第237話 魔法学校進級試験篇㉙ 幕間・癒やしの精霊魔法〜人事を尽くし天命を待つ

 * * *



「お願い、ネエムを助けて!!」


 その悲痛過ぎる叫び声は、会場の喧騒を吹き飛ばした。

 突然風を巻いて現れたアンティスさんは必死の形相で僕に詰め寄る。

 その腕の中には、土の固まりが。

 いや、顔だけ出ているその少年には確かに見覚えがある。


『全身2度の熱傷が70%以上、右腕は皮膚全層3度に達しています。呼吸微弱。非常に危険な状態です!』


 事態を察知した真希奈が僕の隣へとやってくる。

 詳しい火傷の診断は分からないが、真希奈はもちろん、アンティスさんの様子から一刻の猶予ものないことがわかった。


「真希奈、セーレスは!?」


『予定では現在、町で治療を行っているはずです!』


「直接乗り付ける。来い!」


 僕は会場の出口へと向かって走り出す。

 アンティスさんも腕の中のネエム少年を抱き直すと追いかけてくる。

 僕は薄暗い無人の通路を走りながら一瞬、自分の内側へと埋没する。


「開門」


 進路上に開かれる極彩の『ゲート』。

 突然現れたそれに、背後のアンティスさんが息を呑むのがわかった。


「飛び込め!」


 僕の肩に真希奈がしがみつく。

 そのすぐ後ろ、迷いを消したアンティスさんが続く。

 さらにその後方から――――


「待て待て待て! その『ゲート』ちょっと待ったー!」


『ゲート』が閉じる直前、ラエルが飛び込んでくる。


「って、どこだよここッ!?」


 叫んだのはなんとクレスだった。

 ラエルの背中にしがみつきながら目を白黒させている。

 いや、それはラエルもアンティスさんも同じだった。

『ゲート』を潜った先は空の上だったからだ。


「ちょ、今私達会場にいたはずで〜、それがどうして〜、って落ちてる〜?」


 ネエムを胸に抱いたアンティスさんが自由落下をしながら僕を糾弾する。

 まあ大丈夫ですって。


「真希奈」


『かしこまりました。魔力をお借りします』


 ドクン(ドクッ)と一瞬僕らを拍動が叩くと、真希奈によって精密に制御された魔力の腕が伸びて、全員を僕の周りへと引き寄せる。


 さらに、僕らの下に防風殻シェル・プルーフを作り出して足場にすると、莫大な空気抵抗が生まれ、みるみる落下スピードが落ちていく。


『タケル様、いました!』


 はるか眼下にはラエル・ティオス領の街並みが。

 大きな通りの花壇のたもとに長い行列ができており、そこには車椅子に座った彼女がいた。


 龍慧眼で拡大された視界の中、老婆の手を取っていた彼女がふと空を見上げる。

 かなりの距離を隔てているのに僕と目が合った。


 その瞬間、ただならぬ雰囲気を察知したのか、彼女が立ち上がる。

 え、もう立てるの!?


「セーレスぅぅぅぅ!」


 風でホバリングしながら地面に降り立つ。

 セーレスは僕を、そして背後のアンティスさんが抱えるネエム少年に素早く目を走らせた。


『名前はネエム・ピュロン、クレスと同い年です。火傷により重症。特に右手が酷く神経まで失っています!』


「お願い、ネエムを助けて!!」


 真希奈とアンティスさんの声にセーレスは力強く頷いた。


「セレスティア、力を貸して」


「もちろんよお母様!」


 辺り一帯に藍色の魔素が漂う。

 それは魔法の才能が無いものでも視認できるほど濃密な水の魔素だった。


 セーレスの足元から間欠泉のごとく湧き上がった膨大な水が、やがて一つに束なり、意味ある形を成していく。


 治療を受けるために並んでいた人々が腰を抜かしている。

 現れたのは、僕にとってはちょっぴりトラウマな、藍色の鱗を持つあの大蛇だった。


 藍色の大蛇は舌をチロチロと差し出しながら、アンティスさんの前に顔を寄せる。一瞬「ひっ」と小さく悲鳴を上げた彼女は、教え子を庇いながら大蛇を睨み返した。


「大丈夫。私にその子を預けて。絶対に死なせたりしない」


 長耳長命族エルフの少女――それこそネエムとほとんど変わらないくらいの子にそう言われたアンティスさんは躊躇いを振り払うように首を振り、そっとネエム少年を差し出した。


 グバぁっと大蛇のアギトが口を開ける。

 差し出された大きな舌の上に彼の身体を横たえると、全身を包んでいたペリルの土が一瞬で霧散する。


 それどころか、彼が纏っていたボロボロのローブさえも消失した。生まれたままの姿となった彼の全身は、広く焼けただれた酷いものだった。大蛇はネエム少年をゴクリと飲み込むと、うねるように巨体を蠢動させる。


「お母様!」


 神像――F22Aラプターの肩に騎乗したセレスティアが叫ぶ。

 大蛇は地面を猛然と駆けると、ラプターの全身にまとわりついた。


 ラプターが両手を胸の前に掲げる。すると機体を駆け登った大蛇が両手の間に球形となって収束していく――


「おおお…………!」


 街の人々から声が漏れた。

 ラプターは神々しいまでの輝きを放ち、その両手に大蛇が変化した大きな水球を掲げている。


 いつの間にかラプターの両肩に乗ったセーレスとセレスティアもまた、両手を差し出し、持てる力の限りを尽くして、水球に魔力を注いでいた。


 魔力を与えられる度水球は、ドクドクと脈打ちながら、まるで内部で我が子を育むようネエム少年を癒やし続ける。


 そのあまりの光景に人々は跪き、祈りを捧げ、涙さえ流しながらセーレスとセレスティアを崇め讃えていた。


「ネエム……!」


 不安そうにラプターを見上げるアンティスさんの肩抱き、ラエルがそっと彼女の耳元に口を寄せる。


「大丈夫だ。この世界唯一の、最高の水の精霊魔法使いが治療しているのだ。なんの心配もいらん」


 その言葉に目を見開いたのも一瞬、アンティスさんはコクリと頷いた。


「先生……、俺、ネエムを助けられなかった」


 僕の元にトボトボとやってきたクレスは懺悔するように言った。

 その頭をくしゃくしゃと撫でながら、僕は言う。


「だったら強くならないとな。もうこんな思いは二度とゴメンだろ」


「うん……!」


 藍色の水球を見上げながら、クレスはぐいっと涙を拭うのだった。


 続く。

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