第271話 東国のドルゴリオタイト篇⑥ 陰謀に巻き込まれる龍王様〜ゼイビスの正体判明

 * * *



 ゼイビスが僕の名前を――エンペドクレスの名を口にする。

 次の瞬間――――


「――ッッ!?」


 ゼイビスの周りに四本の剣が突き立てられていた。

『炎』と『水』と『風』と『土』。


 魔法試験の際、ネエム少年に披露した四大魔素それぞれを極限まで結実させた剣だ。僕はそれらを魔力フィールドで操って引き抜くと、切っ先をゼイビスへと差し向ける。


 たっぷりと時間をかけてそれらを観察したゼイビスはゴクリと喉を鳴らした。


「こいつぁ、はは……やっぱすげえな。さっきのはあれでも敬老精神に乗っ取った戦いだったのか……!」


「当然だろう。だが今僕の眼の前にいる男にはそんなものも必要なさそうだ」


 ゼイビスは直立不動のまま固まり、目だけをキョロキョロと泳がせている。顔面は青ざめ、脂汗まで吹き出させていた。


 プラズマ状態にある炎を閉じ込めた赤光の剣、水の波紋を表面に湛えた藍色湾刀、極限まで風を研ぎすませた深緑の刺突剣レイピア、そして土に含まれる純鉄を超高密度で分子結合させた漆黒の刃。それらの切っ先をいっぺんに向けられ、ゼイビスは本気で震え上がっていた。


「おまえは何者だ? なぜ僕の正体を知っている? 正直に答えないと――」


「こ、殺すか? 不味いぜえ、俺を殺すのは。こう見えても結構な身分なんだ。俺が死んだら、絶対大ごとになる。バカなことは考えない方が身のためだぜ……!」


 剣を突きつけられながらもゼイビスは精一杯の虚勢を張る。引きつりながらも無理やり口元に笑みを形作る。やれやれ、わかってないなあ。


「それは死体が見つかればの話だろう?」


 僕は身動きが取れないゼイビスの目の前で無垢なる剣を執る。


 一切の飾りを廃した剥き身の刃を見た瞬間、ゼイビスの顔から一切の表情が消えた。四大魔素の剣など比べ物にならないくらいのヤバイ代物だと、そう本能が悟ったのだろう。


「もう一度聞く。おまえは何者だ。次に僕の望まない答えを口にしたら、お前は跡形もなく一瞬で消滅する。誰にも知られない暗黒の地獄に囚われ、二度と帰ってこられなくなる。それでもいいなら――もう一度笑ってみろよ?」


 聖剣の切っ先を突きつけながら、ニヤリと嗤う。

 ゼイビスはヒクヒクと口元を動かしたあと、ガクッと項垂れ、両手を上げた。


「降参する。流石に自分の生命は惜しい。――これ以上は付き合い切れません。勘弁してくださいオクタヴィア様・・・・・・・


 ゼイビスがそういった途端――


『何じゃもうお終いか。もうちょっと粘れば面白かったものを』


 そんなことを言いながら、仄かに輝くエーテル体の蛇がゼイビスの襟元からヒョコッと頭を出した。


「いや十分頑張ったでしょ俺。でももう無理っす!」


 耐えられないとばかりにゼイビスはかぶりを振った。

 僕はエーテル体の蛇を首に巻き付けたゼイビスに鼻白むと、さらにズイッと刃を近づけた。


「ちょ、おい、俺はもう降参しただろう!」


 四大魔素の剣に囲まれているため、後ろに下がることもできず、ゼイビスは怯えの表情を強くした。だが僕はそんな奴に構わず口を開く。


「お前が絡んでたことにはもうとっくに気づいてるんだよ、オクタヴィア」


『なんと。負け惜しみは良くないぞタケルよ。一体どこに気づく要素があったのか。儂の隠形は完璧だったはずじゃ』


 エーテル体は星に満ちる第五元素であると同時に光や電磁波の中間物質とも呼ばれている幽離エネルギーだ。


 大方、人体に影響がでないよう、ゼイビス自身の中に隠れていたのだろう。そんなもの、ゼイビスを輪切りにする勢いで龍慧眼を使用しなければ見えなかったはずだ。だけど――


「ゼイビスは一度だけセーレスのことを『ハーフエルフの先生』と呼んだ。彼女がヒト種族の父親とエルフの母親から生まれたことを知っているのは僕の身内と、そしてお前だけだ。それ以外はもうこの世にいないはずだ」


 知っていた奴らは僕の復讐によって残らず死んでいる。

 どうにもさっきから思考がネガティブに振れている気がする。

 うっかり手元が狂ってしまいそうだなあ。


「待て、やめろ、切っ先を揺らすな! この赤いのと青いのと緑と黒いの――コイツらはなんとか死に方が想像できるけど、その銀色の剣だけは無理だ! さっきから怖気おぞけがとまらねえ! 早くしまってくれえ――!」


「想像できないか? なら今からたっぷり見せてやるよ――」


「うわッ――!?」


 ゼイビスが短い悲鳴を上げるのと同時だった。


『タケル様』


 真希奈が僕を呼ぶ。そして――


「ナスカさーん、ゼイビスさーん。もう錬成場ここ使い物にならないから今日は閉めちゃいますよー?」


 ハウトさんが、事務所に続く扉から顔を覗かせた。


「あら、もしかして酔いが回っちゃいましたか?」


 地べたにひざまずくゼイビスを見てハウトさんがクスリと笑みを漏らす。

 僕はそんな彼女に手を振りながらにこやかに応えた。


「ええ、そうみたいです。それじゃ、僕も今日はこいつ送ってから帰りますんで」


「はい、お疲れ様でした。魔法師登録の件は明日にでも審査結果を踏まえて認可が下りると思います。昼過ぎにでも冒険者ギルドに顔を出してくださいね」


「はーい」


 ハウトさんに見られないよう、瞬きの間に全ての剣をしまい込み、僕はゼイビスに肩を貸しながら立ち上がる。


「詳しい話を聞かせてもらうぞ」


 歩きながらそう言うと、ゼイビスは青ざめた顔のままニカっと歯を見せてきた。


「あ、ああ、もちろんだとも…………兄弟!」


「………………あ?」


 なん、だって?


『ほほう、痛く気に入られたようじゃのうタケルよ。やっぱりお主らは相性がいいようじゃな』


 聖剣まで使って脅してやったのに、それがどうして好意になるんだよ。この男ドマゾなのか?


『ふふん、こやつはのう、ほれ、この格好を見ても分かる通り、ディーオの猛烈な信者なのよ』


「信者?」


 確かに、僕の意識領域で出会ったディーオとおんなじ格好をゼイビスはしている。じゃあやっぱり、狙ってディーオのコスプレをしていたのか?


「本当にこいつ何者なんだ? もしかしてお前がずっと帰らないでノーバに留まり続けていたのもこいつが原因なのか?」


『するどいのう。まさにそのとおりよ。それ以外にもちと色々と調べ物があってのう』


 オクタヴィア(蛇)は腕をスルスルスルっと伝って、僕の頭の上でぐるりとトグロを巻いた。そして相変わらず舌先をチロチロと出しながら、どこから発声しているのかわからない声で言った。


『ハッキリ言ってしまえば今回、市場に大量に流された黄龍石の出処もわかっておる』


「本当か!?」


 これから本格的に調べようと思っていた答えが不意に降りてきた。でもそういう時って、決してラクができるわけじゃなく、大概もっとシンドイ事件が後ろにあったりするのだ。そしてそれは今回、どうやら正解のようだった。


『ふむ、黄龍石が値崩れを起したのはとある陰謀の、その始まりに過ぎん。犯人の名前はギゼル財務官と、そして大商会ユーノスのせいじゃ』


「ギゼル、財務官? ユーノス大商会?」


 どちらも聞いたことが無い名前だった。

 少なくともノーバやダフトンじゃない。

 どこだ? もしかしてヒルベルト大陸ですらないのか?


『そしてこやつの本当の名前はゼイビスネス。エストランテ・ゼイビスネス、と言えばわかるか?』


「エストランテって、もしかしてあの――!?」


 そこはかつて、僕とセーレスが逃避行をしようとしていた終着駅。通称『東国』と呼ばれている魔法世界マクマティカ最東端の国の名前だった。


『左様。こやつは永世中立国エストランテの正当な第一王子ゼイビスネスよ。そして今は亡きものとされ、死んどることになっておる』


 オクタヴィアの発言に死人であるところのゼイビス――ゼイビスネスは照れくさそうに頬を掻くのだった。


 続く。


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