第299話 東国のドルゴリオタイト篇㉞ 至高の献上品照覧会〜ベアトリス生誕祭・まだ宵の口

 *



「ベアトリス殿下のおなーりー!」


 白亜の間に朗々たる声が響く。

 それと同時に雷鳴のような拍手が沸き起こった。


 天井まで届きそうな両開きの扉が開き、その奥から、お付きの獣人種に傅かれた少年――ベアトリス・エストランテ第二王子が現れた。


「へえ。華があるな」


 ベアトリス殿下は一言でいうなら「かっこいい男の子」だった。

 美しい顔立ちも去ることながら、自信に満ちたいい表情をしている。


 兄であるゼイビスが行方不明となり、現国王も病に臥せっているというのに、そんな不安要素など最初から存在しないかのように平然と振る舞っている。おそらく演技なのだろうが、大したものだと思った。


「セーレス、エアリス、オクタヴィア――出番だぞ」


 フードの奥から深々と頷く三人。

 そして、上座の方では、ベアトリス殿下の後ろから続々とやんごとなき美姫たちが入場している。


「ヒト種族の領域、要塞国家ドゴイより、イレーネ・アンゲリーナ・ドゴイ名誉元帥のおなーりー!」


 キリッと凛々しい表情のまま、イレーネと呼ばれた長身の少女が肩で風を切る。


「同じくヒト種族の領域、海洋国家グリマルディより、プリシリア・サリ・グリマルディ内親王殿下のおなーりー!」


 小麦色の健康的な手足を見せつけながら、足取りも軽やかに、まるで踊るように現れるプリシリア姫。そして――


「さらに、ヒト種族は王都ラザフォードより、オットー・ハーン14世の名代としてオットー・レイリィ・バウムガルデン王女のおなーりー」


 まるで白い花びらを撚り合わせたようなドレスを着込んだレイリィ王女がしずしずと入場してくる。面を上げ、彼女がニコリと会場に微笑みかけた瞬間、白亜の間が震えた。


 割れんばかりの拍手は発破のように鼓膜を震わせ、鳴り止まない歓声が地鳴りのように轟いた。


 ベアトリス生誕祭最大のセレモニー、三つの巨大ヒト種族国家との謁見は、そのような雰囲気の最中、幕を開けたのだった。



 *



 白亜の間の上座にはひときわ豪奢な玉座が設えられ、小さな体でちょこんと座ったベアトリス殿下は鷹揚に頷きながら、会場をゆっくりと見渡した。


 対するのは僕も含め、賓客もメイドも執事も皆、片膝を尽き、貴人への礼を殿下へと送っている。


 それは玉座の前に傅く三人の姫たちお同様であり、この場においては何よりもベアトリス殿下の威光がわかりやすい形で示されていた。


「遠い処、余のためによくぞ来てくれた。ヒト種族の姫君たち――」


 ベアトリス殿下は一瞬だけ背後を振り返り、お付きのメイドと思わしき獣人種の女性へ目で問いかける。コクリと頷いたあと、再び前を向きながら、三人の姫たちを柔らか視線で見据える。


「ドゴイのイレーネ名誉元帥、グリマルディのプリシリア内親王殿下、そして王都ラザフォードのレイリィ王女。かつてヒト種族から頒かたれた不幸な成り立ちを持つエストランテではあるが、再びこうしてヒト種族の国家と厚き友情を育むことができて余は嬉しく思っている」


「もったいなきお言葉です」


「恐悦至極に存じるえ」


「ありがたきお言葉、感謝いたします。父の名代としてしかとオットー14世へと伝えます」


 片膝を着き、胸に手を当て、顔を伏せたまま三人の姫たちが一言ずつを返していく。


 ベアトリス殿下が背後に確認を取ったのは、急遽姫たちの立ち位置が変わったためだろう。先陣は何をおいても最大のヒト種族国家の姫、レイリィであるはずなのに、彼女は一番最後になってしまっている。何かの手違いではないかと最終確認をしたのだ。


「姫君たち、そしてみなも、面を上げ、楽にするがいい。この後は姫君たちが余のために持ち寄った献上品のお披露目がある。いかな世界中から珍品が集まるエストランテとはいえ、ヒト種族の姫君が持ち寄った品は、きっと皆の度肝を抜くことだろう」


 ここに集まった賓客の殆どが、殿下への献上品を持ってきているはずだ。

 だが、通常なら目録を渡すだけであり、実際の品は後送するのがしきたりになっている。


 わざわざこうして時間を取り、世界中から集った客を前にお披露目をするということは、それだけヒト種族の姫君たちが特別扱いされているという証でもあるのだ。


「すまぬがそれまでの間、食事と歓談はしばし控えて欲しい。どうしても腹が減ってしまった者は、余の見えぬところでこっそりと飲み食いするがよいぞ」


 冗談交じりの言葉に、会場の空気が和やかなものへと弛緩していく。いやあ、幼いながらこんな気遣いもできるなんて、正直言って王様レベル初級の僕なんか完全に負けてるな、と思ってしまう。


「それではイレーネ名誉元帥殿、よろしいだろうか」


「は――、恐れながら開帳させていただきます」


 スッと立ち上がったイレーネが右肘を直角に曲げ、胸をドンと拳で突く真似をした。なんだ、と僕は首を傾げたが、誰も疑問に思っていないことから、ドゴイ式の敬礼だったのかなと結論づける。地球だと「よっしゃオラに任せろ」って感じだなと思った。


 イレーネがサッと手を掲げると、ドゴイの軍服を着込んだ兵士が二名、恭しく一抱え以上もある飾り箱を持ってくる。そして両側から支えるように膝をつくと、顔を伏せて待機の姿勢を取った。


「今回殿下に献上いたしますのは、ドゴイ謹製の武具になります」


「おお、それはもしやアレかの?」


 ベアトリス殿下の顔が少年のように輝く。

 いや、もともと少年ではあるのだが、大人びた雰囲気が崩れて年相応になった気がしたのだ。


「さすがは殿下。すでに予想されておりましたか」


「いやなに、余も男子おのこであるからな。ドゴイの金属加工技術の高さと鋼鉄製の兵器の数々は、純粋にカッコイイものだと常々思っていたのよ」


「それは――ドゴイにとって大変な栄誉です。機能を突き詰めた武具は至高の芸術品と表裏一体であります。ならばこそ、今回殿下に献上しますはこちらになります」


 イレーネは飾り箱に手をかけると、棺を開くように蓋を開けた。


「おお……それが!」


 僕もちょっぴり首を伸ばして龍慧眼。ほほうと感心する。


「はい、斬爆刺突型銃槍――ピスタリカ・火精バルカンになります」


 現れたのはいわゆる銃剣というやつだ。

 拳銃を縦に引き伸ばしたような形をしていて、銃身部分が剣になっている。柄の部分は緩やかに湾曲しており、握り込むと人差し指の部分にトリガーが来るようになっているようだ。両手で握り込んで叩きつける剣ではなく、手首と腕のしなりで斬りつける感じの武器だ。


「こちら、中身は空ではありますが、本来は爆轟粉を満たした状態でこの金属筒をこちらに入れます」


 ジャカっと手のひらを広げた程もある大きさの空薬莢を、中折式のピスタリカの刀身の根本へと挿入する。イレーネはまるで重さを感じさせず手首の返しだけでガキン、と弾倉をしまい込む。


「そして、こちらの引き金を引き絞りながら斬撃しますと、刃の部分に炎が付加され、絶大な破壊力を生むようにできています。中規模程度の魔物族でしたら一撃で倒せましょう」


「おお〜!」


 なるほど。両手剣に劣る攻撃力を補って余りある爆炎を叩きつけることができるのか。あの銃剣はまさに男のロマンが凝縮された武器といっても過言ではない。


 僕だって子供の頃は、銃や剣といったものに憧れを抱いていた。ただこちらの世界で銃と言えば、ピスタリカのような斬撃に炎を付加するタイプのものを言うらしく、地球式の銃とは似ても似つかないもののようだ。


「手にとっても良いか?」


「もちろんです。ですが、少々殿下の体格では……」


「うむ、ヘラよ」


「畏まりました」


 ヘラと呼ばれた獣人種の女性が恭しく一礼しながらイレーネの元まで歩み寄り、まるで表彰状を貰うように頭を下げながら両手を突き出す。イレーネは慣れたもので、箱に敷き詰められていた光沢を放つ布で銃剣を包むと、ヘラへとそれを渡した。


「失礼致します殿下」


「うむ」


 ヘラに支えられながら、ベアトリス殿下はピスタリカを大きく天へと掲げて見せた。


「ほう」とため息が白亜の間を満たす。その姿がまた、一枚の肖像画にしたくなるほど様になっていたからだ。殿下を仰ぐ賓客たちからは羨望の眼差しが送られている。


「ズッシリとくるのう。カッコイイのう。決めた。ヘラよ、余の寝室の寝台から一番見えやすいところにこれを飾るようにせよ」


「畏まりました」


 ベアトリス殿下は銃剣を大層気に入ったようだ。貰ったばかりのおもちゃを枕元に置いて愛でるなど、よほどのことだろう。


「イレーネ名誉元帥、心からの品に感謝する。このピスタリカを振るえるよう、余はもう少し真面目に武術の鍛錬を受けようかと思う」


 クスクス、と失笑が漏れる。

 だがそれは殿下を馬鹿にしたものではない。

 彼がわざと諧謔を口にしているのを、この場の誰もがわかっているのだ。


「次はうちやね」


 一番手のお披露目が終わり、引き下がったイレーネと入れ替わりに、グリマルディのプリシリア内親王殿下が立ち上がる。


 小麦色の健康的な肌をしている。

 あれはおそらく日焼けによるものだろう。


 何故なら紫外線によって肌がダメージを受けているため、僅かながら荒れているのが龍慧眼で明らかになったからだ。うちのエアリスさんの肌のほうがキメが細かくて滑らかだった。


「ん?」


 なんだ、と思ったら、どうやら鎧越しにお尻を叩かれたようだ。

 セーレスはフードの奥から僕を見上げ「何考えてたの? 目が嫌らしかったんだけど?」と微笑みかけながら小声で囁いてくる。


 僕はフード越しにセーレスの頭を撫でてみたのだが、「ふん」とそっぽを向かれてしまった。まいったね。可愛すぎ。


「二番煎じで申し訳ないえ。うちも武具なんよ」


 これまた大きな飾り箱を抱えたグリマルディの益荒男たちが、プリシリアの背後に跪く。開帳された箱の中から取り出されたのは、漆黒の見事な長弓だった。


「なんと、それはもしや……?」


 ベアトリス殿下は目を丸くして、玉座から腰を浮かせている。

 ざわざわと、賓客達の間からも「まさか」「あれはグリマルディ特産の?」という声が聞こえる。なんだなんだ? そんなにすごい弓なのか?


「あれは……弓がすごいのでは、ありません…………グリマルディにおいては漆黒とは特別な意味合いがあるのです」


 僕の横でそう口にしたのは、青瓢箪みたいな顔をしたウーゴだった。顔の上半分は真っ青で、下半分と首筋は土気色をしている。先程名も知らぬどっかの商家の男を撃退する際、プルートーの鎧の特性であるドレインタッチを使い、体力を根こそぎ奪い取った。その状態でうっかりウーゴに触れてしまい、彼は今散々なコンディションにあるのだ。


「天然真珠である闇真珠ダグデモン。グリマルディの海域にある神聖な場所にしか生息していない特別な貝から取れる真珠だそうです。白い身の中に、光沢を放つ黒い真珠が入っており、それをすり潰して粉状にしたものを塗布すると、特別な効果が生まれると言われています」


 ウーゴの商人としての知識が遺憾なく発揮された。でも特別な効果とは?


闇真珠ダグデモンは成熟すると、海底から海面へと浮き上がってくるそうです。実は闇真珠ダグデモン自身による浮力で浮いてくるとか。即ち不沈。闇真珠の粉末を塗布した船は如何な大嵐においても沈まなくなり、それが弓に塗られれば――」


『あの弓で矢を放てば、命中するまで決して落ちることがなくなる、というのか――』


 半信半疑で視線を移せば、ちょうどグリマルディの姫、プリシリアがその説明をしているところだった。


「この長弓は不沈の祝福を得た弓です。一旦番えた矢は的に当たるまで決して地に落ちることはありません――と言いたいところですが、実際には落ちるは落ちますぅ」


 なんだ、やっぱりそうなのか。まあ当然だよなと思う。ずっと飛んでいられるなら大気圏突破しちゃうよ。


「ですが、この弓の最大有効射程はトロクワ2キロにもなることが確認されてます」


 その言葉に、白亜の間は騒然とした。「馬鹿な」「ありえない!」とライトアーマーを着込んだ軍事関係者と思わしき男たちから驚愕の声が聞こえてくる。


 確か地球においては和弓の遠矢の最大記録が四町(432m)である。これがボウガンなどになると到達距離が2キロに届くという話は聞いたことはある。


 だがあの漆黒の弓は射程がトロクワ2キロもあるといった。つまり矢が到達できる最大飛距離はもっと長いということになる。あの弓矢は持つべき者が持てば、とてつもなく恐ろしい武器になることだろう。


「なんと……そのようなもの、もはや国の宝と言っても過言ではあるまい。野暮たいことをいうようだが、そのような貴重品を頂戴しても大丈夫なのだろうか?」


 弓とは戦争の道具であり主力兵器だ。

 戦いに於いては遠間から一方的に加虐をし、初手で相手の戦力を如何に削ぐかに勝利はかかっている。弓は戦のさきがけとして大変重宝されている武器なのだ。


「もちろんですぅ。この弓は大量生産が到底不可能な一点ものです。エストランテ王宮の宝物の末席に加えてくれたら、ウチのお父はんも喜びますぅ」


「無論。これほどの宝だ、グリマルディとの友好の証とさせてもらおう。ガイオス皇にも心からの感謝を」


「光栄です。是非父にも伝えておきますぅ」


 銃剣に続いて弓と。いずれも国宝級の武具が進呈された。

 賓客たちは惜しみない賞賛と拍手を送り、それを受けるイレーネとプリシリアも誇らしそうにしている。


 さて――


「それでは最後になってしまったが、レイリィ王女からの品を見せてもらってもよいだろうか」


「もちろんでございます。と、その前に――」


 レイリィ王女はベアトリス殿下の方ではなく、イレーネとプリシリアの方へと向き直り、優雅な一礼をした。


「この度は私の急な申し出により、献上品照覧の順番をお譲りくださり、感謝いたします」


 ザワザワと、白亜の間が騒然となる。

 人々も疑問に思っていたのだ。本来なら一番目こそがもっとも重要であり、国威を宣揚せんようするにも都合がいい。


 三国のパワーバランスから考えて、レイリィ王女が最後なのは、この世界の常識からは考えられないことなのだ。それでも――


「献上品の前に殿下に紹介したい者たちがおります。今回の品は大変希少な品であるため、外部の者に協力を要請いたしました」


「ほう、それはそれは。どのような品であるのか、興味が尽きぬな」


 ベアトリス殿下はリップサービスなどではなく、本当に楽しそうに顔を輝かせている。レイリィ王女はそんな殿下に頷きながら背後を振り返った。


「殿下のご裁可が降りました。登壇なさい」


 美しく、またよく通る声が木霊した。

 レイリィ王女の視線の先を追って、賓客たちが振り返る。

 僕らはひとりでに現出した人垣の間を花道としながら上座の壇上へと歩を進めていく。


 向けられるのは懐疑と訝しみの視線。確かに僕達が全員揃ったときの怪しさはちょっとした事件だろう。先頭で青い顔をしてフラフラと足元のおぼつかないウーゴと、その後ろに付き従うフードを被った三名。そして殿しんがりを務める鎧姿の僕である。だが気に病むことはない。この視線はすぐに正反対のものへと変貌するはずだ。


「殿下に対して忠礼を」


 レイリィの号令に僕ら一同は、殿下の御前で片膝を着き、こうべを垂れる。


「面をあげよ」


 ベアトリス殿下に言われ、尊顔を仰ぎ見る。

 と言っても、顔が顕になっているのはウーゴのみなので、結局はどこを見ているのか相手にはわからないのだが。


「そは何者であるか?」


「は――、お初にお目にかかります。手前はウーゴ商会で商会長をしております、エンリコ・ウーゴと申します。恐れながらまずは、ベアトリス殿下におかれましては、8歳のお誕生日おめでとうございます」


「うむ」


 ベアトリス殿下はやや目を細めながら、ウーゴを上から下まで、値踏みするように見ている。よく観察している、のだろう。殿下自身も商業国家の王子としていくつか商いを回していると聞くが、相手を観察する癖は健在のようだ。ただもう少しわかりにくいように出来ればいいと思うが。


「ウーゴとやら、そなたはもしや?」


「はい、私は魔人族になります」


「ほう、やはりか」


 耳や角、尻尾といった獣人種としての特徴を持たず、プリシリア殿下のような日焼けをした肌でもない。生粋の浅黒い肌を見て真っ先に思うのは、魔族種の領域で最も人口が多いとされる魔人族だろう。


「確かに、王都があるヒト種族の領域と、魔族種領はテルル山脈を挟んで隣接しておったな。なるほど、如何なエストランテと言えども、まだまだ魔族種の領域には踏み込んではおらぬ。それに関連した品ということか」


 魔族種の構成は根源貴族らを頂点に置く、豪族社会のようなものだ。王のいる場所に自然と係累や臣民が集まり国を形成している。


 中には我竜族のようにヒト種族と取引をしていた種族もいたが、基本的に王である根源貴族の気位は高く、また滅多なことでは表にはでてこない。故に魔族種の領域は未だに他種族との交流がほとんどないのが現状だった。


「まさか王都が魔族種と商取引をしていようとは驚きであるな」


 押し黙ってはいるが、イレーネとプリシリアも同じ想いを抱いているだろう。経済と軍事でこれ以上王都に水をあけられるわけにはいかない両国は、今新たな課題に直面したことを意味する。


「殿下、誤解なきよう。王都全体が魔族種と交流があるわけではありません。あくまで私が探していた品を用意できるのが、こちらのウーゴ商会だけだったのです」


 レイリィの釈明はベアトリス殿下のみならず、イレーネとプリシリアに向けても断りを入れているようだった。


「してウーゴよ、後ろの怪しげな風貌の者たちはなんなのだ。余の近衛の者たちがやにわに殺気立っている。よもや今時奴隷を供物に捧げる訳ではあるまい?」


 無論、聖都で奴隷業を行っていたアナクシア商会などもいたが、奴隷商売は表社会では忌避されるたぐいのものだ。


「もちろん違います。後ろの者たちは当商会が取り扱う至宝品を身に着けてもらっています。後ろの鎧の者は護衛役でございます」


「大きく出たなウーゴとよやらよ」


 ベアトリス殿下はちらりと、イレーネとプリシリアを見る。

 先の姫君たちが披露した国宝級の宝と自分のところの品は引けを取らない、そう言っているのも同然だったからだ。


「恐れながら申し上げれば、私共の用意した品は、先のイレーネ名誉元帥様とプリシリア内親王殿下様のものとは真逆の性質を持っております」


「む。どういう意味か。言葉遊びならば止めるがよいぞ」


「失礼をいたしました。ではまずは実物をご覧くださいませ」


 ウーゴは立ち上がると、道を譲るように脇へと退けた。

 ベアトリス殿下の御前にフードを脱ぎ捨てながら三名が歩み出る。


「あッ」と賓客の誰かが声を発した。それを切っ掛けにして、白亜の間に動揺が広がっていく。


 エメラルド・グリーン、インディゴ・ブルー、ファントム・ブラック。

 それぞれのドレスに身を包んだエアリス、セーレス、そして前オクタヴィアと。彼女たちの優れた容姿やプロポーションも去ることながら、彼女たち自身が身に付けている装飾品にも、賓客達は目を引かれていた。


 吸い寄せられるような口元のルージュから、ふと誘導させられる耳元のイヤリング。


 大きく開いた魅惑の胸元を彩る、チョーカー、プリンセス、マチネ、それぞれのネックレス。


 細くしなやかな指先を彩るソリティア・リングとチャームプレスレット。


 それら装飾品を彩るのは、魔法を付加されたドルゴリオタイトであり、エアリスとセーレスの石にはそれぞれの、風と水の精霊魔法が宿っている。


 魔法世界マクマティカには存在し得るはずもない、それら精緻で至高のアクセサリーの数々は、女性はもちろん男性であっても、賓客達の度肝を抜く圧巻の美しさを放っていた。


 続く。

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