第262話 ディーオの難題篇⑥ オクタヴィア母娘の異世界探訪〜コーラ・それは奇跡の飲み物でした
* * *
「なんじゃなんじゃなんじゃ! ここは一体誰の
都市複合型の巨大ショッピングモールの異様を見上げ、オクタヴィアは目をまんまるに見開いて叫んだ。隣に控える前オクタヴィアは半ば放心したように動きを止めていた。
いいなー。実に初々しいリアクションだ。異邦人を現代に連れてきたらやっぱこういうリアクションを取ってもらわないとね。
オクタヴィアはギギギっと油が切れたブリキみたいな動きで傾けていた首を戻すと、今度は左右を素早く見渡した。
「しかもこの人出はなにごとじゃ! 今日はなんぞ神事の祭りごとでもあるのかえ!?」
「違う違う。ここは
あんぐりと口を開けてオクタヴィアは僕を見た。あ、隣の前オクタヴィアも口を半開きにして僕を見ている。こうしてみると表情がまったく一緒だなこのふたり。
「バ、バカな、王都や諸侯連合でもこれほど賑わう市などみたことはないぞ――ってなんじゃ突然?」
僕はちっちゃなオクタヴィアの頭を不意に撫でていた。
「僕、今ようやくお前のこと年相応に可愛いなって思えたよ」
「ムキー! バカにするなよ! ちょっとばっかし文明の進んだ世界からやってきたくらいで! お主がすごいんじゃない、この世界がすごいんじゃ!」
真っ白いドレス姿のオクタヴィアがぐるぐるパンチで猛烈な抗議をしてくる。周囲にはかなりの通行人がいるが、誰しもがハツラツ可憐としたオクタヴィアの様子に苦笑を漏らしていた。と――
「私、は……?」
「ん?」
エアリスと同様由緒正しきメイド服姿の前オクタヴィアが、無機質な表情で僕の袖を引っ張っていた。
「おお、そうじゃな。儂だけなんて不公平じゃな。タケルよ、前の頭も撫でてやってくれるか」
「いや、それは――」
ジッと、照れてるんだか期待してるんだか、あらゆる感情が読み取れないまっ平らな瞳が僕を写している。周囲の通行人も、何が起きるのかと僕らをシゲシゲ眺めている。無理ゲーだろこれ。
『タケル様、そろそろお時間です』
「そ、そうだな! オクタヴィア、ふたりともちゃんと手を繋いで絶対に離れないようにしろよ」
僕はふたりに背を向けてさっさと歩き出す。
すると後ろから、ニヤニヤ笑っているであろう、オクタヴィアの彈んだ声が聞こえてきた。
「残念じゃったのう前の。お楽しみは夜までお預けじゃな」
「は、い。がんばります」
断じてそんなことにはならないぞ、と僕は気を引き締めるのだった。
*
「さて、おまえたちにしてもらうことは実は無い。強いて言うなら、面倒が起こらないように大人しく待っていてくれ」
「なんじゃそれは! せっかく遊び――げふんげふん。せっかく異世界にやってきたのじゃから、もちょっと見聞を広げさせてくれてもええじゃないか!」
今思いっきり遊ぶとか言ったか。まったくふざけるなよ。こっちはこれから真剣勝負だっていうのに。
「いいから言うとおりにしてくれ。ちょっとそこのテーブル席で待ってろ」
僕は人の通りに面したガラス張りのオープンラウンジを指差す。夕方前の時間だからか、いい具合に何席か空いている。ちょっとあそこに座って待っていてくれ。
「ほうほう、なかなか小洒落た感じの席じゃな。前の、ほれ早う」
オクタヴィアはトテテっと椅子の前に立つと、前オクタヴィアを手招きする。
決して走ることなく、スカートの裾を翻さず、しずしずと近づいた前オクタヴィアが椅子を引き、オクタヴィアの小さな身体を抱き上げて座らせてやる。
「今日はお主も対面に座れ。よいよい、許す」
「かしこまり、ました……失礼します」
音もなく椅子を引いた前オクタヴィアはゆっくりと椅子に座ると、そのままビシッと姿勢を正したまま静止した。
恐ろしいくらい整った顔立ちだが精気というものがまるでない彼女が目をつぶってるとなんか不安な気持ちになってくるな。
「それで、儂らはここで待ってればいいというのか? いささか寂しすぎるぞタケルよ」
ブーっと子供っぽく唇を尖らせる。
まあ確かに、周りの席を見てみても、お茶を飲んだり近くのお店で買ってきた軽食を食べたりしている。ただ単に椅子に座って待ってるのは辛いかもな……。
「お、タケル、タケルよ、あれはなんの店じゃ? 美味そうな匂いがするぞ?」
オクタヴィアが指さしたのは斜向いにある某有名ファーストフード店だ。懐かしいな。しばらく食べてないけど僕も好きだった。ワッパーってボリュームがあっていいようね。
「でも夕飯前だぞ。今食べたら帰ってからエアリスの飯が入らなくなるんじゃないか?」
「平気じゃ。多かったら前のが食べるからの。こやつは大食いじゃからの。というか異世界の飯を堪能させろ!」
ギャイギャイとオクタヴィアは騒ぎ立てるが、僕らは今魔族種の言語で話していた。まったく耳慣れない僕らの会話に、周りのヒト達もキョトン顔だ。
やれやれ、しょうがないな……。
「ちょっと待ってろ。念の為聞くけど、本当に大丈夫なんだな?」
僕はオクタヴィアではなく前オクタヴィアの顔を見つめる。
彼女は何故かポッと顔を赤らめながら、コクリと木々の枝葉が春風に揺れる程度に頷いた。
まあいいか。確かにせっかく異世界に来たんだからなにか食べさせてやりたい。それに食べてる間は大人しくしてくれるだろうし。
僕はスマホを取り出し、昔使っていたアプリのクーポンを起動させる。
だがしまった。地球に来てネットは繋がるけど、しばらくぶりの起動だから更新を要求されてしまった。
プログラム更新の時間が惜しいな。今日はいいか。ああ、もったいない。クーポンを使えばワッパー単品の値段でドリンクとポテトが無料になるのに……。
「すみません、あそこのラウンジで食べたいんですけど、いいですか?」
僕の質問に女性の店員さんが「大丈夫ですよ、食べ終わりましたらトレイをこちらにご返却ください」と言ってくれる。オーケー。問題はクリアされた。
「照り焼きワッパーのセットとダブルワッパーチーズのセットをください。ポテトとコーラで、コーラは一番大きいサイズにしてください」
「かしこまりました。他にご注文はございますか?」
うーん、ここはもうちょっとおまけするか。
「チョコレートサンデーもふたつください」
「ありがとうございます、お会計2550円になります」
うわ、結構行ったなあ。
これも全てはアウラのモデル代から出ている。
ありがたやー。
「ほれ、これでも食ってろ」
両手にトレイを持って戻ると、小さい方のオクタヴィアは椅子に座りながら足をブラブラとさせ、辺りをキョロキョロと観察していた。一方のデッカイ方のオクタヴィアは植物になってしまったように目をつぶったまま微動だにしていなかった。生きてるよね……?
「ほおおお、これはなかなか、見た目にも愉快な食べ物じゃのう。どうやって食べるんじゃ?」
そうか。そこから教えないとダメか。
僕はワッパーのパッケージを開けると、二枚に重ねたナプキンを上から被せ、ギューっと押してやる。プチュブチュっとケッチャップやソースが溢れてくるが、それに構わず横合いからナプキンで包んでグワッとバーガーを持ち上げた。
「ほらかぶりつけ」
「なんとっ! これまた野卑な食べ物じゃのう!」
僕は小さなオクタヴィアの後ろに回り込み、首の後ろから手を回し、口元にバーガーを差し出してやる。
野卑などと言う割にオクタヴィアは身体を揺すり、テンション爆上げの様子だった。
「どれどれ、それでは――」
小さな口を大きく開き、オクタヴィアがバーガーに食らいつく。
本当に食べてるのか? と心配になるほど小さな小さな一口だった。
「うほほっ、これは美味いの! なんじゃ、見た目は野卑じゃが味はなかなか上等じゃな。前の、お主も食べてみいっ!」
僕からバーガーを受け取ったオクタヴィアは両手で抱えるようにして、自分の顔くらいもあるバーガーをハムハムと食べ始めた。
「では……」
先程俺がしたのと同じく上からギュッと押さえつけ、横からグワっと持ち上げた前オクタヴィアは、その美しい顔立ちからは想像もできないほどの大口を開けてかぶりついた。
「…………これはッ!」
もっしゃ、もっしゃもっしゃと、前オクタヴィアの口が止まらない。
ゴックンと飲み込むと「ふう」と色っぽい吐息をついた。
「とても……美味、です」
「気に入ってもらえてよかったよ」
僕はナプキンを一枚取ると前オクタヴィアの口の周りを拭いてやる。
溢れたケチャップで綺麗な顔が汚れていたからだ。
「あ、あり、がとう、ございます……」
「あ、いや……」
素直なリアクションが嬉しくてついおせっかいをしてしまった。
見た目が明らかに大人の女性である前オクタヴィアの口周りを拭くって、周りから見たらどう映るんだろうか。と――
「んぐッ、んんんッ――!?」
勢い込んでバーガーを食べ始めた前オクタヴィアが喉を詰まらせた。
苦しそうにトントン、と胸を叩いている。
僕はすかさず、ストローを刺した特大コーラを差し出してやった。
「……? ……??」
あ、そうか、ストローとか知らないのか。
僕は前オクタヴィアの目を見つめながらストローに口をつけるとチューっと吸ってやる。
理解したのかカップを差し出すと、前オクタヴィアも慌ててストローに口をつけてコーラを吸い出した。
「ゴクッゴクッ――ゴッゴッゴッ!」
お、おいおい、大丈夫か? もう喉の詰まりは取れただろうに、前オクタヴィアの吸引が止まらない――!?
「――っぱぁ! これは美味しいですねっ! 弾けるような爽やかさですっ!」
なめらかな発音だった。
いつもは吃音気味に話すくせにコーラの感想はずいぶんと淀みないものだった。
「コカ・コーラっていうんだ。気に入った?」
「この上もなくっ!」
ジューっと再び前オクタヴィアがストローに吸い付く。
僕の目の前で彼女の白くて細い喉がコクコクと何度も動いている。
ハッ、そういえばこれって間接キスじゃ……。
『タケル様、タイムセールが始まりましたが……』
「しまったっ!」
オクタヴィア母娘の異文化交流が面白すぎて夢中になりすぎた!
これはいけない、急がないと……!
「ゴミはまとめてお盆の上に置いておいてくれ。あとコレを預けておくから――」
僕は首からストラップ付きのスマホを取り、小さなオクタヴィアに差し出す。
「なんじゃこれは? 手鏡か? ずいぶんとつるつるしておるのう」
バーガーから顔を上げたオクタヴィアは口の周りがテリヤキソースだらけになっていた。ああもう、拭いてやりたいけど時間がない。真っ白い服には一滴も零してないあたりはさすがと言えるが……。
『――スマートホンです。こちらの世界ではごくごく一般的な携帯マルチ端末です』
真っ黒だった画面に黒髪ぱっつん少女が映り込む。その途端、ふたりのオクタヴィアは画面に釘付けになった。
「なんと、こんな小さな手鏡の中にヒトが!? 真希奈、お主なのかっ!?」
「とっても面妖、です」
『タケル様、この後に予想される質問の嵐に、真希奈はもう辟易しそうなのですが』
「おまえなら大丈夫だ」
というかもう本当に時間がない。
僕はスマホを渡した代わりに、エアリスから借りてきたガラケーをポケットにねじ込むと、「いいか、そこから動くなよっ!」と言い捨ててから走り出した。
『本日はご来店いただき、誠にありがとうございます。全館春の大創業祭を開催中です。食料品コーナー全品5%オフ。ポイント還元10倍。また、数量限定にてお買い得商品を多数取り揃えております――』
頭上から館内放送が降ってくる。今晩のディナーは既に決まっている。その材料を買いつつ、細々と他の食料も購入しなければならない。本当ならオクタヴィアたちにも、お一人様◯パック〜などの商品を買うのを手伝って欲しいところだが、ここは堅実にトラブル回避で行こうと思う。
「じゃあ真希奈、ふたりの面倒みながらナビを頼む」
エアリスのガラケーを耳に当てながら会話をする。
打てば響くように彼女は応えてくれた。
『朝飯前の屁のかっぱです。かしこまりましたー』
あっちょんぶりけ! といい、どうも真希奈の語彙が古い。本人の趣味だから放っておくしか無いけどパパちょっと心配だよ?
「ぬお、またしゃべった! どこじゃ、どこに口があるんじゃ!?」
「甘い。美味しい……口の中がピリピリするけど、いいかも」
ガラケー越しにオクタヴィア母娘の会話が聞こえてくる。
なんだかんだ言いながら異世界を楽しんでるようでよかったよ。
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