第268話 東国のドルゴリオタイト篇③ 二度目の冒険者登録〜覗き男の名前はゼイビス

 * * *



「よーよー、おまえ名前なんていうんだ? 俺の名前はゼイビスっていうんだ。よろしくな!」


 ダフトンの中心街ノーバ。

 多くの臣民が行き交う雑多な大通りを僕は進んでいく。


 本来なら人混みは避ける僕だが、ここに行き交う人々全てが僕の臣民なのだ。できるだけその姿を顔を目に焼き付けておこうと、キョロキョロしながら目的の場所へと向かっていく。


 ……向かっているのだが、僕のすぐ後ろをやかましく騒ぎながらついてくるのは、さっきの出歯亀男――名前をゼイビスというらしい。


 風を蹴って人通りの少ない路地へと降り立った僕は、ゼイビスなど一顧だにせず、ひとりで歩き出した。


 ゼイビスは自分の顔や手足をペタペタと触りながら、ちゃんと自分が他者から見えていることを確認したあと、僕の後ろをついて回りだしたのだ。


「もううるさいな。なんで僕がおまえに名前を教えないといけないんだよ。僕にはまだ用事があるんだ。さっさと消えてくれ」


 後ろを振り返りながらシッシと手を振る。すげなくしているのに、僕と目が合った瞬間、ゼイビスはニカっと歯を見せて笑ってくる。


 なんなんだこの男は。

 今まで僕の周りにいなかったタイプだ。


 僕はスマホのカメラを起動させ、肩越しに背後を広角撮影する。映し出された写真画像を見ながら、改めてゼイビスという男を観察する。


 歳は明らかに上だ。下手したら二十歳は越えてるくらいだろう。

 身長は僕より頭ひとつ分も高く、体つきは細く引き締まっている感じだ。


 ぐるぐる巻きにした頭部のターバンの間からくすんだ金髪が飛び出していて、今は両手を後頭部で組みながら一定の距離を空けて僕の後をついてくる。


 似ている。

 ――と、思ってしまった。


 その格好だけでなく、笑うととたんに幼く見えるところが、どことなくディーオに似ていると、そう思ってしまう。


 まさか、とかぶりを振る。

 ゼイビスはヒト種族と獣人種のハーフだろう。


 どうやらヒト種族の血が濃いようで、獣人種としての耳や尻尾、体毛などと言った特徴的なものは受け継いでいないようだ。


 でも僕にはわかる。ゼイビスは見た目よりずっと腕っぷしが強い。身のこなしや筋肉の質が、明らかに野生動物っぽいのだ。


 今も、何の気なしについてきているように見えて、爪先立ちで足音を殺しながら歩いている。そうすることが最早彼の日常なのだろう。


「真希奈」


『データベースに該当なしです』


 真希奈に整理管理を任せている僕の無意識領域にあるディーオの知識。その中にもゼイビスという男はいないようだ。


 じゃあゼイビスあの男があんなディーオっぽい格好をしているのは偶然か? 僕が知らないだけで、冒険者の間ではディーオのコスプレが流行っているのだろうか……。


「ところでよう、お前さんどこに行くんだ? それにいつまでも『お前』なんて呼ぶのもつまらんから、そろそろ名前だけでも教えてほしいんだがなあ。一緒にエルフ先生を覗き見た仲だろう」


 うるせー。無視だ無視。


『タケル様』


「ああ」


 真希奈に言われ足を止めた軒先には、双剣と盾の徽章が描かれた看板があった。ああ、懐かしき冒険者ギルドである。


 どうやら冒険者ギルドというのは、種族ごとにあるらしく、ヒト種族にはヒト種族の、魔族種には魔族種のギルドがあるんだとか。ただ魔法世界マクマティカの全冒険者ギルドは相互扶助の関係にあって、ヒト種族のギルドカードも魔族種のギルドで有効らしい。


「おお? なんだ、冒険者ギルドに用があったのか?」


 僕はゼイビスはいないものと思ってギルドの門戸を開いた。

 途端突き刺さる、むくつけき男たちの鋭い視線。


 ――ふ。昔ならいざしらず、今の僕にはなんら痛痒を感じるものではない。

 と思っていると、魔人族やら獣人種の冒険者たちが一斉に僕の方へと向かってくる。


 なんだ?

 随分と手荒い歓迎じゃないか。

 やる気なら僕だって容赦しないぞ……!


「兄ちゃんまた来やがったな!」


「相変わらず完成度が高いのう!」


 むくつけき男たちは僕を素通りすると、僕の背後にいたゼイビスとにこやかに談笑を始めた。笑ってみると男たちも、歯が欠けていたり、顔に疵があったりするものの、愛嬌というか、人懐っこい感じに見えるのが意外だった。


「おう、今度いい毛染め見つけたら髪も黒くするからよ。そしたもう完璧ディーオ様だぜ!」


 そういってゼイビスは男たちに親指を立ててみせた。なんだ、偶然でもなんでもなく、自分からディーオの格好に寄せていってたのか。ホント単なるコスプレ野郎なわけね。


「バカバカしい」


 がっはっは、と笑い合うゼイビスたちを放っておいて、僕はギルドのカウンターへと向かう。知的な雰囲気が漂う獣人種のお姉さんがにこやかに迎えてくれた。


「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょうか?」


 栗色の頭の上には大きな斑猫耳がくっついている。ああ、こうしてギルドカウンターに来るとパルメニさんを思い出すなあ。あんなひどい別れ方をしておいてなんだけど、彼女元気かなあ……。


「あの……?」


 ジッと目を合わせたまま停止してしまった僕に、お姉さんが不安げな声を漏らす。


「登録をしたいんですけど」


「あ、はい、新規ですか? それとも紛失の再発行でしょうか」


「新規です」


「畏まりました。念のためお聞きしておくのですが、すでに他種族のギルドカードはお持ちではないですよね?」


 それは僕がどこからどうみてもヒト種族にしか見えないからだろう。

 我竜族の鱗や、白蛇族の真っ白い肌や髪といい、龍神族を龍神族足らしめる記号的要因はなにもない。まさか虚空心臓を見せるわけにもいかないしね。


「ええ、ありません。完全に新規でお願いします」


「はい、それでは登録料4500ディーオ様になります」


「はーい」


 4500ディーオは1670ルベ。

 ヒト種族の通過『ヂル』に換算して約2000相当である。

 うん。やっぱり登録料はだいたい同じなんだな。


 僕は懐から硬貨を取り出す。

 これはエアリスの現金10万ディーオの中から貰った貴重な貴重なお金である。


 僕が目的のために必要だと相談すると、そうすることが当然とでも言うように、エアリスは財布の紐を緩めてくれた。ホント、エアリスの存在には助けられてばっかりだな僕は。


「はい、ちょうどいただきます。ではこちらに必要事項を記入してください」


 魔族種の言語も読んだり聞いたり話したりはできるが、書くためには練習が必要になる。自分で暇を見つけては書き取りの練習をしてはいるが、今回は真希奈に指先を操ってもらい、難なく必要事項を埋めていく。


「ホシザキ・ナスカ様……、申し訳ありません、ちょっと耳慣れない響きなもので、どちらが家名でしょうか?」


「ホシザキが家名です。僕のことはナスカと呼んでください」


「畏まりました、ではナスカ様と――」


「そうか、ナスカって名前なんだなお前!」


 そう言ってカウンターに身を乗り出してきたのはゼイビスだった。


「ホシザキ・ナスカ。珍しい響きだな、ヒト種族の少数で使われてる家名か?」


 ゼイビスは僕の手元の羊皮紙に目を落としながら聞いてくる。タケル、という名前は使えないから、地球の親友から名字を拝借した次第である。


「へえ、ヒト種族の領域を旅してきてここに流れ着いたのか。歳は16。俺より6つも下だな。いや、でもその歳で魔族種領域ヒルベルト大陸にまで足を伸ばすたあヤルじゃねえか!」


 おお〜、っと周りがどよめく。

 待て待て待て。何が悲しくて自分の経歴(偽)を周囲に発表しなきゃならんのだ。


 いい加減にしないとそろそろ怒るぞ、と睨みつけるも、あの例のニカっという笑みが返されるだけだった。ゼイビスは止まらない。何事か気になる点があったらしく、さらにカウンターのお姉さんへと語りかけている。


「あん? ハウトちゃん、こいつってば冒険者登録するつもりなの?」


「え? ええ、そのようですけど……?」


 どうやら冒険者のみならず、ゼイビスはギルド職員とも顔見知りのようだ。ハウトと呼ばれた猫耳お姉さんは、僕の方を見上げながら目で問いかけてくる。異世界に個人情報保護を呼びかけるのはナンセンスだよね?


「だとしたらおかしいな。おいナスカ、お前魔法使えるんだろう。なんで魔法師登録はしないんだ?」


 ゼイビスがそう言うと、一瞬でギルド内の空気が変わった。

 そこかしこから「魔法だって?」「ほう、あのちっこいのが」「へえ、ゼイビスのお墨付きか?」などとささやき声が聞こえてくる。


 何勝手にバラしてくれてるんだコイツは!

 いやそれにしても、やっぱり魔法師って特別で一目置かれる技能なんだなあ。


「ナスカさん、魔法師の資格をお持ちなんですか!?」


 ハウトさんの目の色が変わっていた。

 椅子から腰を上げ、カウンターからグググっと僕の顔を覗き込んでくる。


「いや、資格っていうかなんていうか、そういうのはちょっと……」


「ほう、じゃあ我流か。さっきも見事に隠形の魔法と飛翔の魔法を使いこなしてたもんなあ」


 なんだろう。

 ゼイビスが口を開く度、どんどん事態の取り返しがつかなくなっていってる気がする。


 隠形と飛翔と聞いた瞬間の、ハウトさんを始め冒険者たちの顔と言ったら傑作だった。


「か、かかか、風魔法の使い手なんですかー! ナスカさんはご存じないかと思いますが、ノーバにはエアスト=リアス様という風の精霊魔法使い様がいらっしゃるんですよ! まさかその方と同じ飛翔の魔法を使うことができるのですかーッッ!」


 やだこの子、意外と地声おっきい。

 まるでギルド中に宣伝するみたいにじゃないか。


 そうしたらもう周りの温度というか、熱視線というか、そういうものが全然変わってしまった。


 むくつけき男共が例外なく僕に尊敬の眼差しを向けてくるのだ。ハウトさんに至っては祈るように手を組みながら僕の言葉を待っているようだった。


「え――――ええ、少しだけ魔法の腕には覚えが、なきにしもあらずといいますか……」


「すごいですッ! 私魔法を使える方って無条件で尊敬しちゃいます!」


 そう言って僕の手を取り、ぎゅうううっと熱烈に握りしめてきた。うわ、この人天然だ。手のひらにプニッと柔らかい感触。肉球か?


「それだけじゃねえよな。キラキラ光るあの腕。おまえ、もっとすごい別の魔法も使えるみたいだよな。じゃなきゃあんなゴッツイ水精の槍を素手で掴み取ることなんてできないもんな!」


 もうおまえホント黙れ――!

 壊れた蛇口みたいにゼイビスの失言が止まらない。いや、本人は失言とすら思ってないだろう。


 おまえ、なんで魔法のこと黙ってるの? ちゃんと伝えておいた方があとあと便利よ? くらいの親切心なのかもしれなかった。


「おい、どうせならジジイ呼んでこようぜ。俺らみたいな凡人にゃあ魔法の良し悪しはわからねえ。本職に審査してもらおうじゃねえか!」


 わーッ!

 と拍手が巻き起こった。


 さっそく目を輝かせた冒険者の何人かが、入り口からダッシュで出ていく。

 あー、本職とやらを呼びに行ったのか。


 ああ僕はホント、冒険者ナスカとして、最低限の社会的立場を手に入れたかっただけなのに、それがどうしてこんなことになってしまったんだ。


「ナスカ、見せてやれよ、お前の中の輝きってやつをよ!」


 ゼイビスはやたら男前の顔でビシっと親指を立ててくる。

 取り敢えず僕は、その親指を曲げてはいけない方向へと全力で捻った。


「んぎゃあああ!」とか悲鳴を上げたけど知ったこっちゃないよ。

 はあまったく……。


 続く。

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