第244話 魔法学校進級試験篇㊱ 龍神様、自分の領地に帰る〜エピローグ3

 *



 短いようで長い二ヶ月半だった。

 学校というものにろくな思い出がないはずの僕が、生徒を飛び越し、教師となることで、ようやく学校というものを好きになることができたように思う。


 図らずも獣人種の魔法教育に多大な影響をおよぼすことができた。

 思いがけず、愛すべき教え子たちと心を通わせることができた。

 予想に反して少しだけ、この学舎が離れがたい場所になってしまった。


『よろしいのですか、タケル様』


「ああ、全校生徒に見送られて、なんて柄じゃないからな」


 先だって、ラエルから連絡が入っていた。


「そなたの正体が完全にバレた。これから緊急の列強氏族会議だ。私塾推進派がやり玉に挙げてくるだろうがそれは問題ない。ただ、これ以上は無理だ。潮時というやつだな」と。


 もともと、腑抜けていた僕に活を入れるために斡旋された仕事だった。なので、引き際だって心得ているつもりである。問題はない。


 そのため僕は、こっそりハヌマ学校長にのみ別れを告げて、こうして学校裏からこそこそと帰り路についている最中だった。


『やれやれ、ふいに泣いちゃってもそれは恥ずかしいことではありませんよタケル様』


「誰が泣くんだよ誰が。僕は感動の超大作映画だって鼻で笑うような捻くれた男だぞ」


『みんなの前では、でしょう。部屋でひとりで見たら号泣しちゃうタイプですよね?』


「なななな、なんでそんな見てきたみたいに言うんだよ!」


『ふふん。そんなタケル様だからこそ真希奈は――――チェック・シックス。来ます』


「なに?」


「ナスカ先生えええええええ!!」


 ドカーンッ、と僕の脇を何かが通り過ぎる。手頃な細木を10本くらいなぎ倒してようやく止まったのはハイアだった。


「ま、魔力切れで動けないでござる」


 本気で何しに来たのおまえ?


『タケル様、続けて来ます!』


 空気を切り裂き、唸りをあげて迫りくるのはファイアー・ボール。クレスの蹴球弾だ。万が一にも燃え移ったらいけないとそれを魔素情報星雲エレメンタル・クラウドで無効化していると頭上に影が指す。


「オラオラオラァ――――!!」


 素足から風を吹き出し、トリッキーな動きで拳を突き出してくるのはコリス。おいおい、コイツ本気で挑んできてる!?


 僕は一瞬だけ風を爆発させてコリスの軽い身体を吹き飛ばしてやる。だが吹き飛ぶかに見えたコリスは三つの小さな気弾、デネブ、アルタイル、ベガによって支えられ、再び僕へ拳撃を繰り出し始めた。


「おまえら、いい加減に――――」


 ハッとする。いつの間にか右足首に水精の糸が絡みついていた。ケイトの糸だ。高強度を誇るそれを引きちぎるには鎧の力がないと僕でも難しい。


「みんな、一気に畳み掛けて!」


 ケイトの激が飛ぶと、正面からピアニの気弾を纏ったコリス、頭上から土熊のペリル、背後からはクレスの蹴球弾が僕に襲いかかった。


「嘘ッ!?」


「そんな!?」


「マジかよ!?」


 驚きの声が次々と上がった。

 勝負が決まったと思った瞬間、僕の身体が掻き消えたからだ。


 そう。僕はハイアが攻撃してきた瞬間から、風の魔素と魔力で創り出したデコイの分身と入れ替わっていたのだった。


「これってあなたの趣向ですか、クイン先生?」


「あら、姿を消して女性の後ろに回り込むものではないわよナスカ先生・・・・・。時にそれは風の魔法の応用? それとも水の魔法かしら?」


「企業秘密です。ネエム、おまえもやる気か?」


「いいえ。僕は高みの見物です」


 改めて僕の教え子たちを見やる。

 ケイトを司令塔として、切り込み隊長のハイア、機動力を活かしたコリスと、それをサポートするレンカの風の三連星。


 ピアニは地面に仰臥して爆睡しながら炎の魔素をかき集め、それをクレスが拝借してファイアー・ボールを大量生産している。


 ペリルの土熊も耐久力が格段に上がっているようで、クレスの蹴球弾の爆発と、コリスの攻撃をいっぺんに受けてもまったく平気な顔をしていた。


 こいつら、僅かな時間でこんな連携を思いつくだなんて。

 はは、すげえ……!


「あと少しで一本取れると思ったのにぃ!」


「残念なの。ピアニ、起きて、終わったの」


「はッ――、ナスカ先生、いなくなっちゃうです?」


「そうだよ、なんで黙って出ていこうとするんだよ!」


「ちょっとそれは薄情だよねえ」


「けっ、こいつは最初っからそういう男だよ。俺にはわかる」


「ナスカ先生、俺にはまだナスカ先生の教えが必要で――いい加減誰か起こして欲しいでござる……!」


 ケイト、レンカ、ピアニ、クレス、ペリル、コリス、ハイア。

 みんながみんないっぺんにしゃべるからもう収集がつかなくなっている。


 はあ……。ホント、おまえら才能の塊みたいな奴らだよ。

 今度会う時はもっと本気でやらないとマジで一本取られそうだな。


「みんな、聞いてくれ。勝手にいなくなろうとしたのは悪かった。でも僕にはやるべきことがあるんだ」


「それって私達より大事なことなんですか!?」


 切実に、目尻に涙さえ溜めてケイトが叫ぶ。

 その思いは全員同じなのだろう。


 決してその場限りの嘘や誤魔化しが通用しない雰囲気だった。

 だから僕も、努めて真摯に、誠実に話を続ける。


「みんなも知ってるよな。僕は魔族種だ。根源貴族の龍神族、その三代目エンペドクレスなんだ」


 ゴクリと、生唾を飲み込んだのは一体誰か。その名前が意味する重みを、この世界に生まれ育ってきた彼らはよく理解しているようだった。


「三代目って言ってもつい最近なったばっかりでさ、ずっと自分の領地を放ったらかしにしてるのが現状なんだ。だから、そろそろ戻らないとマズイかな〜って思ってる」


 そう、ヒト種族の領域と獣人種と魔の森、その間に挟まれるように魔族種の領域――ヒルベルト大陸は広がっている。


 魔族種の領域とはたった27種類の根源貴族の係累のみで構成された、完全な住み分けが成された世界だ。


 27ある根源貴族はそれぞれが不可侵を敷く固有の領地を持ち、種族の長となる『王』がその領地と、そこに身を寄せ生活する民たちとを統治している。


 だが、王が不在ではその統治は成立しない。良くも悪くも魔族種の世界は王を頂点にいただくことでしか成り立たない世界なのだ。


 僕がディーオ・エンペドクレスと出会い、その強大な力を譲位され、セーレスを救い出すために地球へと赴いた時間。


 魔法世界マクマティカ帰還後に呆けていた時期と、共有学校で過ごした期間を合わせれば、おおよそ一年の間、自らの領地を不在にしていたことになる。


 その間に統治機能は失われ、きっと領地は混沌とした有様になっているだろうことが予想された。


 僕は、セーレスを助け出したあとの身の振り方をずっと考えていた。そうして思いついたことは、地球にいる間ずっと僕を支えてくれたエアリスに、何か恩返しができないか……ということだった。


 エアリス自身が主と仰ぐこの僕自身の振る舞いや行動が彼女の意に沿えば、きっと喜んでもらえるはず。ディーオの代わりに三代目エンペドクレスとして王の座に就き、そんな僕の側にエアリスを仕えさせることで、それは成されるのではないか、と思うのだ。


 そんなことを掻い摘んで話すと、みんながみんな呆れた顔になった。クイン先生でさえ、額を抑えて項垂れてしまっている。


「あなた、自分の女を喜ばせるためだけに王様になろうとしてるの? 逆に大したものだわ。尊敬するわよ」


 いやあ、そんな。照れちゃうからやめてよ。


「ホント、ナスカ先生らしいです」


 そう言って頷いたのはケイトだった。


「わかりました。領地なんてさっさと平定して、エアリス先生とセーレスさんが安心して暮らせる場所を作ってください」


「ああ、そのつもりだ」


「ちゃんとふたりを幸せにしてあげないと許さないの!」


「が、がんばります……!」


「声がちっちゃいです!」


「必ず幸せにしてみせます!」


 特に女子組は、セーレス&エアリスの話になると容赦がなくなるようだ。

 さてと――


「じゃあ行くよ。今度また遊びにくるから」


 僕は聖剣を取り出す。

 目の前の空間に『ゲート』を開いた途端、みんなが一列に並び、大きな声を張り上げた。


「ナスカ先生、ご指導ありがとうございました!」


『ありがとうございました!』


 唱和する声。

 僕はそれに振り向かず、背を向けたまま手を振ると、極彩の『ゲート』をくぐった。


『やっぱりタケル様、こういうのに弱いんですねえ』


 うるさいよ。

 おまえしか見てないんだからいいんだよ。放っとけ。


「それじゃ、さっさと王様になりに行きますかね?」


 僕ことナスカ・エンペドクレス・タケルの新しい冒険が始まろうとしていた。


 続く。


【魔法師進級試験篇】了。

 次回【龍王の帰還篇】に続く。

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