第290話 東国のドルゴリオタイト篇㉕ 第三次女子会戦争勃発?〜エストランテに集う三人の美姫たち

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 ベアトリス生誕祭はその実、エストランテの次期王であるベアトリスのお披露目のため、大々的に開催される。


 一年も前から世界各国の王族、貴族、要人に招待状が配られ、中には世界の果てから駆けつける者までいる。


 エストランテは永世中立を謳う通り、商取引で様々な国、商会、王族、貴族に対して顔が利き、エストランテ王宮の名の下、数々の調停役をこなしてきたという実績がある。


 つまり呉越同舟ごえつどうしゅう

 本来ならば天敵ともいうべきものたちが、エストランテ国内でのみは互いのイザコザや相克を忘れ、表面上は友好を演出するのが暗黙の了解になっているのだ。


 エストランテ王宮を頂く首都ヘスペリスト。


 東の一大寄港地としても有名であり、様々商船や船団が逗留する様は壮観という他ない。そんな港に今は異様な軍艦が二隻、まるで睨み合うかのように隣り合い、船着き場に鎮座していた。


 一隻は鋼鉄製の外皮を纏いた高速船である。

 マストも砲門も全く見られない、ノッペリとした形をしており、横から見れば海上からせり出した鋭い矢じりのようにも見える。本当に軍艦なのかと目を疑うほどだ。

 だが、流体力学的には非常に優れた形をしており、荒波を砕き最短距離を駆け抜けるまさに矢のような構造をしている。


 もう一隻は漆黒の帆船である。

 フォア、メイン、ミズンと雄々しい三つの帆柱が並び、今は旅を終えた渡り鳥のように帆を畳み、翼を休めている。


 由緒正しき帆船ではあるが、船体に満遍なく闇真珠ダクデモンの粉末が塗布された予算度外視の超高級帆船である。闇真珠は彼の地で産出される希少宝珠であり、あらゆる厄災を退ける不沈船の伝説を持っていた。


 前者は軍事要塞国家ドゴイの最新鋭護衛高速戦艦『ダミアス』。

 後者を海洋都市グリマリディの古式不沈戦艦『ニュンペリア』。


 王都と諸侯連合体が軍事同盟を締結し、ヒト種族における一大勢力をほしいままにしている現在。唯一それらに単独で対抗できる独立国である両雄。


 そしてドゴイとグリマルディが技術の粋を結集して創り上げた最強の戦艦が並び立って係留する姿はある種最高の見世物として、連日多くの見物人を港に集めていた。


 そしてまた一隻、つい先程到着したばかりの戦艦が沖合に係留されていた。

 大きい。ドゴイやグリマルディのものより有に三倍の大きさがある。

 あまりの巨体のために戦艦というより海に浮かぶ要塞といった風情。


 遥かな沖合で霞がかかって見える程の海上に我が物顔で停泊するその戦艦こそ王都ラザフォードはオットー・ハーン・エウドクソス王、そして諸侯連合体アーガ・マヤ共同開発による最強の船、『アストラエアー号』である。


 それはドゴイのダミアス(最新式)と、グリマルディのニュンペリア(古式)のちょうど中間を見ているような、これぞまさに戦艦といった風情の船であり、艦首と艦尾にそれぞれ檣楼しょうろうがそびえ立ち、なんと以前にはなかった砲塔のようなものまで見て取れる。もしもそれが飾りで無いとすれば、凄まじい攻撃力を誇る戦艦ということになるだろう。


 そして、そんなアストラエアー号から発進した小型船舶がヘスペリスト港へと今、到着した。


「ふあっ、あふっ……うーん、カラダが固まってしまいましたぁ……!」


 淑女にあるまじきあくびをひとつ……いやふたつ。

 長い船上生活で凝り固まってしまった全身を解すべく、オットー・レイリィ・バウムガルデン――レイリィ姫は大きな伸びをした。


「ううんッ!」と直ちにお付きのメイドたちから咳払いによる注意が入り、レイリィは慌てて口を塞いだ。


 寒い季節を脱したとはいえ、やはり王都やアーガ・マヤとは気候がだいぶ違う。向こうはもう暑いくらいの陽気だと言うのに、エストランテはまだまだ肌寒い。だが船酔い気味だったレイリィは冷たい空気を胸いっぱいに吸気し吐き出す。それだけで倦怠感や吐き気が消えていくような気がした。


 約二ヶ月に及ぶ長期航海を終えて、ようやくエストランテの首都ヘスペリストに到着することができた。


 本日は三日後から大々的に行われるエストランテ次期王、ベアトリス様の生誕祭に出席するため、父の名代として遠路はるばる世界の果てからやってきたのだ。


 世界の半分を踏破するような長距離航海だったが、マクマティカの海には高速で流動する潮流海域があり、船乗りならばそれを利用して船旅を短縮することが可能なのだ。


 だが同時にそれは魔の海域としても有名であり、頑丈な大型商船や、軍艦でもない限り、船がバラバラになってしまうこともある。また、その海域で船から転落すれば、遺体さえ浮かんでくることはないとして恐れられていた。


「でも帰りは陸路なんですよねえ。今度はお尻が痛くなりそうです」


 本来なら外洋を巡る一方方向の高速潮流に乗り、長耳長命エルフの領域やドゴイやグリマルディを掠めてアーガ・マヤのマイトレア軍港へと帰港することが可能なのだが、現在ミュー山脈の北側で発生している大災害により、大事を取って陸路で帰ることが提案されている。


 獣人種の領地を通り、魔の森を隣に見ながらジオグラシア海の手前まで行く。正面は魔族種領ヒルベルト大陸。ジオグラシア海を育む大河川ナウシズを北上し、境界の宿場町リゾーマタを経て、ようやく王都へ帰還する予定だ。


 アストラエアー号は穏やかな内海を通って帰らなければならず、その場合の航海は一年を越えてしまう。


 陸路であってもまるっと四ヶ月はかかる道のりであり、つくづく、魔の森というものが邪魔でしょうがない、とレイリィは思った。


 獣人種の列強氏族は魔の森を開拓し、魔物種を狩り、自分たちの領域を拡大する義務を負うという。王都の方からも資金援助すれば、それは今より加速するだろうか。リゾーマタから直線距離でエストランテに来ることができれば、交易がもっとしやすくなるだろうに。


 レイリィはそんなことを考えながら、海軍兵に誘導され、複数のメイドたちを引き連れながら波止場へと降り立った。


 多くの視線を感じる。遠巻きにエストランテ市民たちがこちらを見ていた。メイドの一人が「追い払いますか」と耳元で囁くのを制しながら、にこやかな笑顔と共に手を振ってやる。


 途端「おお〜」「姫様ー」と歓声が上がる。レイリィは囁いてきたメイドに「あなたは船で待機してなさい」と小声で返すと、メイドは恐縮した様子で列から離れていった。


 もうこの時点から外交は始まっている。

 無遠慮な視線を向ける市民たちを注意することは確かにあるだろう。


 だがここは自分の国ではなく相手国なのだ。レイリィの一挙手一投足はつぶさに観察され、やがては人々の口端に上っていく。なれば、単なる一市民と切り捨てることは愚の骨頂。進んで自分の評判を拡めてくれる喧伝師と考えれば愛想も良くなるというものだった。


「レイリィ様」


 遠くを見ながら手を振り、なおかつゆっくりと歩を進めていたレイリィに声がかかる。極度の緊張を孕んだ護衛の兵士だった。波止場の向こうに明らかな一団がこちらを見ている。


 誰も彼もがピッチリとした軍装を纏い、一分の隙さえ伺えない鋭い眼光をこちらに注いでいる。そんな一団の先頭に立つもの――周りの兵士たちよりも幾分小さな、それでも女性ということを勘案すればレイリィより逞しい体つきをしている。


 イレーネ・アンゲリーナ・ドゴイ。

 齢15にして皇太子代行を務め、自身もまた名誉元帥の地位にある生粋の軍人である。レイリィが港を見やればなるほど、矢じりのように突き出た鋼の船がある。軍事大国であるドゴイの技術を集めた最新鋭戦艦だろう。


 そう、第三国で集まるからこそ、互いの最高の切り札を見せあい牽制する。これもまた外交の名を借りたひとつの戦争の形でもあるのだ。


 威圧的な視線を注ぐドゴイの軍人たちに対し、レイリィの護衛兵たちも皆一様に殺気立っている。レイリィは「みな、動かぬように」と短い命令をし、ひとり列を抜けて岸辺へ向けて歩き出した。


「レイリィ様!」「姫様!」「お戻りを!」と途端に悲鳴が上がるが知ったことではない。命令のまま動けない兵士やメイドたちを放って、レイリィはスタスタと歩を進める。


 ザワっとどよめいたドゴイの軍人たち。それを手で抑えると、イレーネ皇太子代行もまた踵を鳴らして、一人レイリィに近づいていく。


 ちょうど埠頭の中央にまできたとき、レイリィとイレーネは歩みを止めた。

 自分よりも頭ひとつ分ほども背の高い年下のイレーネを見上げながら、レイリィは口を開いた。


「お久しぶりですイレーネ・アンゲリーナ・ドゴイ様。相変わらず女にしておくのはもったいないほどの男前ですね」


 ニッコリと、本人は賛辞と疑わない麗句を述べたつもりだったが、途端にイレーネの顔は引きつった。


「こちらこそ久しぶりだオットー・レイリィ・バウムガルデン王女。病弱なまでに白い肌をされている。潮風を浴びての長旅はお身体に障ったのではないか。私はとても心配だ」


 潮騒に混じり微かに届く王女同士の会話を聞いた双方の兵士たちは、言葉で剣を交えた気分に陥っていた。


「そうなんです。二ヶ月も船上生活をしていたものだから、今は湯浴みが恋しくて。知っているかしら、ヘスペリストで一番の旅籠はたご。なんでも海を一望できる大浴場があるらしんです」


「知っている。ユーノス商会が経営する一等旅籠だ。私もそこに逗留する予定だ」


「あら、イレーネ様も?」


「奇遇やね。うちもよ」


 不意にふたりの間に割って入る影。

 それは見るから肌寒そうな民族衣装を纏った少女だった。


「プリシリア内親王殿下!」


 レイリィとイレーネの会話に割って入ったのは、海洋都市グリマルディの皇女、プリシリア・サリ・グリマルディだった。


 小麦色の健康的な肌に、大きく手足や肩、お腹を露出させた衣装。国土の大半が海であるグリマルディの特徴である全身で潮風を受け止めるような民族着は見間違えようもなかった。


「お久しぶりやねえ、オットー・レイリィ・バウムガルデン王女。そしてイレーネ・アンゲリーナ・ドゴイ様。相変わらずレイリィ様は年上に見えへんし、イレーネ様は年下に見えんねえ」


 気がつけば、埠頭の岸辺の方に待機していたイレーネの護衛たちと、プリシリアのものと思われる護衛たちとが一触即発の様相になっていた。


 片や隙なく軍服を着込んだ兵士たちと、片や浅黒い肌に隆々と漲る筋肉を誇った軽装の兵士たち。互いに視線を逸らさず、道を譲らず、至近距離からの視殺戦が始まっていた。


「まさか三人いっしょの宿だなんて。もしよろしければ、あとでお会い出来ませんか? 護衛の者たちは抜きで」


 レイリィの爆弾発言に、三国の護衛兵たちが青ざめる。睨み合っていたドゴイとグリマルディの兵士たちも一斉にこちらに向き直っている。


「失礼を承知で言わせてもらえれば、正気かレイリィ王女。我らが三名で一堂に会することの意味。無駄な緊張を生むことになるぞ」


「それはお互いいずれかの国で会合をした場合でしょう。でもここはエストランテ。永世中立を謳う第三国ですもの。お互いなんのしがらみもない場所で、目の上のコブもない状態でお話できる機会なんて、一生に一度のことかもしれないんですよ?」


「む。いや、それは確かにそうかもしれないが……」


 お互いいずれかの国――王都、ドゴイ、グリマルディ。いずれかの国の王宮晩餐会などでは幾度となく顔を合わせたことのある三名だったが、そこにはいずれも自分よりも地位の高い親兄弟、上官が幅を利かせていた。


 だが今回、永世中立国への出向とあって、最高指揮官はそれぞれ彼女たち・・・・なのである。


 つまり、誰にも邪魔されることなく、互いの胸襟を開いた状態で、本当の意味での話し合いができる数少ない機会なのだ。


「うちは賛成〜」


 真っ先に手を上げたのはプリシリアだった。

 二の腕から脇を抜けてまろやかな曲線とくびれを惜しげもなく披露しながら微笑んでいる。


「今日はお父様も大老も、うるさい親族もだーれもいないえ。こんな特殊な機会にこそ話し合いをせんと、なんのために長い船旅をしてきたのかわからんもん」


「その長い船旅の目的はベアトリス殿下の特別なお誕生日をお祝いするためのもののはずだが? それに我らがそれぞれ最高指揮官であるならば、やはり乱りな行動は避けるべきではないだろうか」


 あくまで杓子定規な考え方を変えないイレーネに対し、プリシリアは口を窄めて「ぶー」っと不満を口にした。


「せやったらええよ。私とレイリィ様だけで会おか」


「そうですねえ、私達だけで公然と秘密の会合をしてしまいましょうか」


「なッ、公然……秘密!?」


 矛盾するふたつの単語を呟きながらイレーネは狼狽えた。

 自分を除き、王都とグリマルディが急接近するようなことがあれば、軍事的な均衡が破られる可能性があるかもしれない。


 もし今日自分がこの会合に参加しなかったことが、後の将来、祖国の不利益になるようなことだけは絶対に避けなければならないのだ。


「わ、わかった。遺憾ながら私もその話し合いに参加させてもらおう」


 いつの間にか固唾を呑んでイレーネの言葉を待っていたドゴイの兵士たちが安堵の息をついた。王都はドゴイ、グリマルディにとっては格上の大国だ。その王都とグリマルディだけが接近する事態だけは看過することはできない。誰もが心のなかでイレーネの決断に賞賛を送っていた。


「それやったら決まりな。場所はどこにする? ウチの部屋でもええよ?」


「いえいえ、それなら新たに中立干渉地帯として新しいお部屋をお借りしましょう」


「賛成〜! ウチな、お菓子持ってきてん。一緒に食べようなあ」


「まあ、あのしょっぱいクッキーですね。あれにはグリマルディのお茶が合うんですよねえ」


「もちろんお茶も持ってくよ〜」


「はい、楽しみにしてますね!」


 なんだ、なんか違う。レイリィとプリシリアの会話はまるでお茶会のそれのようではないか。三国の未来を話し合う重要な会合で、茶など啜っている余裕などあるのか、とイレーネは思ってしまう。


「イレーネ様のところは発酵酒がお茶代わりでしたよね?」


「む。確かにそうだが」


「でしたら、あの味の濃い干し肉はありますか? 私アレを薄く切って摘むのが好きなんです」


「ほう……なかなか通な食べ方を知っているなレイリィ王女は」


 キツイ匂いの香草で風味をつけた堅い干し肉――ラミパスのことだ。

 それはドゴイの国民食であり、兵糧としても欠かせないものだった。


「いいだろう。会合の際にはとびきり極上のラミパスを持参しよう」


「やりました。楽しみです!」


 自分よりもふたつは歳上なはずなのに、まるで幼子のように屈託なく笑うレイリィ。イレーネは強張っていた自分の顔が自然に微笑を浮かべていることに気づいていなかった。


「それじゃあ決まりやね。迎えの馬車を待たせるのも悪いし、みんなも行こか」


 プリシリアが率先して動き、それに合わせて海の荒れくれ共と言った風情のグリマルディの兵士たちが背を向ける。


「私達もだ。さっさと旅籠に移動するぞ」


 ザッ、と敬礼をし、一糸乱れぬ行進で馬車まで向かうドゴイの兵士たち。


「それじゃあ私達も行きましょうか」


 後ろを振り返り、未だ埠頭の先っちょあたりに留まり続ける護衛の兵士やメイドたちをレイリィは促した。彼らはみな、「なんかすごいことが短時間で起こった」という認識をしヘロヘロの有様になっていた。


 こうしてヒト種族の大国の姫たち三名が、永世中立国エストランテにおいて歴史的な会合をする運びとなった。


 だがその実情は、会合とは名ばかりの女子会であることを、ドゴイの姫だけが知らないのだった。


 続く。

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