第281話 東国のドルゴリオタイト篇⑯ ピカレスクin御徒町〜ジュエリー職人はガチオカマ?
* * *
「ここですわ」
上野駅前の喫茶店を出て、マルイの横にある細い通りをアメ横方面へと向かうと、そこはもう
昭和通りを渡って小学校の脇を抜けていくと、古ぼけたビルが目に入る。
僕達の先頭を切っていたカーミラはそこで足を止めると、パリコレモデルみたいにくるっとターンした。
「私のとっておきですわ。今回はタケルに譲ってあげましょう」
そう言って彼女は挑発的な笑みを浮かべるのだった。
*
喫茶店でほっと一息、美味しいブレンドコーヒーにありつくことができた僕は、地球の人外種であり、確固たる地位と権力を有するカーミラ、ベゴニア、百理たちに自分が抱える問題を相談するべくポケットから石を取り出す。
原石名・
魔法付加後にはドルゴリオタイトへと変化する希少な石。
魔法を付加していない黄龍石と、魔法を付加したドルゴリオタイト。それぞれの現物を目の前に見せたとき、真っ先にカーミラと百理が反応した。
「これはイエローダイヤのジェムストーン? いえ、違いますわね……」
「これは――伽藍。呪術的に言えば封印石に近い……? いえ、まさかこれは……!」
おお。
食いつき方に特徴が現れている。
カーネーショングループ内でジュエリーブランドを持つカーミラは希少石としての黄龍石に食いつき、日本を統べる古の巫女でもある百理は、魔法を付加できる呪術的な側面を看破した。
「こっちは色がだいぶ違うな」
ベゴニアは魔法が付加された状態のドルゴリオタイトをしげしげと眺めている。
長年カーミラの執事を行い、その仕事も手伝っている彼女のことだ、相当目は肥えているはずである。
「タケル、説明をしてちょうだい」
すっかり企業人の顔つきになったカーミラが僕を促す。
言われるまでもなく僕は黄龍石について話し始めた。
産出国は僕が今治めているダフトンはノーバにある龍王城の裏手のお山であること。
ところが何百年も前に他国に融通され、ずっと封印されていた黄龍石が大量に市場に流され価格が暴落してしまった。石の換金を当て込んでいた僕ん家の家計は今火の車であると。
だがその暴落には恐るべき裏の計画が隠されていた。
意図的に希少石の価格を暴落させた者は、さらにそれを自主回収し、二次加工した状態で大体的に売ろうとしている――
もしその二次加工された石が大量に出回れば、
「僅か半年足らずで世界の危機ってあなた」
「よくもまあこれだけのトラブルを呼び込めるものだな」
「災厄の日でさえ回避したタケル様です。何か大きな宿命の下に生まれたとしか言いようがありませんね」
やっぱりそうだよなあ。
自分でもこんな波乱万丈生活にビックリだ。
「それで人研のマキ博士に調査を頼んだんだけど――」
ピクっと百理が反応する。
僕も「しまった」と思い、言葉を止めて彼女の顔色を伺った。
「続けてくださいタケル様」
目だけは笑っていない百理の口元が釣り上がる。
自分を差し置いて、自分の子飼いの研究所だけ利用されたら怒るよね。ごめんよう。
「そ、それでその、石を徹底的に調べてもらった結果、やっぱり地球上のどんな石とも組成から化学式まで一致するものがなかったそうなんだけど、ただ唯一類似を示したデータがあったんだ」
完全に異世界原産で、地球上には存在しないはずの石。
それなのに類似を示したとはどういう意味なのか。
三名が真剣な面持ちで僕の言葉を待つ。
知らずに僕は周囲を見渡し、彼女たちに顔を近づけ声を潜めて言った。
「初めて真希奈を創ったときの、【シード・コア】のデータが一番近かったんだけど……」
「タケル様、それはつまり……!?」
百理が思わず大きな声を上げてしまう。
びっくりした周囲のお客さんたちが僕らを非難がましく見てくる。「失礼しました」と周囲に会釈した百理が椅子の上で居住まいを正してから、もうだいぶ冷めてしまったミルクティーを口に含んだ。
「タケル様、つまりこの石は――」
「うん、劣化版の【賢者の石】と呼んで差し支えないと思う」
膨大な魔力を持て余し、魔法を使えば極端な大威力でしか発現することができなかったかつての僕は、自身での魔法制御を諦め、魔法を制御できうる精霊を自身で創造する計画を立ち上げた。
その時、大きな問題として立ちふさがったのが、誕生した情報生命である精霊を保存しておける記憶媒体の存在だった。人間より高位な次元の情報生命を保存しておける器がなかったのである。
結局百理が御堂で保管されていた
「等級的にはとても真希奈のような情報生命を保存しておくことはできないんだけど、でもそのかわり――」
「なるほど。魔法の存在ですわね。そちらの世界では魔法師なる職業があるのでしたわね」
さすが頭の回転が早い。
僕はカーミラに大きく頷いた。
「今、本当に簡単な魔法を封じたのがこの石。名前はドルゴリオタイト。こっちの魔法を込める前の原石を黄龍石って呼んでる」
ベゴニアが持っているものを指差し、さらにテーブルの上に置いてあるものを指差す。百理が「よろしいですか」と言ってベゴニアからドルゴリオタイトを受け取った。手のひらの上に軽く乗せ、その上に軽くかぶせるように反対の手のひらを添える。仄かに手の中が輝いているように見える。百理が自身の霊力を使用しているのだとわかった。
「真っ赤に滾る血潮のような力……炎に類する魔法でしょうか」
百理の言葉に僕は「正解」と呟いた。
「パワーバランスが崩れるといったのはそういう意味か。もしこの石の中に封じられたのがもっと強力な魔法だったら……」
ベゴニアが腕を組み「むう」っと唸った。
例えばそう、原始的な棍棒しか持ち得なかった戦争に、突然手榴弾が登場するようなもの、と言えばわかりやすいだろうか。
今までは限られた才能のあるものにしかその手榴弾は使えなかった。でももうすぐ誰にでもそんな手榴弾が使えるようになるとしたら……。
「そんな技術、軍事国家なら喜んで買いそうですわね」
カーミラの何気ない言葉は、実は現実になろうとしている。
海を挟んで諸侯連合体を、そして王都を見据える軍事大国ドゴイなどがその筆頭なのだ。もし魔法が封じられた大量のドルゴリオタイトを武器に、ドゴイが王都に宣戦布告でもしたら。多分ヒト種族の半数が死滅してしまうかも。
「それでタケル、あなたはどうするつもりなの?」
「もちろん、その計画を潰すつもりだ。計画している奴と、ドルゴリオタイトのお披露目の日はわかっている」
永世中立国エストランテの財務大官ギゼル。そして一月半後の王子ベアトリス誕生祭。それに向けてカウンターを仕掛ける予定なのだ。
「奴らが発表しようとしているのはこれ、この魔法が付加された状態のドルゴリオタイト」
今は百理の手の中にあるモノを指さす。
「でも僕は地球の宝飾技術を使って、至高の芸術品にこの石を加工したい。そして内部に封印する魔法も、そんじょそこらの三流魔法師が封じた攻撃魔法なんかじゃない。エアリス、セーレスと言った精霊の加護を受けた魔法師が祈りを籠めた――例えば、たった一度だけ、どんな攻撃や不意の事故からも、自分の身を完璧に守ってくれるようなパッシブな魔法を付加させようと思う」
そのために地球のような宝飾技術はあまり発展していない。魔法を付加させたドルゴリオタイトは美しいけど、でもそれでも美術展覧会で見てきたダイヤモンドをあしらったペンダントの美しさにはとても敵わない。もしあのダイヤのペンダントをドルゴリオタイトで表現できれば……!
さらに、魔法世界における一大精霊信仰という考え。僕はたまさか、現出すれば歴史を変えるとまで言われる精霊魔法使いをふたりも身内に持っているのだ。これを利用しない手はない。
「相手が量でくるなら、僕は質で勝負する。魔法を世界に拡めた根源貴族、初代エンペドクレスを始祖に持つ僕には、魔法が世界に与える影響をコントロールする義務があると思っている。魔法による無差別の戦争を未然に防ぐためにも、ドルゴリオタイトの希少価値を今一度引き上げる。確かな身分と財力を持つ者にのみ与えられる、精霊魔法を封じた宝石として販売したいんだ……!」
テーブルに身を乗り出して、僕は柄にもなく力説した。
力あるものとして、僕はこの問題に積極的に介入する。
でも力だけではどうしようもないこともある。
自分に足りないものは、やっぱり誰かに頼らないといけない。
「頼む。みんなの力を貸して欲しい……!」
立ち上がり、テーブルに手をついて頭を下げる。
そのままの姿勢のまま、数十秒が経過する。
あれ、反応がない?
「頭を上げなさいタケル」
カーミラに促されるまま面を上げると、真摯な瞳を向けてくる三名と目がかち合った。
「不思議なものですわね、この年頃の男の子というのは。少し目を離した
「今のお前は、上に立つ者の責任と義務を背負った男の顔をしていた。お母さんは嬉しいぞ」
「立場や環境がヒトを成長させた、ということなのでしょうか。無論、タケル様には日の本は愚か、世界を救って頂いた大恩があります。異世界のこととはいえ、協力は惜しみません」
「ありがとう。感謝する――!」
これでもう百人力だ。
勝利条件はほぼ揃ったとも言える。
緊張から開放された僕は、冷めた残りのブレンドを一気に飲み干した。はあ。冷たくなっても美味いなここのコーヒー。嗜好品として
「さて、私は宝石専門、ということですわね。ならちょうどいいですわ。今から行きましょう」
「え、行くってどこに?」
カーミラは伝票を引ったくると、それをベゴニアに渡す。ベゴニアは恭しく一礼すると、会計のために先に行ってしまった。
「となりの御徒町ですわ。日本で唯一の宝飾問屋街、そして貴金属加工の職人がおりますのよ。さっそくこのドルゴリオタイト? を持っていきましょう」
スピード展開だ。
さすがはカーミラと言うべきか。
こんな打てば響くように、話を通したその日のうちにドルゴリオタイトを加工できるなんて最高じゃないか。
「ちょうど昔から付き合いのあるジュエリー職人がいるんですの。タケルに紹介してあげましょう」
そうして僕らは御徒町へと向かった。
百理は「呪術的なアプローチを検証したい」と言って僕からドルゴリオタイトを一欠片受け取り、そのまま迎えの車で人研に行ってしまった。
午後の強い日差しの中、僕はカーミラ、ベゴニアと共に隣町へと赴き、そして出会ってしまったのだ。
「イスカンダル・ジュエリー工房?」
たどり着いたのは貸しビルの一室。
ドアに掲げられた粗末な看板にはそう書かれている。
カーミラはインターホンを押そうとして不意に指を止めた。
途端ベゴニアが、「失礼タケル、私は表で待っている。私がいると話が進まなくなるからな」と言った。なんのこっちゃ?
そしてインターホンが押され、「はーい」と中から現れたのは――
「どちら様ぁ――ってあら、可愛い坊やじゃない」
「ひッ!?」
坊やじゃない、と言った途端、さり気なく僕の腰に手を回し、フェザータッチでお尻を撫でられた。そりゃ悲鳴も上げるっての。
「なあに、坊やがうちにどんな御用なの?」
僕を出迎えたのは、屈強な肉体を持ったタンクトップ姿のオカマだった。
ベゴニアを超える上背。胸が尻か! というほど発達した大胸筋。そしてキュッと引き締まったウエストとホットパンツをミチミチに押し広げるヒップ。生ゴムを注入したみたいな大腿筋。
なにより恐ろしいのが、青ひげバリバリな顔にこってりとファンデーションを塗りたくり、髪は染色なのかウィッグなのか、紫色のアフロヘッドだった。
「ま、間違いました」
僕は回れ右して一目散に逃げようとした。でもガシッと腕を掴まれてしまう。
「待って待って。間違えるわけないじゃないのよ。このフロアで埋まってる部屋は私の工房だけなのよ。あなた見たところ新聞の勧誘でもないみたいだし、あ、表に書いてあった彫金体験に来たのね、もしかして?」
べらべらと喋りながら、紫アフロのオカマが絶対に逃がさないとばかりに僕の腕を締め付けてくる。
ヤバイ、こんな人間とも魔族種ともつかない亜人類は初めてだ。僕は持ち前の膂力を使って彼(彼女?)を振りほどいた。
「あら、意外と腕力あるのね。……いい。ますます可愛い。食べちゃいたいわあなた」
「うおお……!?」
ゾクリと悪寒が走る。
ダメだ、かつて無いほど身の危険を感じる。
というかさっきまでいたカーミラの姿が見えない。
あいつめ、こんなモンスターの相手を僕にさせて、どこに行きやがった!?
「ん? あなたこれは……」
オカマが足元のドルゴリオタイトを拾い上げる。
もみ合った拍子にポケットから落としたらしい。
「金剛光沢……もしかしてイエローダイヤ? でも――」
オカマは躊躇うことなくドルゴリオタイトにガリッと歯を立てる。一瞬苦痛に顔を歪めながら驚くべきことを口にした。
「うっそ、モース硬度ダイヤ越えてる? ちょ、ちょっとちょっと、坊やの石よねこれ。なに、なんなの、この石どこから持ってきたの?」
先程まではクネクネしていたのに、今は必死の形相で僕の肩を揺さぶっている。ひええ、オカマ超怖い!
「フッフッフ。食いつきましたわね」
角の向こうから顔を覗かせたのはカーミラだ。そんなとこに隠れてたのかよ。
「その子はウチの子ですの。実は彼は希少な鉱床のグランドオーナー。そしてあなたが興味を示した石の名前はドルゴリオタイトというのです」
「カーミラ・カーネーション……! 性懲りもなくまた現れたのね! あなたとは仕事はしないって言ったでしょう!」
カーミラは不敵に笑いながらズイッと距離を詰め、オカマは僕を盾にするように身構えた。
オカマと吸血鬼に挟まれ、正直僕は生きた心地がしないのだった。
続く。
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