第238話 魔法学校進級試験篇㉚ 最終試験開始〜もうあなたなんて怖くない!

 * * *



 獣人種魔法騎族院1等審議官レオーノフ・コマロフ。

 同じく魔法騎族院2等審議官レンゲル・メンデス。

 最後に魔法騎族院3等審議官ペネラ・スプートニク。


 そうそうたる強面に詰め寄られ、ペリルはあっさりと事のあらましをゲロしていた。


 突如会場に轟いた悲痛な叫び。

 それが試験官も務めたアンティス・ネイテス女史のものだと知り、誰もが耳を疑った。


 即座に彼女と共に会場を飛び出していったナスカ・タケル臨時講師。1級試験の壁役を放棄するほどの緊急事態であろうことはわかったが、彼らの後を追いかけたレンゲルは、当人たちを完全に見失ってしまった。


 そこに入れ替わりで現れたのが土精の熊――もといペリルであり、三名から『遅刻した事情と併せて説明せよ』と命令され、クレスとネエムが戦っていたことをしゃべってしまっていた。


「ぜ、前代未聞である。1級試験の最中に、魔法を使用した私闘を行っていただと!?」


「ひっ」


 怒りに戦慄くレンゲルにペリルはビクっと震えた。

 ちなみに今は土熊の姿ではなく、普段の青色熊の姿である。

 どちらにしろズングリムックリしていることに変わりはないが。


「落ち着いて。よくよく聞けば、この子はむしろ被害者。巻き込まれただけ」


 レンゲルの怒りの視線を遮ったのはペネラだった。

 沸点の低そうなレンゲルと冷静沈着なペネラは非常に均衡の取れた組み合わせなのだ。


「して、ネエムくんの怪我の具合はどれほどなのかね?」


 蓄えたあごひげをさすりながらレオーノフがペリルに問いかける。

 相手を萎縮させず、かと言って甘やかしもしない、厳正さと威厳が漂っていた。


「け、結構ヒドそうでした。全身がかなりの勢いで燃えていたので…………」


「それで、ナスカ・タケル氏は彼を治療するために試験官の任を放棄したのか。そちらは致し方あるまい。しかし、ネエムくんに万が一のことがあれば、また話が変わってくるのだが…………」


「そ、それなら大丈夫だと思います」


「なぜそんなことが言えるのかね?」


 ギロリと、眼の奥に虚偽を許さぬ光を湛えながらレオーノフは問い返す。

 初年生ならばすくみ上がるほどの眼力だったが、ペリルは臆することなく自信を持って答えた。


「ナスカ先生が治療で向かった先はセーレスさんっていう水の精霊魔法使いさんのところだから――――」


「なんだと!?」


 突然険しい顔つきになったレオーノフにペリルは飛び上がった。

 厳しいけど優しそうな人だと思ったのに、やっぱり怖いヒトだ、と思った。


「精霊魔法使い……失われて久しい精霊の加護を受けしもの。現代に蘇っていたのか」


「ナスカ・タケルはその水の精霊魔法使いと知り合いだというのか!?」


 レオーノフよりもレンゲルのほうが衝撃が大きかったようで、上司を遮ってまでペリルへと詰め寄る。


「し、知り合いっていうか、多分恋人だと思うんですけど」


 セーレスさんを助けるために魔法師になったとも言っていた。コリスがナスカ先生をからかったときはエアリスさんと一緒になってセーレスさんも不機嫌だった。あれで好き同士じゃないっておかしい、とペリルは思う。


「あ、もうひとり、エアリスさんっていう風の精霊魔法使いさんがナスカ先生の従者さんなんですけど、多分彼女も先生のこと大好きだと思うんだけどな〜」


 あっけらかんとのたまったペリルの発言にレオーノフとレンゲルは固まった。現世にひとりいればその者は歴史を動かすとさえ言われる精霊魔法使いをふたりも従え、しかも恋仲同士だなんて。本気であの男は何なんだ!? という感じだ。だがペネラだけは違った。


「くっ……私にはまるで男が寄ってこない。なのにナスカ・タケルはふたりも相手が……羨ましい!」


 などと全然実感の違う感想を抱いていたのだった。

 それはさておき、もう少し詳しく精霊魔法使いのことについて問いただそうとしたとき、「ちょっとええかの」とハヌマ学校長が話を遮った。途端――


「ペリル、ちょっとこっち来なさい!」


「いくらなんでも口が軽すぎるの」


「キリキリ歩きやがれです!」


「え、え、なになに、なんなの!?」


 自分たちの恩師の恋仲事情をあっさり第三者にしゃべってしまったペリルにハヌマ学校長と一緒にやってきた女子組、ケイト、レンカ、ピアニは激おこだった。ちなみにピアニは先程まで爆睡していてようやく起きたばかりである。


「あまりうちの生徒をイジメんでくれよお三方?」


 女子組に引っ張っていかれるペリルを見送りながらハヌマ学校長は三名の審議官ににらみをきかせる。これ以上の尋問めいたことは許さないと、元列強十氏族のひとりが口より以上に目で語っていた。


「そうはいきません。この魔法世界マクマティカが神々により創生され、混沌としていた時代より存在が確認されている精霊魔法使い。それが現代において二名も現れたというのは騎族院のみならず種族全体で考えなければならない問題です。この話は騎族院上層委員会にも報告をしなければ――――」


「それはそうなんじゃが、お主達はなんのためにここに来たのかの。自分の職務を忘れてはいかんのう」


「もちろん、魔法師進級試験の審議官を務めを忘れたわけではないのである」


 ハヌマの質問に応えたのはレンゲルだった。

 さらにその先をペネラが引き継ぐ。


「だが試験の裏で魔法を使用した決闘が行われ、ひとりの生徒が重症を負った。これも大問題のはず。本来なら試験自体を中止しなければならないほど」


 ふむふむ、とハヌマ学校長は頷く。

 彼に比べれば若く、そして優秀な騎族院の審議官三名を前にして、ハヌマ学校長は一歩も引かずに反論する。


「まずひとつ訂正しておくぞい。戦ったのうちのひとりは確かにうちの生徒じゃ。じゃがもうひとりはメガラー派閥の徒弟であることを忘れてくれるなよ。魔法学校の監督責任は問われて当然じゃろうが、今言った台詞は同じくメガラー側にも言ってくれんと困るのう」


「それは、もちろんそうするつもりです」


 ギロリと、現役を彷彿とさせる眼光を向けられ、レオーノフは僅かにたじろいだ。


「それからのう、ナスカ・タケルに関することは、今この場での詮索は無用にしてくれ」


「そうはいかない!」


 激昂しながらレンゲルが反論する。


「魔法師として本人も異常な程の腕前を持ち、しかも彼が生徒を受け持ったのは僅か半月足らずと言うではないか。一体どのような指導をすれば初等部の子どもたちがいずれも1級試験に挑めるほどの成長を遂げることができるようになるというのかっ!?」


「しかも水と風の精霊魔法師とただならぬ仲という。あなたもなにか知っていることがあれば今この場で包み隠さず話した方がいい」


 レンゲルに続きペネラも譲らない。ハヌマ学校長の迫力に負けぬよう身を乗り出して問い詰めてくる。やれやれ、さすがは騎族院の審議官とハヌマ学校長は内心でため息を吐く。


「仕方ないのう」


 そう言うとハヌマ学校長の周りに風が漂い始める。

 元列強十氏族のひとり『猿飛』の名を持つ彼は風を駆使した体術を修めている。さらに気流をちょいちょいと操作して、周りに音が漏れ聞こえぬようにすることも朝飯前なのだ。


「聞き耳を立てている者もおるでな、もうちょい近う寄らんかいお三方よ」


「なんだというのです?」


「聞かれて困ることがあるというのか!?」


「レンゲルうるさい。早く話して」


「ナスカ・タケルの正体はのう…………」


 やがて風が晴れて、ハヌマ学校長は踵を返す。

 そして「ああそうそう」と呆然とする三名に向けて告げる。


「そういうわけじゃから、あとの詳しいことはラエル・ティオス殿が帰ってきてから聞いたらいいんじゃないかのう。まあ、悪いことは言わんから下手に相手を刺激せんほうがいいと思うぞい」


 ほっほっほ!

 と、さも愉快そうに立ち去っていくハヌマ学校長。

 真実を告げられた三名はしばらく再起動できず、ただ告げられた真実を反芻していた。


「龍王……」


「最強の魔族種…………」


「三代目エンペドクレス…………」


 言っちゃうのかい。背中を向けていたハヌマ学校長はズッコケた。

 気流操作までして貴賓席の十氏族係累に聞こえないようにしたのに、果たして意味があったのかどうか。「もう儂しーらない」とハヌマ学校長は舌を出すのだった。



 * * *



『大変長らくおまたせしましたー! これより1級最終試験を開始します!』


 約半刻の審議時間を経て、ようやく結論が出た。

 私闘に関わっていたクレスは問答無用で失格。

 同じくネエムと共にそれまで合格していた下位級数も剥奪。

 今回の進級試験は最初から不合格扱いにされてしまった。


 さらに私闘に関わったペリルも、厳しいようだが1級試験への挑戦権を剥奪されてしまう。ただし、12級までは合格とされた。本人は、「うん平気」とあっさりしたものだった。


 そして、ナスカ・タケルの教え子が問題を起こしたとして、本来ならば彼の教え子全員に罰が及ぶはずだったが、三名の審議官が口をそろえて「若い希望の芽を摘むものではない」と言い張り予定通りケイトの試験が行われる運びとなったのだった。


 わけの分からない事情で散々待たされた観客たちは怒号にも似た歓声を上げている。だが誰一人として帰ったものはおらず、最後の試験を心待ちにしているようだった。


 今年の進級試験は前回と全然違う。

 何と言っても今まで滅多に見ることができなかった1級試験に初等部の子どもたち――しかも全員低学年が挑んでいるのだ。


 彼らの使う魔法は今まで見たこともないようなものばかりであり、創意工夫と勇気を持って自分よりはるか格上の試験官に挑む姿は胸を熱くせざるを得ない。


 ――1級試験に挑んでる子たちは全員同じ先生に学んでるらしいぜ。


 ――ナスカ・タケルっていう灰狼族らしい。

 

 ――もしかしてあの見事な魔法剣を四本も錬成した?


 ――ラエル・ティオス様の係累らしいが……。


 ――うちの子来年ここに入学する予定なのよっ!


 ――じゃあうちの子もナスカ先生の教え子にしてもらおうかしら。


 観客たちの多くは物見遊山と、そして自分の子供達を預ける学校の下見を兼ねている。進級試験が公開されている多くの理由が、所謂父兄による学校見学と同義なのだ。


 もうすでに出自不明の灰狼族ナスカ・タケルの噂は会場に詰めかけた多くの観客達に好意的なものとして受け止められているのだった。


『最後の試験に挑むのはケイトさんです! そして、その彼女を迎え撃つのはクイン・テリヌアス先生! 実はケイトさん、もともとクイン先生の教え子とのことですが、様々な事情があって今はナスカ・タケル先生の教え子になっているそうです。元担任の先生に向けて成長した姿を見せることができるのかどうかー!?』


 ざわざわざわ。

 そんな僅かな解説だけで観客たちはだいたいのところを察してしまう。

 つまりあれだ、クイン先生とやらよりナスカ・タケルの方が優れてるってことだろう、と。


「――はあ。実に不愉快だわ。まさかあなたが相手だなんてね」


 演台の上で静かに闘志を燃やしているクイン。

 元教え子だからといって手を抜いたりするつもりは毛頭ないらしい。

 対するケイトもまた、自身のトラウマの象徴を前に動揺――するはずもなく。


「よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げて、開始位置まで下がる。

 その様子に面食らったのはクインの方だった。


 あのケイトという生徒はあれほど堂々とした態度を取る子だっただろうか。いつもクレスたちの後ろに隠れて、そしていつの間にか学校にすら来なくなった。


「生徒に厳しすぎるのでは?」などと周りの先生方から責められたこともあったが、厳しくしなければ子供は育たないと反論してきた。


 だが実際はどうだろう。

 自分が受け持った生徒で、誰かひとりでもナスカ・タケルが教えたこの子たちに勝てたものはいただろうか。


 唯一8級に合格した一名を覗いて、それ以外は誰一人として敵わなかったではないか


 もしかして。自分が手放したはずのケイトを始め七名の子どもたち。それを自分が導いていれば……。


「ふっ、ありえない。あなた達は紛れもない落伍者だった」


 そう。自分と同じ存在。

 決して抗うことのできない才能の差。

 それをかつて見せつけたラエルとアン。


 その時の痛み、苦しみ、絶望は骨身にしみている。

 だから、落伍者は一生落伍者でいなければならないのだ。

 それを今から証明する。自分がケイトに立ちはだかる壁となって――


「ではこれより魔法師進級1級試験を行う。生徒は己の全ての技量を出すように。また試験官は生徒の実力を存分に引き出すように。――――始め!」


 ――――ゴウッ!

 開始が告げられた途端、クインは全身に紅蓮の炎を纏った。


 圧倒的な熱量と『憎』の意志。この姿を前にしたとき、教え子の誰もが自分を恐怖の視線で見つめる。それが実は密かな彼女の優越となっていた。


 それなのに――――


「何もしない?」


 ケイトはただ静かにクインを見つめていた。

 その表情を読むことはできない。

 私の炎を見て恐れないなんてあり得ない!


「でもこれでおしまいよ!」


『憎』の意志が紡ぐ炎の魔法。

 形作られたのはファイアー・ランス。

 投擲に適した柄の長いもので、先端に触れれば大爆発を起こす。

 それをクインはかつての教え子に向けて投げつけた。


(さようならケイト。この場に立ちさえしなければ、大怪我をしなくてすんだのに)


 ヒュボボボッ――――!

 炎が棚引き、空気を焦がしながらケイトへと迫る。

 未だ彼女は何もしていない。

 いや、僅かに手を動かしているだけだ。

 今更何をしたところで遅い――


「なッ!?」


 驚愕の声を上げたのはクインの方だった。

 ケイトに炸裂するはずだったファイアー・ランスが停止している。

 いや、ケイトに当たる直前、彼女の手によって絡め取られたのだ。


「直接触れてはいない? 一体何をしたの!?」


 ケイトは答える代わりにその場でクルリと身を躍らせた。彼女の手と手の間で静止しているファイアー・ランスも一緒になって回り、二回、三回と回転した後、先程自分が打ち出したのと同じ速度でランスが撃ち放たれる。


「バカな!」


 まさか自分が放ったファイアー・ランスをそっくりそのまま返されるとは思わなかった。クインは己の手のひらに炎を収束させると、扇のように広げてファイアー・ランスをはたき落とした。


「一体、何が……!?」


 改めてケイトを見つめる。

 彼女は何もしていないように見えて、きちんと迎撃の手段を用意していたのだ。驚くべきはその手段。あまりにも早く、そして静謐に紡がれたその魔法。よくよく目を凝らして見つめることでしか視認することができない。


「糸? それも水の糸?」


「そうです」


 ケイトは指と指の間に通した水の糸――それを器用に結んで輪にしながらクインに宣言した。


「先生、私、目標ができたんです。だから、もうあなたは怖くありません」


 告げられた言葉を理解するのに時間を要した。

 理解した瞬間、クインの全身から吹き上げる炎が激しさを増す。


「生意気な――――ならば新たな恐怖をあなたに刻んであげるわ!」


 両手の中で火球を紡ぎながらクインは凄絶に笑った。


 続く。

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