第274話 東国のドルゴリオタイト篇⑨ おまけ・女難の夜〜セーレス先生の外来診察
*
おまけ。
すっかり遅い時間になってしまった。
娼館の高級部屋での密会を終えた僕達――僕とゼイビス、オクタヴィアと真希奈は一度帰途につくこととなった。
僕から協力を得ることに成功したゼイビスはすっかりご機嫌になってしまい、あれから再び蒸留酒の瓶を煽り始めた。
だが、流石に限界だったようで、二、三回口をつけただけで潰れてしまった。
したがって、高級部屋を退去し、今僕はゼイビスに肩を貸しながらフロントへと向かっているのだが――
「ぐうう、今日は最高の夜だ……! 俺はずっと不安だったんだ……、こんな
ゼイビスはベロンベロンの有様だった。
やけ酒気味に煽り始めたのに、僕が協力すると言った途端、嬉しい酒に早変わりしたため、つい破滅的なペースで飲んでしまったのだから仕方ない。
まあ獣人種の証である獣耳を切り落としてヒトのフリをし、さらに刺客に怯えながら魔族種領まで長い旅路を踏破してきたのだ。僕という後ろだってを得られてよほどホッとしたのだろう、今日くらいは大目に見るか。それよりも――
「おい、少しは声を抑えろよ」
そうなのだ、さっきからゼイビスは甘ったれた声でフラフラと千鳥足を踏んでいる。僕が支えなければ床で寝てしまいそうな勢いだった。
赤い絨毯が敷き詰められた娼館内を進むうち、周りの娼婦や、娼婦と
違うよ、違いますよ。僕らの他に人工精霊とエーテル体の蛇が一緒ですからね!
男同士でこんな場所にいるわけじゃないですからね!
そしてようやくフロントまでやってきたときだった。
会計をするために、ゼイビスに声をかけたのだが無反応だった。
仕方がないとヤツの懐から財布を失敬しようと手を伸ばした途端、なんとゼイビスが僕に抱きついてきたのだ。
ろれつが回ってない様子で「ありがとう、ありがとう……兄弟! おまえってやつは最高だったぜ……!」とうわ言のように繰り返すのだから周りはドン引きだった。
「ゼイビス、お前いい加減に――」
言いかけた瞬間、僕は殺意の波動を感じた。
まるで背骨を引っこ抜かれて氷柱でも入れられたように背筋が粟立つ。
間違いなく、僕は一度殺された――そう自覚せずにはいられない強烈な殺意だった。
こんな――ブロンコ氏とは比べ物に――ヒト種族の宮廷魔法師を遥かに超えて――――
「あ」
「タケル…………」
娼館の待合室には白衣姿のセーレスが立っていた。
一瞬どうして彼女が娼館なんかに――と思ったが、応接セットのソファには力なく項垂れる女性がいて、どうやら彼女の治療をするために来ていたようだった。ホッ。
――――って安心してる場合じゃない!
「セ、セーレスさん、これにはちょっと事情があって」
酔っ払った男に抱きつかれてる僕。
あるいはここがバハさんの食堂であったらなら、慌てる必要はまったくないのだ。
だが現実にここは娼館であり、男性が性的なサービスを享受する場所だったり、
翡翠の瞳で穴が空くほど僕らを観察していたセーレスが、フッと笑みを浮かべた。
「…………エアリスならいいよ。もちろん私でも嬉しいけど。でもそのヒトは誰? 男の人じゃないの?」
うおお。なんか今すごく嬉しい発言が飛び出たような気がしたけど、あまりの殺気に頭が真っ白になってきた。いや、呆けてる場合じゃない……!
「違うんだセーレス、こいつは――」
エストランテ王国の王子で、生命を狙われていて、獣人種だけど耳と尻尾を切り落としてヒト種族のフリをしているんだ――――
「なんて言えるか!?」
衆人環視だぞ。娼婦はもちろん、ことを終えた男共だっているんだぞ。
「私にも……言えない関係、なんだ」
セーレスさんは笑みを一層強くした。
思わず見とれてしまいたくなるような綺麗な笑顔――って僕はバカだ。
目尻に堪った涙がポロリと零れた瞬間、ブワッと可視化された魔力の本流がセーレスから溢れ出た。
「わッ」
「ヒィ!」
それはその場にいた野次馬たちが上げた悲鳴だった。
セーレスの綺麗な金髪が、毛先から青色のグラデーションを描いて、万本に迫る水精の蛇へと変貌する。
ひねり出された魔力は水の魔素と結合し、質量を伴った
蛇に睨まれたカエルのように、その場にいる全員が動けないでいた。もちろん僕だって同じだ。こんな悲しみに満ちた表情のセーレスを見るのは初めてである。
そうだ、オクタヴィアから事情説明を――いない? あいつめ、面白がって傍観する気だな……!?
「タケルのぉ…………!」
とん、とゼイビスを押して殺傷圏外へ。
殺意の固まりだけど、でも嫉妬だもんなあ。
好きな子から嫉妬されるってちょっぴり嬉しいし。
ここは甘んじて死んでおくか……。
「
古風な言い方ですね――などと精霊翻訳言語の妙を感じながら僕はオロチの一撃を甘んじて受け入れるのだった。
*
おまけのおまけ。
「みなさいエアリスさん……タケル様からお借りしていた部屋を引き払い、新しい部屋に移動するため掃除をしていたらとんでもないものを発見しましたよ」
「前オクタヴィア先生、ハツラツと喋るのは結構だが、また倒れないでくれよ」
普段は舌っ足らずな喋り方をする前オクタヴィアだったが、エロ話になると急激に活性化するのだった。
「見なさいこれを」
「これは――何かの制服か?」
淡いピンク色のツナギ。半袖とピチッとした腰巻き。同色の角隠し。
それは先日地球の人研に赴いた際、マキ博士から白衣と一緒に渡されたナース服だった。
「恐らくこれは女性用の服。タケル様の好みに適う服装でしょう」
「そ、それは真ですか!? ああ、ついに……。従者である私ですらしらなかったタケルの性癖が明らかに……!」
「さっそくこれを着用してタケル様を迎えてあげましょう。きっと泣いて喜んだあと、あなたに襲いかかるはずです」
「タ、タケルが、私を……ああ、セーレス殿に申し訳ない。いや、これはセーレス殿が着用するべきなのでは……? そのほうがタケルもきっと喜ぶはずだし。それなら私はそのあとでも…………」
「なんというヘタレ発言。これはタケル様にばかり原因があるわけでもなさそうです。エアリスさんももう少し積極的にならないと……」
そんなこんなで、結局ナース服を着用したエアリスは、帰りの道中、必死にセーレスのご機嫌をとりながら帰宅したタケルの前にうっかり現れてしまい、さらなる修羅場を演出するのだった。
龍王の不幸な夜は続く。
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