第292話 東国のドルゴリオタイト篇㉗ わがまま姫様の逃避行〜私をここから連れ出して!

 * * *



 ――この場における発言はすべて記録されます。後にその真贋を確かめられ、虚偽が判明した場合は王族でも罪に問われることがあります。


「ああ、わかっている。さっさと始めてくれ」


 ――まずはお名前をお願いします。


「イレーネ・アンゲリーナ・ドゴイ。軍事要塞国家ドゴイ王家の末娘だ」


 ――この度、エストランテの首都ヘスペリストにおいて、ハーン国王の四女、オットー・レイリィ・バウムガルデン様が街中で襲われる事態が発生しました。捕縛した者たちの素性は現在調査中ではありますが、全員が暗殺をなりわいとする者であるようです。


「そのようだな。そのような者たちに襲われてもなお、レイリィ様が無事だったのは喜ばしいことだ」


 ――その上でお尋ねします。あなたは王都並びに、ハーン王家への反抗心から暗殺者をけしかけた事実はありませんか?


「なにをバカなことを。そんなくだらない質問には答える必要を認めないな」


 ――お席に戻ってください。この査問調査は厳正なものです。質問を拒否することは罪に問われ、そのままハーン14世へと報告されます。王都とドゴイに軋轢が生まれますよ。


「――くッ。答えは決まっている。私がレイリィ王女の暗殺を指示したことはない」


 ――四大精霊の神名に誓えますか?


「誓う」


 ――次の質問です。レイリィ王女が当時口にしていたのは、王女自身のメイドが用意したお茶と、貴方が用意したラミパスと呼ばれる香草肉の腸詰めだけでした。こちらはあなたご自身が用意されたもので間違いありませんね?


「そのとおりだ」


 ――レイリィ王女はそれらを口にした直後、展望室から飛び降りかけ、また、護衛を振り切って街中にでるという奇行に走りました。その上で質問します。あなたが用意したラミパスには、何かヒトの正気を失わせる薬物が仕込まれていたのではありませんか?


「断じて無い! あれは一般の兵士たちも口にする兵糧の一部を持ってきたものだ! 無選別に三本を用意し、それぞれを私とレイリィ王女、プリシリア内親王殿下と共に食しただけだ!」


 ――一般の兵士も口にするものを王女に食べさせることに抵抗はありませんでしたか。また、王女が食べる分は貴方がお皿に置いて差し出したとの証言がありますが?


「抵抗はもちろんあったが、それでも食べたいとレイリィ王女が自らおっしゃられたのだ。普段私も口にしているものだし問題はないと思った。確かに私が給仕したものだが、誓って薬物などを仕込んだつもりはない。王女の食べ残しを精査すればわかるはずだ」


 ――わかりました。質問は以上です。ありがとうございました。


「……こそこそと姿を表さず不敬だな貴様ら。あとで審議院にはドゴイから正式に苦情を入れてやる!」



 *



 ――まずはお名前をお願いします。


「プリシリア・サリ・グリマルディ。海洋国家グリマルディの長女です」


 ――護衛の兵士たちを締め出したあと、三人で話された内容を教えてください。


「うーん、それは私達の立場上、明かせないこともあるえ」


 ――今あなたにはレイリィ王女暗殺未遂を手引した疑いがかけられています。ここでの証言は決して外部には漏れません。


「それでもな、レイリィ王女の名誉のために言えんこともあるんよ。これが答えにはなってない?」


 ――つまりそれは王女がごくごく私的なことをあなたにお話になっていた、という意味でよろしいですか。


「うん、それでええよ。あ、正確にはウチとイレーナ様になあ」


 ――明かせる部分だけで構いません。お話ください。


「せやからそれを話したら意味がなくなる言うてるのに」


 ――四大精霊の神名に誓って、貴方の発言を閲覧するのは私と、そして最高審議官、そしてハーン14世だけだと明言しておきます。


「ハーン14世が一番の問題なんよ」


 ――それは何故ですか。ハーン国王に対して著しい不利益を齎す事柄ということですか。


「ある意味そうかもなあ。レイリィ王女のお父はんは、レイリィ王女のこと、目の中に入れても痛ないほど可愛がってるからなあ。そんな娘のこととなると、目も曇ってしまうんやないやろか」


 ――……大体の内容はわかりました。それはレイリィ王女の男性の好みについてお話していたということでよろしいですね。


「まあ、そやね。ここまで言ってもうたから告白するけど、王女はんは『流星の君』と呼んでる男が好きらしいんよ」


 ――確かに一考に価する内容ですね。ハーン国王には表現を和らげて報告します。でなければその『流星の君』を消す可能性が出てくるということですね。


「ホンマよ。ヒト狩りなんて太古の野蛮な時代に戻りた無いしなあ。まあそんなわけで、不味いお茶飲みながら、恋の話に花を咲かせてたんよ」


 ――わかりました。では王女が展望室から飛び降りそうになったり、護衛を振り切って街へ行かれたのは何故なのでしょう。


「うーん、よくわからんけど、街中で変な格好の男――男かなあ。多分体格的には男やと思うけど、それを見た瞬間から、王女はんがおかしなって……」


 ――男、ですか。どのような?


「見たこともない黒と銀色の全身鎧を着てたえ。真っ赤な外套衣マントも羽織ってたなあ。そんで王女はんがなんか叫んで、落ちそうになって、走っていって……」


 ――話の流れからして、その鎧の男が『流星の君』だったと?


「いやわからんよ。でもまあ、自分が好いた男と勘違いして追いかけて、運悪く一人きりになったところを悪い奴らに襲われたんやろうなあ。怪我がなくてウチもホッとしとるんよ」


 ――なるほど。質問は以上です。ご協力ありがとうございました。


「はいな」



 *



 間違いない。

 あの夜を流し込んだような漆黒と、闇を切り裂くような銀光の鎧。

 そして炎の精霊に祝福を得たかのような緋色の外套衣。


 ひと目見たあの時から、幾度もまぶたの裏に思い描き、こっそり羊皮紙に下手な絵まで描いてみた――あれは『流星の君』だ。


 私は展望室を飛び出し、護衛の兵士やメイドたちを振り切り、街中へ出た。

 私にはもう『流星の君』しか目に入っていなかった。


 だからだろう、子供の頃から幾度となく言われていた決まりを破ってしまったことも忘れていた。


 ひとつ――いついかなる時でも絶対にひとりになってはならない。

 ふたつ――信頼のおける者以外からの贈り物は受け取らない。

 みっつ――メイドや毒見役が食べたもの以外口にしない。


 細々とした決まりは他にもあるものの、私は最も重要だと躾けられてきた、そのひとつ目を綺麗さっぱり忘れていた。


『祝福の尖塔亭』を飛び出し、一目散に大通りを駆ける。

 途中、多くの市民達がドレス姿で走る私を見て身をのけぞらせるが、そんなことにかまっている暇はなかった。


 あった。

 展望室から見下ろした商人ギルドの徽章。

 私は迷うことなくその扉を開ける。


 バダンッッ、と勢いがつきすぎてとんでもない音がした。

 ギルド内の全員が私に注目し、その誰もがギョッと目を剥いている。


「今――ッ、ここにッ、鎧を着た男ッ、来ませんでしたかッッ!」


 自分でも驚く。

 こんな大きな声を出したのは生まれて初めてだ。


 仕切り机の向こうにいた職員の男性が、私の身なりにサッと目を通し、「今しがた出て行かれたのですが……」と答えた。


「――ッ!」


 私は暇を告げる礼もせず、すぐさま通りへと取って返した。

 右か、左か。私が来た方角からは、大挙する足音と「姫ーッ!」「王女ー!」という声が聞こえ始める。いけない。護衛の兵士たちに捕まれば、彼を探すことができなくなってしまう。


 私はさらに大通りの奥を目指し走り出した。

 その間にも人混みの中に彼の姿がないか必死に目を凝らす。


 だがいない。

 どこにも鎧姿の『流星の君』の姿はなかった。


 まさか見間違いだった?

 よく似たヒトを私がそう思い込んだだけ?


 弱音の虫が私に囁く。

 負けるもんかと私は必死に走った――



 *



 気がつけば知らない場所にいた。

 途中、護衛の兵士たちを躱すため、大通りを外れて何度も道を折れた結果、人通りの少ない裏道へ迷い込んでしまったようだった。


 もう走れない。体力の限界と共に立ち止まると、急激に自分の中にあった熱が冷めていくのを感じた。足元は泥に塗れ、ドレスの裾はボロボロにすり減っていた。


「誰か、水を――」


 そう言いかけてハッとする。

 振り向いた先に、誰かが立っている。

 ゾクリ、と背中が泡立つのを感じ、私は足速に駆け出していた。


 自分が今どんなに不味い状況にあるかを自覚する。

 いくら『流星の君』を追いかけるためとはいえ、護衛の兵士たちから逃げ、わざと一人になり、今はこんなヒトのいない裏通りにいる。


 物心がついた時から口が酸っぱくなるほど言われていること。

 王族には常に暗殺の危険がある、と。


 それはエストランテという他国であっても同じ。

 いや、むしろ限られた護衛しか連れてきていない第三国だからこそ危険は高まる。


「早くここを離れなくちゃ――」


 大きな通りに出れば誰かが見つけてくれるはず。

 だが――


「ひッ」


 顔にボロ布を纏った男が立っている。

 私が今曲がろうとした角の向こうに、先程背後の道に立っていたのと同じ覆面の男が立っているのだ。


 このまま行くのはダメだ。

 次の角で曲がれば――


「ウソッ」


 私が行こうと思った先々に、覆面を着けた男が立っていた。

 まさか同一人物なはずがなく――私は行き止まりにたどり着くことでようやく、自分が包囲され、追い詰められていたことを知った。


「はあはあ……もうダメ、限界……!」


 壁に手をつき、ぜいはあと喘ぐ。

 こんなことなら武術教官の言うとおり、もっと体力づくりをしておけばよかった。


 でも今更そんなことを後悔しても遅い。

 振り返ればそこには五人の覆面男たちが立っていた。


「もし、少々道に迷ってしまったので、大通りへ連れていっていただけませんか? そうすれば多少なりとも謝礼をお渡ししますよ?」


 覆面の男たちは面食らったように首を突き出し、次の瞬間大笑いを始めた。ヒトの物言いを笑うなんて感じの悪い人たちです。


「オットー・レイリィ・バウムガルデン、だな」


「いいえ、違いますよ」


 ニコっと笑う。

 覆面たちは再び肩を揺すって笑い始めた。

 むう。腹が立ちますね。


「第三国で網を張っていれば必ず隙を見せると思っていたが――まさか自分から護衛を振り切ってこちらに飛び込んできてくれるとはな。正気を疑ったぞ。お陰で急ごしらえの覆面をするハメになった」


 ペラペラと自分たちの素性を話してくれます。

 網を張っていたというとおり、おそらくは普段から私の生命を狙っている手合なのでしょう。


 今回私がエストランテに赴くという情報を事前に知っていたと考えれば――潮流を利用した海路では追跡が困難なので、予め陸路でエストランテ入りしていたことになります。


 その情報源と旅の資金源を考えれば、彼らの支援者は数人に絞ることが可能なのですが……。


「いえ、やめておきましょう。自分の雇い主すら知らない雑魚かもしれませんし」


「あん、誰が雑魚だって?」


 ピタリと、男たちが笑いを収める。

 不機嫌そうに一人が睨みつけてきた。


「いえ、申し訳ありません。私市井の卑語には疎くて。なんと言い直したらいいのかしら。道化師? それとも小者、でしょうか」


「こ、このアマ……!」


 このヒトたちがお馬鹿さんなお陰でだいぶ時間が稼げていますが、護衛の兵士はまだでしょうか。私、自分で思っているよりもずっと、大通りを外れた辺鄙へんぴなところに来てしまったのかもしれません。


 と、男たちの様子が変わっていました。

 一人が私の方を指差し、他の覆面に何かを訴えています。


 他の覆面達は最初首を振っていましたが、渋々頷いたようです。

 嫌な予感……。


「よくもバカにしてくれたなあ」


「王女様と遊べるなんて最高だぜ」


一回・・ずつだぞ。それが終わったらしっかり殺せ」


 覆面越しにもわかる。喜色を浮かべたふたりが離れ、私にジリジリと詰め寄ってくる。この男たち、殺す前に私を嬲りものにする気――!?


「いや、誰か――!」


 最後の力を振り絞り、男たちの脇を抜けようとする。

 ですがあっさりと捕まり、再び奥の壁に押し付けられてしまう。


「なあ、もしかして殺さなくても、純潔さえ奪っちまえば、王女様の価値ってなくなるんじゃね?」


「それいいかも。もしくはどこの誰とも知らない下賤の血を引く子供でも孕んだらそれこそ生き地獄じゃね?」


「……おまえら、下賤って自分で言ってて虚しくならねえのか?」


 腕を組み高みの見物をする三人と、両脇から私を押さえつけようとする二人。

 ああ、どうして私は遠見の魔法しか使えないんだろう。どんなに体格差があっても、魔法さえ使えればこんな男たちなんてやっつけられるのに。


「きゃあッ!」


 節くれた手が伸びてきて、私の胸元を力任せに引き裂いた。

 弱みは見せまいと、必死に堪えていた私の覚悟は一瞬で吹き飛んでしまう。


 私の悲鳴に気を良くした男たちは、さらに私のドレスに手をかけてきた。私が悲鳴を我慢すると、破り方が浅かったのかと、さらに大きくドレスを裂いていく。


 こんな、こんなの嫌ァ……!


「だ、誰か、助け――」


「はッ、助けなんて来るわけが――」


 一瞬、頭上に影が差した。

 そう思った次の瞬間、私を両脇から押さえつけていた男たちの腕が非ぬ方を向き、ねじ曲がっていた。


 男たちが無様な絶叫を上げるより早く、その口は漆黒に鎧われた手によって押さえつけられていた。


「あ、ああ……!」


 私の視界いっぱいに緋色の外套衣に覆われた背中が見える。

 見たことも聞いたこともない異質な鎧を全身に纏ったそのお方は、掴んでいた男たちを軽々と持ち上げ、まるで石礫でも放るように手を振った。


「――ぎゃあッ!」


 ヒトが地面を水平に飛んでいき、三人の男たちを巻き込んで地面を転がる。


「貴様、何者――」


『魔素選択土精ノウム


 ぶつかって来た仲間を押しのけ、素早くナイフを抜いた覆面男たちだったが、誰何のいとまもなく、その全身は串刺しにされていた。


 まさに一瞬の出来事だった。

 男たちの周囲が円形に盛り上がり、そこから飛び出した無数のグランド・ランスが男たちを貫きながら、同時に閉じ込める檻と化したのだ。彼らは全員虫の息となり、完全に無力化されていた。


『服が破れただけか。見たところ怪我はないようだな』


 思ったよりも若い声だった。

 あのお方が、今私の目の前にいる。

 漆黒と白銀の全身鎧。

 緋色の外套衣。


 そして船上からでは分からなかった尊顔は、恐ろしい面に覆われていて素顔を見ることはできない。でもその奥から覗く金色の瞳は、心から私を気遣うように、優しく細められているのがわかった。


『タケル様、ジロジロと見すぎです! あと貴方、いつまで胸を放り出しておくつもりですか!』


『いや違う、本当に怪我の有無を確かめていただけだから!』


 背中から羽根を生やした小さな女の子がその方の顔を遮る。

 私は自分の上半身がほとんど裸なのを思い出し、「キャッ」と小さな悲鳴を上げながら蹲った。


『タケル様』


『わかってるよ』


 ふわりと、何かに包まれる。

 目を開ければすぐ目の前にあの方がしゃがみ込んでいて、私の肩には緋色の外套衣をかけてくれていた。


『立てるか』


「は、はい、あの――」


 差し出された冷たく堅い手を握り返した時、「姫様ー!」と、遠くから護衛の兵士たちの声が聞こえた。


『姫――なるほど。どうやら迎えが来たようだな。ではさらばだ』


 手を離し、背を向けるあのお方。

 私は思わずその背中に抱きついていた。


「いや、待ってください『流星の君』!」


『は?』


『はい?』


『流星の君』と羽根の生えた小さな少女が疑問の声を上げた。私は必死になって懇願する。


「どうか私をここから連れ去って! お願いです!」


『え――それは、嫌かな』


「そんな――!」


 瞬時に頭を巡らせる。

 なりふり構っている暇はない。

 今ここでこの方を行かせてしまってはもう会えなくなるかも――


「私の言うことを聞いてくださらないと、そこのむくつけ共の首領が貴方だと証言します!」


『なんだって――!?』


『流星の君』は私と背後で串刺しになっている男たちとを見比べる。

 そうして『はあ』とため息を一つ、私を諭すように言った。


『落ち着け。言っていることがめちゃくちゃだぞ。キミは後ろの奴らに襲われていて、僕はそれを助けた。そこに落ち度はなかったはずだ。そうだな?』


 冷静に返された私は自分の顔が熱くなるのを感じた。

 バカでもめちゃくちゃでもいい。

 あなたに行ってほしくないだけなの――


「服……、そう、ドレスが破られて、私の素肌をあなたは見ましたよね!?」


 こうなったらとことんまで食い下がる。

 恥も外聞もない。眦を決して睨みつけると、途端弱々しい声が返ってきた。


『それは不可抗力だ。決して見たくて見たんじゃない』


「やっぱり見たんですね! 私、実はとっても偉いお姫様なんです。私の素肌を見ることが許される異性はお父様しかいません。それ以外の殿方が見たら即刻打ち首です。言っている意味、わかりますね?」


『ええ……?』


「さあ、どうするんです!?」


 私はすっくと立ち上がると、外套衣を開き、まるで自分の乳房を見せつけるように『流星の君』へと迫った。


 とっても恥ずかしいし、愚かなことをしている自覚はあった。

 でももうこんなことくらいしか思いつかなかった。


『タイムリミットですタケル様』


『はあ。魔素選択――風精シルフ


 そう呟くと『流星の君』は私の身体にしっかりと外套衣を巻きつけ、おもむろに抱き寄せた。


「王女!」


「姫様――やや、アレは!?」


 角を曲がってきた護衛の兵士たちがこちらに走ってくるが、私には目もくれず、串刺しになっている男たちを取り囲んでいる。


 まさか、私達が見えていない?

 風の魔法? 周りの風景に溶け込んでるの?


『流星の君』を見れば、「しー」と口元に人差し指を当てている。

 そして仮面の奥の瞳が片方、パチリと閉じられた。


 その瞬間、私は息を飲んだ。

 喉の奥がキュウっと締め付けられ、全身が熱くなる。


『流星の君』が私を抱き上げる。その途端、パキィンとグランド・ランスが解け、護衛の兵士たちが身構える。その一瞬の隙をついて、私たちは空へと飛び上がっていた。


『祝福の尖塔亭』の展望室なんて目じゃない。遥か眼下にはエストランテの街並みが広がっている。


 左を向けば遥かな水平線が見て取れ、右を見れば遠くの峰と鬱蒼と茂る魔の森が一望できた。


 すごい。

 こんな景色、生まれて初めて見た。


 王族に生まれてから不自由も多かったが、それより以上の恩恵を受けて生きてきた。望むものは望むままに手に入り、それがどれほど恵まれたことなのかも自覚しながら生きてきたつもりだ。


 でも、こんな贅沢知らなかった。

 こんな風景が見られるなんて思いもよらなかった。


『ご満足いただけましたか、わがまま姫?』


 私を抱えたまま、まるで散歩でもするように空を歩く『流星の君』。

 私はその胸に頬を寄せながら「まだ、全然足りません」と呟くのだった。


 続く。

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