第277話 東国のドルゴリオタイト篇⑫ 王道を目指す者たち〜黄龍石の活用方法模索中
* * *
『ふおおっ、こっちを見ました、タケル様、こっちを見ましたよ!』
「ナマで見ると意外と白くはないんだな……」
手に持ったスマホから喝采が上がる。
画面に写っているのはぱっつん黒髪の真希奈であり、そんな彼女がなにを珍しく興奮しているのかといえば……それはパンダの赤ちゃんのせいだった。
今僕らは上野動物園にいる。真希奈は地球に来るたびに、去年生まれたばかりのパンダの子供の観覧を熱望しており、抽選に応募していた。
今回、僕の地球での用事と、観覧の当選とが重なり、まずは愛娘の希望を優先させた次第なのである。
陽気は桜の季節が終わり、新緑の季節だ。
上野公園には多くの行楽客が訪れ、そこかしこで飲み会めいたものも開かれている。
心深とはこの間会ったばかりだが、気温も随分暖かくなっていた。
街に繰り出す人々は明るく朗らかで、とても地球規模の大惨事を乗り越えたばかりには見えないんのだった。
『ありがとうございますタケル様! 生で見るパンダ、超かわいいです!』
「そりゃ良かった」
正直僕はゲッソリしていた。
周りには一日最大144倍の当選確率をモノにした多くの観覧客でごった返している。
整理番号を照会して並んで、ただひたすら待たされて、整然と誘導されてようやく見ることが叶っても、ずっと見続けられるわけではない。「立ち止まらないで、歩きながら見てくださーい」という職員さんの案内がひっきりなしに繰り返される。
ヒトの列に並ぶのなんて大嫌いだけど、やっぱり自分の娘が見たいって言ったら、世のお父さんたちは血を吐いても我慢して付き合うんだろう。まさか結婚もしないうちからそんな父の気持ちが理解できるようになるとは思わなかった……。
「写真いっぱい撮れたか?」
『それはもう! あ、早めに新しいマイクロSDカード買ってくださいね』
この間買い替えたばかりじゃないですかー。
またアキバのジャンクショップで安いの買ってきますかね。
『大満足です! ありがとうございました! ――さて、真希奈はもう十分ですのでお仕事に行きましょうか』
「うん、確かにその通りなんだけど、娘から仕事に行けって言われるとキツイ……」
パパになりたて一年生は、仕事って響きを聞いただけでビビっちゃうのだ。
*
数時間前。
龍王城の裏山に広がるドルゴリオタイトの鉱脈――そこへ続く坑道の入り口がある秘密部屋には僕、エアリス、真希奈、そしてゼイビスが一同に介していた。
「どうだ兄弟、見事なものだろう。この輝き、色艶、どれも一級品だぜ!」
エストランテ国の王子にして今はお尋ね者であるゼイビスは、顔中を真っ黒にしながら興奮気味に言った。
一週間前、オクタヴィア演出の元邂逅した僕らは、別に兄弟と呼べるほど親しくなったわけでは決してなく、あくまでビジネスライクな関係であることを断っておく。
ゼイビスは自分を裏切ったギゼル財務大官への復讐を誓い、僕はギゼルがエストランテ国庫に封印されていた黄龍石を使い、
だがまあ、ゼイビス自体は快活で裏表がないし、なかなか付き合いやすいやつではある。少なくとも今まで僕に近づいてきた二心ありそうな奴らに比べれば好感が持てるのは確かだ。
「まあお疲れ。取り敢えず水でも飲んでおけ」
僕は地球で買ってきたコーラのペットボトル(洗って中身は水に入れ替えてある)を放り投げた。「すまねえな」などと言いながらゼイビスは慣れた様子でキャップを開けてグビーっと煽った。
「すげえなこの容器。硝子でも木でも金属でもない。軽くて丈夫だし、これだけでもすげえ売れるぞ……!」
王子でありながら自身で幾つもの商いを回す商人の顔になって、ゼイビスはペットボトルをしげしげと眺めている。こういう自分の生活の中ですぐに活かせそうなものに食いつくのは商人として当然の資質なのかもしれなかった。
「真希奈、これらの黄龍石に等級をつけて行ってくれるか?」
秘密の地下室にはエアリスの魔法で風の魔素を収束させた鬼火が炊かれている。淡いエメラルドグリーンの光に照らされ、テーブルの上にある発掘されたばかりの黄龍石たちは不思議な輝きを放っていた。
『かしこまりましたー。
僕の首から下げられたスマホから元気な声がして、魔力を含んだ不可視の魔素フィールドが展開される。
魔力が殆ど無いゼイビスは「???」みたいな顔をしていた。
実際エアリスであってもそうそう
「それにしても……エアリス」
「なんだ、さっきからチラチラと私を見てきて。何か言いたいことでもあるなら遠慮せずに言うがいい」
「じゃあ言わせてもらうけど…………なんでナース服なの?」
先日、僕の部屋に隠されていた秘密のナース服が前オクタヴィア&エアリスによって見つけられてしまった。
このナース服は診療所を開業するセーレスに必要と思い、僕が人研のマキ博士から貰ってきた白衣一式に、何故か一緒にくっついてきたものである。断るのも悪いと受け取り、そのまま部屋の片隅に隠しておいたのだが……。
「前オクタヴィア先生が貴様のために、常日頃から身に着けていろと仰られてな」
「先生っ!?」
「何はともあれ、どうだ?」
そう言ってエアリスさんはずいっと僕に近づいてきた。
珍しくもないごくごく普通のナース服である。
色合いは薄いピンク色で、最近では白いものよりこちらが主流になってきているとか。
白は純潔のイメージがあるのだが、日本では同時に死に装束などネガティブなイメージも連想させるとして、和み効果のあるピンク色のナース服が多くなってきているらしい。
エアリスさんの褐色の肌と薄いピンク色。その対比はどう考えたって純然たるエロスを醸し出している。そんなことないなんて思うヒトもいるだろうが、でも僕にはどう考えてもエッチに映ってしまうんだからしょうがない。若干小さめサイズでエアリスお豊満な身体をピッチリと縛り付けているのもまたあざとい……。
僕は軽く頭を振ってから、そっとエアリスの耳元に口を寄せた。
「できれば今度からは僕とふたりきりのときにだけ見せてくれ」
チラッと第三者であるゼイビスに視線を動かす。
ヤツは目が合うなりニヤニヤした視線を送ってくる。うぜえ。
「――ッ、そ、そうか。それもそうだな。うん、そうしよう。いつものメイド服に着替えてくる――!」
エアリスさんはそのまま、すっ飛ぶような勢いで部屋を出ていった。ふう。なんとか僕の精神衛生が守られた。やったぞ。
「なんだよ、エアリスさんのあの格好もう終わりかあ。肉体労働にはいいご褒美だったのになあ」
「てめえ、そんな目でエアリスを見ていたのか……殺すぞ」
「いや、待て待て。男ならわかってくれるだろう兄弟。それにな、精霊魔法使いをどうこうしようなんて男はこの世界にはいねえよ。釣り合いが取れるのはそれこそ魔族種の根源貴族くらいだろうよ」
そういってゼイビスはペットボトルの残りを飲み干した。
イマイチ、この世界の精霊魔法使いがどういった扱いのものなのかよくわかっていないのだが、やはり突出した存在であることは間違いないらしい。
ある時は王として君臨し民を導き、あるときは大きな戦争を終わらせたりと……。オクタヴィアによれば、この世界においてもうずっと昔からその存在が認知され、人々の心の支えとして崇められてきた存在なのだという。
エアリスはノーバの街を中心に、ディーオの娘として、そして何より風の精霊魔法使いとしてその存在が大きく認知されており、ある意味では仮面の王である僕なんかよりよっぽど人々に親しまれている。
バハさんの食堂の隣に診療所を構えたセーレスもまた、連日ひっきりなしに患者が訪れ、その類まれなる水魔法を目撃した人々から、一様に崇敬の念を抱かれ、早くも評判の名医として親しまれているらしい。
あと、娼館で見せた大蛇の魔法は、多くの男共の度肝を抜き、今ではちょっかいをかけてくる不埒な患者は皆無になったという。良かった良かった。
「俺を助け、ここまで導いてくれたオクタヴィア様といい、エアリスさんやセーレスさんといい、俺だってお前が今後どんなことをして、どんなことをこの世界に齎していくのか興味が尽きないんだぜ、兄弟よ」
空っぽになったペットボトルを掲げ、透かして僕を見つめてくるゼイビス。
エアリスとセーレスはともかく、おまえになんぞ注目されなくて結構だよ。
あとオクタヴィアは多分僕を肴にからかってるだけだからそっちもノーサンキューだ。
と、真希奈が『スキャン完了しました』と声を上げた。
『これら黄龍石はすべて、4等級から5等級が殆どになります。それ以上の等級は認められませんでした』
「4等って、それってすごいのか?」
「いや、僕が定めた等級によれば最低が6等級だ」
「ダメじゃん! 全然たいしたことないだろ!」
「バカかお前は。これが今まで市場に出回ってきたごくごく普通の黄龍石なんだぞ。僕の基準では4等級ってだけで十分に価値はあるんだぞ」
ゼイビスは眉を潜めてかなり不満げな様子だ。
まあ一週間閉じこもって掘り出した希少石がたいしたことない、などと言われればヘソも曲げたくなるだろう。
「じゃあ兄弟よ、お前さんがいう1等級って言うのはどういうものなんだ?」
「それはもちろん、ここに入ってる」
僕は太鼓判を押すようにドンと胸を叩いた。
正確には僕の内面世界に収めてある
高次元情報生命体――即ち精霊である真希奈が宿ったシード・コアは特別も特別。最初見た時は枯れた植物の種にしか見えなかったが、その内部に圧縮された宇宙規模並の情報的余剰空間は、まさに特級クラスの黄龍石と言っても過言ではない。
まあ厳密に地球にあった賢者の石と黄龍石とは同一のものではないが、同じ系統の希少石であるとは思っている。
したがって、僕の基準で最高のものは、真希奈が収められているシード・コアであって、それからすれば、ゼイビスが掘り出した石は一段も二段も見劣りするのは仕方がないことなのだ。
「それでもコイツ一つにつき一つは魔法を籠められるんだ。もしそんな代物が世間に広がりでもしたら……」
誰でも彼でも気軽にポンポン、魔法を打ち合うような戦いが勃発してしまうだろう。
魔法の希少価値は、そのまま魔法師の少なさに起因する。
ヒト種族全体では年間二割の新生児に魔力の素養が備わって生まれてくるらしいが、その中で実際に魔法師にまで成れるのは、さらに1/10以下となっている。
魔法が発動できるほどの魔力を持たなかったり、どうしても四大魔素たちに感応できなかったり。成長とともに魔法の素養が消えてしまったりと……。とにかく、日常生活に支障がない程度の魔力しか持たない者たちが大多数なのだ。
獣人種の魔法学校は種族全体から金銭的に恵まれない子たちが大挙として入学し、最初から裕福な子どもたちは私学塾へと入学するのが普通になっている。
魔法学校に入学する子たちは玉石混交な魔法の才能を持った子たちばかりだが、それでも僕が考案した四大魔素対話方法によって、魔力が少ないながらも才能を開花させる子たちが続出しているらしい。それはそれで嬉しい効果が出ているのだった。
「真希奈、僕の視界と同調開始」
『畏まりました、魔力線による視覚の同調開始』
「龍慧眼」
僕は特別な目を発動させたまま、一抱えもある大きな黄龍石を手に取る。そしてそれを土の魔素を纏い強度を増した拳で砕いた。
「お、おい、何してるんだ兄弟!」
意味不明な行動にゼイビスが叫ぶが、もちろんちゃんと目的があってのことだ。
「どうだ真希奈?」
『砕かれる前、大きな黄龍石にはコアと呼べる存在がひとつしかありませんでした。ですが砕かれた瞬間、大小様々な欠片、ひとつひとつにコアが分散しました』
「つまり、大きなモノも、小さなモノも、基本的には同一の存在ってことか?」
『わかりません。すべては憶測でしかありませんが、スーパーポジションの可能性もあります』
「そりゃすごい」
「俺には兄弟と真希奈様が何を言ってるのかさっぱりだぜ……」
そりゃあ僕と真希奈の会話には地球側の知識が不可欠だからな。
とにかく、砕く前はコアがひとつ。砕いてバラバラにしたら、そのひとつひとつにコアが顕現したってことだ。
「こあ、ってのは何のことなんだ?」
「それこそが魔法を保存しておける情報領域のことだ」
僕は炎の魔素を選択し、手の中に黄龍石を収めた状態で鬼火をおこそうと試みる。すると確かに魔法が発動する感触はするものの、実際には鬼火は起きなかった。
そのかわりに――――
「おお、それが……!」
ゼイビスが感嘆の声を上げる。
そう、恐らくこれが、ギゼルたちが今一生懸命大量生産しているであろう魔法石――僕はこの魔法が籠められた状態の黄龍石を『ドルゴリオタイト』と呼ぶようにしている。
くすんだ黄色っぽい石だった黄龍石が、魔法が籠められた途端、色鮮やかで深みのある黄色へと変化する。
例えるなら琥珀。
天然樹脂が化石となったコーパルと呼ばれる状態では、色はくすんだ黒っぽい黄色がほとんどである。だが加圧圧縮成形したものは、深みのある飴色へと変化する。魔法が付加された状態のドルゴリオタイトは、幾分赤みが強い
僕はドルゴリオタイトとなった魔法石をゼイビスへと差し出す。呆けていた顔つきが突然引き締まり、ヤツは両手を合わせて仰々しく受け取った。
「これが……。例えようもなく綺麗だな。ヒト種族の王侯貴族が珍重する宝石に引けを取らない美しさだ」
この世界にはルーペなどないだろうが、ゼイビスは片目を瞑り、見開いたもう片方の目で接写するように手の中のドルゴリオタイトを見つめていた。
「で、コレってどうやって内部の魔法を発現させるんだ?」
「さてな。取り敢えず思いっきり叩きつけてみたらどうだ?」
「そ、そんなことして大丈夫なのか? 爆発したりしないか?」
「中に閉じ込めた魔法は光源として利用する鬼火の魔法だ。炎の魔素を閉じ込めているけど、そんなことにはならないはずだ」
まあ万が一爆発しても僕は平気だし、とは言わないでおく。ゼイビスはおっかなびっくり、石を床に叩きつけた。
「…………なんにも起こらないな」
カツーン、テンテンと転がった綺麗な石をゼイビスが拾いに行く。
「真希奈」
『黄龍石の状態でモース硬度換算8。魔法を付加したドルゴリオタイト状態でモース硬度は13と予想されます』
「ダイヤモンドより硬いのかよ」
ちなみにダイヤのモース硬度は10だ。
こりゃあ踏んだり蹴ったくらいじゃどうにもならないな。
「土の魔素よ――」
僕は手の中に一抱えもあるハンマーを創り出す。
質量もそれなりにズッシリとしたものだ。それをゼイビスへと渡してやる。
「うお、涼しい顔でこんな重いもの寄越すな!」
「いいから今度はそれで砕いてみろ」
ダイヤモンドは砕けない――なんて漫画があったが、実はダイヤは粉々に砕けるのだ。
硬度とは互いに傷つけあった場合、どっちが傷つくかで判断する。ダイヤを傷つけられるのはダイヤだけであり、それ以下の硬度しか持たない物質では引っかき傷もつかない。
でもダイヤは衝撃にはめっぽう弱かったりする。例えダイヤ以上のモース硬度を持っていてもハンマーの前には砕けるはず。
「うおお、っらぁ!」
何度か失敗したあと、ゼイビスは床に置いたドルゴリオタイトに見事ハンマーを叩きつけることに成功する。その瞬間ビカッ、と赤い閃光が部屋を満たした。エアリスの風の鬼火を跳ね除けるほどの光だった。
「どうだ、真希奈?」
『かなり不完全な形で魔法が発動しました。そのために魔力と魔素が一気に解放され、鬼火が閃光という形で発現したのだと推測されます』
「まあようするに、現段階では使い物にならないってことだな」
もし野盗から身を守る手段として、ファイアーボールを閉じ込めたドルゴリオタイトを発現させようと思ったら、いちいちこんな風に石を破壊してる暇なんてないだろうに。
「ふう……、一体ギゼルのヤツはどうやって中に閉じ込めた魔法を発動させてるんだ?」
さすがにそこまでは僕にもわからない。だがきっと、一か八かみたいな危ない方法だと思われる。
とその時、部屋の扉が開き、真っ白い少女が現れた。
「おーおー、やっておるのう。男二人で仲睦まじく。お主らもしかしてできておるじゃなかろうなあ?」
そんな軽口と共に現れたのはオクタヴィア・テトラコルドだ。客分として龍王城に滞在してもうだいぶ経つ。それもこれも自分が目をかけているゼイビスを僕と引き合わせることが目的だったようだが……。
「おまえ、そのネタはセーレスの前でだけはやめろよ?」
僕が娼館で折檻されていたときは誤解を解くこともなく逃げやがったくせに。どうせその方が面白いからとかそんなことを思ったんだろう。薄情者め。
「いやあ、ほんにここに来てから毎日が楽しいのう。もういっそこの城に永住しようかのう?」
「絶対に認めん。さっさと魔の森に帰れ」
そしてそのまま魔の森を開拓する獣人種に駆逐されてしまえ。割とマジで。
「そんなこと言っていいのかのう。今日はとびっきりの情報を持ってきてやったぞい」
オクタヴィアの後ろに控えていた同じくメイド服姿の前オクタヴィアが部屋の隅から椅子を持ってくる。随分と脚の高いそれによいしょっと抱きかかえたオクタヴィアを座らせ、そそそっと後ろへと下がった。オクタヴィアは小さな胸をふんぞり返らせ、悪巧みを披露するみたいな笑みを浮かべながら口を開く。
「先程獲物が引っかかったぞい」
「そ、それじゃあ」
ゼイビスが己の肩を抱きながらオクタヴィアを見る。オクタヴィアはイタズラが成功した子供みたいにケタケタと笑った。
「よかったのうゼイビスよ、お主は今や死んだモノとして認知されておるぞ」
よし。思い通りになったらしいな。
ゼイビスと協力関係になって以来、僕はゼイビスの偽物を街中に解き放っていたのだ。真希奈によってゼイビスをスキャンさせ、まだ耳と尻尾を切り落とす前の獣人種の姿を寸分違わず再現した精巧な土塊人形である。
僕の
おまけにエーテル体の蛇になったオクタヴィアの眷属もくっつけて、人通りが多い場所と裏路地とをウロウロ徘徊させ続けていた。夜は街中でゼイビスが取っていた宿に泊まらせて、いつでもどこでもカモーンな状態にしていたのだ。
「ふいー、裏路地で刺し殺した後に顔の皮を剥ごうとしたときは危なかったわ。なんとか直前に暗殺者の中に眷属を潜り込ませ、認識を阻害しておいたがのう」
精巧とはいえ土塊人形なのだ。顔の皮を剥いでも出てくるのは土塊である。エーテル体の蛇であるオクタヴィアの眷属は、そのまま他者の内部に入り込み、行動や認識を操れるそうだ。
ゼイビスが怪我をして動きが鈍かったときも、オクタヴィアが無理やり動かして刺客を躱していたこともあったという。
「それで、暗殺者は?」
「
「一月……それじゃあ」
ゼイビスはもう暗殺者に付け狙われないという安堵感よりも、ずっと気になることがあるようだった。
「そうじゃ。一月半後にはお主の弟の誕生祭がある。ヒト種族の王都や、諸侯連合体、獣人列強氏族、ドゴイやグリマルディからも賓客を招いておる。こりゃあ当日にぶつけてくるぞい」
ゼイビスの弟、ベアトリス殿下。
父王は病に伏せ、兄であるゼイビスも行方知れず。
エストランテのすべては、幼い弟君の双肩にかかっている。
そしてそんなベアトリスの摂政官を勤めるのがギゼル財務大官なのだ。
「兄弟……!」
「タケルよ」
ゼイビスとオクタヴィアが僕を見てくる。
どうするつもりなのか、と。
今のところ敵の思うがままにことは推移している。
当日にエストランテ王宮に乗り込んでいって暴虐のままにすべてをぶち壊すことも今の僕にも可能だろう。
だがそれは邪道であって王道ではない。
ならば王道とは何か。
それは、正面から堂々と乗り込み、格の違いを見せつけてやることである。
「そのためにも今からちょっと地球に行ってくる。宝石と呪術に精通した知り合いに心当たりがあるからな」
言いながら僕は聖剣を引き抜く。
僕の心の鞘から解き放たれ、白銀の輝きが部屋を満たす。
「ゼイビス、お前も来るか?」
僕は何の気なしに声をかける。
今から行く場所にはドルゴリオタイトどころではない、ありとあらゆる宝飾品が揃っているのだ。
商人として見聞を深められるだろう。
「ヒト種族が単独で栄華を極める世界。魔法ではない別の力が支配する世界。正直行ってみてえ。行ってみてえけど…………遠慮するわ」
ゼイビスはガタガタと震えながら首を振った。
「情けないけど今でも小便チビリそうなんだ。その剣を見てると、逃げ出したくてしょうがなくなる。早く行ってくれ」
チラッとオクタヴィアを見ると、両手を広げてやれやれといったポーズをしていた。
「これが一般的なこの世界の住人の認識よ。聖剣とはそれほどまでに超越的で隔絶された特別な存在なのじゃ。それを手中に収めて完全に制御するお主が異常なのよ」
確かにこの聖剣を目の当たりにしたのはエアリスだったり、ネエム少年の危急を心配するアンティスさんや、ちょっと普通とは違う感性のラエル、あとは元教え子のクレスくらいか。
うん、ものの見事に普通じゃないな。そう言えばこれから会いに行く彼女たちにも見せたけど、その時は驚いていたっけ。
「まあいいや、帰りはしばらくかかる――が、それでも何度か定期的には帰って来る。ゼイビスは城から出ずに黄龍石の発掘を、オクタヴィアは情報収集と監視を続けてくれ。万が一の時は、僕の部屋に置いてある箱を開けて、中のボタンを押すこと」
僕はテーブルの上に置かれた黄龍石の原石を鷲掴みにし、ポケットの中に無造作に入れた。
あとはもう振り返らず、「開門」というお決まりの言葉とともに剣を振り下ろし、極彩のゲートを開いてやる。
「行くぞ真希奈」
『畏まりました。お供します』
そうして僕は理想の答えを求めて地球へと赴いたのだった。
続く。
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