第256話 龍王の帰還篇⑫ 龍王様の新たな災難〜サーキットブレイク発動

 * * *



 今回のオチ。


「真希奈、僕がんばったよ」


 はふん、と鎧から吐き出されながら、僕は自室のベッドに突っ伏した。


 一週間が経過していた。

 あの後、最低限度の人数を残し、我竜族は方方ほうぼうへと散っていった。


 各地に分散した係累全てに招集をかけて、数ヶ月内にはルレネー河の袂へと到着する予定だとか。


 我竜族の建国する場所は、龍神族の首都ダフトンから10キロほどを隔てた目と鼻の先になる予定だ。総数は1万名規模になるらしく、ダフトンの人口約15万から比べても十分優位性を持てる数字だった。


 当面は龍神族の方から支援という形で物資を提供し、やがては見返りとして物と金を流通させていく。


 通貨は龍神族の新通過と、我竜族が保有するヒルベルト共有通貨『ルベ』とで交換していくことになる。


 ちなみに、ゾルダが崩御したその日のうちに、僕はダフトンの全臣民に対して、新たな王となることを宣言した。


 全身を鎧に身を包み、鬼面を被ったままの姿に訝しむものも大勢いたようだが、我竜族の王ゾルダを倒し、その圧政から解放された残りの我竜族と和平を結んだ手腕を、真希奈がいい感じに喧伝してくれたので、今のところ大きな混乱はないようだ。


 正式なお披露目はまだ先だが、仮面の王、タケル・エンペドクレスとはどのような人物であるのか、ダフトンの臣民達は連日連夜噂をしているらしい。好きにすればいいよ。


 僕が王となって最初に出した命令は、先程も言った新通貨の発行だった。と言っても、現行の通貨の名称を変更するだけのものだった。


 新しい通貨の名前は『ディーオ』という。偉大なる先王ディーオ・エンペドクレスにちなみ、龍神族の繁栄と共にその名前が常に語られるようにという、もっともらしい理由を添えてある。


 これが大好評を博した。

 最初は恐れ多いなんて言っていたが、臣民たちが敬愛を以って呼び捨てるのならば、先王も本望であると言うと、特に高齢の者たちから率先してその呼称を拡めていくようになった。


 だがまだまだ慣れないものも多いようで、街のあちこちでは「はい、30ディーオ様ね」「100ディーオ様でおつりをちょうだい」「毎度、70ディーオ様のお釣り。ありがとね」なんてやりとりがされていて、笑いを堪えるのが大変だった。


 そして本日はラエル・ティオス領に赴き、我竜族建国に必要となる大量の木材を叩き売り同然で仕入れてきた。


 魔の森を開拓する義務を負った獣人種たちに協力し、必要な木々を魔法で切り倒し、生木を風の魔法で乾燥させ、サクッと製材して、先程ゲートを通じて我竜族へ届けてきたばかりだった。


 まあそんなこんなで僕は一週間、ずーっと働きっぱなしなのだった。ああ、引き篭もりたい。一日中ゴロゴロしてたい。


『大変お疲れ様でしたタケル様。真希奈は感無量です。ようやくタケル様がみなから一身に尊敬を浴び、その身分に相応しい扱いをされるようになりました。我竜族への恩赦や、ダフトン臣民へと演説と、カッコいいイベントが多すぎて堪りません! タケル様の勇姿は地球の『人研』にも量子通信を通じて逐次送っていますです!』


「うん、超迷惑だからやめような?」


 別の銀河系から送られてくるエンタングルメント通信を受信するのに、ようやく購入できたマキ博士念願の量子コンピューターがパンクしてしまうわ。


 ああ、そういえばついにマキ博士は例の10億円量子コンピューターを買ってもらえたらしい。


 サランガ災害の功労者として、心深と同じく紅綬褒章をもらい、一気に知名度が増したんだとか。そんなことにも後押しされて、御堂財閥が出資してくれたらしい。太っ腹だねえ。


 だが日本初の量子コンピューターという黒船の到来にみんながあやかろうと、国内の研究所や大学から使用依頼が絶えないんだとか。


 マキ博士は涙目らしいが、ロイヤリティが発生してるので断るに断れないそうだ。


 とまあ、そんなもろもろを含めて、真希奈と明日の打ち合わせをしていたときだった。廊下の方からドカドカと足音が聞こえてくるではないか。


「タケル、タケルよ! やったぞ!」


 ノックもなしにドアを開けたのは大層上機嫌なエアリスさんだった。


 この一週間エアリスには、かつて付き合いがあった領内外の行商や商人との折衷をお願いしていた。


 ミクシャが龍王城を占拠していた折りに差し止められていた物資も、早速開放して今ではダフトン全体に行き渡っている。


 今後我竜族が集まりだせば、建国作業が本格化する。食料や生活必需品など、あればあるだけ困らない。その仕入れをしてもらえるように、エアリスさんに交渉を頼んでいたのだ。


 というわけで、本日もその機動力を活かし、東奔西走していたエアリスさんがこんなに喜ぶなんて、一体何事だろうか。


「昔から付き合いのあった商人が、ディーオ様の蔵書を全部きーぷしていたのがわかったのだ!」


「おお、マジか!?」


 ミクシャが占拠中、売り払ってしまったエアリスさんの思い出の品――ディーオのよくわからないガラクタ……ゲフンゲフン。


 希少な蔵書の数々が戻ってくるのか。空っぽになってしまったディーオの書斎もこれで落ち着くことだろう。その商人さんには感謝しないとな。主にミクシャが。


「さっそく明日引き取りに行くぞ。そなたの『ゲート』を使わせてくれ!」


「ああうん。いいんだけどね。どこでもドアだし」


 そして翌日、僕たちは思いがけず、現実の厳しさを思い知ることとなるのだった。



 *



「お初にお目にかかります、タケル・エンペドクレス様、この度は当ウーゴ商館へようこそ足をお運びくださいました。当館の主を努めますエンリコ・ウーゴでございます」


 そんな仰々しい挨拶とともに僕とエアリスを出迎えたのは、二十歳そこそこの見た目をした魔人族の青年だった。浅黒い肌に引き締まった体躯、そして細面。実にイケメンである。


「そしてエアスト=リアス様もお久しゅう。ますますお美しくなられて、今や宰相というお立場にあるとか。同じ魔人族として私も我がことのように誇らしいです」


 ああ、本当ナチュラル100%でお世辞を言えちゃう奴なのね。当のエアリスさんは「うむ、そうか」と全く興味のない様子だったが。


『して、龍王城より不当に流された宝物ほうもつの品々を、こちらで保管してくれていると聞いたのだが』


 ズズイっとちょっと魔力を滾らせながら一歩前に出ると、「おお」とウーゴが背筋を正す。イケメンが爽やかな笑みを浮かべながら冷や汗を流している。うん、実に痛快だな。


「なにをしているか貴様は。この者は敵ではないぞ?」


 タケル・エンペドクレスにとっては敵ではないが、ナスカ・タケルにとっては強敵なんだってばよ。


「も、もちろんでございます。つい一月ほど前、処分に困っているという一連の物品が流れてきまして、大量の羊皮紙製本とのことで、これは大変高名な学者様のものか、さもなくば王家縁の物と当たりをつけておりました。私の方で買い取りをし、厳重に保管しております。よろしければ目録をご覧になりますか?」


「ぜひ頼む!」


 さっきから鼻息が荒い様子のエアリスさんがパラパラとこれまた羊皮紙製の目録に目を通している。僕も鬼面のまま後ろから覗き込む。そしてちらりとエアリスさんを覗き見る。あ、目が泳いでる。まったく覚えがないんだな。


「よ、よければ実際に品を見てみたいのだが」


「もちろんでございます。ただ、量が量ですので、当商館保有の倉庫にて預からせて頂いています。そちら、町外れの方になってしまうので、ご足労願うことになるのですが」


『構わん』


「畏まりました。さっそく馬車の手配を」


『不要だ。方角と距離を教えてくれるか』


「方角? 距離、でございますか? それでしたら、あちらの窓の方角で、距離は馬車で半刻ほどの距離なのですが」


 南東の方角、距離は大体6キロほどか。


『赤い翼を持った早馬が商館の徽章だったか』


「は、はい、当商館のものでございます」


『軒先に掲げているな』


「み、見えるのでございますか、ここから!?」


『目は相当良い方でな』


 龍慧眼さまさまである。


『では行こうか』


「ひッ!?」


 僕が取り出した聖剣を見て、ウーゴ氏が悲鳴を飲み込む。


 もちろん開くのは、ここ最近すっかり便利な道具となった『ゲート』の魔法である。


 移動時間ゼロ。物品の大量運搬、ヒトの移動、なんでもござれのオールラウンダーである。


「こ、これはなんでございましょう!? まさか魔法? いえ、なにかもっと別の力を感じるのですが……!」


「いいからさっさと入れ」


 極彩色のゲートを前に、すっかり腰が引けていたウーゴ氏の尻を蹴っ飛ばすエアリスさん。けけけ、いい気味だ。


 そして、瞬く間に自分が保有する町外れの倉庫に辿り着き、腰を抜かしてへたり込んでしまうウーゴ氏。意外と肝は小さいようだ。


 倉庫の管理人に印籠よろしく首根っこ持ち上げたウーゴ氏を見せつけ、保管されているディーオの蔵書を検分する。


 だが、ひと目見ただけでエアリスさんは涙を浮かべながら「これだ、この雑多な感じ、わけわからん文字、ディーオ様のものだ!」と大喜びだった。


「で、では、お支払をお願いしてもよろしいでしょうか。一括か割賦がお選びいただけますが」


「無論一括だ!」


 そういうとエアリスさんは腰元の革袋からとある石を取り出す。


 手のひらの上で確かな主張をするのは龍の膝下原産、ドルゴリオ黄石――別名黄龍石おうりゅうせきと呼ばれる希少石だった。これは昔から龍神族の財源であり、その価値は同じ重さの金と同等であるらしい。


 だがしかし、ドルゴリオ黄石を見た瞬間、ウーゴ氏は正気を取り戻したかのように商人の顔つきになった。


 そして「失礼」とエアリスの手から石を受け取り、靑柱石フレームのルーペでしげしげと見つめていた。なんだ、どうしたんだ?


「恐れ入りますが、本日お支払の手段はこちらのドルゴリオ黄石のみとなりますでしょうか?」


「うむ。今現金が少なくてな。近いうちに黄龍石を換金しようと思っているのだ」


「左様でございましたか。いえ、つい一週間前に領地を平定なされたばかりとのこと、無理からぬことかもしれません」


 ウーゴ氏は歯切れの悪い様子で渋い顔をしている。一体なんだというのか。僕は彼を促した。


『なにか言いたいことがあるのなら遠慮なく言って欲しい。こちらに不手際があったのなら謝罪しよう』


「いえいえ、とんでもございません! ただ、こちらのドルゴリオ黄石でのお支払だけはお断りさせていただきます」


「なんだと!?」


 目をむいて怒りを露わにしたのはエアリスさんだ。僕はスッと腕を掲げ、彼女を諌める。


『何故だ、理由を伺おうか』


「はい、現在そちらの大玉のドルゴリオ黄石、先々月までの価格でしたら500万ルベ、あるいは1350万ディーオで取引させて頂いておりました」


 ウーゴ、おまえもか。


「ですが現在市場では、値段が付けられない状態となっております」


「なにぃ……どういうことだ!?」


『つまり、ドルゴリオ黄石の市場価格が暴落しているということか?』


「その通りです、いや、ご理解が早くて助かります! もしかして龍王様、商人のご経験があるので――ああ、失礼しました。市井の者の教養ではなかなか出てこない単語だったものですから」


『そんなことはどうでもいい。今この石の価値はどれほどになっているのだ?』


「はい、大変申し上げにくいのですが……」


『言え。咎めることはない』


「はあ、では言わせていただきますが……ございません」


『なに?』


「現在の市場価値はまったくありません。ほぼ取引停止状態であります」


 ウーゴ氏が言うには、ここ数ヶ月で通常では考えられないほどの黄龍石が市場に大量流入したのだという。それにより価格は暴落の一途を辿り、つい二週間ほど前、取引停止処分――つまりはサーキットブレイクが行われたそうだ。


『エアリス、手持ちの現金は今いくらある?』


「手持ちは10万ディーオ様ほどだ」


『ということはルベに換算して37,000ほどか』


 もちろん僕はこちらの通貨は持っていない。

 エアリスが10万と言ったらホントにそれだけなのだ。


「つまり、どういうことだ?」


『つまり……お金がない! ってことさ』


 いやあ、参った。

 ゾルダよりよっぽど手強そうだ。

 ようこそ貧乏! ってか。とほほ。


【龍王の帰還篇】了。

 次回【ディーオの難題篇】に続く。

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