第297話 東国のドルゴリオタイト篇㉜ 正餐の席で家族を守る龍神様〜ベアトリス生誕祭・夕刻

 * * *



 エストランテ王宮・白亜の間。

 その名前の通り、天井も床も壁も、すべて白を基調とした大広間である。


 王宮で一番の収容人数を誇り、そこには今、様々な衣装に身を包んだ賓客たちで溢れていた。


 ヒト種族、獣人種が一堂に会し、自分の所属するコミュニティーに由来する色とりどりの正装でドレスアップをしている。特に女性の衣装は見ているだけで飽きないほど多彩だ。


 長柄にズボンを合わせ足元はブーツで固めた、なんとなくモンゴルのデールを彷彿とさせるような衣装や、頭からすっぽり被るタイプの、アオザイっぽい長柄の着物、ギャザースカートにヴェールを纏った、なんとなくインドっぽいドレスなど様々だ。


 そして驚いたことに、彼女たちは皆一様にアクセサリーの類を身に付けていた。ただそれは宝石などのたぐいではなく、彫金技術で作られた、金や銀の腕輪や首輪をしているのだ。とても複雑な文様を描いている物もあって、ぜひ今度じっくり見てみたい……などと僕が思っていると――


「タケル、熱心になに見てるの?」


 後ろの方から声をかけられ、僕はビクっとなった。

 振り返れば深くフードを被ったセーレスが、隙間からニコッと笑みを浮かべている。鬼面をしているのになんで僕の視線の先が分かったのだろうかと戦慄する。


『め、珍しい彫金の腕輪をしていたから、つい見ていただけだよ。決して女性に見とれていた訳じゃないから』


 今僕たちは一足先に晩餐会場入りを果たしていた。

 王女達は賓客達の中では一番最後に入場し、その後にベアトリス王子がやってくるのだという。


 僕らは出番の時まで会場の雰囲気を掴んでおこうとレイリィ王女の許可をもらい、会場の隅っこで見学をしていた。


 晩餐会場はさすがとしか言いようがなかった。

 色とりどりの衣装に身を包んだ数百人からの人々と、様々な食材から作られた見たこともないような料理の数々。


 天井には魔法由来による鬼火が淡い光を注いでおり、もしかしたら僕は今、魔法世界マクマティカに帰還して以来、一番異世界っぽい場所にいるのかもしれない。そう思えるくらい、ちょっぴり感動しているのだった。


 そんな感じで柄にもなく雰囲気に流されて油断した。

 僕はついつい、彼女たちの前で別の女の子を目で追いかけるという大罪(?)を犯してしまっていた。


「なーんか言い訳っぽいなあ。エアリスは信じる?」


 ちらりとフード越しにエアリスへと水を向けるセーレス。水の精霊魔法使いだけに――ってやかましい。


「まさか。ただ腕輪だけ選別して見ていたなどとは信じられんな」


 エアリスもまた、フードの間からほっそりとした褐色の腕を出し、胸の前で組んで見せる。おいおい、チョロっと指輪が見えてるぞ。お披露目前なんだから仕舞ってくれ。


「まあセーレスも気づいているだろうが、常日頃からこのタケルという男は私達の身体をよく見ている。女として意識されているのは嬉しい限りだが、一切手を出してこないのは如何なものかと思う」


 ――ブッ。これからお仕事だって控えてるのに、どうしてそんな爆弾ぶっ込んでくるのエアリスさん?


「やっぱりそうだよね! 私にだけじゃないんだろうなあって思ってたけど……エアリスなら許すけど、それ以外の女の子はダメだからね?」


 めっ、とセーレスさんが芸術的な美しさの人差し指を僕に向けて突きつけてくる。桜貝のような形のいい爪が先端に乗っかっていて、思わずパクってしたくなってしまう。いやしないけど。……しないよ? したいけど。


「あの……実は」


 一番左隣に居たフードから手が上がる。こちらは同じく今回協力してもらっている前オクタヴィアだ。彼女も容姿は飛び抜けていいので、僕の家族と同様の扱いを条件に帯同してもらっている。


 だというのに、このタイミングで手を挙げるということは、僕から受けたセクハラの被害を訴えるということなのか? 実は私も見られています、なんていい出すつもりか?


 いや待て、前提がおかしい。僕は決していやらしい目で前オクタヴィアを見たことはない、はず。


 だが、オクタヴィアが挙手した途端、エアリス瞳から輝きが消えて平坦なものになり、セーレスの笑顔は引きつったまま固まってしまっている。まさか身に覚えの無い罪で彼女たちから糾弾されてしまうのか僕は?


「お、お腹が、空きました……」


 カクン、と僕はコケそうになった。

 フードの奥から覗いた前オクタヴィアはゲッソリとした顔をしていた。


 ああ、そう言えば昼からほとんど何も食べてなかったな。こういうところを僕は大いに反省しなければならないだろう。


 ちょっとヒトより不死身だったり、ちょっとヒトより精霊の加護があったりする僕らは、常人の空腹サイクルを意識していないとついつい忘れてしまうことがある。


 特に前オクタヴィアはよく食べ、よく寝る子であり、なんなら一日の大半を寝て過ごすという燃費の悪さなので、食事の時間はより重要になる。


『こりゃ、いい加減にせんか前の。もうすぐ本番じゃというのに、バクバク飯なんぞ食える訳がないじゃろうが!』


 そう言って自分の分身を叱りつけたのはオクタヴィア(蛇)だ。エーテル体で構成された自分の眷属を創り出し、それと自由にリンクできる彼女は、今回僕らの連絡役をこなしてくれている。


 そう、実はこうして晩餐会にいる僕ら以外にも、他に三つの別働隊がおり、それらにもそれぞれ一匹ずつ、エーテル体のオクタヴィアが行動を共にしているのだ。


 僕のマントの間から顔を覗かせた常人には見えざる蛇は、チロチロと舌をだしながら、蛇目をキュウっと糸のように細めてみせるのだった。


「先生、なんとか堪えてください。これが終わったらたんとごちそうをご用意していますので。ヨダレで『ふぁんで』が落ちてしまいます」


 サッとハンカチを出したエアリスが、オクタヴィアの口元を拭っている。前オクタヴィアは辛そうに呻いた。


「ですが、こんな、たくさん……異国の美味しそうな料理、目の前に……見ているだけなんて、非常に辛いものが……」


 真っ赤なルージュを引いた前オクタヴィアの唇からはタラーっと唾液が溢れている。彼女たちに施している完璧なメークも、地球にわざわざ立ち寄って、カーミラとイスカンダルさんによってされた渾身の化粧だ。


 ちなみに、僕が見せたスナップ写真以外で実際に彼女たちを見たイスカンダルさんといえば、それはもう感動のあまり、魂が抜けて死んだような表情になっていたほどだ。


 娘である桜智さんもまた、顔を赤くしたまま放心していた。素顔だけでそんなリアクションを引き出せるセーレスたちは今、鬼に金棒とも言うべきメークがされている。これを崩してしまうのはもったいない。


『わかったわかった。謁見の時に腹の虫が鳴られても困るから、軽めのものを持ってくるよ』


「おお……あり、がとう、ございます……!」


 前オクタヴィアは目に涙さえ浮かべてお礼を言ってきた。

 その代わり満腹厳禁だ。ほんと繋ぎ程度だからな。


「それじゃ私はお肉がいいなあ。なんかあそこで切り分けられてる赤身のお肉が気になってるんだけど……」


「私は、その、あそこで給仕しているあつものが気になっている。あくまでカレー作りの参考のために味見がしてみたい」


 セーレスとエアリスも便乗してきた。

 なんだかんだ言ってキミたちも気になってたのね。


 やれやれ、とばかりに僕が一歩を踏み出すと、「タケル様ここは私が」と今まで自重してくれていたウーゴが気を利かせてくれた。


「護衛役であるあなたがお三方から離れてはいけませんよ」


 そう言いながらイケメンスマイルで振り返ったウーゴが人混みの中へと入っていく。初めて会った時は鼻につく笑顔だと思ったが、こうしてしっかりと関わってしまったあとだと、その人柄も相まって、なかなかいいやつだなという評価になっている。


 まあセーレスやエアリスには、彼のスマイルが一切通用しないことが大きいと言えるだろう。と――


『おい、なんか声をかけられたぞ?』


 僕らが見守る中、ウーゴは背後を振り返り、恰幅のいい中年男性に向けてペコペコとお辞儀をしだした。


『どうやら商人仲間に捕まってしまったようじゃのう』


 オクタヴィアの言うとおり、まるまると太った豚――もとい、豚耳を持った獣人種の男性は、飲み物の入ったグラスを片手に、身振り手振りを交えてウーゴと歓談を始める。チラッと一瞬だけウーゴが僕を見る。その目は「ごめんなさい」と言っているように見えた。


『仕方がないな僕――我が行こう』


 会場に踏み出すために自分の中のスイッチを切り替える。


『いいか、全員ここから動かないように。誰に話しかけられても主人以外の命がなければ顔は見せられないと言うように』


 僕はそれだけ言い残すと、人混みの中へと向かう。

 だがヒトをかき分けるまでもなく、相手の方が僕の格好を見てサッと道を譲ってくれる。


 会場では女性の衣装は色とりどりなのに対して、男性のドレスコードはやや似通ったものだった。基本的には軍服を基調とした上下のジャケットとパンツで構成されているのだが、全員が必ず軽鎧ライトアーマーを纏っているのだ。


 やはり彫金技術はかなり発達しているらしく、見事な意匠が施されたチェストアーマーを着ていたり、肩部アーマーと左腕だけガントレットを着けていたり。中にはピカピカの脚甲を穿いているものまでいる。


 その中でも僕のような全身甲冑フルアーマーは珍しいらしい。でもそれは決して「なんだこいつは?」というような侮蔑的なものではなく、どちらかというと「おお」という感じで畏怖されているようだ。見たことも聞いたこともない地球産の僕の鎧は抜群の注目度であり、歩いているだけで衆目を集めてしまうのだ。


 素の僕だったら気後れ間違い無しの視線の雨だが、鎧を着ているとまったく気にならない。このプルートーの鎧マーク2は、装着すると心臓に毛が生える機能でも追加されているのかも。


 ――まあいい、さっさとウチのお姫様達のために料理を持っていくとしよう。


 晩餐会場は人々が歓談しやすいように立食式が採用されていた。

 広い会場の中に点々と丸いテーブルが置かれ、ひとりかふたりずついる給仕係が料理を素早く皿に載せて配っている。


 それ以外にも、飲み物を乗せたお盆を持って、会場を練り歩くウェイター、ウエイトレスが複数人いた。


 彼ら彼女らは、グラスが空になりかけている賓客の近くにそれとなく近づき、会話を邪魔しないように視界に留まって、気がついてもらえて初めて飲み物の入ったグラスを交換するようにしている。なかなかまわりへの気配りが尋常ではない仕事っぷりだった。


『お主、随分と楽しそうにしておるのう』


『まあな。これぞ異世界って感じの光景に感激してるよ』


 エーテル体の蛇と僕は小声で会話する。

 オクタヴィアの声はもちろん誰にも聞こえないが、僕の声だけは周りに聞かれてしまう。下手をすればブツブツ独り言をしゃべる危ない鎧野郎に見られてしまうので気をつけなければ。


『やれやれ、これから世界を左右するかもしれん大きな勝負に出なければならんというのに、気楽なものじゃな。よほどの大物か、よほどのバカのどっちかじゃぞお主』


『別に油断してるわけじゃないがな、それでも勝利のための前提条件はもう達成されているんだ。なにより僕の後ろは頼もしい仲間がついてるからな。負ける気がしないよ』


『言いよるのう。……初めて会った時からまだ一年も経っとらんのに、お主は肝が座りすぎじゃ。ほんによほどの経験を積んできたらしいの』


 まあなんだかんだで星をひとつ丸々救っちゃってるからね。何考えてるかわからない化物と戦うより、人間相手の方がまだ与し易いってもんだ。


『ほう、これは……』


 僕は思わず感嘆の声を上げた。

 目の前のテーブルには異国情緒あふれる料理の数々が並んでいる。

 惜しむらくは真希奈が今僕とは別行動中なので、記録写真が撮れないことか。まさかこの場でオーパーツであるスマホを取り出すわけにもいかない。実に残念だ。


 僕は心の中で幾度もシャッターを切りながら、「お取り致しましょうか」という給仕を断り、カナッペ……っぽい何かと、ローストビーフっぽい肉のスライスと、乳白色の液体が満たされたグラスを三つ、お盆の上に載せる。


『ハルベストという焼き菓子に果物を乗せた前菜と、こちらはゲルブブ肉の香草包み焼き、飲み物はクイニャムという、ヤギの乳に果実汁を加え、酒で香りをつけたものじゃな』


 サッとオクタヴィアが説明してくれる。ほほう、流石にくわしいな。

 うん、待てよこの肉って――


『これ、ゲルブブ肉、なのか?』


 超懐かしい。セーレスと初めて狩った巨大イノシシがゲルブブだ。後から知ったけど、ゲルブブは魔物族ではなく、普通のデッカイイノシシだったのだ。こりゃあ持っていったらセーレスが喜ぶぞ。


 お次はエアリスご所望のあつもの――スープを確保するべく、僕は給仕のメイドの前へと立った。その途端、ビクンと彼女の肩が震えて、慌てた様子で頭を下げた。もしかして暇すぎて寝ていたな?


『少し多めに貰えるか?』


「か、かか、畏まりました!」


 メイドはレードルを片手に、寸胴鍋の蓋を取る。途端フワッといい香りが広がった。これは、ベースは魚介系の出汁が使われているのか。この食欲を刺激する香り……僕の記憶ではラーメンのスープが近いだろうか。


 メイドがスープを一回二回とよそい、三回目を注ぐと深皿のフチギリギリになってしまう。そろそろと差し出されるスープを僕は危なげなく受け取った。


『ありがとう。うまそうだな』


 僕がそう言うと、メイドは目を丸くしながら、「もったいのうございます」と深々と頭を下げていた。どうしたんだろうと思っているとオクタヴィアが教えてくれる。


『普通このような正餐の席にやってくる者はメイドにいちいち礼など言わん。居ないものとして扱うか一方的に命令をするだけじゃからな』


『そうか。覚えておくよ。僕は実践しないと思うけど』


 僕も今、たまさか王様なんて立場にいるけど、お礼くらい言ってもいいんじゃないかなと思う。そうして僕は両手に料理を抱えたまま人々が譲ってくれた道を歩きながら、壁際の花と化している彼女たちの前へと戻る。すると――


『お、予想通りじゃったな』


 オクタヴィアの声が弾んでいる。

 望んでいたイベントが目の前で展開されているからだろう。

 だが僕としては非常に面白くないイベントである。


 壁際でフードをかぶったままのセーレス達に言い寄る男の姿があった。

 ヒト種族だろう。ケモミミや尻尾などの特徴は持たず、軍服を基調とした服装でもなく、肩から家紋が入ったたすきを下げている。ウーゴと同じく商家の若旦那と言ったところだろうか。もみあげから顎の下にまでラウンド髭が生えており、見た目だけならIT会社の社長に見えなくもない。


「いいから見せてみよ。今しがた見たことのない指輪をしていたな。そこに輝石が乗っかっていただろう。ぜひ見てみたいのだ」


「申し訳ありません。主の命なくして外套衣の下は見せられません」


 毅然とした態度できっぱりと断っているのはセーレスだ。

 肉体年齢だけなら、三人の中で前オクタヴィアが齢二百に迫るが、彼女は現オクタヴィアに記憶の大半を継承したため、精神年齢が子供並になってしまっている。


 そうすると長耳長命族エルフであるセーレスがあの中では一番年長ということになる。まるで守るようにエアリスと前オクタヴィアを背にかばっている。


 いや、あれは主にエアリスを押さえつけているのか。

 彼女からは若干の魔力が怒りとともに漏れてきてしまっている。


 アウラが生まれる前ならいざしらず、今の丸くなったエアリスでも殺気を発散する程あの男はしつこく言い寄っているというのか。


『おい、お主からも大分殺気が漏れておるぞ。本番を前に無茶な真似はせんようにな』


『わかってるさ』


 手近なテーブルに持ってきた料理を置くと、僕は肩を回しながら男の背後へと近づいた。


「俺を誰だと思っている。もし俺の目に叶えば、おまえの指輪を高値で買い取ってやろう。悪い話ではあるまい。……む。よく見ればおまえ、なかなかいい顔立ちをしているな。どれ、外套衣を取って顔も見せてみろ。おまえたちの主よりもいい思いをさせてやるぞ――」


 一瞬セーレスの顔にかかったフードに手を伸ばしたかけた男が膝から崩折れた。


「なん、だと……?」


 片膝をついた男は、そこでようやく背後に立つ僕に気がついたようだった。


『失礼。我の連れが何か粗相を?』


 鬼面の奥からギロリと、金色の瞳で見下してやる。

 男は一瞬たじろいだようだが、膝を着いている事実を思い出したのか、急ぎ立ち上がる。


「おまえが主か。その者が見たことのない指輪をつけているのが見えたのでな。見てみたくなったのだ。ぜひ開帳して欲しい」


 男は青い顔のまま、未だに足元をふらつかせながらそのようなことを言った。僕の答えは決まっていた。


『断る』


 僕はサッと背を向けると、両手を広げて彼女たちを移動させる。料理を置いてあるテーブルまで連れて行くのだ。


「貴様、待たぬか――俺を誰だと思っている! エストランテ随一の大商会ユーノスの会長であり、あの財務大官ギゼル・ティアマンテの弟である――」


 そう言って男が僕の肩を掴んでくる。途端――


「はふん」


 気の抜けるような声と共に、男が頭から床に崩れた。ザワッと周囲の客が騒然となり、慌てて駆けつけたウェイトレスが「お客様、大丈夫ですか、しっかりしてください!」と介抱している。だが男はピクリともせず、顔を真っ青にしたまま昏倒していた。周囲の者たちからしても、男が勝手に倒れたようにしか見えなかっただろう。


『ほほ、やるのうタケルよ』


 僕のマントから顔を出したオクタヴィアが賞賛を送ってくる。

 もちろん、何かしたのは僕である。


 最初、男の後ろに立った時に一回。

 そして二回目は男の方から僕へと触れてきた時に。

 その瞬間、プルートーの鎧の特性をちょっとだけ解放してやったのだ。


 プルートーの鎧。

 誰でもたった一度だけ、纏いし者の生命と引き換えに、比類なき力を与えるという呪われた妖甲である。


 不死身の僕は、プルートーの鎧の力を常時引き出せるに足る生命エネルギー――即ち魔力を対価にしながら鎧を装着している。


 だが、鎧に食わせる魔力の量を意図的に少なくしてやれば、鎧は途端僕以外から生命エネルギーを得ようと食指を伸ばそうとする。


 要するにそれは『ドレインタッチ』というやつだ。あの商家の男は自分の名前を名乗る暇もなく、プルートーの鎧に生命エネルギーを吸われ意識を失ってしまったのだった。


『三人とも大丈夫か? あの男に酷いこと言われてないか?』


「うん、大丈夫。ね、エアリス?」


「ああ、セーレスが身を挺して守ってくれたからな」


「お腹が、空きました……これ、食べていいです?」


 マイペースな前オクタヴィアに対して『前の、お主と言うやつは――!』とオクタヴィアは激おこな様子だった。


 さっきの男、名乗りかけていたけど、僕らの作戦が成功してしまえば誰が相手でも関係なくなるだろう。問題ない問題ない。


 まあ一応、彼女たちに誓った守るという約束は果たせたかな、と思う。


『セーレス、聞いて驚け。これゲルブブ肉だってさ』


「ウソ、本当に? うわあ、懐かしいなあ……!」


「なんだ、私が知らない話か?」


「あのね、私とタケルがまだリゾーマタってところに住んでいた時にね――」


「このお肉、大変な美味、です」


「ちょっと、全部食べちゃダメぇ!」


「先生、少しは自重してください!」


 やれやれ、姦しいかぎりだな。

 でもこういうのも悪くないな、と僕は思うのだった。


「いやあ、お待たせしました。ご所望の料理はこちらでよかったですよね?」


 本当に今さらと言った風情で、ウーゴが料理を抱えてやってくる。

 僕は間の悪い彼の肩に手を置きながら、『おまえって結構残念なハンサムなんだな』と言ってやった。


「はい? それはどういう意味で――はふん」


 あ。

 ドレインタッチ発動したままだった。

 顔面蒼白で倒れてしまったウーゴを、僕はなんとか回復させようと必死に介抱するのだった。


 続く。

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