第300話 東国のドルゴリオタイト篇㉟ 幕間・地球と異世界のコラボ〜メークアップする女神たち
* * *
ベアトリス殿下謁見の一日前・東京御徒町、イスカンダル工房の一室にて。
「久しぶりだ、カーミラ殿、百理殿、ベゴニア殿」
僕たちは、明日に控えたベアトリス殿下の謁見を前にして、最後の準備をするため東京にいた。
「お久しぶりですわエアリスちゃん、まあまあ、まだ別れて数ヶ月だというのに、またおっぱいが大きくなったのではなくて?」
「カーミラ、あなたは女性と見ればまずセクハラをする癖をなんとかなさい。とはいえ、お元気そうでなによりですエアリスさん」
「しばらく見ない内にまたしてもおっ母さんレベルを上げたようだ。腰の辺りがどっしりと充実している。また会えてうれしいぞ」
ほぼ半年ぶりくらいか?
アクア・ブラッドに封印されていたセーレスを解き放つために、僕らはろくな別れを告げることもなく、すぐさま地球を後にした。
約一月前、僕はカーミラたちに協力を仰ぐべく単独で地球へと赴いていたが、やっぱりもっと早くに来るべきだったかな、と思う。
『まあまあ、タケル様はタケル様で、色々と大変だったわけですから』
「そう言ってくれるのはお前だけだよ真希奈」
カーミラたちにはそんな言い訳通用しなかったけどね。
それにしても――やっぱり地球組はエアリスと仲いいなあ。カーミラや百理はもちろん、ベゴニアも連れてきたアウラとの再会を楽しんでいる。
「いたい?」と先の戦いで失われてしまったベゴニアの左腕の付け根に触れるアウラ。ベゴニアはとてつもなく優しい笑顔になって、「大丈夫だとも」とアウラを抱きしめていた。
「さて、そこでいつまで突っ立てるつもりですの。いい加減紹介してくださらないかしら?」
僕の両脇に立つセーレスとセレスティア。
そして背後に静かに控えるのは前オクタヴィアである。
「えっと、この子がセーレスです。そして彼女の精霊のセレスティア。ふたりとも、挨拶を――」
――ドンッ、という効果音が聞こえそうだった。
いつの間にか眼前に三人がいた。
カーミラ、百理、ベゴニア。
まるで皿のように目を見開いて、ジッとセーレスを――セーレスだけを至近から見つめている。その迫力たるや、ニートだった頃の僕なら間違いなくチビってしまいそうなほどだった。
だが、当のセーレスはさすがだった。
最初こそ驚いた顔をしていたが、ニッコリとした、まるで毒のない笑みを浮かべる。そして――
「は――じめ、まして。アリスト=セレス。セーレスで、す」
思えば彼女が日本語を口にするのはそれが初めてだった。
あばら家にいた頃、僕から聞きかじっていた日本語などではない。
セレスティアという精霊――OSを通じて自ら発する初めての日本語だった。
その挨拶を受けて、逆に面食らったのはカーミラたちの方だった。
百理がまずセーレスの手を取った。
「こちらこそ初めまして。私は御堂百理。タケル様とは切っても切り離せない間柄です――借金的に」
「あなたが噂のセーレスちゃんですのね。タケルの勝利のトロフィー。ただまあ、深窓の令嬢といったイメージを抱いていましたが、これはどうやら手強そうですわ。あとタケルへの借金なら私もあります」
「20億ですがなにか?」
「金額の問題ではなくてよ。ちなみに10億!」
「私はタケルの師匠であり母でもあるベゴニアだ。おまえはセレスティアと言ったか」
僕への借金をまるでステイタスみたいに言い合う百理とカーミラを放っておいて、ベゴニアはセレスティアをグイッと抱き上げる。
「ふわ」
人見知りの激しいセレスティアだが、あまりの手際の良さにビックリしているようだ。ベゴニアも右腕しかないのに、器用にセレスティアを持ち上げ、その広い肩に乗っけてしまう。
「セレスティアの好きな食べ物はなんだ?」
「え、あの、アイス……」
「そうか、じゃあ後で一緒に買いに行こうか」
「ホント!?」
「ああ、もちろんだとも。おや?」
いつの間にか、反対の肩にアウラが乗っかっていた。
彼女はまるで重さを感じさせないように、ふわふわと風船みたいにくっついている。
「アウラもアイスが好きなのか?」
「…………すき」
「よし、とびきり美味い店があるから一緒に食べに行こう。その間にママたちは綺麗にお色直しをしてるから楽しみにしているといい」
「やったー!」
「わーい」
う、上手い。なんて手なづけ上手なんだベゴニアは。
さすがはおっ母さんレベル上級者といったところか。
もしかして僕より懐いてないか?
百理とカーミラは「しまった、出遅れた」みたいに顔をひきつらせていた。
「城攻めは堀から攻めるが定石……見事」
「将を射んとすればまずは馬から、ですわね」
なんの話をしてるねん、キミたちは。
「アウラ、セレスティア、ベゴニア殿にあまり迷惑をかけるなよ」
「はーい」
「……うん」
エアリスの注意に素直に頷くキッズたち。ベゴニアは「まあまあ、少しくらいハメを外すのもいいだろう」とすっかり相好を崩している。
「タケル、このヒトたちなんかすごいね……ううん、ヒト種族じゃない、よね? 獣人種でも、魔族種でもないし」
「まあね、この中でまっとうな人間は、あそこで固まってるふたりくらいだ」
こっそりと耳元に話しかけてくるセーレスに、僕は部屋の片隅を指差した。
そこにはイスカンダル・冴子と桜智さん――今僕らがお邪魔している工房の主である権田原父娘が呆然と立ち尽くしていた。
本日は本番を明日に控え、エアリス、セーレス、前オクタヴィアをメークアップ&衣装合わせをするために地球へとやってきたのだ。もちろん事前にそのことは伝えてあるし、権田原金之助――イスカンダル・冴子さんには、彼女の創作意欲を刺激するため、予めエアリスたちのスナップ写真を渡してある。
だが、実際に本物を目の前にした時のインパクトは、魂が抜けるほどの衝撃だったらしい。
三人の混じりっけなしの美しさに当てられ、さっきからずっとああして天井を見たまま立ち尽くしているのだ。
僕も改めて、彼らの
美人は三日で飽きるって嘘だよなあ。感覚が鈍くなるだけで、何かの拍子に意識し始めると、眩しくて見てられないときが――
『タケル様?』
「タケル?」
いかんいかん。僕はバシバシと強めに自分の頬を叩いた。「なんでもないよ」と真希奈とセーレスに笑いかける。
こんな気持じゃダメなんだ。こんな
「イスカンダルさん、桜智さん、いい加減再起動してもらえませんか?」
「――はッ、あたし、今、え、夢? 女神様が今目の前に!? あれ?」
「――はッ、漫画やアニメを超越する存在が今私の目の前に!? もしかして二次元に行けるの私?」
「夢でも二次元でもないですよ。ここは現実です。そろそろ始めてもらえませんか?」
これからカーミラと百理提供による衣装合わせと、メークアップ、さらにイスカンダル・冴子の最高傑作であるドルゴリオタイトを使用したジュエリーの試着も行われる予定だ。
ひとつ、嬉しい誤算があった。
ドルゴリオタイトは魔法を付加しないブランク状態の黄龍石の段階で、込める魔法の系統により、完成する色合いが変化することがわかった。
僕が籠めた炎と土の魔法では、血を流し込んだような緋色。そして黄龍石の時よりも光沢を放つ
「うおお、ちょっとアタシより綺麗だからって負けるもんですか! セーレスちゃん、エアリスちゃん、ちょっとこれをごらんなさいな!」
ようやくプロとして自分の仕事を再確認したイスカンダルさんは、ふたりの女神に呑まれまいと懸命に歯を食いしばっている。そして、彼女たちの美しさに対抗するべく、自身の最高傑作を披露した。
「これって……!?」
「これを、そなたが創ったのか?」
キャスター付きのマネキンたちが運ばれてきて、その首もとに下げられたペンダントを見て、さしものセーレスとエアリスも驚きを隠せないようだ。
ひとつは濃藍のティアドロップ。
優しくそして清廉な白銀の小粒ダイアにぐるりと囲まれ、その中心に確かな存在感を放っている雫の形をした藍色のドルゴリオタイト。光を受ければその表面はキラキラとカッティングに沿った照り返しを放ち、見つめているだけで、深い海の底から見上げる太陽の光を彷彿とさせる。
もうひとつは深緑のラウンドカット。
確かな自己存在を誇示する一点もの。ゴールドの台座とチェーンに傅かれ、まるで生命そのもののように強く輝く緑色のドルゴリオタイト。ジルコンにカットされた表面は複雑な輝きを放ち、見つめているだけで、星の息吹を感じることができるようだ。
このソレストペンダントの使用されているドルゴリオタイトこそ、彼女たち水と風の精霊魔法が封じ込められた、正真正銘の精霊魔法石。
それぞれ吸収する四大魔素の属性によって、ドルゴリオタイトはさらなる美しさを魅せることが証明されたのだ。
「すっごく綺麗。私が魔法を籠めた黄龍石が、こんな風になっちゃうなんて……」
「このような品は
エアリスの言葉に、僕は深く頷いた。
でももちろん、僕の理想を形にしてくれる確かな腕前をもった職人たちの存在は欠かせない。
魔法を籠めたセーレスとエアリスを始め、一度地球でカッティングされたドルゴリオタイトを再びマクマティカに持ち帰り、リシーカさんという護符職人に、呪印を刻んでもらう。そしてそれをさらに地球へと持ち帰り、イスカンダルさんにアクセサリーとして仕上げて貰ったのだ。
まさにこの宝飾品は地球と異世界が手を結んだ最高傑作と言える作品だろう。
「さあさあ、まずはドレスを合わせてみましょう。ソレストペンダントを主役にして、それに合わせた色合いのものを持ってきていますのよ」
「セーレスさんは、青系統のドレスを。エアリスさんには緑系統のものが合うでしょうか」
カーミラと百理がウキウキと言った風情でセーレスとエアリスの手を引く。やっぱりいくら人外とはいえ女の子。こういった催しは大好きのようだ。
衣装合わせが済んだら、時間を於いてメークを施す予定だ。
カーミラと百理がセーレスとエアリスを、そしてなんと、イスカンダルさんの娘である桜智さんが前オクタヴィアのメークをしてくれるという。
彼女はプロのメークアーティストを目指しているとかで、高校を卒業をしたら専門学校に入ることがすでに決まっているとか。「メークの練習は毎日がんばってます。絶対綺麗にしてみせます!」とかなり勢い込んでいた。うん、ホントお願いします。
「あの、それでタケル様」
ふと見ると、百理が不安そうな顔して僕を見ていた。
「どうかした?」
「いえ、そのさっきからずっと立ったまま、あちらの方が動かないのですが。あの方も明日の晩餐会に出席される方、ですよね?」
先程から微動だにせず、部屋の入口に突っ立っているのは前オクタヴィアだった。今の今まで立ち尽くしたままだ。真希奈(人形)がパタパタと顔の周りを飛んでいる。そして頭の天辺にちょこんと腰掛け、ヒラヒラと手を振った。
『タケル様、夢の中のようです』
ええー。てっきりまだ二度目の地球で、しかも知らないヒトの家に来て緊張して黙ってるのかと思いきや、寝てるって? マジかよ。
「イスカンダルさん、頼んでいたものは買ってもらっていますか?」
「え、ええ。冷蔵庫に入ってるから好きに飲んでちょうだい」
「ありがとうございます。助かります」
僕はキッチンの方へと赴き、冷蔵庫の中から見慣れたペットボトルを一本取り出す。
「さあ、目覚めろ駄メイド前オクタヴィアよ――」
プシュッ! っと、蓋を開栓した途端溢れる炭酸の音。
その瞬間、「スカッと爽やか!」と饒舌な口調で前オクタヴィアが叫んだ。
「こーらの匂いがします。――はっ、タケル様、それはもしや?」
「うん、これあげるからもうちょっと頑張ってくれないかな」
前オクタヴィアは恭しくコーラの入ったペットボトルを受け取ると、グビンチョとばかりに痛飲した。一気に半分ほども飲み干すと、彼女はおもむろにゲップをする。
「――失礼しました。久しぶりのこーらだったのでつい」
「桜智さん、こんなんだけどメークよろしくね」
「はは、返って親しみやすいです」
無理しなくていいんだよ?
まあそんなこんなで、晩餐会を控えた最終準備は着々と進んでいくのだった。
続く。
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