第273話 東国のドルゴリオタイト篇⑧ 高級娼館の密会〜エストランテお家事情・後編

 * * *



 昔々その昔。

 人魔大戦が終結し、ヒト種族も獣人種も魔族種も、世界が混沌としていた時代。

 諸侯共同体(現在の諸侯連合体の前身)内部に、とてつもない商才を持ったひとりの青年がおったそうな。


 青年の名前はオイゼビウス。没落貴族の三男坊だった。

 彼は若くして大きな事業をいくつも立ち上げ、そのことごとくを成功させてきた天才実業家だった。


 だが早すぎる成功はねたまれ、周囲の貴族たちに様々な嫌がらせを受け続けていた。


 これはもうダメだ。オイゼビウスは諸侯共同体を抜け、新天地で一から出直すことを決めた。


 だが、腐りきった貴族たちはそれを許さなかった。今まで通り、自分の手のひらの上で、オイゼビウスが利益を出し、その上前をピンはねするということを続けようとした。


 その企みを振り払い、オイゼビウスは国から出奔する。地位と名誉と実績を捨て、なんのしがらみもない新しい場所で、妻と子供と信頼できる仲間たちだけでやり直そうと決意した。


 だが貴族たちはオイゼビウスを逃すまいと追手を差し向ける。捕縛を目的とした追撃はやがて、殺傷を目的とする刺客へと変貌する。


 自分たちのものにならず、他所で金を稼がれるくらいなら、いっそ殺してしまおうという発想だった。


 オイゼビウス一行の逃亡劇は苛烈を極めた。

 ひとり、またひとりと仲間を失いながら、安住の地を求めて、貴族たちが諦めるまでひたすら逃げ続けた。


 ついに、オイゼビウスたちはヒト種族と魔族種、獣人種と魔物族の境界線があるリゾーマタへとたどり着いた。


 だがそこまでだった。ついに刺客に取り囲まれ、絶体絶命の危機へと陥ってしまう。


 だがそのとき――――救いの主は現れた。



 *



「その男は圧倒的な存在感を放ちながら、まるで生きている気配が感じられなかった。あたかも樹齢万年を数える大樹が始めからそこに根を張って佇んでいるかのようだった。オイゼビウスは確信した。動けば死ぬと。それは刺客達などではない、正体不明の男――琥珀の瞳を宿した男の気まぐれで、自分たちの首など一瞬で飛ぶと悟ったからだった――!」


 ゼイビスの独壇場が続いていた。

 ヤツは王家に言い伝えられている大恩人、ディーオ・エンペドクレスの叙事詩を一言一句子供の頃から暗記しているそうだ。


 それだけでは飽き足らず、身振り手振りを交え、合いの手に膝頭を叩きながら、叙情的に語りあげていく。っていうか段々と漫談っぽくなってきたぞ。


「刺客たちは誰一人としてまっとうな死に方をしていなかった。まるで身体の内側がひっくり返されたような……それはそれは無残な死に方だった。オイゼビウスは怯えた。だがそれはいけない。何故かとても良くないことだと思ったのだ。今のこの瞬間、自分たちが生き残るためには、命乞いだけは絶対にしてはならない。そう、この男が自分らに興味を失った瞬間、刺客たちと同じ運命を辿ることになる。そこでオイゼビウスが取った行動はなんと――」


 勢いに任せ、そのままテーブルに乗っかりそうだったゼイビスの足をスパーンと薙ぎ払ってやる。ヤツはもんどり打って椅子の背もたれに後頭部を強打し「うがあ〜!」っと絶叫した。


「何しやがるんだ、これからって時に!」


「お前ね、それいつまで続くんだ? まさか一晩中続くんじゃないだろうな?」


「バカを言え。明日の今頃までかかる予定だ!」


「真希奈」


『畏まりました。魔素選択水精ナイアス。陸の上で溺死させましょう』


 割りと本気の色を孕んだ真希奈の硬い声に、ゼイビスは「冗談、ウソだって」と頭を掻いて揉み手をする。その変わり身の早さは美徳だぞ。


 ちなみに冒頭の語りはあまりも長かったゼイビスの漫談を僕が簡潔にまとめたものだ。分かりやすかったかと思う。


『まあ何はともあれ、ディーオ・エンペドクレスの興味を引くことに成功したオイゼビウスは、ディーオを旅の仲間に加えた。刺客はすべて排除され、命の心配がなくなったオイゼビウスは自らの手練手管を使って獣人種列強氏族たちと取引をしたのじゃ。それは列強氏族と同じく魔の森を開拓する義務を果たす代わりに、商売の通商優先権を得るという、当時としては画期的なものじゃった』


「ああっ、オクタヴィア様、結論から言っちゃったら話が盛り上がらなくなってしまいますよ!」


 ゼイビスの一人芝居にはもう付き合いきれない。オクタヴィアもうんざりしているようだった。


「しかし、魔の森の開拓は一大事業だぞ。金もないヒト種族には、とても手が回らない仕事なんじゃないか?」


 僕が魔法世界マクマティカに戻ってきて以来世話になっている獣人種列強十氏族のひとり、ラエル・ティオスのところでは、何十人もの獣人たちを何回もローテーションするほど大きな仕事だった。


 斧で切り倒した木々を、造船所へと引き渡せる状態にするための加工工場を仲介するやり方は大したものだと感心したものだ。


『それな。それこそ林業・加工・造船・販売の道筋を整えたのがオイゼビウスだったのよ。奴が様々な知恵を授けたお陰で、獣人種領は今やヒト種族に次ぐ繁栄をしておる』


「へえ」


 へえ、などと言ってはいるが、僕は内心驚きを隠せなかった。未だ混沌とし、群雄割拠な魔族種領とは違い、獣人種領は列強氏族という代表者による折衷交渉が定期的に行われ、一見実に平和が保たれていると感心していた。まさかそれらの下地を作り出したのがオイゼビウス王だったのか?


「オイゼビウス王は、実は列強氏族の十一番目、名誉氏族としてその名を轟かせているんだ。エストランテの王族がヒト種族だけでなく、獣人種からも妃を取るようになったのは、それに対する友好の証でもあったんだ」


 それはまさに知恵と勇気で勝ち得た栄誉ではないか。

 オクタヴィアは言っていた。勇者と呼ばれる者が出現するのはいつだってヒト種族――人間からなのだと。


 多様性があるが故に個々は弱い彼らの中から、たまに物凄い才能を持った傑物が生まれる。セーレスの父、リゾーマタ・デモクリトス然り、エストランテ・オイゼビウス然り。


 …………そうすると、最も新しい魔族種である魔人族。一説にはヒト種族が魔族種に成り上がったとされる彼らは今や、魔族種全体の中で最も繁栄する種族でもある。そんな群体の中からエアリスという稀代の精霊魔法使いが現れたのも必然だったのだろうか……?


『オイゼビウスが特に優れていたのは、未来を見通す先見の明と、そして交渉術じゃ。それは見事、ディーオ・エンペドクレスという偏屈男を動かしたことで実証されておる。もしくはディーオのヤツはオイゼビウスに友情のようなものを感じておったのかもしれん。じゃから、ディーオはオイゼビウスにひとつの課題を与えたのじゃ』


 テーブルの上でしなりながら、蛇姿のオクタヴィアはチロチロと舌を出し入れしている。不意に、蛇の瞳孔がきゅううっと窄まった。


『それこそが、大量の黄龍石じゃった。裸一貫からコツコツと利益を積み重ねていっているオイゼビウスの目の前に、山のような希少鉱石を積み上げたのよ。やる、とだけ言ってな』


 まるで見てきたみたいに言うオクタヴィア。いや、実際見てきたんだろう。この覗き魔め。


「それで、その希少鉱石を換金した金でエストランテの建国を?」


 オクタヴィアは『いや』と否定した。首が振れない分、尻尾の方をウネウネさせていた。そして、ゼイビスがさも誇らしげに胸を張った。


「オイゼビウス王はその鉱石に一切手を付けなかった。どんなに辛く、どんなに貧しくあっても、本当に金が必要なときでも、絶対に換金しようとはしなかったそうだ」


「おい、それじゃあ――」


『そう。その黄龍石は今もなお、厳重にエストランテの国庫に封印されておる――いや、おった・・・と言うべきじゃな。市場を暴落させるほどの黄龍石は間違いなくそれが原資じゃ』


 オイゼビウス王はディーオからの挑戦に最高の回答を出した。

 やがてはエストランテというヒト種族とも獣人種とも違う、永世中立を謳う一代商業国家が誕生する。ああ、オイゼビウス王は間違いなく勇者の類だろう。


 ディーオは有り余るほどの財宝をポンと差し出し、「おまえの目指すものは簡単に手に入るぞ」とうそぶいてみせたのだ。オイゼビウスは、喉から手が出るほど欲しかったであろう万金を積まれ、相当に心がグラついたはずだ。


 だが、オイゼビウスはそれを拒んだ。彼が選んだもの。それはプライドなのか……いや、多分違う。実際に見てきたオクタヴィアの言葉を借りるなら、オイゼビウスは一国すら賄えるほどの金よりもディーオ・エンペドクレスとの友情を選んだのだろう。


 金など使い切ってしまえばそれまでだ。それよりもたったひとりの男の瞳に映り続けることの方が遥かに価値のあることだと、オイゼビウスは証明し続けた。


 ディーオの友達か。

 あの男と対等であり続けるのは、国を作るより苦労をしそうだと思った。



 *



「ギゼル、とか言ったか。今回の黒幕は」


 再びゼイビスが漫談を始めたそうだったので、僕はズバリ本題に切り込んだ。

 ゼイビスはその名前を聞いた途端、悄然しょうぜんと肩を落とした。

 なんだこいつ……空元気を誤魔化してただけなのか。


『ギゼルはエストランテで屈指の商会、ユーノス大商会で長年番頭を務め、その後民間徴用から財務大官になった叩き上げの男じゃ。ヤツは商売の鬼よ』


 商売の鬼、か。つまり徹底した合理主義者で、自己利益追求者という意味か。


『じゃがそれだけではないことを儂は知っておる』


 覗き見でな。ホント今はそのおかげで話が進んでるからいいけど、いつか反省させないと……などと思っているとオクタヴィアの――蛇の顎下が獲物を飲み込むときみたいにグバァと開かれる。どういう感情表現だそれ?


『くっく。あの男はなかなかの曲者よ。エストランテと王族の繁栄のためになどと言いながら、その実はかなりの野心家じゃ。ヤツはエストランテをそっくりそのまま乗っ取るつもりなのじゃ』


 ゴクリと、ゼイビスが喉を鳴らす。顔面が真っ青だった。乗っ取りの一環として殺されそうになったのだから無理もないだろう。


「エストランテは絶対君主制を掲げる国だろう? 乗っ取るってどうやってだ?」


 僕の問いかけに、オクタヴィアは『ベアトリスよ』と言った。ゼイビスの肩がビクンと跳ねたのを僕は見逃さなかった。


『今年七つになるゼイビスの弟がおる。ベアトリスは純然たるヒト種族でな。エストランテでは初代オイゼビウスにちなみ、純血のヒト種族が王位を継ぐのがよいとされておる。ゼイビスは弟が元服するまでの摂政を――ようするに王の代行じゃな、を務めておった。そして今はギゼルがベアトリスの後見人をしながら摂政官も兼務しておるはずじゃ。もうほぼ乗っ取ったも同然じゃな。ほほ』


 おまけに現国王とゼイビスの母は、長年病状に臥せっているという。

 乗っ取り完了という、オクタヴィアの確定情報を、ゼイビスは真っ青になって聞いていた。面従腹背。忠臣と思っていた男から刃を向けられ、死にかけ、すっかり萎縮してしまっているように見えた。


 僕は「フン」と面白くなさそうに鼻を鳴らす。ダメだコイツ。すっかりビビっちゃってるよ、と思いきや、ゼイビスは部屋の隅、娼館側で用意された貯蔵棚セラーに手を伸ばし、琥珀色の蒸留酒瓶を煽り始めた。おいおい。そんな強い酒を一気飲みって。自殺行為だぞ。


「――んぐんぐ、ぷはっ! 俺は…………ベアトリスが歩む絨毯でいい。アイツが元服したら戴冠を見届け、俺は本格的に自分の商会を立ち上げるつもりだったんだ。そのための金だって子供の頃から貯めてきた。エストランテでは親は子供に小遣いはやらない。単純労働でもいい、自分で商売を始めてもいい。とにかく一方的な施しってのは絶対にない。かならず対価を要求するんだ」


 グポポ、ガボ、コポポ……。琥珀色の原液があっという間に消えていく。ゼイビスはさらにもう一本、今度は何か濁り酒っぽい瓶を開けた。


「今俺は対価を支払っている最中だったんだ。ベアトリスが元服後の自由。それが俺のたったひとつの望みだったのに――ちくしょう、許せねえ。いや、許さねえぞギゼル! 俺の邪魔をするな――!」


 俺の邪魔をするな。

 かつて僕も、そう叫んで世界を呪ったことがあった。

 思い通りにならない現実に押しつぶされて死にかけたとき、この世のすべてを呪うのはとても容易いことだった。


 そしてエストランテは国是として総国民に商売を推奨している。老いも若きも男も女もそうだ。商売の世界は弱肉強食だ。強いものが生きて、弱いものは淘汰される。だがそれはあくまで経済戦争に限ったことだ。ゼイビスはギゼルに商売で負けたのではない。卑怯なだまし討ちと権謀術数に負けたのだ。それはエストランテにおいては下の下、邪道とされる行為だろう。


「おまえ、結局どうしたいんだ?」


 ゼイビスは酒瓶を持っていた手を下ろした。

 悠然と腰掛ける僕を真摯に見据えながら、それとは反比例して顔色は酒精で真っ赤になっていく。


「ギゼルを正面から負かす。ヤツの得意分野で完璧に叩き潰したい。エストランテをヤツの好きにはさせない――!」


 ふーん。なるほどねえ。


「逆に僕からもいくつか聞きたいことがある」


 そう言って僕は懐から黄龍石――改めドルゴリオタイトを取り出した。

 それをテーブルの上に置きながら、ゼイビスに問いただす。


「ギゼル財務大官とやらが、永らく封印されてきた王家の秘宝、黄龍石を市場に流した。それは間違いないんだな?」


「あ、ああ。エストランテで王家の黄龍石の存在を知っている者は限られるからな。それにギゼルは前々から病状に伏せる父上に黄龍石の解放を進言していた。もちろん聞く耳を持たなかったが……」


「今思えばどうしてあんなに……」とゼイビスは首をひねった。なるほどね。これで繋がったな。


「オクタヴィア、お前は黄龍石の特性を知ってるか?」


『儂がそれを知ったのはつい最近じゃ。お主の予想通り、ギゼルは気づいておるよ。そしてしっかりと入念な計画を立てておる』


 やっぱりか。二馬身三馬身どころか周回遅れまであるなこれは。


「どういうことだ? 黄龍石に換金する以外の使いみちがあるのか?」


 ゼイビスがゆでダコみたいな顔で聞いてくる。急性アルコール中毒でぶっ倒れるのは勘弁してくれよ。


「黄龍石はその内部に特殊な核を擁する希少石だ。精霊のような情報生命体は無理でも、例えばそう、四大魔素の魔法ならひとつかふたつくらいなら、保存しておくこと・・・・・・・・ができるんだ・・・・・・


「は……!?」


 ゼイビスはしばし表情を強張らせたまま、その視線が天井あたりを彷徨うろつく。たっぷり壁のシミでも数えるくらいの時間を経て、突然大きな声を上げた。


「なんだって!? それは、お前が使ってるような魔法をってことか?」


「いや、流石に僕がさっき見せたみたいな魔法は無理だろう。でもごくごく普通の魔法師が使う――例えばファイアーボールだとか、ウォーターボール、ウィンドボールにグランドボール……それくらいなら保存しておくことができる、と思う」


 そして何らかのきっかけを与えることで、中に保存された魔法を自由に解き放つことができるとしたら……?


「と――とんでもないことになるぞこりゃあ。少なくとも行商人は大金を叩いてでもそれを・・・買おうとするはずだ……!」


 街から街への行商人がもっとも注意すべきは野盗の存在である。いつ何時、キャラバンが襲われるとも限らない。したがって自衛のために用心棒は必ず雇う。お金のない行商人は冒険者ギルドから剣に覚えのあるものを。そして大きなキャラバンともなると、共同出資をして魔法師を雇うのだ。


「魔法師の用心棒は引く手あまただ。だが絶対的に数が足りねえ。例えばエストランテでは商人ギルドの登録者数は40万人はくだらない。それに対して魔法師は2000人程度だ。海にも陸にも野盗は出てくる。交易に出たくても、魔法師の順番が回ってくるまで出発を見合わせることもある……それが」


 それが全部。誰でも魔法という強力な武器を持ち歩き、何の制限もなく交易を開始したら。


「確かにそんな事態になったら、大行商時代がやってくるな……!」


 ゼイビスは興奮した面持ちで酒瓶を煽った。だがちょっと待って欲しい。絶対にそんなことにはならないはずなのだ。少し考えればわかることだ。


『最悪じゃな』


「ああ。下手すりゃ第二次人魔大戦の始まりかもな」


「な、なんでだよ――!?」


 おまえね、頭回ってないのか?

 アルコールは脳細胞を破壊するのよ。


「魔法が付加された希少石を手に入れられるのは野盗側も同じだろうが」


「あ――――、い、いや、そうとは限らないぞ。ギルドを通じてしか購入できないよう制限をかければ……」


『じゃがそれでも抜け道はあるだろうよ。ギゼルのことじゃ、表で売る何倍も吹っかけて裏からも儲けを得ようとするやもしれんぞ』


「そんな……そんなことになったら……!」


 ゼイビスが取り乱すまでもなく、最悪の結果が訪れる。魔法という武器を手にした商人と野盗とが火力合戦をして潰し合う未来がやってくるはずだ。獣人種の魔法試験でも見られた光景だが、魔法の対処は魔法ですることになる。そして防御に魔法を回す余裕のない彼らは、お互いを必ず殺し合うことしかできないだろう。



「あと例えばだけど、魔法を保存する技術やなんかを喜んで買いそうな好戦的な国とかないかな?」


 僕は何の気なしに質問した。そんな国なんてないない、という期待はもろくも崩れ去る。


「軍事要塞都市ドゴイ……!」


 タバコでもあれば咥えて吹かしたいくらいダークな気分である。

 王都と均衡を保つため諸侯連合体が誕生したように、国そのものを軍事要塞化したドゴイなどにそんな技術が渡ったら、◯チ◯イに刃物どころの騒ぎではなくなる。


 しーんと。

 痛いくらいの沈黙が流れた。

 どうやらこれは何気にマクマティカ全体を揺らがす大きな事件になってしまったようだ。このままギゼルの好きにさせておけば、世界は最悪の未来へ進むことになるだろう。


「よし、決めた。ゼイビスよ」


「お、おう、なんだ兄弟」


 やめろよそれ。


「僕はお前に協力する。というか、僕もいつの間にか当事者になっていたようだ。お前に与することは僕にとっても利益があることだと思う」


 ゼイビスは空っぽになった酒瓶をゴドンと足元に落とし、涙目になって叫んだ。


「ありがとう! ありがとう兄弟! オクタヴィア様からの勧めでアンタを味方につけたかったんだ! 今の俺はディーオ様を味方につけたオイゼビウス王とまったく同じ心境だぜ!」


 僕の手を取り、ブンブンと振り回してくるゼイビス。

 勢いそのままに抱きついて来ようとするんは流石に躱した。

 しばらく黙っていた真希奈が「無礼者!」と怒り出す。やれやれ。


『協力するのは大いに結構じゃが、何か策があるのかタケルよ』


 テーブルの上でとぐろを巻くエーテル体の蛇。

 僕は「ふむ」としばし思案する。


 相手は国家予算規模の黄龍石――ドルゴリオタイトを保有し、それを市場にばら撒いた。そうして一旦市場価値を下落させ、存在価値を失墜させた←今ここ。


「この後に奴らは市場に流した黄龍石を自主回収しに奔走するはずだ。違うか?」


『その通り。捨て値同然になった石をせっせとかき集めておるぞい』


「多分ユーノス大商会から人員を割いてるんだろうな。あそこは会員数が二万人を超えてる。人海戦術じゃあ勝ち目がない」


 登録している商人ギルド全体の5%ってマジですごいな。

 そして、奴らは今、回収した黄龍石の選別と、雇った魔法師たちによる魔法の付与を行っているのだろう。あとは魔法を付加されドルゴリオタイトとなった魔法石を世間に公表するタイミングだが――


 気がつけばゼイビスも、そして分かり辛いがオクタヴィア(蛇)も僕を見つめていた。ゼイビスなんて不安そうな表情だ。


「大丈夫だ。多分なんとかなると思う。少なくともこちらからも動いてやることで、ある程度時間のコントロールはできると思う」


「本当か!?」


『やけに自信ありげじゃのう』


『タケル様はこれまで幾度も不可能を可能にしてきました。根拠のないことは口にしない方です』


 ありがとう、と口にする代わりに、僕は自分の胸元を撫でてやる。こうすると虚空心臓い格納された真希奈は、なんとなく僕に頭を撫でられてる気持ちになるらしい。


「問題ない。相手が量で勝負するなら、僕はとびっきりの質で勝負する。そのためにもエストランテ・ゼイビスアスよ」


「お、おう何だ! 俺にできることならなんでも言ってくれ!」


 よしよしいい心がけだ。それじゃあ――――


「お前、やっぱり死んでくれ」


 非情なる僕の頼みに、ゼイビスの顔色は土気色になっていた。


 続く。

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