第263話 ディーオの難題篇⑦ 颯爽登場幼馴染様〜ナンパ男にはご用心!

 *



 デパ地下の食料品コーナーはまさに戦争状態だった。

 お買い得卵Mサイズ10個入りが99円というのだから、世の奥様たちが目の色を変えて飛びつくのも無理はない。


 僕は果敢にもその群れに飛び込み――なんとか6パックをゲットすることができた。はああ、全身が奥様方の香水くせえ。


「さて、セーレスさんのためにもっと買っておきますかね」


 ウチの卵の消費量は異常だ。まずセーレスが卵超好き。同じくセレスティアも大好き。アウラとエアリスも好き。あれ、みんな卵好きすぎじゃね?


 卵を焼いたり茹でたり蒸したり和えたり。それだけじゃなく、卵を利用した派生料理も大好きだ。今日の晩飯のメインも卵を使うし。


「養鶏場でも作るかね。クルプと地球の鶏をかけ合わせてみるか」


 通常価格の卵Lパックも買い足し、さらに本日のメイン食材となるキャベツの大玉をカゴに入れ、さらにお買い得品のお米10キロも2袋……3袋ほど買っておく。多分コレでも一月保たないんだよなあ。今度直接農家から買い付けようか。一俵ほど。


「お、これは……」


 卵のパックが陳列されてる棚の片隅に見逃せない商品が置いてあるのを僕は発見した。


「卵かけご飯専用醤油?」


 買い、だな。僕の勘が叫んでいる。黙って買っておけと。こんなものがあるなんて知らなかったぞ。


 ラベルには丸大豆醤油と鰹だし、本みりんで風味豊かに、と書いてある。想像しただけで口の中に唾液が溢れてくる感じだ。これを買っておけば、先日を超えるセーレスさんの幸せそうな顔が見られるかも。ぐふ。


「あとは……真希奈、真希奈ー」


 僕はカートを押す手を止めて、ガラケーを耳に当てる。

 すぐさま愛娘の弾むような声が返ってきた。


『はい、タケル様。いかがされましたか?』


「エアリスのお使いがしたいんだけど、場所教えてくれる?」


『香辛料のコーナーは乾物や調味料の近くです。生鮮コーナーとは反対側ですね。ご案内します』


「サンキュー」


 引き続きエアリスはカレー作りにハマっているのだが、やっぱりどうしても魔法世界マクマティカにないスパイス類は地球で買うことになる。


 今回はカルダモンとチリペッパーとターメリックをご所望だ。確かカレーのあの色を出してるのがターメリックだっけ。今までエアリスが作ったカレーはちょっと黒っぽかったもんな。これがあれば綺麗な黄色になるはずだ。


 などと考えながら瓶詰めスパイスを3つずつ購入する。そして忘れてはならないのが愛娘たちへのお土産である。バニラアイスとストロベリーアイスのボックスもドンドンとかごに入れた。


 ふいー。こんなもんか。あと必要なものはここではない別のフロアにある。一旦会計をしてしまおう。


 大荷物となったカートを押しながらレジを目指していると、僕と同い年くらいの男女のカップルが目に入った。


 なんと彼らは豊葦原学院高等部の制服を着用しており、男の方がかごを持ち、女の子が次々に品物をかごに入れている。


 僕は少しだけ足を止めて、そんな彼らの姿を眺めた。本来、僕はああいう感じに見えるはずなのだ。


 学校指定の制服に身を包み、学校に通い、勉強をして、放課後の時間には遊んだりする。そしてもしかしたらあんな風に恋人もいたのかも知れない。


 でもそれが今や一国一城の主で、食べさせていかなきゃならない家族までいるというのだから不思議なものだ。


 もし僕が異世界で目覚めなければ、今頃は幼馴染に尻を引っ叩かれ上がら高校に通っていたのかもしれない……。


「いや、ないな。ないない」


 自分で言うのもなんだが、当時の僕は相当な偏屈ものだった。今でもだけど。なので意地でも学校には通ってなかっただろう。


 というかそれより以前に世界は終わっていたかもしれない。

 そう考えると本当に、僕が異世界で目覚め、人間ではなくなってしまったことも全ては必然だったのかも……。


 などということを考えながら、僕はセルフレジを通して会計を済ませると、マイバッグに商品を詰めていく。


 そして、ちょっとだけ油断していたのだ。買い物に小一時間ほど費やしてからオクタヴィアのところに戻る直前、真希奈からコールがあった。


『タケル様、トラブルです』


 ――と。

 むしろ待ってましたって感じだ。

 オクタヴィア母娘が異世界にいてトラブルが起きないはずがないのである。



 *



 タケル・エンペドクレス。

 その名前は所変わればまったく違う意味を持つ。


 魔法世界マクマティカ、ヒト種族の領域においては大罪人。

 聖都を消滅させ、王都にまであだを成さんとした最低最悪の魔族種である。


 プリンキピア大陸、魔の森と接する獣人種領に於いては、魔法学校教育に多大なる影響を与えたナスカ・タケル=タケル・エンペドクレスとして有名だ。


 そしてヒルベルト大陸魔族種領においては、ディーオ・エンペドクレスの領地を平定した三代目エンペドクレスとして名を馳せている。


 さて、ここ地球ではどうかというと、僕はアダム・スミスのせいで国際テロリストとして指名手配された過去がある。


 そのときに出回った僕の写真は、変装して通っていた豊葦原学院高等部のものであり、ボサボサ頭の瓶底眼鏡のものだった。


 なので当然今は、カツラもメガネもしていない、普段の素顔のままなのだが――


『大学生らしき二名がしつこくオクタヴィア母娘――特に前オクタヴィアに言い寄ってきています。如何いたしますか、タケル様?』


「すぐ行く。もし危害を加えられそうになったら実力行使を許可する」


 ズシン、と、米袋30キロを肩に担いだ僕は周りから注目を集めた。「おお……!」などと感嘆の息が聞こえてくる。小柄に見えて中身は魔族種ですからねこれでも。


 反対の手には各種食料を満載したマイバッグやビニール袋を下げながら、僕は半ば諦めの気持ちをいだきながらオクタヴィアたちの元へと急ぐ。


 ま、そりゃそうだよね。オクタヴィアと前オクタヴィア。ふたりってば半端な美人じゃないもの。


 小さなオクタヴィアはあの通りこまっしゃくれた幼女ではあるが、七万年の知識を一手にその身に宿しているだけあって、非常に凛としていて、にじみ出る知的な雰囲気が同年代の子供とは一線を画している。


 対して前オクタヴィアは、どこからどうみても完璧な大人の女性なのに、どこか頼りなく儚げな雰囲気を纏っている。はたからは妖しげな魅力となって他者の目には魅力に映ることだろう。


 暇な大学生からみたら、ふたりは完全な『カモ』である。だが最強の護衛として人工精霊がついていることを彼らは知らない。真希奈が僕の魔力の一端を借りて繰り出す魔法に比べたら、僕の手加減付き拳骨の方がなんぼかマシなのである。


 人混みをかき分けて進んでいる間にも、ガラケーからは大学生たちのナンパの一部始終が聞こえていた。


『うっわ、超美人! もしかしてふたりって姉妹?』


『どこの国から来たの? キャンユースピークイングリッシュ?』


 大学生ふたりは当然日本語で話しかけている。

 それに対してオクタヴィアは――


『精霊真希奈よ、この小童たちはなにを喧しくしておるのだ?』


『今、あなた方ふたりは、ナンパをされています。ナンパとは見知らぬ異性を公共の場で遊びに誘う行為を言います』


 オクタヴィアと真希奈は魔族種の言語だ。地球上には存在しない、まったく未知の言語による会話である。


『なになに、誰と通話してるの? ひゃー、妹ちゃんも可愛いねえ』


『なんと恥知らずな。衆目の眼前で女を口説くとな? 盛り場でもないような場所でそのような行為が許されるのか?』


『この国には市井に貧富の差はあれど、身分の差はほとんどないのです。そして自由恋愛と自由な性交渉がまかり通っているのです』


『そうであったか。通りでただの市にもこれだけヒトが溢れているわけだ。慎みをもたぬのであれば、このような輩が蔓延っていても仕方ないのう』


『そうなのです。親として最低限の自覚も持たない子供が子供を作り、最近では【赤ちゃんボックス】なるものまで――』


『けしからん! 子供は国の御宝ぞ! そのような親たちから子供を取り上げ、国がしかるべき育児を――』


 なんの話をしてるんだ真希奈とオクタヴィアは。というかこのふたり意外と相性いいのか。かなり会話が弾んでいるみたいだ。


 と、聞きなれない言語でスマホと会話するオクタヴィアを放っておいて、彼らは姉――前オクタヴィアの方にターゲットを絞ったようだった。


『こんなところで寂しくファーストフードなんて食べてないでさ、俺達ともっといい店行こうぜ』


『そそ、もう少ししたら開店するショットバー知ってるんだ。お酒、アルコール。わかる?』


 きっと前オクタヴィアの平坦で無機質な瞳には彼らの姿などまったく写っていないだろう。『ズゾゾゾゾ』と、飲みきったコーラの溶け出した氷水を啜る音がたっぷりと鳴り響き、終いには『あ”っ』という音まで聞こえてきた。


 沈黙。

 まさかゲップで諦めるわけないよなあ。


『おい、俺らのこと舐めてんの?』


『いいからちょっと来いよ!』


 僕が到着したとき、事態はクライマックスを迎えようとしていた。

 しびれを切らした男たちが、今にも前オクタヴィアに掴みかかりそうになっている。


 しかも周りには結構な人だかりができていて、僕はそれらをかき分けながら前に進み出ようと――


「【停まりなさい】」


 僕の歩みが止まった。

 男たちの――前オクタヴィアの腕を取ろうとしたその手も停止していた。


 僕が動きを止めたのはその声に聞き覚えがあったから。

 そして男たちは魔力の篭った・・・・・・力のある言霊に・・・・・・・動きを封じられたから・・・・・・・・・・だった。


「違ってたらごめんなさい。でももし無理やりナンパしてるなら――今すぐ消えて」


 学校帰りだと思われる綾瀬川心深は、制服の上に春らしい明るい色のマフラーを巻いていて、両手をポケットに入れたまま、男たちを睨みつけているのだった。


 続く。

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