきり人々の空への憧れは減じてしまった。


 いつしか空想の産物として語られることが当たり前となり、サントラ・フェスタ、アンコール・オルガノンと同じく『あり得ないこと』の代名詞となってしまった。


 あるいは伝説を紐解けば――嘗て風の祝福を得た精霊魔法使いだけは、まるで大空を行く鳥のように、自由自在に空を飛ぶことができたという。遠い遠いおとぎの世界の話だ。


 ――ならば今、人々は伝説を目にしているのか。

 全身に鎧を纏った男が、さながら流星のように長い尾を引き、夜空に巨大な光の輪を描いている。そして、小さく切り取られたこの中庭に目掛け、箒星のように墜ちてくる――


 箒星の下にいるのは美しい少女。

 喉元に輝く藍色の首飾りを着けた大国の姫君。

 誰かが叫ぶ。勇敢な騎士が走り出す。

 だが遅い。何もかもが間に合わない。


 目を灼く閃光。

 耳をつんざく爆発音。

 そして衝撃。

 それら全てが、賓客たちに襲いかかった。 




 * * *




 星空――王宮――中庭――レイリィ――


 僕の視界が一瞬で捉えたそれら。

 自身をさながら砲弾のようにして、渾身の一撃をたったひとりの女の子へと叩き込む。次の瞬間――――


 堅牢強固な水のドームが立ちふさがり、炎を吹き上げる僕と拮抗する。

 水のドームの表面には波紋が沸き立ち、僕の拳をはじき出そうと密度を増していく。僕はさらにさらに炎を吹き出しながら、推進力の全てを拳撃に込めていく。


「おおおおおおおッッッ――――!!」


 水のドームの光量が臨界に達する。

 凄まじい濃藍の光が視界の全てを覆い尽くし――フッと手応えが消えた。


 僕は瞬時に拳を引き、全ての魔法を解除する。

 慣性に従ってオーバーフライングしながら地面を削り、拳を突き立てて急ブレーキをかける。


 立ち上がり振り返れば、見事な庭園だった中庭は嵐が通り過ぎたあとのようになっていた。


 整然と立ち並んだ庭木は衝撃の余波で葉を散らしたり枝をバキバキに折った有様になっている。石畳は全て吹き飛び、芝生は着弾地点を中心に真っ黒に炭化していた。


 だが――レイリィ王女だけは無事だった。

 もうもうと立ち込める水蒸気に囲まれ、両手を広げたポーズのまま固まっている。

 ズシンズシン、と僕は足音を響かせながら、彼女の元へと進んでいく。


『レイリィ王女、無事ですか?』


 背後から近づいた僕は、ひょいっと彼女の顔を覗き込んだ。

 そこには、虚空を見つめたまま動かない彼女がいた。

 おいおい。


『レイリィ王女、しっかり!』


 目の前で手をヒラヒラさせても駄目で、思い切って肩を揺さぶってみる。


『おい、レイリィ!』


「は――ッ!」


 まるで息をすることも忘れていたというように、彼女は大きく息を吸い込み「ぶはッ」と咽た。しばし「げほ、ごほッ」と咳き込むので、その背中を擦ってやる。


 そうしていると彼女は「くふ、ふふ、ふふふふふ、あはははははははッ――!」と哄笑しはじめたではないか。


「あっははははは、ははははっ!――――……あー、楽しかった!」


 ガクン、と僕はコケそうになった。

 彼女は目尻の涙を拭いながら、腰砕けな僕を見つめてくる。


「なんだか私、一度死んで生まれ変わった気分ですわ。ふふふ――」


 あれだけの目に遭ってそんな言葉が出てくるなんて、本当にアンタ大したもんだよ。


『感服致しました姫』


 僕はぎこちない仕草で一礼する。

 レイリィは「ええ」と頷くと、パキィン――と、何かが砕ける音がした。


「あら、あらあら、首飾りの石が!?」


 藍色のディアドロップが粉々になり、透明な粒子になって解けて消える。

 あとに残るは台座のイミテーションダイヤとシルバーチェーンのみ。

 きっちりと役目を終えて壊れたようだ。


『ドルゴリオタイトの守りの加護も有限です。ですが、隕石の衝突に耐えられるのです。十分でしょう?』


「まったくです。あんな攻撃、あなた以外の誰にできまして?」


 僕は彼女の手を引き、そっと持ち上げる。お姫様抱っこだ。「あら?」とレイリィが鬼面の下、僕の目を見つめてくる。


『失礼、ご無理をされては身体に障ると思いまして』


 別にサービスでもなんでもない。

 口では強がっていても、手足の末端は震えているように見えたからだ。


 もうもうと煙る水蒸気の中を突っ切り、総じて腰を抜かす賓客たちの前に僕らが現れると拍手が――悲鳴のような喝采が湧いた。


 見世物としてあれ以上のものはないだろう。

 レイリィ王女の無事な様子に、イレーネとプリシリアも駆け寄ってくる。


「レイリィ王女!」


「王女はん!」


 僕はレリィ王女を下ろすと、ふたりに預けた。


「無事なのか!? か、身体は平気か!?」


「ホンマに無茶してからにもうー!」


「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。でもほら、この通り五体満足、無事ですわ」


 ふたりの姫君はレイリィ王女の飄々とした様子に胸をなでおろすと、代わりとばかりに僕を睨みつけてきた。


「貴様、後でレイリィ王女にかすり傷一つでもついているのがわかったら許さんぞ!」


「いくら思いっきりやれ言われたからってなんなん自分、あんなん反則すぎるえ!」


 ぎゃいのぎゃいのと、ふたりの姫君は僕を罵倒し、レイリィ王女はそんなふたりをどこまでも優しく見つめていた。


 さて、いい加減決着をつけるときが来たかな――



 *



「見事、見事であったぞナスカ!」


 三人の姫君たちとともにベアトリス殿下の元へと戻れば、真っ先にそのような賛辞が送られた。


『お褒めにあずかり恐悦至極に存じます。ですが今の攻撃により、水の精霊の加護を封じた首飾りは破損してしまいました』


 レイリィ王女がペンダントを外し、殿下へと恭しく掲げて見せる。


「なるほど。一定の攻撃を受け切ると壊れてしまうのだな。だがな、どう贔屓目に見ても、そなたが齎した攻撃を上回るとなれば、嵐でも丸ごと持ってくるしかあるまいよ」


『まさにおっしゃるとおりです。守りの加護としては十分でありましょう』


 ベアトリス殿下は「うむ」と頷き、レイリィ王女へと向き直る。


「レイリィ王女、此度は素晴らしい献上品をありがたく思う。今後はこの首飾りを余のお守りとして、肌身離さず身につけよう」


「過分なお言葉、誠にありがとうございます。ですが、賞賛はどうぞ、これらを用意して見せた彼らにおかけくださいませ」


 王女の言葉に、ベアトリス殿下は改めて僕を見た。


「ナスカよ、その見事なる鎧といい、先程の凄まじき魔法といい、そして自在に空をも飛ぶ術を有するとは。もしやそなたは精霊魔法使いであるか――?」


 ザワッと、殿下の言葉に賓客たちがどよめく。

 ひとたび現れれば必ずや歴史にその名を刻むと言われる精霊魔法の使い手。


 四大魔素いずれかの精霊に祝福を受け、常人では到達できない奇跡を行使するもの。もしやそれが僕なのではないかと殿下は言う。だが――


『残念ながら、我は精霊魔法の使い手ではありません』


 ほおお……、と消沈する賓客達。

 殿下もまた、残念そうに小さな肩を落とした。


「で、あるか。もしやと思ったのだが……」


『ええ、よもや本人たちを目の前にして精霊魔法師を名乗るわけには参りません』


「うん?」


 僕は背後を振り返り、セーレスとエアリスへ目配せする。

 ふたりはしゃなりしゃなり、とドレスの裾を軽く持ち上げながら、僕の両隣へと並び立った。


『改めて紹介させて頂きます。水の精霊魔法使いアリスト=セレス。そして風の精霊魔法使いエアリスト=リアスです』


「な、なんだと……!?」


 目を丸くする殿下に対して、セーレスはニコっと微笑みかけた。


「初めまして殿下。さっきレイリィ王女を守った魔法は私の水魔法です」


「ご尊顔にあやかり光栄だ殿下。この深緑の首飾りには私の風魔法が封じられている」


 さらりと告げられた事実に、殿下は愚か、三人の姫君たち、賓客たちも全員が言葉をなくしてしまった。痛いほどの沈黙が訪れたのち、ようやく口を開いたのはベアトリス殿下だった。


「ひとつの時代にひとり、現れるか現れないかと言われている精霊魔法使いがふたりも――ナスカよ、改めて問うぞ。そなたの正体を教えてくれ」


 賓客たちの視線が僕に集まる。

 そういえばこんな大舞台で名乗るのなんて初めてか、などとも思いながら鬼面の半首はっぷりの下、口を開く。


『ナスカとはまだ我がヒトだった頃の名前。今はタケル・エンペドクレスと、そう名乗っております――』


 人々のどよめきが、王宮全体を震撼させた。



 *



「魔族種の根源貴族、龍神族の王――我がエストランテ創設に多大なる寄与をした者もまた龍神族の王だった。その者の名はディーオ・エンペドクレス。彼の者はもう?」


『はい。二代目は崩御なさいました。我は彼の者と初代の力を受け継いだ三代目エンペドクレスになります』


 おおおおおおおお――――…………。


 数百人からが漏らすため息が、王宮全体に轟いた。

 怪しい鎧の男の出自は確かなるものだった。

 そればかりか、エストランテの初代王をこの極東へ導いた大恩人の名を継ぐものだった。


「幼き頃より寝物語に、初代王オイゼビウスの苦難を聞かせられて余は育った。裏切り者とそしられ、刺客を差し向けられ、家臣を失いながら血路を拓く道のりだったと。そこに現れし救いの主が、のディーオ・エンペドクレスだった……」


 ベアトリス殿下は玉座を下りると、静々と僕の元まで近づいてくる。

 そして「あッ」と自国の兵士はもちろん、賓客たちの見守る中、僕へと跪いた。


「知らなんだこととはいえ、挨拶が遅れて申し訳ない。ディーオ・エンペドクレス王にお悔やみを。そして深い感謝の意を表明する――」


 僕もまた小さな殿下の大きな背中を見下ろすようなことはせず、その場に跪く。


『そのお言葉、しかと賜りました。彼の者は今、我の力の礎として、我の中におります。殿下のお気持ちはしかと伝わっております。エアリス――』


 僕は手元にエアリスを呼んだ。

 エアリスもまたその場に両膝をついて僕らと目線を合わせる。


『この者は先王ディーオにより見出された娘も同然の子です。彼女もまた殿下の言葉を嬉しく思っていることでしょう』


 ベアトリス殿下が顔をあげるとエアリスは他者には滅多に見せることのない、仁愛の笑みを浮かべて頷いていた。


「そうか。そうであるか。今宵はなんという日か。よもや悠久の時を経て、最も古き盟友の名を継ぎし者が、至高の献上品を携えて駆けつけてくれたのだ。これほど嬉しいことはない。余は大変な幸せものであるな――」


 僕がそっと手を差し出すと、小さな殿下が手を乗せてくる。

 二人で同時に立ち上がりながら、互いを讃え合うように頷きあった。


 自然と拍手が。

 まばらだった拍手は大きなものへと変化し、やがて中庭全体を包み込むような優しい響きとなって夜に溶けていく。と――


「す、素晴らしい。よもや魔族種の根源貴族をこの目で見ることが叶おうとは。とすれば、魔法を封じたという宝飾品も納得がいくというもの」


 空々しい笑みを浮かべながら、大手を広げて僕に近づいてくる男がひとり。

 ギゼル財務大官である。


 先程まで僕らを軽蔑以外の何物でもない目で見下しておきながら、自分が色目を使っていたのが稀代の精霊魔法使いであり、そしてそれを統べる僕が龍神族の王であるとわかると、コロっと手のひらを返してくる。


「どうでしょう殿下、我がエストランテで一番のユーノス商会を介してこれら献上品を広く世に普及させましょう。さすれば多くの不幸を未然に防ぐことに――」


「たわけ者がッッッ――!!」


 最後まで言い切ることができず、ギゼルはビクっと身を固くした。

 まるで雷撃のような甚大なる怒りを籠めた叱咤が突如として浴びせられたからだった。


「ま、まさか……!」


 ベアトリス殿下が目をむく。

 賓客たちも目を見張り、口元を抑える。


 老いても尚、王としての貫禄を失わない。

 病に臥せっているはずなのに、矍鑠かくしゃくとしながらゆっくりと中庭へと現れしもの。


 首都の名を冠する現王、エストランテ・ヘスペリスそのヒトだった。



 *



「ち、父上!」


 例え顔色が悪かろうと、くたびれた病着姿だろうと。

 その瞳は生粋の王者のものであり、纏う雰囲気は怒気に満ち満ちている。


 大病にかかり、立ち歩きすら困難と聞いていた賓客たちは、突如として現れた現王の姿に驚き、自然と平伏していた。


 そしてそんな王に誰よりも驚いているものがここにもひとり。


「そ、そんなバカな……どうしてあなたがここに……!?」


 ギゼル・ティアマンテ――裁きを受けし大罪人である。


「ふん、どうしてだと? 貴様の息がかかった反逆者たちをちぎっては投げ、ふっ飛ばしながらやってきたに決まっておろう。のう、セレスティアちゃん!」


 ブワッと、ヘスペリスト王の背後から甚大なる水の魔素が立ち上る。

 大柄な王の影になって見えていなかったが、そこには小さな金髪の少女がいた。


 そして少女の背後で連なって引きずられている者たちが、手を足を水の蛇に噛みつかれたまま空中へと持ち上げられる。


「きゃあッ!」と、突如として現れた水精の大蛇の姿に悲鳴を上げる賓客達。

 だが当の本人は気にした様子もなく、ポイポイポーイとエストランテ王室の鎧を着けた兵士たちを中庭へと放る。ドサドサとあっという間にヒトの山ができあがった。


「そこの者たちは皆、立ち歩く余の顔を見た瞬間襲い掛かってきた裏切り者どもよ。全部セレスティアちゃんがやっつけてくれたがのう!」


「ねー!」


 ギゼルを睨みつける厳しい目つきとは裏腹に、セレスティアを振り返る王の顔つきはデレデレの好々爺だった。恐ろしい。セレスティアの親父キラースキルは地球も異世界も関係ないのか。


 さらにパタタっと羽撃きながら小さな影が僕の元へと駆けつける。


『タケル様、おまたせしました!』


『子守役お疲れ真希奈。上手くやってくれたようだな』


『はい、やはりヘスペリス王は毒に侵されていました。水の精霊であるセレスティアの治癒でなければ数日中に生命を落とすほどの猛毒でした!』


 いい仕事だ。ことさらに大声で叫んだ真希奈の言葉を、中庭にいた全員が耳にしたことだろう。当然のようにギゼルはツバを飛ばして叫んだ。


「な、なんなのだ貴様らは! 殿下、騙されてはなりませんぞ! あの小娘とそこな怪しげな人形、きっと王家に仇なす不敬の輩に違いありません――!」


 おい、なんかさっきも聞いたぞそのセリフ。

 台本でもそらんじてるのか、と僕が萎えていると真希奈が反論した。


『不敬の輩とはなんですか! 真希奈はタケル様が自ら創り上げた人工精霊です! そしてあちらで得意げになっておっさんを転がして喜んでいるのはセレスティア。水の精霊が顕現した姿ですよ!』


 その時のギゼルの顔は傑作そのものだった。

 鼻の下が口ごと落ちそうになるほどのマヌケ顔。

 半開きの口元からヨダレが垂れて汚いったらない。


「あ、お母様――!」


 ヘスペリス王の傍らにあったセレスティアがセーレスを見つけて嬉しそうな声を上げる。その瞬間その身体が藍色の粒子になって解け、セーレスの頭上で再び結実する。飛び込んできた小さな身体をセーレスはしっかと受け止めた。


「お疲れ様、頑張ったねセレスティア。やりすぎなかった?」


「もちろん。全員ちゃんと生きてるよ! それよりお母様ってば超きれい!」


「ありがとう。今度一緒にこういうドレス着ようね」


「うん!」


 精霊魔法使いとその精霊。

 ふたりが合わさればフォトジェニックなんてもんじゃない。

 当然写真なんて知らない異世界の住人たちは今、睦まじい母娘の姿を心のフィルムに懸命に記録していることだろう。


「じ、人工的な精霊と精霊が顕現化した姿とな。それはもはや――」


 神ではないか。かろうじてその言葉を飲み込んだのはベアトリス殿下。

 だが驚愕の事態はまだ終わらなかった。もうひとりの精霊娘が到着したからだ。


「なんだあれは!?」


「で、殿下と王をお守りしろ!」


 腐っても精鋭といったところか。

 魔法師部隊ディカリオンが攻撃魔法の準備をする。

 何故なら夜空に巨大な機影が現れたからだ。


 ふたつのムートゥの中に現れた不信な人影は、みるみるその大きさを誇示するように落下して来て、ついにはズシンッッ、と中庭へと着地する。


 それは見上げるばかりの神像。

 全身から水精の蛇を生やし、深緑の風を纏いながら着地する。


 そしてやや遅れるように、上空から大きな木箱とともにヒトがバラバラと墜ちてくる。先に積み上がっていた裏切りの兵士たちの上へと重なっていき、最後に落ちてきた筋骨たくましい大柄な女を見て、ギゼルは目玉が零れるほどの驚愕の表情を見せた。


「ギ、ギゼルの旦那、すまないね……このとおり、神なる御業が相手じゃ勝てっこないさね……」


 女が手をヒラヒラとさせて神像を仰ぐ。その肩に確かな存在感とともにあるのは薄い褐色に浅葱色の髪をツインテールにした少女。


「アウラ!」


「ママ!」


 深緑の粒子となって解けたアウラが瞬間移動でもしてきたようにエアリスの腕の中に収まった。そして豊満な胸の中からエアリスを見上げて「ママじゃないみたい」と呟く。


「なれない化粧をしているからな。嫌か?」


「ううん。とってもきれい……」


「そうか。ありがとう」


 しっかと抱き合うふたりの姿は賓客達の心のフィルムに――以下略。


「ちょっとーアウラ、私のラプタン・・・・壊さなかったでしょうねー?」


「大丈夫……」


 母の腕の中から互いに見つめ合うふたりの精霊娘はさらに人々の目を惹いているようだ。


 各所に散らばり、それぞれ行動していた家族たちが一堂に集まっていく。

 セレスティアは幽閉されているというヘスペリス王を救出するため真希奈と共に。


 神像――F22Aラプターを借り受けたアウラはオクタヴィア(蛇)とともに、ギゼルが創っている魔法石の生産工場の破壊と、証拠の確保に行ってくれていたのだ。


『はー、やれやれ、アウラのやつめ、エアリスの姿を見た途端、儂の存在など忘れ去ってからに』


 僕の足元に仄かな光を放つ蛇が現れた。多分アウラが風の魔素に解けた拍子に地面に落下してしまったのだろう。僕は白蛇を拾い上げてやる。


『お疲れだオクタヴィア。首尾よくいったようだな』


『うむ。取り敢えず生産工場の魔法師とそれを仕切っていた冒険者たち、そして証拠品も全部持ってきたぞい』


 アウラが一緒に持ってきてくれたあの木箱のことだろう。改めて見てもとんでもない量だ。


「ナスカ――いや、三代目エンペドクレスよ。余は今非常に混乱している。一体これはどのような催しなのだ?」


 無理もない。

 病に臥せっていたはずの父が気炎を吐きながら現れ、夜空を割いて神像――巨大なロボットが現れたのだ。裏切りとか生産工場とか、突然言われてもわけがわからないだろう。


『殿下、実は本日の本当の主役は別におります。もう間もなく空より現れるはずです』


「なんと、まだ他に役者がいるとな?」


 その時、再び魔法師部隊ディカリオンが「警戒!」と叫んだ。

 ムートゥを背にして再び現れる巨大な影。

 それを目撃した人々の驚愕は神像の比ではなかった。


 影の正体は翼竜――巨大な飛竜ワイバーンだった。

 バッサバッサと羽撃きながら再び中庭へと着陸する。


「ああ……!」


 真っ先に感激の悲鳴を上げたのは、ベアトリス殿下の乳母の女性だった。

 飛竜が頭を垂れて、その首を伝い、一人の男が降り立つ。


 正装に身を包んだ堂々たる姿。

 だがその瞳は怒りに燃え、ギゼルを睨みつけている。


「お、おおお、おまえは――!?」


 顔面を蒼白にし、ギゼルが叫ぶ。

 この僅かな時間で黒髪には白髪が増え、顔には老いたようなシワが刻まれている。

 そんな有様で指を刺すのは、彼が刺客を送り込んでまで殺したはずの男だった。


「ようギゼル。地獄のそこから帰ってきたぜ……!」


 ケモミミと尻尾を切り落とし、ヒトと身分を偽ってまで生きながらえた男。

 エストランテの第一王子ゼイビスアスことゼイビスは凄絶に笑うのだった。


 続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る