第294話 東国のドルゴリオタイト篇㉙ 救われる者と救われぬ者〜峻別をする白蛇様

 * * *



「おのれぇ〜、おのれおのれおのれぇ!」


 部屋の中、ひとりの男が暴れていた。

 めちゃくちゃに手足を振り回し、目につくものを手当たり次第に床に叩きつけている。


 男の名前はビアンテ・マトー。

 エストランテ随一と歌われる大商会ユーノスの新しき番頭である。


 かなり痩せ型の小男であり、自分より権力のあるものには決して逆らうことはしないという小心者だ。本来真面目で勤勉な性格なのに、上にへつらう性質ゆえ、常に野心あるものに目をつけられては利用され続けるという不遇の人生を送ってきた。


 いつの頃からかこうして、物言わぬ食器や花瓶、書類束などをメチャクチャにして、定期的に鬱憤晴らしをするようになった。


 部屋の片隅では、三人の女たち――エストランテにある高級娼館の中でも上位に入る娼婦――が怯えた様子で身を寄せ合っている。


 来るべきときのため、ビアンテが足繁く店に通い、金と誠意で口説き落とした女達である。


 三名のうちひとりはヒト種族であり、くすんだ赤銅色の髪と、引き締まった体つきが魅力的な女性だ。他のふたりは獣人種である。青兎族せいとぞく特有の青色の髪とうさぎ耳、さらにもうひとりは黄鳥族こうちょうぞくであり、魅力的なお尻からは尾羽根が生えている。


 いずれも整った顔立ちをしており、男たちにひと夜の夢を見させる確かな手練手管を持っている。それはビアンテ自身が客として確かめてきたことであり、彼女たち以上の女はエストランテに存在しないとまで彼に確信させていた。


 故にせっせと娼館に通いつめ、拝み倒し、大金を支払うことでようやく彼女たちを借り受けることができた。それもこれも、ギゼル財務大官とともに推し進める計画のためである。


 黄龍石に魔法を付加し、それをユーノス商会の主導で売りさばく。

 付加するのはいずれも一流の魔法師によって籠められた攻撃魔法であり、強い衝撃を与えれば周囲を巻き込んで発現するように呪印を施している。


 ただ見た目だけで言えばとても美しい色艶をした石なので、見栄えのする女を用意立て、飾り付ける形で大々的に発表しようとビアンテが提案した。「それはいい、たまにはいいことを言うな」とギゼルも大絶賛だった。


 だが彼女たちの顔を見た瞬間、ギゼルは大激怒したのだった。


「商売女ではないか! その顔つき、媚を売るような視線、一発でわかるぞ! しかも獣人種までいやがる! 貴様はベアトリス殿下にそんな獣臭い女を見せるつもりか!!!」


 王都から取り寄せたという透明度の高い水飲み硝子で晩酌を煽っていたギゼルは、躊躇うことなくそれをビアンテの顔に押し付けた。


「あがッ、ぎぃ! あがががががッ!」


 薄く繊細な飲み口部分がビシっと縦に割れ、鋭い刃先となってビアンテの顔に突き刺さる。たまらず逃げようとするビアンテの襟首を掴み、皮下でザリザリと干渉する硝子片の音を楽しみながら、ギゼルは凶器と化した水飲みを押し付け続ける。


「しかも貴様のことだ、もう手つき・・・にしたのだろう! 女の趣味も悪い上に、貴様の手垢まみれの娼婦をどの面下げて披露するつもりだ! おぞましいにもほどがあるぞ!」


 偉いヒトに会うからと精一杯めかし込んだのに、心からの笑顔を否定され、女たちは震え上がった。――そうして今、やり場のない怒りを調度品にぶつけ続けるビアンテの姿にも、女たちは怯え続けている。


「も、もうやめてください、それ以上は疵にも障ります……」


 代表して赤銅色の髪の女が歩み寄る。だが振り向いたビアンテの顔を見て「ヒッ」と小さな悲鳴を上げた。


「なんだ今の悲鳴は……私の顔を見て悲鳴を上げたのか?」


「ち、ちが……」


「わかってるさ、醜い疵だものなあ! おまえたちがこうならなくてよかったよ!」


 良かったと言いながらビアンテは腹を抱えて笑った。笑ったその目尻からは止めどもなく涙が溢れていた。


 ギゼルが戯れにつけたビアンテの疵は、取り返しのつかないものになっていた。切創せっそうに切創を重ね続けた結果、彼の顔面は『三分割』されたようになっていた。高い金を支払い、水魔法の癒し手に治療を頼んだが、傷を塞ぐのが精一杯で、引きつった顔面の筋肉までは回復が望めないと言われてしまった。


 そのくせギゼルからの突き上げは日を追うごとに酷くなっていく。「代わりの女を探しておけよ。貴様が言い出しっぺなのだからな。処女――そう、できれば清らかな処女がいい。間違っても商売女なぞ連れてくるなよ!」と。


 ベアトリス殿下の生誕祭まで残り二日を切っていた。だが、ギゼルの気随に叶いそうな処女など見つかりそうにもなかった。


「ははは、ははッ――ぎッ、ぐうう……!」


 笑っている最中、疵が開いたのか、ビアンテは顔を押さえてうずくまり、さめざめと泣き始めた。部屋は悲痛な声に満たされ、いたたまれなくなった女たちはお互いを促しながら一礼し、退室していった。室内は益々、哀哭に包まれた。


「ふう、ふうぅ、ふぐううう……! ちくしょう、ちくしょう! 私が何をしたって言うんだ……私はこんな、ここまで罪深いことをしてきたのか……! 一生懸命やってきた、誰もやりたがらなかった汚れ仕事を、ユーノスのためになるならと、あの男の口車に乗って働いてきたというのに……!」


 前々から酷かったギゼルの癇癪は、ここ最近は特に酷いものになっていた。本人はもはやエストランテの王にでもなったつもりなのか、王宮でもベアトリスのいないところでは好き放題やっている。


 好みのメイドを見つければ、即座に手つきにし、飽きたら暇を与えて放逐するということを幾度も繰り返している。あまりにも目に余ったため警備隊長の男が諫言をすれば、その夜のうちに自宅が襲撃され、男の妻と娘があまりに惨い目に遭ってしまった。


 ギゼル財務大官が犯人だという証拠は何もない。だが、誰もが彼の指示であることを疑わず、以降、どんな高官や神官であっても、彼の無慈悲な復讐を恐れて口をつぐんでしまった。


 エストランテは急速に様変わりをしていた。

 特に第一王子であったゼイビスアス・エストランテ暗殺の報を受けてから、ギゼルはタガが外れてしまっていた。


 ヒト種族と獣人種が共存する稀有なる国だったエストランテは、やがて国を支配したギゼルによって、ヒト種族以外を認めず、獣人種の排斥が始まることだろう。


 もしくは公然とお触れを出して、市民階級制度が導入されるかもしれない。ヒト種族を優越として、獣人種を虐げる。


 それではヒトと他種族との共存を理想とした初代王オイゼビウスが掲げた理想を外れてしまう。いや、もう外れてしまいつつあるのかもしれなかった。


 ビアンテは自分の足元を見る。

 この壊れてしまった花瓶のように、割れてしまった湯呑みのように、破られてしまった羊皮紙のように、ひっくり返った水のように、もう二度とは元に戻らない。


 王都が、諸侯連合体が、それぞれ抱える他種族を認めない、選民思想的な国家へと、エストランテは今転げ落ちそうになっているのだ。


「だが、私に何ができる……こんな、くそ、ちくしょう……ああ、酷い!」


 姿見を見ずとも、醜い顔は触れただけでわかってしまう。

 人並みに幸せになりたかった。

 結婚もしたかった。

 生まれてくる子供も抱きたかった。

 だがこんな顔では、そんなもの、望めるはずもない。


「誰か、誰でもいい、私を……この国を助けてくれぇ……!」


 メチャクチャになった部屋の中、ビアンテはうずくまり、誰にも聞こえないよう、口元を覆いながら救いを求めた。


 もし万が一、あの扉の向こうでギゼルの手のものが聞き耳を立てていたら。そう思うと、とてもではないが大きな声など出せるはずがなかった。


 誰にも届かない。誰にも聞こえない。

 そんなビアンテの救いの願いは――


『助けてやろうか?』


 という声の主に聞き止められたのだった。



 *



「だ、誰だ――!?」


 顔上げてあたりを見渡す。

 だが部屋の中は無人だ。

 椅子も机も本棚もひっくり返され、モノが床に溢れて混沌としている。

 隠れられそうな場所はどこにもない。


「げ、幻聴か……」


『幻聴などではないぞい』


「――ッッ!?」


 今度こそハッキリと聞こえた。

 いや、聞こえるどころの話ではない。

 声は間違いなく、今ビアンテ自身の口から発せられたのだった。


「そんな、口が勝手に……!?」


『そう、儂は今貴様の身体を借りてしゃべっている……』


 ビアンテがさらに言葉を紡ごうとした途端、口が勝手に回りだし、思ってもいない台詞を喋り始めてしまう。これは夢か。はたまた幻か。


『夢でも幻聴の類いでもないぞい』


「――ッッ!?」


 心の中まで読めるのか!?


『うむ。まあある程度はのう』


 ビアンテは堪らず口を両手で塞いだ。

 だが自分の意志に反して、両手が少しずつ離れていく。

 再び口を覆い隠そうとしても、手はブルブルと震えるだけで言うことを聞いてくれなかった。


『これこれ、あまり無茶はさせるなよ。相手の肉体を操ることはできるが、無理に抵抗をされれば障害が残ってしまうこともある。顔がその有様なのに、この上身体まで不自由にはなりたくあるまい?』


「――ッ、は、はい、はいぃ!」


 ビアンテはコクコクと大仰に頷いた。


『うむ。おとなしく儂にしゃべらせておけば手荒なことはせんぞい。わかったな?』


「わ、わかりました、もちろんです!」


 ひとり、モノが散乱する部屋に跪き、天井を仰いで叫ぶ。

 傍から見ればすべてビアンテひとりが喋っているのだから、頭が触れたと思われてもおかしくない光景だった。


「あ、あなた様は一体誰なのですか!?」


『儂か? 儂はそうさな、神よ』


「神? 神様ですか?」


『おおよ。この世界を古から見つめ続ける傍観者よ。儂に知らないことはないぞ。今貴様が置かれている状況も、このエストランテという国の危機も』


「そ、それは……!?」


 神、などというものを明確に頂く宗教は存在しない。

 強いて言うならば四大精霊がそれにあたるくらいだ。


 かつてヒト種族があらヒト神として聖都に君臨していたそうだが、もう綺麗サッパリ何もかもが消えてしまったという。


『貴様の名はビアンテ。臆病者で小心者で、今まで金を払った女以外と寝た経験がない、ある意味生息子きむすこよ。ほほ』


「ど、どうしてそれを――!」


 ビアンテは三つに割れた顔が真っ赤になるのを自覚した。

 今まで誰にも話したことのない、自分のとっておきの秘密だった。


 金を払った女とならいくらでも肌を重ねられる。

 でも金が絡まない女には不信感しか抱けない。


 自分のことを心のなかでは笑っているのではないか、嫌っているのではないか。

 お金という形ある絆でしか女性と繋がれない哀れな男だった。


『言ったはずじゃぞい。儂は神だとな。なーんでも知っとる。お主が駆け出しの丁稚をしていた頃、熱を上げていた奉公娘が思えば最後の恋じゃったのう』


「うああああああッ――!?」


 できれば思い出したくもなかった過去をほじくり返され、ビアンテは悲鳴を上げた。もう間違いない、今自分の口を借りてしゃべっているのは神だ。認めてしまおう。神なのだと。


「そ、そんな神様が、一体私になんの御用で……?」


『なんじゃ、もう趣旨を忘れたか。お主を救ってやると言ったはずじゃぞい』


「わ、私を……? 本当ですか?」


 ビアンテが聞き返すと、勝手に身体が動いて腕を組んだ。そして「うむ」と自分で尊大に頷いていた。


『儂は何でも知っておる。と、これはもう言ったの。お主はギゼル・ティアマンテの悪事の片棒を長年担いできた。命令されただけ、自分の意志ではないとはいえ、多くの生命も奪ってきたはずじゃな?』


「あああ――はい、そのとおりでうございます……」


 フッと全身から力が抜け、そのまま床に額をぶつける。

 懺悔でもするように身体を投げ出し、そのままズルズルとうつ伏せになった。


「ただの丁稚見習いだった頃……、私は当時のユーノスの番頭、ギゼル様に目をかけていただいておりました……。グズで要領が悪かった私を、ギゼル様だけが厳しくも決して見放さず、商人としての心構えと仕事を教えてくれたのでした」


 最初から悪人だったものなどいない。

 今は悪魔のようなギゼルにも、善人だった頃は確かにあった。

 でももう今では、ビアンテの思い出の中にしか、そんな善人は存在しない。


「最初はこの国のためだと、意欲に燃えていたのですあの方も……。ですがいつしか、正道では決してたどり着けない領域があることに打ちのめされました。正しいことを行い、法に殉じ、誰に恥じることのない工程だったとしても、結果が伴わなければ意味がありません。たとえ間違った手段でも、法を侵しても、後ろ指をさされようとも、結果が良ければ、醜聞など帳消しにできるのです……」


 ズキンズキンと、無理な体制で喋り続けているためか、顔の疵が熱を持ち始めていた。あるいはその熱は、今はもう無くしてしまった情熱の残滓だったのかもしれない。


「やがてギゼル様も私も、結果だけを求めるようになっていった。その道程で幾多のヒトを切り捨て、心を殺し、嘆きを踏みにじり、そしてあの方は財務大官にまで上り詰めた。エストランテという商業国家の国庫を操れる立場になった……。わかっていたのです。ようやく立った頂点で、今更良い行いなどできるはずもない。もうどうしようもないほど私もあの方も、心は汚れ尽くしてしまっていたのですから……」


 始まりは白くて、終わりは黒いものなーんだ。

 願い。心。理想。


 夢の始まりは清くて、その終わりは真っ黒。

 正道では絶対に到達できるはずもなかったのだ。


『そうじゃな。お主は罪に汚れ過ぎた。じゃがな、儂から見てもまだ救いはある』


「はは、どこに、そんなものがあるというのですか……」


『少なくとも貴様は今のギゼルとは違い、罪は罪と受け入れ、後悔し、少しでもそれを贖おうとしているように、儂には見える』


 ビアンテの口は勝手にしゃべる。

 ギゼルの命令で殺めてしまった要人。その家族に、見舞金と称して少なくない支援を未だに続けていること。


 ギゼルの命令で、取り潰してしまった競合商家。一家離散した彼らの働き口を斡旋し、そのための路銀を調達し、再起ができるよう陰ながら支えていたこと。


 その他にもギゼルが黒と言ったものを折衷し、望みどおり黒に見せながら白を残したり。ギゼルが否と言ったものを、否としながらも決して切り捨てず、別な形で活かせるように配慮したり。


 いわばビアンテの人生とはそんなことの繰り返しだ。零れてしまったものを極力拾い上げ、形がなくなってしまったものに別の枠を用意し、壊れてしまったものを、少しでも直そうと苦心したりと。


 しょせんギゼルの尻拭いと言われようとも、それで救われたものは確実に存在するし、そんなビアンテに感謝をしているものも、少なくない数いるのだ。


『それにのう、貴様はただ単に金で結んだ縁と思い込んでおるようじゃが、部屋の外に控えておる三人の娘たちは、心から貴様を心配しておるように見えるぞい。貴様は知らぬじゃろうから教えておいてやるが、あの娘達も最初はお主を小馬鹿にしておった。自分たちに不釣り合いな男だと。じゃが貴様は自分の審美眼に誓って、あの娘達をエストランテ一と讃え、小まめに通いつめ、己の言葉と熱意で頷かせることに成功したのじゃ。採算度外視じゃったとはいえ、動かぬはずの大山を貴様はしっかと動かしたのよ』


「そんな、そんなことを言われても、信じられません……私は今まで一度も、誰かに好かれたことも、愛を囁かれたこともないのですから……」


『そりゃあ貴様が気づいとらんだけじゃ。なかなか、気位が高い娘共であることも確かじゃからな。素直になれん部分もあるのよ。じゃが、幾度となく貴様に想いを伝える努力はしておるぞい。それを汲み取ってやるのが貴様の仕事じゃろうて』


「そう、なのでしょうか……」


『今まで重ねた罪が多すぎて、自分を許すことなど到底できぬじゃろう。好意が恐ろしいのじゃろう。常に復讐の恐怖があるのじゃろう。じゃが儂ならば、貴様を救ってやれる』


 床に這いつくばっていたビアンテが、ぐぐぐっと両手を着き、己の身体を持ち上げ始める。


『救えると言っても、すべての罪が許されるわけではない。じゃが貴様に、真に悔い改める覚悟があるのなら、生涯をかけて贖う機会をやろう。このエストランテの繁栄のためにすべてを捧げるのなら、それを許そう。なあに、貴様は決してひとりではないぞ。少し勇気を出せば、共に歩んでくれる女が三人はおるぞい』


「ああ――もし、もしも本当にそんなことが叶うのなら……捧げます。もう決して逃げたりはしない。例えこの先、ずっと一人でも、祖国のために生きられるなら、本望です」


 ビアンテは顔を上げていた。

 その醜く割れた顔面を清らかな涙が伝っていた。


『うむ。ひとりではないと言うておるのじゃが……はあ、あの娘たちも苦労しそうじゃな。どこぞの龍王と同じじゃて。まあそれは貴様らで解決するがよい』


 心から同情するように、ビアンテの口を借りた神様は、大きなため息をこぼすのだった。


『貴様のような男がいるだけ、この国はまだ救われておる。じゃが、このままではエストランテはギゼルという黒雲に覆い隠され、一生陽の目を見れんくなってしまう。まさに暗黒の時代がくるじゃろう』


「それは……!」


 ギゼルが行おうとしていることは、単なる商売の枠を超えている。

 このままでは各国を巻き込んで戦争の火種にもなりかねない。そしてビアンテごときでも理解できるそれらを、わかっていて敢えてやっているフシがあるのだ。


 混沌とした世界。

 破壊と嘆きがあふれる世界。

 そこには大きな商売の機会があると、ギゼルは思い込んでいる。


『じゃから儂はギゼルの野望を阻止する手を打っておる。貴様にはそれに協力して欲しい。協力してくれた暁には……そうさな、水の精霊魔法使い・・・・・・・・に願い奉り、貴様のその顔も元に治してやろうかの』


 その言葉を聞いた途端、ビアンテは泣いた。

 子供のようにわんわんと泣いた。


 部屋の外でその声を聞く娼婦の娘たちは、耳をふさぎ、お互いを抱き寄せながら痛ましそうに顔を歪めていた。


 だが半刻も経った頃、声は止み、妙に晴れ晴れとした顔つきのビアンテが廊下に現れた。


「晩餐会当日、予定通り決行する。代わりは用意しない。お前たちを使わせて欲しい。多分、女としての矜持が著しく傷つくことになると思うが、私にとって最高の女はおまえたちだけだ」


 顔は割れて、涙でむくみ、目は腫れて酷い有様だった。

 だが今までは口ごもるばかりで、どんなに欲しても貰えなかった言葉を受け取り、女たちは悦びのあまりビアンテに抱きついた。


 抱きついた途端、やっぱり照れていつもの情けない男に戻るのだが、そんなところまで愛おしいと、女たちは思うのだった。


 押し合いへし合い、甘い吐息を吐きながら部屋のベッドへとなだれ込む四人と入れ替わりに、締まりかけた扉の隙間から、白い蛇が逃げ出すのを見たものは、誰もいなかった。


 続く。

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