第287話 東国のドルゴリオタイト篇㉒ 護符職人の腕前拝見〜ナーガセーナに別れを告げて

 * * *



 改めて、僕の目の前には作業机を挟んでリシーカさんが座り、その隣にはケイトが座っている。父に対して怒ってる彼女はツーンとあさってを向いたままだ。


 僕の側は、僕の目の前に真希奈(人形)が机の上に正座し、その目の前には湯気を立てるお茶――ではなく、白湯が置かれている。ケイトも本来はお茶を用意したかったが、お茶っ葉すら切れていたらしい。


「ダルディオンの葉っぱ、もう暖かい季節だし近くに生えてるかも。採ってきますね!」


 飛び出しかけたケイトを僕は全力で止めた。おかまいなく、大丈夫だから。気持ちだけで嬉しいよ、と。ダルディオンなる植物がどんなものかは分からないが、雑草茶はちょっと勘弁して欲しいのだった。


「んでぇ、一体なんの用なんだよ、先生よう?」


 リシーカさんは自分の肩を擦りながら僕にものすごいメンチを切ってくる。『ゴキン』という異音で肩でも外れたかと思いきや、逆に肩こりが治ったらしい。よかったじゃん。


「本日は、護符職人としてのリシーカさんに相談があってきました」


 ちらり、とケイトの方を見る。

 中途半端に巻き込むくらいなら、きちんと話して状況を理解してもらったほうがいいと思い、ポケットの中から石を取り出す。


「こいつは……」


「わあ」


 僕が机の上にドルゴリオタイトを置くと、ふたりとも席を立ち、身を乗り出して覗き込む。


「触ってもいいか?」


「どうぞ」


 僕が言うとリシーカさんは人差し指と親指で摘んで、手のひらの上に乗せた。目の高さと水平に手を持ってくると、片目をつぶって超至近距離から石を凝視する。


「お父さん、私もみたい!」


「ちょっと待ってろ」


 先程まで、私生活のだらしなさを前にしたときはケイトの尻に敷かれていたリシーカさんだったが、こと仕事のこととなるとガラリと雰囲気が変わる。石を見せてとせがむ今のケイトは年相応の子供っぽい感じだった。


「おめえさん、こいつは黄龍石おうりゅせきか?」


 リシーカさんは石から目を外し、僕をギロっと見てくる。


「その通りです。ですが、少し違います」


 石はケイトの手に渡り、彼女は窓から差し込む午後の暖かな陽光に向かって透かして見ている。赤に近い濃い黄色はきっと夕日に照らされた彼女の髪の色と同じだ。うっとりと石を眺める姿はやっぱり女の子なのだな、とついつい目尻を下げてしまう。


「おい、なに父親のような目でヒトの娘を見てやがるんだ?」


「気のせいです」


 え? というキョトン顔でケイトが僕とリシーカさんを見比べている。なんでもないよ。


「リシーカさんが本来知ってる黄龍石はこちらでしょう?」


「おう。そうだな、これだ」


 最初にドルゴリオタイトを見せられてから黄龍石を見れば、その違いはハッキリと分かるはずだ。黄龍石なら濁った樹脂光沢。対してドルゴリオタイトになると透明感のある金剛光沢に変化するのだから。


 リシーカさんは嫌がるケイトから石を奪うと、手のひらの上にふたつの石を乗せてシゲシゲと見比べていた。ケイトもそれを脇から興味深そうに覗き込んでいる。


「なんだ、一体何をしたらこんな風になっちまうんだ?」


「それは簡単なことです」


 僕はリシーカさんの手のひらから黄龍石をつまみ上げると手の中に握り込む。


「炎の魔素よ」


 僕の手が一瞬紅蓮に包まれる。

 だが次の瞬間、炎は消失してしまう。

 手のひらを開くと、黄龍石はドルゴリオタイトへと変化していた。


「魔法? 魔法を吸収するのかこの石は!」


 唖然と大口を開けたあと、リシーカさんは叫んだ。

 ケイトもふたつに増えたドルゴリオタイトを穴が空くほど見つめている。


「本日あなたに依頼したいのは、この石の中に閉じ込めた魔法をいつでも、誰でも、安全かつ確実に取り出すことができるようにしてほしいんです」


「おめえさん、それは……」


 リシーカさんは椅子に腰を下ろすと、そのまま腕を組んで、ふたつのドルゴリオタイトを難しそうな顔で見ていた。


「実は僕の方でも、魔法を取り出せるように試みたのですが、結局失敗に終わりました」


 百理が鬼道と陰陽道を流用した独自の呪印を用いて、内部に封じられた魔法の顕現に挑戦してくれた。結果的にそれは上手く行かず、彼女の私見によれば、異世界の呪印では相性が悪いのかもしれない、とのことだった。


 では魔法世界マクマティカの護符職人であるリシーカさんならどうだろう。この世界に昔からある呪印を刻んで四大魔素を僅かながら護符に付加することができる護符職人ならこの問題を解決できるのではないだろうか。


「お父さん」


 ケイトが心配そうな声を上げる。彼女はハラハラした様子で僕とリシーカさんとを見ている。どうやら僕の力になって欲しいと、そう訴えかけてくれているようだ。


「黙ってろ」


 ただ一言、娘を封殺してリシーカさんは目をぶつってしまった。眉間に深いシワが刻まれて、大きく深い呼吸が繰り返される。


 緊張に包まれた時間。

 もしこの交渉がうまく行かなければ詰みである。


 この魔法世界マクマティカに於いて、単なる宝飾品であっても価値はあるだろう。だが、ただ綺麗で華麗なだけの宝飾品ではギゼルの野望を潰すことはできない。


 美しく、実用的で、価値のあるものでなければならない。その最後のピースを埋めるためには、どうしてもリシーカさんの技術が必要なのだ。


「いくつか問題がある」


 目をつぶったままリシーカさんはポツリと言った。


「なんですか、僕にできることがあったら、いくらでも言ってください」


 リシーカさんは片目だけ開けて、僕を視界に納めながら口を開いた。


「まず一点。金がかかる。新しい呪印を開発するためには、とにかく徹底的に試作を繰り返さなきゃならねえ。だが俺は正直、ケイトが生まれてからは新しい呪印は開発しちゃいない」


「お父さん……」


 ポンとケイトの頭の上に手をおいてリシーカさんはぐしゃぐしゃっと撫でている。

 娘が生まれてから呪印開発はしていない。試作を繰り返すとはトライ・アンド・エラーをするということだろう。


 それには時間もお金もかかるはずだ。娘とふたり、食べていくために、新しい呪印開発という危険な橋は渡れなかったということか。


「お金ってどれくらいかかるんですか?」


「そりゃおめえ、この石があればあるだけ必要よ。だが黄龍石なんて希少石、そうそう用意できねえだろうが」


「それはまったく問題ないです」


「あん?」


 ケイトは口元を押さえて笑いを噛み殺している。

 黄龍石は名前に龍がついてる通り、龍神族の領地が産出地なのだ。


 学校の一部には僕が龍神族の王であることがバレてるけど、一歩街に出れば、未だに魔法学校のナスカ先生で通っている。


「他には何が必要ですか?」


「あとは……これは俺のわがままなんだが、どうも俺はこう、自分の書いた呪印を手元に残しておきてえ質なんだ。そのための羊皮紙が必要になるん、だが……」


 ジトーっとしたケイトの視線を躱すように顔をそむけるリシーカさん。


「他のもので代用できないんですか」


「そうだよ、ボロ布でもいいでしょお父さん」


「いやいやいや!」


 リシーカさんはとんでもないとばかりに首を振った。


「こればっかりは本当に代わりがきかねえんだ。こう、描き心地っていうのか、そういうのが布じゃあどうしてもダメなんだ。布だと描いてるときにぐにゃっとなって、もうそれだけでイライラするっていうかよ!?」


 こればっかりは職人の気分の問題なのだろう。

 使い慣れた道具でなければ効率が著しく落ちてしまう、というのはよく聞く話だ。

 自分が気持ちよく作業できる環境を整えてから作業に挑むヒトもいるくらいだし。


「布が嫌なんですね? 羊皮紙みたいにある程度の描きやすさがあれば問題ないんですね?」


「おう。そんなものがあればとっくに別のに切り替えてるわ」


「ちょっと待って下さい。真希奈、行くぞ」


『畏まりましたー』


 僕は真希奈を連れて外に出る。

 聖剣でどこでもドア――【ゲート】を開いて御茶ノ水へ。

 毎度おなじみトゥールズ御茶ノ水店で目当ての物を買って再び魔法世界へと帰還する。10分もかかってない。


「戻りました」


「どこに行ってたんだおめえ」


 不意に退出した僕を不審げに見ているリシーカさんだったが、ドン、と机の上に買ってきたものを置くと、目を丸くした。


「これを使ってみてください」


 ケイトが「あ」と声を上げる。

 もちろん買ってきたのは筆記用具だ。

 B3の鉛筆1ダースに小さい鉛筆削り。

 そして今回はスケッチブックではなく、奮発してA4用紙500枚×5パック(特価999円税別)を買ってきた。多少濁りがある紙色だが、羊皮紙に比べたら全然描きやすいはずだ。


 僕はダンボールを開けて、中から500枚束を一つ取り出し、梱包を破いて一枚をリシーカさんの前に提示する。


「うっす! なんだこりゃあ、羊皮紙じゃないのか?」


「パルプ紙だよお父さん」


「は? ぱるぷ紙? 紙、なのか、コレが?」


 チラッとケイトが僕を見る。僕はひとつ頷いた。


「あのね、こっちは鉛筆っていってね、これは鉛筆の削り器なんだよ」


 ケイトが慣れた手つきでゴリゴリと鉛筆を削っていく。

 芯が露出した状態のモノを父に渡して「ほら」と促す。

 リシーカさんは鉛筆の尖った芯を指の腹でつついてから、思い切ってA4用紙に走らせた。


「お」


 さらさらさらっと軽くペン先を遊ばせたあと、リシーカさんは紙の幅いっぱいに収まるくらいの大きな円を描いた。それはかなり真円に近い見事な円だった。


「おいおい、こいつは……」


 円の中にさらに小さな円と中くらいの円を描き、さらにその中心に見たこともない記号を書き込んでいく。小さな円と中くらいの円の中にビッシリと記号が書き込まれた瞬間、真希奈が警告を発した。


『タケル様、魔素の流れが』


「ああ」


 まだ微弱すぎてケイトには見えていないだろう。

 でも僕と真希奈はリシーカさんが描き込みを続けているA4用紙に炎の魔素が僅かながら収束していることに気づいた。


 リシーカさんは僕とケイトが見守る中、一切筆を止めることなく呪印を描き込み続けている。そして――


「ふう、こんなもんか」


 そう言って顔を上げた瞬間だった。

 ボッ、と音を立ててA4用紙が燃えだした。


「あ、しまった!」


 そう言って慌てて飲みかけだった湯呑みに手を伸ばすリシーカさん。だが僕はそれを予想していたので、素早く魔素分子星雲エレメンタルギャラクシーを収束。燃え上がる炎の中に手を突っ込んだ。


「消えた……?」


 ケイトが呆然と呟くが、消えたというより霧散したと言った方が正しいだろう。炎は僕の手に触れた瞬間、形を失い消滅したのだから。


「わ、悪い、描き心地がよくてつい夢中で完成させちまった。いつもなら意図的に記述を間違えておくんだが……」


 申し訳なさそうに頭を掻くリシーカさんだったが、僕は驚嘆していた。

 呪印による魔素の収束。普通なら魔力を付加させなければ炎が現れるはずはない。

 だが――


『タケル様、ごくごく微弱ではありますが、空気中から魔力の収束が認められました』


「やっぱりそうか」


 空気中にある魔力とは大源や大界と呼ばれるもののはずだ。

 この魔法世界マクマティカには四大魔素が満ちると同時に、大気中には星の息吹とも言うべき星の魔力も存在する。


 あらゆる自然現象はそれら四大魔素と星の息吹とが組み合わさって発生する。

 自然発火、雷、雪、風、地震……。


 リシーカさんが今描いた呪印は魔素を集めると同時に、大気中の星の息吹をも極微量に収束させるものだったのだ。


「すごい、すごいですよリシーカさん!」


「お、おう、そうか?」


 リシーカさんは僕の手放しの賞賛にテレテレの様子だったが、これは掛け値なしにすごいことだった。そうだ、今の現象を流用すれば、例えば光源の魔法をいつでも誰でも使えるようになるかもしれない。


 ローソクや竈を燃やしていた時代が終わりを告げる日がやってくるかも……。

 いや、それでも今は――


「ここにある紙は全部差し上げます。必要な石もご用意します。是非僕の依頼を受けてください!」


 初志貫徹。

 まずは当初の目標を達成しなければならない。


「それで、その、報酬についてのお話なんですが……」


 この世界で使える現金は少ない。

 エアリスから預かってきた僅かな金銭しか無いのだ。

 日本円などこの世界ではまったく役に立たない。


 僕が言いにくそうにしていると、リシーカさんは「へっ」と笑みを零した。


「いらねえよ、この紙束だけでもお釣りがくるぜ」


「いえ、そうはいきません。今後の生活もあるし、ケイトの学費もこれからもっと掛かるでしょうし」


「ぐあ。そうだったな……」


「お父さん……」


 いらねえよ、といった手前バツが悪そうではあるが、現実を見ればタダでなんて言えないなずなのだ。ホント生活能力ないなこのおっさん。ケイトが呆れ顔になるのもわかる。


「当面はお支払はできませんが、いずれまとまった報酬をお約束できると思います」


「おう、そうか。まあ俺としてはそれでも構わねえ。幸いケイトも寮に入れたばっかりだし、俺ひとりならなんとでもなるし」


 なんとかなるって、魚の血腸まで食べようとしていたくせに。


「いえ、リシーカさんにはしばらく僕の城で作業をしてもらうことにします」


「あん? おめえさんのところ? ……今なんて言った? 城?」


「いいなー、私もナスカ先生のお城に行ってみたい!」


「また今度な」


 僕はケイトの頭を優しく撫でてやる。

 プクーっとふくれっ面だったが可愛いもんだ。

 リシーカさんは「やっぱり城って言ったよな?」と目をパチクリさせていた。


「とにかく今すぐ行きましょう。時間がありません」


「いや、行くったってなあ、こっちにも準備があるし……」


「三食寝床つきですよ」


「行くか。取り敢えず紙と描くもんがあれば問題ねえな」


 よっこいしょっと紙束を抱えるリシーカさん。

 取り敢えずエアリス特製カレーをたらふく食わせてやろう。


「せ、先生、学校には、みんなには会っていかないの?」


「ごめんな、また今度ゆっくり来るから。その時には、たくさんお土産持ってくるな」


「お土産なんかいらない。また絶対会いに来て。今度はセーレスさんやみんなも一緒に……!」


「ああ、約束する」


 近づいてきたケイトを軽くハグしてやる。

 リシーカさんは「おい!」と文句をつけてきたがこれくらい赦して欲しい。


「ケイト、俺には?」


「お父さん、先生のところに行ったらお風呂に入ってね。ちょっと臭いから」


「ちくしょーッ!」


 大丈夫だケイト。セレスティアの水球風呂に入れてやるから。臭いままでは僕の家族にキレられる可能性もあるし。


 僕らは作業小屋を出て、庭へと出る。

「おい、馬車とかあるんじゃねえのか?」と言ってるリシーカさんの目の前で無垢なる刀身を抜き放ち、眼前の空間を大きく切り取った。


「なんじゃこりゃあ!」


 突如として出現した極彩の【ゲート】に絶叫するリシーカさん。

 僕はその背中をグイグイ押しながらケイトに別れを告げた。


「じゃあなケイト、お父さん借りてくな」


「うん、しっかりこき使ってね」


「おい、ナスカが来てから俺の扱いが酷すぎないか!? あとこのキラキラしてんの謎すぎるだろ! 待て、ちょっと心の準備が――!」


 僕とリシーカさんはゲートを潜りナーガセーナに別れを告げた。


 エストランテの次期王、ベアトリス生誕祭まで一月ほどしかない。

 もし時間が足りなければ、またしてもアクア・ブラッドの時間遅延空間で缶詰をしてもらうことにしよう。


 異世界の希少石を地球で宝飾品に加工して魔法世界マクマティカの呪印技術を施す。


 完璧だ。

 僕の描く理想の宝飾品が完成しようとしている。

 あとは時間との勝負だ――


「どこだここは――!? あとなんだこの城は――!?」


 極彩のゲートを潜り、到着したのは僕の城。

 魔族種が多く住まうヒルベルト大陸のほぼ中央に位置する龍神族の領地。

 首都ダフトンの歓楽街ノーバを俯瞰する小高い丘の上、即ち龍王城である。


 見上げる古城にあんぐり大口を開け続けているリシーカさん。

 その頭上にサッと影がさした。


「なんだとおおおお!?」


 上空から現れたのは飛竜ワイバーンと神像――F22Aマリオネット・ラプターである。バッサバッサという羽撃きとズシンという衝撃。ラプターの肩に停まっていた可愛い娘たちが僕目掛けて突撃してくる。


「お父様ー!」


「……パパ」


「セレスティア、アウラ、久しぶり、元気だったか?」


「うん!」


「ひさしぶり……」


 地球で権田原……イスカンダルさんと連日打ち合わせをしていたので、城に帰ってくるのも5日ぶりくらいだ。


「そろそろ卵がなくなるってお母様が嘆いてたよ!」


「そっかそっか。あとで買ってくるよ」


「……アイス、食べたい」


「それもちゃんと買ってくるから」


 首っ玉に抱きつくふたりの娘をあやしていると、見上げるばかりの飛竜と神像、そして僕とを交互に見ていたリシーカさんが呆然と呟く。


「ナスカ、てめえ結婚してたのか」


「してないですよ。この子たちは精霊です」


 あっけらかんと答えた僕の言葉が理解できず、リシーカさんは思考停止フリーズしたようだった。


「セレスティア、このおじちゃんちょっと臭いからお風呂に入れてやって」


「はーい。アウラ、手伝って」


「泡風呂に、する……」


 背後でリシーカさんの「がばげべごぼぉ」という悲鳴が聞こえる。

 僕は食事の用意をひとり分追加してもらうべくエアリスを探して城の玄関をくぐった。


『タケル様、ひとつよろしいでしょうか』


「なに、どうかした?」


 今まで僕の頭の上を占領していた真希奈(人形)が呼び止めてくる。

 改まった物言いに僕は足を止めていた。


『タケル様の計画は今のところ順調に推移していると思います』


「うん、そうだろうそうだろう」


 元ニートな僕がこんなに東奔西走して折衷交渉をこなしているのだ。地球の大企業、御堂商事に務める資材調達部の営業にだってできない仕事だぞ。


『だからこそ、ひとつ大きな問題を見逃してはいませんか?』


「なに……どういうことだ?」


 僕は何かミスを犯しているのか。

 考えろ、何を見逃している?

 うーん、まったく思いつかない。


『タケル様はドルゴリオタイトを加工した宝飾品を用いて、エストランテ王宮に殴り込みをかけるおつもりかと存じます』


 うん、そのとおりだ。


『ですが、その宝飾品を纏う肝心な彼女たちにそのことをお話になりましたか?』


「…………………………あ」


 世界中からやんごとなき身分の者たちが集まる場所で、彼女たちに宝飾品を纏ってもらい、『見世物』になってもらわなければならない。


 それは即ち、見目麗しい彼女たちが、男たちの好色な視線にも晒されるということになるわけで……。


「しまった。それを考えてなかった……!」


 そもそもそんな見世物になることを、エアリスやセーレスが了承してくれるのだろうか。もし彼女たちが嫌だと言ったら計画が破綻してしまう。


「ま、ままま真希奈、どうしよう……?」


『そろそろ夕食のお時間です。全員が集まったとき、そうそうに切り出した方がいいと思います。遅くて得をすることは絶対にない懸案ですので』


 それだけ言うと真希奈は口をつぐんだ。

 ハッキリいって僕はガクブル状態だった。


 一体どうやって彼女たちを説得しよう。

 楽しいはずの家族の団らんの時間が、どうしようもない苦痛の時間に思えてしまう。


 僕は夕食までの間、あーでもないこーでもないと頭を悩ませ続けるのだった。


 続く。

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