第240話 魔法学校進級試験篇㉜ 大番狂わせの戦い〜先生、降参してください!

 * * *



『クイン先生の強烈な先制攻撃! あわや初撃で終わってしまうかに思われたケイトさんでしたが健在です。ハヌマ学校長、先程ケイトさんはファイアー・ランスを素手で掴んで投げ返したように見えたのですが?』


『いえいえ、素手ではありませんぞい。なんらかの魔法を媒介して、それをそのまま相手に跳ね返していたように見えましたわい』


『何らかの魔法? それは一体どのようなものなのでしょう。私も観客のみなさんも一番それが知りたいと思うのですが』


『それはもちろん…………遠くてよく見えませんでしたわい』


 引っ込めクソジジイー! おとぼけな発言で観客の機嫌を損ねたハヌマ学校長へ怒号が飛ぶ。でも私は、そんな周りの喧騒など聞いている余裕などなかった。


 私に魔法を投げ返されたクイン先生は、目に見えるほどの怒りに燃えている。

 額には青筋、頭の白い羊角でさえ、炎に炙られ真紅に染まっていた。


 はっきり言おう。

 やっぱり怖いは怖い。

 でも決めたのだ。

 絶対にそれは口にしない。顔にも出さない。

 相手の思い通りに怖がってなどやらない、と。


 そういえば――――



 *



「そのクイン某とやらは三流だな。話を聞いただけでわかるぞ」


 合宿のさなか、私たちに毎日美味しいごはんを作ってくれたエアリス先生。


 合宿も終盤に差し掛かった私は、なんとか魔法に対する恐怖心を克服しようと、敢えて『憎』の意志力で紡がれた攻撃魔法を見せて欲しいとエアリス先生にお願いした。


 するとエアリス先生は私の恐怖心の元凶となったクイン先生の話を聞くなり、彼女を三流と切って捨てたのだ。


「溢れるほどの『憎』の意志力。なるほど、右も左もわからぬ子供には有効だろうな。だがそんな者の攻撃ほどわかりやすいのもない。ケイトよ、そなたは己の恐怖心を克服する必要などない」


 ええっ!?

 私は本当にビックリしてしまって、エアリス先生にその理由を問うた。


「完全に克服する必要はない、という意味だ。つまり自身で恐怖心をこんとろーる……制御できるようになればよいのだ。クイン某とやらの『憎』の意志力が桁違いにあふれる時、そなたの恐怖する心が、攻撃の瞬間を教えてくれるはずだ」


 言うは易し。でも実際やるとなると、それはとても難しいことなのではないだろうか。


「それにな、本来『憎』の意志――殺意とは、垂れ流すものではない――――」


 パチン、とエアリス先生が指を弾く。

 次の瞬間、背後に立っていた木がバラバラになった。

 枝が全部落ちて、幹は輪切りになって、根本だけを残して一切合財が地に落ちる。


「今、なにか感じたか?」


 私はブルブルと首を振った。


「とまあこのように、本来相手を攻撃する意志、『憎』の意志とは垂れ流すものではなく、一瞬の気迫に込めるものである。尊い犠牲となったこれらの木は風で乾燥させて焚き木にしよう」


 私はただただその凄まじいとしか言えない魔法の腕前に愕然としてしまった。

 今のエアリス先生の攻撃に比べたら、クイン先生の魔法は『今から攻撃するわよ、いいわね? するからね? はいしちゃったー!』などと悠長にやっているに等しいとわかってしまったからだ。

 

『さあ、今から特訓だ! 風のつぶてを次々と撃つので、そなたの糸で防いでみよ。当たれば…………そこそこ痛いぞ?』


 ひええっ!?

 私は急ぎ、防御用の『あやとり』を紡ぎ始めた。



 *



「それ、なに? まさか糸? 水精の糸だというの!?」


 私の両手の間にあるもの。それは、端と端を結ばれた水の糸の輪。

 セーレスさんの大蛇を模倣しようとして、結果的には全然違うものになってしまった能力。


 クイン先生はすがめた眼で私の手元を覗き込み、おもしろくなさそうに鼻を鳴らした。


「そんなもので私の魔法を防げると本気で思ってるの? さっきのは――そう、まぐれよ。私も試験官としての立場があるから、あなたの能力を引き出そうと無意識に手加減をしてしまった。でももう十分よね。おしまいにしましょう」


 饒舌にすらすらと言葉を吐き出し続けるクイン先生。

 それはまるで、自分自身に言い聞かせているみたいだった。


 そうだ。クイン先生はことさら、魔法を使う時は多弁になる。

 授業のときもそうだし、海岸でナスカ先生と対峙したときもそうだった。


『戦い方にも種類がある』


 そう言っていたのはナスカ先生だ。


『大別すればふたつかな。自分の力量を信じて、ただ相手を倒すことのみに集中する戦い方。これには高い技量と実力が必要になる。いうなれば相手に付き合わず、自分の我を通すやりかた』


 ナスカ先生、エアリス先生、セーレスさん。

 これらのヒトたちほどの実力があれば、そのような戦い方もできるようになるのだろう。


『もうひとつは、相手の戦い方に併せて器用に立ち回るやりかた。相手の一挙手一投足を観察し、弱点を見つけてそこを突く。そのためには相手の気持ちや考えを読んでみるのも必要だ。こっちの方がケイトに向いてそうだな』


 私はクイン先生の観察を続けながら、日に何千と繰り返し続け、もはやあっという間にこなせるようになった『あやとり』の動作を手の中で行う。


 私の両手の五指――十本の指の間で、幾重にも重なった糸と糸。網目状になったそれは正式な名称を『ナイン・ダイヤモンズ』と言うらしい。


 交差した糸が9つのひし形を描き、そのひし形をダイヤモンドという宝石に見立てているんだとか。でも私はダイヤは愚か、宝石すら生まれてこの方見たことがない。それでもこれを選ぶ理由はただ一つ――――


「大丈夫。まともに食らっても死なないから。多分…………」


 クイン先生がまっすぐに差し出した右腕に炎が収束する。注がれる『憎』の意志。私の全身に鳥肌が立つ。今すぐ逃げろと足が後ずさりしようとする。抑えろ。堪えろ。まだ。まだ。――――今!


 放たれるファイアー・ランス。目にも留まらぬ早さのそれを、私は突き出した『ナイン・ダイヤモンズ』で受け止める。


 ブワっと私を守るように広がった網目状の糸が、しっかりランスを受け止めてくれる。受け止めた瞬間から私の糸が燃えて蒸発していく。


 その前に、私は先程と同様、自身の身体を回転させ、その勢いのままにファイアー・ランスを返品した。


 驚愕に染まるクイン先生の頭上を、先生自身のファイアー・ランスが通過していく。演台の外に出た途端、壁役の先生たちの魔法が殺到し、ランスはすぐさま相殺された。


 はあはあはあ……で、できた。エアリス先生の風の礫を見慣れていたお陰で、またしても成功することができた……!


『皆様ご覧になりましたでしょうか! 放たれたクイン先生のファイアー・ランスを見事受け止め、そればかりか攻撃へと転用しています! 実に効率的で無駄のないケイトさんの攻撃です!』


『いくらなんでも普通攻撃魔法を受け止めようなどとは考えないものです。いやあ、とてつもない勇気ですわい』


 解説のリィンさんとハヌマ学校長の言葉にくすぐったくなる。

 私、今戦えてる。あのクイン先生の恐ろしい魔法と正面から勝負できてる。

 思わずここが演台の上だということも忘れて飛び跳ねてしまいたくなる。


「調子に乗ってるんじゃないわよ」


 まるで冷水を頭からかけられたよう、心の奥が一気に冷めた。

 クイン先生が纏う炎はさらにその勢いを増し、演台の半分は燎原の火に包まれているみたいだった。そのあまりの光景に、悲鳴にも似た声をお客さんたちが上げている。


 相変わらず凄まじい『憎』の意志力。どうしてクイン先生はこんなにも何かを、誰かを憎むことができるのだろう。その源は一体何なのだろう。


 そうこうしているうちにも、クイン先生は自分の腕を突き出し、纏わせた炎をファイアー・ランスへと形成していく。


 出来上がったランスは片っ端から自分の足元へと突き刺し――創っては刺し、創っては刺しを繰り返していく。


「はあはあ、はああ……! 待たせたわね。これだけのファイアー・ランスがあれば、受け止めて投げ返すことなど不可能なはず……!」


 炎の檻の向こうから邪悪に引き裂かれた口元が見えた。クイン先生は凄絶な笑みを浮かべながらファイアー・ランスを引き抜くと、両手を振りかぶって投擲した!


「――くっ!」


 私は転がるように石畳を駆け、二本のランスを躱す。またしても演台の外に達した攻撃性魔法を壁役の先生たちが必死になって叩き落としている。


 炎の槍が迫る度、お客さんたちから悲鳴が上がる。ごめんなさい、今は避ける以外何もできないの!


「ほらほらどうしたの! ご自慢の糸はもうおしまい!? まだまだ、どんどん行くわよ!」


 熱い! クイン先生の炎に炙られ、演台の温度が上昇している。私を掠めていくランスの余波だけでも火傷してしまいそうだ。


 少しでも集中力を切らせば終わってしまう。一撃でもまともに喰らえば、たちまち私は炎に飲み込まれてしまうだろう。


 私は獣人種の運動能力を十全に発揮しながら、演台の上を縦横無尽に駆け回る。そうしている間にも私は、両手の中で次なる一手を――否、次なる二手を用意していた。


 うまくいくかはわからない。

 でも相手を傷つけるとか、私自身が傷つくとか。

 今はそんなものを超えたところに私はいる。


 実力の差はあれど、私とクイン先生は今対等なのだ。

 同じ演台の上で魔法を駆使して戦っている。

 私の生命とクイン先生の生命。

 双方が同じ条件で危険に晒されたこの状況。


「――ッ、そうか」


 そうだったのか。

 どうしてこんな単純なことに思い至らなかったのか。

 私が恐怖を感じるのと同じように、クイン先生も心に恐怖を隠しているのだ。


 それを見せたくないから。

 自分の弱さを認めたくないから。


 ことさらに周りを威圧し、高圧的になって、最初から戦う気を起こさせないようにしているのだ。ならば――


 初めから対等な条件で戦わなければならないこの試験そのものを先生は嫌がっている?


 一度は完全に屈服させたはずの私が、別人のように立ち向かってくる今この状況と、自分の知らない未知の魔法を使ってくることに、本当は心の底から恐れているのだとしたら――


 クイン・テリヌアス先生。

 あなたが本当に憎い相手、それは――

 他の誰でもない自分自身!?

 恐怖に竦みそうになる弱い自分なんですかッ!?


「うッ、うわあああああッ!!」


 ランスの雨をくぐりながら、私は急激に方向転換。

 クイン先生に向けて突撃を敢行する。


「――ッ、バカな子!」


 先生の足元にはランスが二本。

 地面の一本と手元の一本。

 手元のが先に放たれる!


 私は手の中で用意していた新たな『あやとり』を目の前にかざす。

『セブン・ペトル』――――七弁花という意味の花びらを模したあやとり。

 それは私を守る水精の盾。迫りくるランスを受け止め、後方へと受け流す。


「何よそれッ!? こ、来ないで!」


 初めて聞く声音だった。

 クイン先生、やっぱりあなたは――――!


 最後の一本は躱すまでもなかった。

 動揺した先生によって放たれたランスは、完全に埒外の方へと向かい、私は余裕を持って二手目を紡ぎ出す。


 左手の親指と小指に糸を引っ掛けて手前に引く。

 さらにもう一度、親指と小指の間の糸を引く。


 できた輪の中に右手を入れ、親指と小指にかかっている糸を引っ張る。

 糸と糸の間に指を入れて、手の甲の方へと流したら、四度糸を引っ張る――


 五指にかかった糸が綺麗に立ち上がるその様から『ブルーム』――箒と呼ばれるあやとりだ。


 だが私はこの形が到底箒には見えない。なぜなら左手の五指を引き抜いたその形はまさに――――


「いっけえええええッ!」


 それは糸で形作られたおおきなたなごころ

 私の意志に従い、大きく広がった掌が、クイン先生の身体を包み込むように拘束する。


「なん、ですって!? こんな、たかが水の糸ごとき――くッ、切れない!?」


 クイン先生は大人の腕力にモノを言わせて必死に拘束を解こうとしている。

 でも無駄だ。この糸は私の作り出した水精の糸、200本・・・・り合わせて作られている。大の大人が束になっても、そうそう切れるものではない。


 私は興奮と恐怖で声を震わせながら、クイン先生へ向けて宣言した。


「この糸は絶対に切れません。先生、降参してください――――!」


 続く。

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