第283話 東国のドルゴリオタイト篇⑱ オーダーメイドジュエリー〜職人を動かす最高の素材
* * *
突如として現れた制服姿の少女は、殺気と筋肉を漲らせるオカマ――イスカンダル・冴子(本名・権田原金之助)さんから僕を庇うよう、敢然と立ちふさがった。
「い、生命の恩人って――テロリストが誰かの生命を救うはずがないじゃない! いい桜智、テロリストっていうのはね、自分の主義主張を暴力と破壊でしか表現できない最低の卑怯者のことなのよ。奴らが齎すのは阿鼻叫喚の地獄だけなの。あの後、あなたも私も秋葉原でとんでもない目に遭ったじゃないの!」
聖夜に巻き起こった動乱。クリスマス・イブで賑わう秋葉原に於いて現出した大きな半球形のドーム。それは秋葉原駅を中心として、数万人の一般市民を中に閉じ込め、外界から断絶した異界を創り出した。
日本としては戦後最大のテロ事件として、さらに史上二番目となる『国家非常事態宣言』が発令され、国内初となる自衛隊は歩兵拡張装甲部隊による出撃が行われた事件である。
『秋葉原テロ災害』と称されるそれは、初めて世界の人々に魔法という神秘の存在を認めさせた事件であり、その後すぐにアメリカで調印式が行われた『非対称戦争対テロ法案』に日本を始めとした多くの国際国家が批准することを後押しする結果となったのだが――
「でもこのヒトは違うもん! 私のこと体を張って助けてくれたもん! 悪い人だったらそんなことするわけ無いでしょう!」
桜智と呼ばれた少女は多分高校生くらいだろう、ショートカットが可愛い女の子で、正直目の前で気炎を吐く筋肉オカマとは似ても似つかない。だが真っ向から父親に逆らう気の強い姿はやっぱり父娘なのだなあと感じてしまう。
「その男はね、ちょっと今は人相が変わってるけど、全国に指名手配されてる国際テロリストなのよ!」
ズビシっとイスカンダルさんが節くれた野太い指を僕に向けてくる。
「じゃあお父さんはこのヒトが具体的にどんな悪いことをしたのか知ってるの!?」
女の子も負けたものではなく、僕を手で指しながら、同じくらいの剣幕で言い返した。
「そ、そりゃあ具体的なことは知らないけど、きっと指名手配されるくらいなんだから、散々悪いことしてきたのよ。そうじゃなきゃ追われる立場になるはずがないでしょう!」
「それはテレビのワイドショーとかが勝手に言ってるだけでしょう! 私やお父さんも、このヒトのこと何も知らないじゃない! でも私にとっては私のこと助けてくれた恩人だもん!」
父娘の言い合いはどんどんと過熱していく。
だが僕は未だに首を捻らざるを得なかった。
こんな女の子助けたっけ?
「真希奈、お前知ってるか?」
『はい、タケル様は確かにこちらの少女を助けたのが記録に残っています。セレスティアが無為に放った水精の蛇から身を挺して庇っていますね』
「あ」
電気街口のアトレをぶっ壊し、連絡道を通じて中央改札方面に逃げる途中、セレスティアの攻撃に巻き込まれそうになっていた女の子を助けたことがたしかにあった。
「メイドのコスプレでチラシ配りしてた女の子!?」
舌戦を繰り広げていた少女がはたと振り返る。
僕にお辞儀をすると、キラキラと目を輝かせながら言った。
「そうです、その節はありがとうございました。お怪我は大丈夫ですか?」
「うん、まあちょっと痕が残ってるくらいだけど」
魔力が弱ってた頃の疵はバッチリ残ってる。あの時はこの子に差し向けられた水精の蛇を腕で受け止めたのだった。
「私、あの時は突然のことでびっくりしてしまって、慌てて追いかけたんですけど、結局あの女の人とは、ちゃんと仲直りできたんですよね?」
心深の『言霊の魔法』によって正気を失っていたセレスティアは、僕を殺傷したショックで、なんとか元に戻ることができた。
あのときのセレスティアは、見た目だけならエアリス以上の大人の姿をしていた。でも、正気を取り戻した彼女と話してみれば、生まれてから十年も経っていない、まるっきり子供のままだった。
色々誤解や行き違いもあったけど、今ではすっかり僕の娘として幸せに生活している。多分今頃はアウラと一緒にオクタヴィアの飛竜と遊んでいることだろう。
「うん、大丈夫。ホントあの時はご迷惑をおかけしました」
僕は女の子――桜智さんだけでなく、イスカンダルさんにも頭を下げた。
紛れもなくこのふたりは僕が巻き込んでしまった被害者だからだ。
ゆっくり頭をあげると、納得はしてないかわりに値踏みするようなイスカンダルさんの視線が僕を射抜いた。
そしてグイッと桜智さんの腕をつかむと、自分の元に引き寄せる。
「お父さん……!」
「ちょっと黙ってなさい。この坊やはね、今日は私の客としてきてるの。依頼人になるかどうかはまだわからないけど。でも話のプライオリティは私にあるの。わかるわね?」
「う、うん……」
感情に任せて叫んでた先程までとは違い、攻撃の意志を強烈な理性でコーティングした元傭兵は、淡々と優先権を主張した。これには桜智さんもぐうの音も出ないようで押し黙ってしまう。
「私は海外で働いていたことがあるから、普通の日本人よりもテロって言葉に過敏になってることは認めるわ。でも坊やが私や私の家族を傷つけるかもしれないという疑念はまだ拭えないの。悪いんだけどその辺をクリアにしてもらえないと、お仕事の話もなにもできないわ。色々事情があるのはわかるし、それを話せないっていうなら、悪いけどこのまま帰ってちょうだい」
「お父さんっ!」
反発しようとする桜智さんだったが、娘の腕を握りしめるイスカンダルさんはビクともしない。父の譲らない意志に桜智さんもシュンっと項垂れてしまった。
僕はカーミラを振り返る。
彼女はとっくに部屋の隅に避難済みで、ティーカップを傾けて冷めた紅茶を飲んでいた。僕のことを片目だけで見据えると、彼女は突き放すように言った。
「あなた次第でしてよタケル。私にできることはあなたに腕の確かな職人を紹介することまで。信頼関係を築いて仕事に繋げられるかどうかまでは面倒見きれません。此処から先はあなたの仕事でしてよ」
常にある享楽的な雰囲気が消え、企業人としてのカーミラの顔がそこにはあった。
地球にいるとついつい周りに流され、年相応になってしまいがちだったが、確かに僕は仕事の依頼のためにここにきたのだ。何でもかんでもおんぶにだっこではいけないだろう。なんてったって僕は王様なんてやってるんだから。
「まず、僕はあなた達を害する意思は絶対にありません。確かに僕は一度テロリストという扱いを受けましたが、それも今では取り下げられているはずです」
「テロリストの指定はそんなポンポン消えたりはしないわよ!」
警戒心の固まりになってるイスカンダルさんは、我が子を守るライオンのように吼えた。怖いは怖いが、それは相手も同じなのだと思うと優しい気持ちが溢れる。
今の彼は必死に自分の娘を守ろうとしているだけなのだ。娘がたくさんいる僕としても親近感が湧いてくる。
「でも事実です。僕をテロリストにしたのはアダム・スミスで、一応アイツとは協調体制を敷いたままですけど、もう僕をテロリストにしておく意味は失われてるはずですから」
「アダム・スミスってあの!?」
非対称戦争対テロ法案の調印式で一躍時の人となった男の名前を出され、イスカンダルさんは驚いたようだった。ふう、さてと。
「取り敢えず座りません? 一通り事情は話しますから」
僕はひっくり返っていた椅子を戻して腰を落ち着ける。桜智さんが「あ、お茶淹れます」と動こうとするが、掴まれたままの腕が邪魔だったようだ。
「お父さん、お父さんが昔戦う人だったのは知ってるけど、まずちゃんと相手を見てから警戒するようにしようよ。私はこのヒト、そんな悪い人じゃないと思う」
「桜智、あんたは黙って――」
「権田原金之助、取り敢えず身の危険はありませんわ。それは私が保証します。どうせ長い話になるのだから、肩の力を抜きなさいな」
二十年来の友人であるカーミラにそう言われ、ようやくイスカンダルさんは桜智さんの腕をほどいた。
「まったく、その名前で呼ぶんじゃないわよ」
そう言いながらも彼は、ドッカと椅子に腰掛けるのだった。
*
5月とはいえ、日が落ちると気温はガクンと落ちる。
エアコン暖房が効いた室内で、僕は一通り、この一年余りに起こった身の上話をし終えたところだった。
掻い摘んでるとはいえ自分で言っててすっげえ恥ずかしいし、すっげえ馬鹿馬鹿しい。異世界で目覚めて、人間じゃなくなって、地球に想い人を追いかけてきて、ロボットと戦って――と。
イスカンダルさんは終始腕を組んだまま黙って聞いていたが、逆に桜智さんの食いつきがとにかく半端ではなかったのには驚いた。
「それって自分の好きな女の子を取り戻すために旅に出たってことですか!」とか。
「ええッ、その女の人と一緒に地球に来ちゃった!?」とか。
「こ、子供って……!」などなど。
結構真面目だったりハードな部分も話していたつもりだったのに、桜智さんが食いつくところはいつもセーレスだったりエアリスが絡むところばかりだ。字面だけみると遊び人みたいに見えるけど、ちゃんと前後のストーリーがあるからね?
「はあ。話は終わりかしら?」
「え、ええ、一応」
僕の想い人を地球へと攫ったアダム・スミス。それを追いかけて地球で出会った人外がカーミラ。秋葉原で起こった事件を先導していたのもアダム・スミスであり、彼は世界中の憎悪を僕へと帰結させ、それを自分が華麗に誅することで民衆の支持を集めようとした。
それもコレもすべてはあの厄災。サランガ災害を乗り切るためのものだった……。
「坊や、見たところ桜智とそう歳が変わらないように見えるけど、今いくつ?」
「えっと、16になります」
僕がそういうと「まだ二年はあるのね」と呟く。なんの話だ?
「大学に入るまでには、アニメとか漫画はもうちょっと控えるようにしないとね」
イスカンダルさんはダメな子を見る父親みたいな目で諭してくる。
ああ、やっぱり信じてもらえなかったか、と僕はガッカリした。
「ぷっ、くくく……ふはっ」
「そこ、笑ってんじゃないよ」
お前が信頼関係とか言うからわざわざ長い時間使って話ししたんだろーが。
「でも今のお話が本当だったら、タケルさんはラノベ作家になれると思います」
「なれねーよ!」
桜智さんはアキバのメイド喫茶でバイトしてるようで、その手の話も大好きらしい。それにしてもダメだこの父娘……。というより、僕の話が現実離れしすぎているのだろう。どんなに頑張っても普通の生活を送ってきている一般人には受け止めきれる話ではないもんな。
「あ、もしもし注文をお願いしますわ。特上握り四人前。住所は台東区――」
「おいッ!」
なに晩飯にしようとしているんだよ! いや、それにしてもお寿司? 子供の頃食べて以来だな。ちょっとわくわく。
「だってもうお腹がペコペコなんですもの。タケル、懇切丁寧に話してダメなときは、もう実力行使しかありませんわ」
ああ、やっぱりそうなるよね?
「はああ……。真希奈、いつもより安全第一で」
『畏まりましたー。欠片も余波が及ばないようにしますので、タケル様は思い切りやっちゃってください』
「イスカンダルさん、ちょっと
「は? あんた何をするつもりよ?」
「炎の魔素よ――」
僕はいつもよりもことさら丁寧に炎の魔素に語りかける。
僕の呼びかけにより、炎の魔素が集結する。室内の温度が一気に上昇する。
「あっつ、なに、エアコン壊れた?」
イスカンダルさんはリモコンを引っ掴んで停止ボタンを押してる。だが、室内の温度はもうサウナ並になっている。桜智さんがお父さんの服の裾を掴みながら、不安そうにあたりを見渡している。
「今この部屋の中に、周辺にある炎に属する魔素を集結させています。で、魔力を付加するとこうなります」
パチン、と指を弾く。魔素励起状態になった途端、周囲には赤い綺羅星が生まれた。さながらダイヤモンドダストのような赤光を明滅させながら、僕の意志の元、室内で渦を巻き始める。
権田原父娘はその光景に目を奪われているようだ。だがここで終わってしまっては「盛大なイリュージョンね」とか言われかねない。というわけでわかりやすい形にしてみる。
「炎よ剣と成れ」
『警告。
「ヘ、ヘクトパスカルって――!」
イスカンダルさんが引きつった顔で目を見開いている。
なんてったってスーパー台風の中心気圧並のパワーがこの刀身に封じられてることになるからだ。
「真希奈、問題あるか?」
『ネガティブ。虚空心臓からの魔力精製は順調。現在ビートサイクル・レベル20。ジュール熱に換算して約40億ジュール――』
「なななな、なんの話ししてるのよあんたたち!」
全身汗だくになりながら、堪えきれないとばかりにイスカンダルさんは叫んだ。
炎の刀身は赤熱からやがて高温度を示す白熱へと変わりつつあった。
今はネエム少年に見せた炎の剣と同レベルである。
この先、もっともっと魔力を注いでいけば、炎はさらに高温を示す白みがかかった青になっていくだろう。さすがにそこまでするつもりはないが――
と、その時、『ピンポーン』とインターホンが鳴った。
瞬間、僕は炎の剣をかき消した。ムワッとした熱波が残っているが、残留した炎の魔素を散らしてやると、急激に気温が下がっていく。
『まいどー、大江戸寿司ですー』
はーい、とカーミラが対応に向かう。
しばらくして彼女は大きな寿司桶を抱えて戻ってきた。
「さあ、晩ごはんにしましょう。食べログ3.6だそうですが、実際はどうでしょうね?」
「なにおまえ、そんなの気にしながら飯頼んでるの?」
「バカにしたものではないんですのよ食べログ。昔みたいに外食で失敗することがめっきり減ったのは嬉しいかぎりですわ」
まあなんでもいいよ。ゴチになります。
「イスカンダルさん?」
「は――、あ、ええ。桜智、ちょっとテーブルの上片付けてくれる?」
「う、うん……」
ダイニングテーブルの真ん中にドンと桶を置いて、桜智さんがそれぞれの前に取り皿と醤油皿を置いてくれる。
「いただきますですわ」
「いただきます」
「…………」
「…………」
権田原父娘は無言だった。
僕は初めての特上寿司に夢中になった。
なにせ寿司なんてものとは無縁のニート生活だったから、どれもこれも初めての味である。ああ、セーレスとエリアスにも食べさせたいなあ。あ、生食って大丈夫かな……。
「それで――」
桶の中身もあらかた食べ尽くしたところで、イスカンダルさんが切り出した。
「坊や――タケルちゃんは私に何をさせたいのかしら?」
僕はビックリしてカーミラを見た。
彼女は「フッ」と微笑んでから頷いた。
僕は急ぎポケットにねじ込んだままにしていた希少石を取り出す。
「この石を加工して、宝飾品を作って欲しいんです」
「オーダーメイドジュエリーってわけね。この石はどこで採れたかしら。地球じゃなくて、タケルちゃんの世界の石?」
僕はジェムストーンである黄龍石と、魔法を付加した状態のドルゴリオタイトを見せながら懇切丁寧に説明をする。イスカンダルさんはすっかり職人の顔になって、真剣に僕の話を聞いていた。
「地球にはない未知の原石を加工できるなんて腕が鳴るわね。でも、私が仕事の依頼を受ける上でもうひとつ大事なことがあるの」
「お、お金ですか……?」
今のところ手持ちは少ないので、
「そんなのはカーミラに請求するからいいわよ」
「え?」
濃い目の緑茶を啜っていたカーミラが不意に声を上げる。
イスカンダルさんは一顧だにせず話を続けた。
「本当に優れた宝飾品はね、決して美術館にディスプレイされているものではないの。魅力的な女性が身にまとって初めて本物になるのよ。私としてはこの話、前向きに考えたいけど、タケルちゃんはちゃんとこのドルゴリオタイトを使用した宝飾品を贈りたい女性がいる?」
なんだそんなことか、と僕は思ってしまった。
元々百理とカーミラ主催の宝飾展覧会で様々な宝飾品を見て、それらを身にまとった『彼女たち』を思い描いていたのだ。なら問題はないはずである。
「真希奈、みんなの写真を見せてくれるか?」
『畏まりました。そちらのテレビをお借りしますね』
室内のWi-Fi回線に介入した真希奈が、40インチの大型テレビに僕の家族たちの写真を映し出す。それは向こうの世界で生活するうちに自然と増えていった彼女たちのスナップ写真だった。
掃除をするメイド服姿のエアリスだったり、ニッコニコの笑顔でごはんを食べるセーレス。アウラを抱いて仁愛の笑みを浮かべるエアリスや、セレスティアを膝に載せながら慈しむように頭を撫でているセーレスなどなど。
存在自体が奇跡みたいな、あるいは宝石みたいな僕の自慢の家族達である。
桜智さんが口元に手を当てて画面に魅入っている。
イスカンダルさんが食い入るように身を乗り出しながら呟いた。
「さ、最高の素材だわ。私の宝石をこの子たちが……。タケルちゃんはこの子たちを美しく
怖いくらい真剣な眼差し。
僕は頷きながら言った。
「世界中の王侯貴族が集まる晩餐会で、周りのすべてが色褪せるほどに、彼女たちを輝かせたいです」
「最高……その話乗ったわ!」
僕はオカマのジュエリー職人と固い握手を交わした。
これが後に長い付き合いになるイスカンダル冴子さんと僕の出会いだった。
続く。
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