第278話 東国のドルゴリオタイト篇⑬ ピカレスクin上野公園〜東西宝飾美術大展覧会

 * * *



『ふんふんふーん。あー、可愛いでちゅねー。わあ、こっちもいいでちゅねー』


 僕とすれ違ったOL風のお姉さんがギョッとしながら身を引いた。

 スマホの画面ではデレデレ顔の真希奈が写っており、先程撮影したパンダの赤ちゃんの写真をとっかえひっかえ閲覧しているらしい。


 まあいいじゃないの。周りに変な目で見られようとも、愛娘が喜んでくれているんだから。


 異世界では王様なんてやってるけど、地球じゃどこからどう見ても普通の高校生だし、なんなら一度国際テロリストにまでされたくらいだし。もう正直他人にどう思われようとも全然平気なんだから…………ホントだよ?


『タケル様タケル様、インスタにアップした写真にコメントが付きました! いいねも1000件を越えましたよ!』


 情報生命体である真希奈はアウラやセレスティアのように仮初とはいえ肉体が無い分、積極的にインターネットやSNSを活用している。もしかしたら真希奈は魔法世界マクマティカより地球にいるほうが幸せなんじゃないだろうか。


「なあ真希奈」


『なんですかー?』


「正直おまえはどっちで暮らしたい?」


『ほえ?』


 スマホの画面の中に『?』のマークが踊っている。おお、なんか新しい機能が。地球に来るたびにアップデートしてるのか。


「正直魔法世界マクマティカの文明レベルはとてつもなく牧歌的だ。肉体が無いお前としちゃ地球の方が色々便利なんじゃないのか」


 スマホの画面を目の前に掲げてまっすぐ真希奈を見つめる。生まれ落ちてまだ一年も経っていない愛娘は、もう僕には無くてはならない存在だ。


 そんな彼女に自由になる肉体がないというのは親としてはとても申し訳ない気持ちになってしまう。現代地球で暮らした方が、真希奈にとっては便利なのではないだろうか。


『それはそうですけど、別にネットがなくても平気ですしー。タケル様と一緒にいられれば、真希奈はどこでも天国ですよー』


 ストレートな返答が帰ってきた。

 愛娘の率直な言葉に恥ずかしさがこみ上げてくる。


 いや、何を聞いてるんだろうね僕は。

 僕だって経験者のはずじゃないか。


 ニート生活が恋しいなんてのは最初だけで、段々とセーレスさえいればどうでも良くなっていたはずだ。そんなもんなんだ、便利さなんて。不便を誰かと共有できれば、苦にはならないものなのだ。


「バカなこと聞いたな僕」


『タケル様はたまにバカなところが堪らなく愛しいですねー』


「それかなりの殺し文句だぞ」


『ホントですか? グラっと来ましたか?』


「ちょっと、ほんのちょっとな」


『タケル様』


「な、なに?」


 タケル様ぁ、と甘えたイントネーションが耳に届く。往来のど真ん中を歩きながら僕は吹き出すハメになった。


『パンダの赤ちゃん見てたら、真希奈も赤ちゃん欲しくなっちゃいました』


 げはッ――!

 勘弁して欲しいです。

 それは神様をもう一体作れってことですかね。


 難しいなんてものじゃないんですけど……でも将来的に僕は真希奈の子供とも呼べる新たな高次元生命を創造することになるのだが……それはまた別のお話だ。



 *



 上野動物園の正面入口を出て、すぐ左に折れると、赤レンガ造りの建物が見えてくる。上野公園内にある東京都現代美術館である。


 本日の僕の目的はここで行われているチャリティーイベントの見学だ。

 本来なら日本の現代美術や伝統工芸なんかはこちらの東京都美術館で。


 西洋文化ならば、東京文化会館向かいにある国立西洋美術館と住み分けができているのだが、今回は東洋西洋を問わないコラボイベントを開催している。


 正面玄関には『追悼・サランガ災害チャリティ企画/東西宝飾美術大展覧会』なる垂れ幕が掲げられていた。


『むむむ。もしやタケル様、本日の目的はあの方・・・たちですか?』


「うん、マキ博士からの情報だと、ここ最近はこのイベントで演説してるらしい」


 僕は階段を降りてロビー階にたどり着くとチケットカウンターにお金を払う。アウラ原資の貴重なお金だ。ありがたやー。


 そのままパンフの案内に従ってエスカレーターを下り、地下三階のギャラリー室へと向かう。一番下の階には左右に大きな展示室があり、右側が日本の伝統的な宝飾品――櫛やこうがい、刀や武具といったものや、着物や染め物といったコーナーになっている。


 正直男の子として刀剣類や甲冑に興味がないわけでないが、本日の目的は左側の展示室だ。


『わあ、綺麗です……!』


 スマホから真希奈が感嘆の声を上げる。

 僕らを真っ先に出迎えたのはコンク・パールの首飾りだった。


 世界で最も希少な真珠と呼ばれるコンク・パールをふんだんに使用したネックレスであり、大きく楕円になったそれは、真ん中の輪っかに女性の首を通して三六〇度、前後左右の首周りを彩る贅沢な逸品だった。


 それらは同じ大きさの真珠を綺麗に連ねたデザインをしており、いわゆる『ユニフォームネックレス』と呼ばれるものだ。


 さらに中央に大粒のコンク・パールを配置し、左右の両端に向かって少しずつ小さなパールが並べられているのが『グラデーションネックレス』と呼ばれるものである。左右で少しずつ大きさが違う真珠がペアずつ必要なネックレスであり、昔は大変貴重なものだったらしい。


 だが今ではフェイクパール技術が発達しているためにそれほど希少では……本物だった。本物の天然パールが使用されてるネックレスだ。すげえ。


『タケル様、こちらは多分エッチぃネックレスです!』


 エッチぃとはなんだエッチぃとは。

 真希奈が反応したのはラリアットネックレスと呼ばれる輪っかのトップ部分からチェーンが垂れ下がったタイプのネックレスだ。ようするに女性の胸元を際立たせるやつだな。ああ、それに合わせる胸元の開いたドレスがエッチぃっていう意味で言ったのか。


「これは、すごいな……」


 僕が思わず唸ったのはレースタイプのネックレスだ。

 つけ襟やチョーカーをイメージしてもらえればわかりやすいだろう。レースの部分が全部ネックレスで編まれているのだ。隙間を縫うようにティアーズ、あるいはウォータードロップと呼ばれるタイプの宝石があしらわれている。


 正直僕はこれらの宝飾品に興味はまったくなかった。

 自分で身につけるわけはないし、もしかしたら母親がひとつかふたつ、指輪かネックレスくらい持っていたかも知れないが、ほとんど記憶にない。


 それくらい自分には縁遠い存在だったのだが、これは――ここに展示されているどれもこれも、そんなこととは関係なしに、至高の美術品なのだとわかってしまう。


 実際、僕の周りにいるお客さんたちは女性客ばかりだが、中にはちらほらと男性客の姿もあった。まあだいたいは夫婦だったり恋人同士だったりするみたいだけど。


 そして――


「これだ」


 宝飾品の中でも、特に女性客の注目を集めている逸品がある。

 それがダイヤモンドの宝飾品コーナーだった。


 ショーケースの中、ベルベットの台座に傅かれた小さな小さなソリティアリング。

 金色の円環にはめ込まれた石はラウンド・ブリリアントという名前のカットなのだという。


 僕は知らず、ポケットの中に潜めた黄龍石――魔法を込める前のドルゴリオタイトを握りしめていた。魔法を付加した状態のドルゴリオタイトは美しい。だがそれでも歪で不揃いな石であることに変わりはない。


 黄龍石。

 分類、魔元素鉱物。

 化学式不明。

 結晶構造は立方晶系。

 光沢は黄龍石の状態で樹脂光沢。

 ドルゴリオタイトになると金剛光沢へと変化。

 色は――今のところ黄色からやや黒みを帯びた赤しか確認していない。

 これが炎の魔素によるものなのか、他の魔素でも調べる必要がある。

 条痕(すり潰した粉末)の色は完全な透明色――と。


 イケる。

 僕は地球に答えを求めてやってきたことの成功を早くも噛み締めていた。

 目の前にあるこれらの宝飾品。

 ここにはめ込まれている宝石をすべてをドルゴリオタイトで彩れば、今まで異世界い存在にし得なかった究極の魔法宝飾品が完成するぞ……!


『ご来場のお客様にご案内します。本日14時より1階企画展示室において、東西宝飾美術大展覧会の主催者によるトークイベントが開催されます。入場は無料となっておりますので奮ってご参加ください』


 そう。

 僕が今会いたい人物はこの展覧会の主催者であり、連日このイベントのために毎日この界隈に入り浸っているのだという。


 放送を聞いて、見学客の流れが変わった。皆上階へ移動するつもりだ。遅れを取ってなるものか。


「行くぞ真希奈。僕らの輝かしい未来のために――!」


 そして食費の過多に頭を悩ませなくて済む未来のために。


『畏まりましたー。正直真希奈もイメージが浮かんでいませんでしたが、これらの宝飾品を見て、タケル様のお考えがばっちり理解できました!』


 うむ。理解が早くて助かるよ。

 僕は本日二度目の人混みに揉まれながらイベント会場へと向かうのだった。


 続く。

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