第253話 龍王の帰還篇⑨ 龍拳爆発!〜ゾルダVSエンペドクレス
* * *
「おおッ!!」
先程までの矮躯が見る影もない。
ゾルダ・ジグモンドは全身に魔力を滾らせ巨体化すると僕へと突貫してきた。
魔力を使って身体強化をした者の特徴である全身の赤熱化。血流にの中に魔力を宿らせ、それが全身に隈なくめぐるために起こる現象だと推測される。詰まりあの赤はヘモグロビンなのか。魔族種も血は赤いのか。てめえらの血は何色――――
「おっと」
予想外のスピード。
繰り出される拳を半身になって躱すと、ゾルダは遥か後方へとすっ飛んでいく。
僕は軽く手を振り、傍らの真希奈に離れるよう促す。
その際に小さくつぶやく。
『真希奈、戦闘データ計測開始』
『かしこまりました』
「何をごちゃごちゃ言ってやがる!」
もう戻ってきた。
僕の後方には我竜族たちが未だほうほうの体でいる。
真希奈(人形)の眼球に取り付けられた小型カメラを網膜投影して彼らのやり取りはすべて見ていた。
僕の目には彼らがこの場に嫌々集まった、実に士気の低い連中として映っていた。
当然、庇う義理もないのだが――まあいい。
――――ドクン(ドクッ)
虚空心臓から精製した魔力を装甲強化へ添加する。
この魔法素子装甲・プルートーの鎧ver.2,0は、イリーナ・アレクセイヴナ・ケレンスカヤと安倍川マキ博士共同によって見事復活を遂げた僕専用の鎧である。
たったひとつの命と引き換えに誰もが超人になれるという呪われた妖甲・プルートーの鎧。命とは生命エネルギーのことであり、魔力とは命そのものである。
虚空心臓から汲み出した魔力を注ぎ続ければ、継続的に鎧の特性を最大限引き出すことができる。そして今回復活した鎧には、前までの――ver1,0までとは大きく変わった特徴が備わっていた。それが――
「おおッらあッッ――!!」
ビシャンッッ――!
落雷のような衝撃音。
ゾルダの右拳が僕の胸に突き刺さる。
足元が大きくクレーター状に陥没する。
「――へッ!」
会心の手応えに口角を釣り上げるゾルダ。
だが――
『おい』
「ああ!?」
僕は鬼面の奥、金色の瞳をギラつかせながら首をかしげて見せた。
『まさか――全力か?』
ブヂンと物理的な音が聞こえ、ゾルダの右目が血走るどころか内出血で赤く染まる。
「…………安心しろ。今ので一割くらいの力だ!」
ゾルダの両腕が掻き消えた。
体幹を支点にして左右の拳による連打が始まる。
その衝撃はまるで重爆撃だ。
一撃度に地面が陥没し、クレーターが巨大化し、泡を食った周りの我竜族が逃げ始める。
「オラオラオラオラオラオラオラオラァ――――ッッッ!!」
僕にはもはや抵抗する力もないと思っているのか、ゾルダは嗜虐的な笑みを一層強くしながら連打を続ける。
「トドメだぁぁラアァァァッッ――!!」
今までの振り下ろしではない、地を
追い打ちの拳が腹部に炸裂し、地面を削りながらルレネー川へと激突。水切りの石のように二度三度と水面をバウンドしながら、ついに巨大な水柱を立てて没した。
「はあはあはあっ…………俺様を前に舐めた態度を取るからだ! カスめが!」
水の中、真希奈を通してゾルダの声を拾う。
骨伝導スピーカーは水陸を問わないな……などと想いつつ、あんまりサボっていい気にさせるのもアレなので派手に登場することにする。
(水の魔素よ――!)
愛の意志力の元、僕自身を擁する大量の水の魔素に語りかける。
森羅万象の理に従い、ただ高きから低きへ赴くはずの水の流れが変わる。僕を中心に渦を巻き始めた水が、足元から僕を押し上げる。
ボッ――と川面から脱する。上昇リフトと化した水柱が空の高みまで僕を運ぶ。遥か雲の上から俯瞰すれば、驚愕に染まる我竜族の面々とゾルダ本人が一望できた。
『ただいま』
ズシン――と、雲の頂から着地を決める。
もちろん、右脚を引き、左足を前に、右の拳で地面を突くあの例のポーズである。
『タケル様! いくら戦闘データ計測のためとはいえ、あのような下郎にいいように殴られるのはおやめください! 無事だとわかってはいても、愛しいヒトが殴られるのは耐えられません!』
『でも全然平気だったぞ。やっぱりバージョン2,0はすごいな』
イリーナとマキ博士によって復活を遂げたプルートーの鎧は、以前のものより、魔力の吸収効率がアップしていた。
聖剣の暴走によって、最大魔力量がビート・サイクルレベル10に抑えられていた時とは違い、現在の僕は何の縛りもないどころか、目覚めたディーオの心臓により、魔力出力は遥かに上昇しているのだ。
以前の鎧なら今の僕の魔力量に耐えられなかっただろうが、バージョン2,0となった今、レベル10を超える魔力を注いでも、鎧側のキャパシティも向上しているため、結果、装甲防御力や運動性能が比べ物にならないくらい上がっているのだ。
「無傷、だと…………!?」
僕の有様を見て、ゾルダが顔を引きつらせている。
それを放って、真希奈へと問うた。
『解析結果は?』
『先程の打ち込みによる平均的な衝撃が12トン強ありました。拳打数は秒間3.7回、総拳打数224回。驚異的な攻撃といえますが、やはり想定を超えるものではありませんでした』
『こちらの装甲強度はどうだ?』
『それはもうバッチリです。瞬間的な装甲硬度は【カーバイン錯体】に匹敵する数値がでていました! おめでとうございます!』
この世で最も硬い物質。
ウルツァイト窒化ホウ素の化学結合体をしのぎ、『1次元物質』と呼ばれる『カーバイン錯体』の域にまで鎧の装甲は達したようだ。こりゃあトンデモない。地球にデータを持ち帰ったらイリーナが喜びそうだ。
『真希奈、記録を継続。次のテストだ』
『畏まりました。魔力によるラインを構築。情報連結します』
ひとしきり真希奈との会話を終えた僕は、こわばった表情のゾルダへと声をかける。
『十分に休憩はできただろう。続きをしようか。今度はある程度打ち込みをされたら、こちらからも反撃をする。いいな?』
「なッ――!?」
筋肉ダルマのようになったゾルダが、ブルブルと全身を震わせている。
僕の物言いは当然、王としてのプライドを傷つけるものだろう。
だがこれは闘いである。彼の尊厳を守りつつ倒してやる義理などない。
「いい、度胸だなあ……俺様をここまでコケにした野郎は初めてだ。いいだろう。全力でやってやる――!!」
さらなる魔力がゾルダの全身から噴き上がる。
筋肉の肥大。肌の色は赤を通り越して黒くなりつつある。
やれやれ、戸◯呂弟かおまえは。さもなくばセ○にボロ負けしたトラ○クスだろう。
まあなんでもいいけど。僕はスッと両腕を掲げ、ファイティングポーズを取る。
「無駄だァ! 今度の拳はそんなもんごときじゃ防げねえ!」
『いいからさっさと来い。準備が終わったんならな』
「どッ、どこまでも腹の立つ……! グチャグチャに引き裂いてヤらぁ!!」
蹴込みによって地面が爆発。
ゾルダは瞬時に肉薄。
その速度は先程よりも遅い。
だが恐らくは――
「ダッッ――!!!」
ズウぅンと拳が重い。
速度を殺して威力を上げる作戦のようだ。
衝撃が内部にまで浸透してくる。
真希奈と情報連結し、視界に網膜投影されたHUDには、真希奈視点よる鳥瞰ウインドウとともに各種数値が記録されている。N=ニュートン。J=ジュール。W=ワット。F=ma(質量×加速度)などなど。
ゾルダのパンチ力は僕の体表面面積20×20平方センチあたり、瞬間衝撃力20トンにまで増していた。
腕のみで継続して受け続けるには不安がある数字だ。そうこうしているうち、HUDには『パターン解析中』の文字が出る。
ゾルダの拳が通った軌道が打撃曲線として赤く表示されている。そして『解析完了』の文字とともに、赤い曲線が、まだ攻撃されていない箇所に表示される。僕は先んじてその曲線から身を躱した。
「お?」
唐突に拳が空を切り、ゾルダは前につんのめった。
足場を踏みしめ直し、再び攻撃を開始するが、打撃曲線の導きの通りに身体を躱すだけで、もうゾルダの拳は一発も当たらなくなった。
「なッ!? なッ!? なッ!?」
一撃だけなら偶然と思えるだろう。
だが二撃、三撃、四撃と拳が空振るたび、ゾルダは自身に振り回さるようにたたらを踏む。
うむ。ベゴニアから武術を習い、体捌きも練習させられたので傍目にはカッコよく拳を躱しているように映ってるに違いない。鳥瞰ウインドウにも華麗な動きの僕自身が映っていた。じゃあそろそろ反撃と行きますか。
解析・ディフェンシブモードを反転。
攻勢・アクティブモードへと移行。
僕は打撃曲線を見て躱すのではなく、ギリギリまで引きつけてから迎え撃つ。
常人ならミンチ確定。身体能力が強い魔族種であってもまともに喰らえば致命傷になる破滅の拳にそっと手を添える。
直進する力を正面から迎え撃つにはそれと同等かそれ以上の力が必要となる。だが側面から力を加えてやればほらこの通り、相手の体制を崩して、容易く懐に入ることができるのだ。
僕は瞬時に足元に土の魔素を集結させ、強固な地面を創り出す。踏みしめた震脚から伝わるエネルギーを、上半身を起き上がらせる力で倍加させ、腕から拳へと伝達させる。
鎧の各パーツが筋繊維を模して配されているのにも意味がある。僕自身の身体の動きを正確にトレース・補助することにより、強力無比なパワーを生み出すためなのだ。
ズドンッッ――と。
生身の肉を打ち据えたとは思えない音が響く。
僕の右拳は、肘のあたりまで、ゾルダの腹部に埋まっていた。
「グッ、ブハッ――! がああッ!」
会心の手応えだった。
僕自身と鎧の膂力が合わさり、カウンターとして拳を叩き込むことができた。
ゾルダは吐瀉物をぶち撒けながら、腹を押さえ、のたうち回っている。
僕は上空の真希奈に向かって親指を立ててやった。
真希奈も満面の笑みとともに拍手喝采を送ってくる。
「馬鹿な。ゾルダ王が一撃、だと……!?」
その声は黒尽くめの男によるものだった。
こいつ、確か幻魔族だったか。スパイが姿を見破られただけでは飽き足らず、任も忘れて戦闘見物か。めでたいねえ。
そして、愕然としているのは我竜族の面々も同じだった。
自分たちの王が倒される姿など想像もしていなかったのだろう。
目玉が零れるほど瞼を開き、顎が外れるほど大口を開けている。
どうもコイツら、最初っから殺意というか、戦闘意欲というか、そういうものが全然ないように見える。自分の意志でここに集まったんじゃないのか?
「ぐおお、ぐあああッ、クソ、ちくしょう、こんな、俺様がこんな無様を……! な、何を呆けてやがる! 俺様が回復する時間を稼げ! 戦え貴様ら!」
言われて正気に帰ったように、我竜族の男たちが各々の獲物を抜き放つ。
ザザザっと、僕を取り囲むように展開する。だがそれだけだ。誰ひとりとして挑みかかってくるものはいない。まあ何をかさせるつもりもないが。
『愚か者。貴様らは黙って見ていろ』
「なッ――!?」
驚愕の声は幻魔族の男から。
巻き込まれては敵わないと踵を返す直前で気づいたようだ。
僕を中心にして広範囲が極彩色の霧で満たされている。
四大魔素に魔力を添加し、魔素励起状態にした可能性の霧である。
これを虚空心臓内に大量貯蔵することにより、僕は多くのプロセスをショートカットして瞬時に魔法を使用することができるのだ。
『魔素選択
「待て、俺は関係ない――!」
草地の地面から湧き上がった土塊が我竜族の男たちを内部に閉じ込めながら柱となって屹立する。あるものは片足と首だけを残し、あるものは手首と首だけを残して。とにかく呼吸をする以外の自由を与えないよう、男たちを拘束して岩石並みの強度で固定する。
「おおお! う、動けん! 待て待て待て、龍神族の王よ! 俺にまでこのようなことをして、あとで外交問題にしてやるぞ!」
『残念だが今うちには外交交渉担当者がいなくてな。と言うか間者として言ってて情けなくないか?』
幻魔族の男は仰向けになった状態のまま岩の柱に固定されている。一体どんな避けかたしたらそんなポーズで固まるんだよ。
川辺の草原は一瞬して岩石地帯となり、うめき声を上げる千本の石柱群によって支配された。それらの光景を呆然と見つめながらゾルダが口を開いた。
「貴様、これは、これが魔法、なのか……!?」
『そうだ。貴様たちが弱者の道具と蔑んでいるものだ』
事実、魔族種以外の弱い種族が魔法を手にした途端、魔族種優勢だったパワーバランスは均衡状態にまで持って行かれたのだ。
その事実から見ても決して侮ることのできないアビリティだろう。特にゾルダのような生まれながらの強者にして己の力のみに頼みの綱を置いているものには邪道に映るのかもしれないが。
『さて、ゾルダ・ジグモンドよ。まだ
僕は腕を組み、這いつくばるゾルダに向け、傲然と言い放つのだった。
続く。
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