第302話 東国のドルゴリオタイト篇㊲ ギゼルの醜い言い掛かり〜龍神様少しだけ荒ぶる
* * *
「なんだ、まだ一人目ではないか」
白亜の間に顔を出したギゼルは、ヒト種族のオットー・レイリィ・バウムガルテン王女がベアトリス殿下を相手に忠礼している姿に鼻白んだ。
手際が悪い。
もうとっくに三人分の献上品展覧が終わっていると思っていたのに。
だが近くのメイドを呼び止めて聞いてみれば、もうすでにドゴイとグリマルディの姫たちは自分の献上品を紹介し終わり、その中身はギゼルの予想通り、銃剣と弓というお粗末ぶりだった。
では何故レイリィ王女が一番目ではなく最後に献上品を捧げているのか――
ことのあらましをメイドに問いただすうち、ギゼルの顔面は蒼白になっていく。
そして、レイリィ王女の朗々たる献上品の説明に、怒りがこみ上げてくる。
馬鹿な。馬鹿な馬鹿な馬鹿な――!
情報が漏れた。一体どこから。
とりあえずビアンテの役立たずはもう殺してしまおう。
だがそれよりも、断じてあの品を――!
魔法を封じた黄龍石――ドルゴリオタイトとやらを殿下に認めさせるわけにはいかない。
「静まりなさいッッッッ――!!」
会場が沸き立つ直前、世界中から集った賓客たちを相手にギゼルは、怪鳥の如き叱咤を浴びせたかけた。それが不敬であるとか外交問題になるとか、そんな瑣末ごと、今はどうでもよかった。
チカチカと瞬く視界の中、ギゼルはベアトリスを背後に隠すよう立ちふさがる。眼前にいるのはヒト種族最大国家の姫君。だがそれがどうした。ギゼルに取っては単なる小娘に過ぎない。そして今はベアトリスを籠絡し、取り入ろうとする毒婦に他ならない。
「殿下、そのような怪しい品を受け取ってはなりません! エストランテ王家にとって必ずや災いとなるに違いありません!」
問答無用だった。議論の余地もなく『災い』とまで切って捨てるギゼル財務大官に対してベアトリスは、口を慎むよう諫言する。
「ギゼルそなた――今この場で余へと捧げられた献上品を貶めることの意味、理解したうえでそのようなことを申しているのだろうな?」
「殿下は今や、エストランテに住まうすべての民達の希望です!」
質問に答える代わりに、ギゼルは相手――いっそ会場にいる全ての賓客達までも巻き込んで情に訴えようとする。
「エストランテは今国難に際しています! ヘスペリス王が病に倒れ、第一王子であるゼイビスアス様も、遠征地にて行方知れずとなっております! ただひとり、幼い身体で祖国を守ろうとしている殿下に万が一のことがあれば、私は死んでも死にきれません――!」
「――なッ!?」
ベアトリスが言葉に詰まったのは、ギゼルの真心に触れたから――などというわけではなく。本日の生誕祭の間、ずっと秘めおくように打ち合わせをしていた病状にある父王と、兄の扱いについて、あっさりと賓客達の前で暴露されてしまったことへの戸惑いだった。
ベアトリス王子が如何に聡くあってもまだ子供。自らのさじ加減で事前の決まりごとすら反故にするギゼルへの戸惑いと不信――諸々が極まれはすれど、それを賓客の前で諌めることへの躊躇いが、結果としてギゼルの有利へと繋がった。
「仮にその石に魔法を封じることが事実として、その中身の魔法が殿下に危害を加えんとする悪意に満ちたものである可能性もございます! 到底安全とは言い難い代物を殿下のお近くに置くこと、ヘスペリス王から摂政官を賜るこのギゼル、とても容認できるものではございません!」
ベアトリスへ――というより、会場全ての賓客へ向けて、まるで舞台役者のように臭い台詞を言い放つ。
そしてギゼルの思惑通り、幾人かに懐疑を植え付けることに成功する。「確かによく考えれば怪しいかも……」という小さな呟きを、ギゼルは聞き逃さなかった。
「殿下、どうかご自愛くださいませ。そして軽挙妄動はお慎みください。その双肩にはエストランテの未来がかかっているのです。こちらの献上品は私が預かり、精査させて頂きます。どうか――」
「お、お待ちなさい!」
まるで口から生まれてきたように喋り続けるギゼルに異を唱えたのは、ベアトリスの傍らに控えていた乳母・ヘラだった。一瞬、ギゼルの双眸に憤怒が宿る。もし身内しか居なければ即座に手打ちにしかねないほどの悪感情が零れる。
「い、如何な摂政官の言葉とはいえ、オットー14世の名代、レイリィ王女より心づくしの品に対してなんという暴言。無礼にも程があります……!」
ギュウッと胸元を抑え、声を震わせながら、ヘラはそのようなことを言い放つ。ベアトリス王子もまた、水を得たように追従する。
「そ、そのとおりだギゼル。そなたの民草と余を想う気持ちはとてもありがたい。だがそれとこれとは別である。今のそなたの言葉は目に余るものがある。レイリィ王女へ謝罪し、発言を撤回せよ――!」
相手はマクマティカ最大の国家。レイリィ王女の意向はオットー14世の意向でもある。それを捕まえて、ベアトリスに仇なすものと決めつけることは、戦争の準備行為と取られても言い過ぎではない。
「殿下は勘違いをなされている」
「なんだと……?」
ギゼルは振り返ると、忠礼を尽くしたまま片膝を着くレイリィ王女――ではなく。その傍らにいる鎧の男を睨みつけた。
「聞けばドゴイとグリマルディの献上品は、いずれも自国で賄われたものであるとのこと。ですが王都からの品だけは、そこなウーゴ商会などという傍流商会が用意したものだそうではありませんか。違いますか、レイリィ王女?」
「ええ、そのとおりです」
下から見上げるレイリィの瞳は氷のように冷めきったものだった。王族の姫君を下に見ているにもかかわらず、まるでこの立ち位置こそが正しいと言わんばかりにギゼルの長広舌は続いていく。
「ならばこそ、私はそこなウーゴ商会に対しての疑念を表明しているのです。決してレイリィ王女を辱めるような意図はありませぬ」
レイリィ王女が保証し、今この場に同席させているウーゴ商会の者たちを、端から罪人と決めつけんばかりのギゼル。彼は最後の畳み掛けと言わんばかりに宣言する。
「近衛の者たち、何をしている! そこなウーゴ商会をひっ捕らえろ! レイリィ王女を誑かし、ベアトリス殿下の生命を狙わんとする逆賊の可能性があるのだ――!」
あまりの急展開に、近衛兵もついていけない。ギゼルの言葉は無理筋がすぎる。だがそれを押し通し、この場を収めて仕舞わなければ、ギゼルの計画が破綻してしまうのだ。
まごつく近衛兵にさらなる叱責を浴びせんとギゼルが口を開いたときだった。
『待たれよ』
漆黒と白銀の鎧を纏った男が立ち上がっていた。
「逆賊が抵抗しようとしているぞ! 近衛、何をしている、早く取り押さえぬか!」
ギゼルの怒声に、さしもの近衛兵たちも動き始める。と――
「――――――ッッ!?」
一瞬、白亜の間すべてが凍りついた。
ギゼルは自身の姿を省みて驚愕する。
まるで怯える幼子のように背中を丸めて、床にしゃがみ込んでいたからだ。
だがそれは、その場に居た賓客から近衛兵にいたるまでが同じだったらしく、あるものは這いつくばり、あるものは頭を抱えて蹲っていた。
「い、今のは一体……!?」
ギゼルは床に座り込んだまま先程のことを思い出す。
衝撃――、そう何か大きな音が頭から襲い掛かってきたのだ。
心臓を鷲掴みにされたように胸が苦しくなり、とても立っていることができなかった。
『ギゼル財務大官殿――』
いつの間にか、ウーゴ商会を名乗る面々――天上人さながらの美貌を持つ女性三人と、そして鎧の男がレイリィ王女の手を引きながら立ち上がっていた。
先ほどとは逆――今度はギゼルの方が下に見られながら、鎧の男は言い放った。
『そなたの懸念はつまるところただひとつ。このドルゴリオタイトに籠められた魔法が、攻撃の魔法などではなく、謳い文句に違わぬ効果を発揮するかどうかを問うているのだろう。ならばお見せしようではないか――』
バッ、と緋色の外套衣を脱ぎ捨てた鎧の男は、それが如何なる理の元に創造されたのか見当もつかないほど見事な
「今から我がこの者たちを本気で攻撃する。ドルゴリオタイトが効果を発揮しなければ生命を落とす程の攻撃を加える。それによって真贋を確かめるがいい――!!」
鎧の男のそのあまりの迫力に、ギゼルは頷くより他ないのだった。
続く。
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