第231話 魔法学校進級試験篇㉓ ネエムとクレスの闘い〜爆熱・蹴球弾!
* * *
獣人種魔法師共有学校。
列強十氏族の中立緩衝地帯、ナーガセーナに建設された、
列強十氏族や、有名な商家が将来の
未だに有名私学への入学志願者は数多く、基本的に裕福な家庭は、自分の子供に魔法氏の素養があった場合、間違いなく私学塾へと子供を入学させてしまう。
その結果、人材と資金の一極集中が起こり、列強十氏族以外にもそれに匹敵する経済力を持った戦闘集団の台頭が昔から問題視されていた。
一番の問題とされていたのが私学塾の秘匿性の高さである。
列強十氏族は領地を分割統治する義務を追う代わりに『魔の森』の開拓と、モンスターから市民を守る防衛義務を負う。
地域経済に貢献することはもちろん、他種族との人材交流も盛んに行っている。まさに獣人種を代表する顔となっている。
逆に各私学塾は非常に閉鎖的で保守的で、他との交流も必要最低限。授業の内容や、魔法教本などは門外不出とされ、万が一漏れた場合には、漏洩者に厳しい制裁が課せられる。
未だに私学塾内で私闘が当然のように横行しているようであり、また反社会勢力との繋がりも実しやかに噂されている。
列強十氏族は定期的に十氏族の長による会議を行っており、再三に渡り十氏族の強権を発動して、特に問題が報告されている私学塾への強制査察を提起してきた。
だが強権発動には十氏族過半数の同意が必要であり、いつも議決権が足らず、発議まで行かない事態が続いていた。
わかっている。反対している六氏族は密かに談合を行い、裏では各私学塾と密約めいたものを交わしているのだ。
それは近年勢力を拡大してきた新興の氏族に顕著で、恐らく歴史ある私学塾がより大きな力を奮う形で、影から操られてしまっているのだ。
これは思ったより以上に大きな病理を孕んだ問題だった。
列強氏族は各氏族の長が最大の実力を持つのが特徴的だが、それ以下の氏族を構成する剣士、魔法師、兵士と比べると、基本全員が魔法師で構成されている私学塾の徒弟たちの方がやや実力が上とされている。
それは万が一、私学塾に操られた列強氏族が他氏族に攻撃を仕掛けた場合、単独の氏族では防衛しきれない事実を露呈させていた。
結果、雷狼族を始めとする四氏族が共同出資をして出来上がったのが獣人種共有魔法学校だった。
魔法師の才能があるのに、金銭的な理由から私学塾への入学が難しい子供達を対象とした学校は、その入学金と授業料の安さもあり、たちまち評判となった。
しかし教鞭をとる教師たちは、基本的に私学塾崩れなどが多く、未だに封建的な気風が抜けきれない者ばかり。
結局魔法学校は私学塾の劣化版にしかなっていないのが現状なのだが――――その日、運命は変わることとなる。
とある一人の男がもたらした魔法師教育改革は、後の共有学校の授業制度を大きく変える切っ掛けとなった。それを決定づけたのが第15期、初等学校前期進級試験であったという。
臨時講師としてやってきた男が受け持った教え子たち7名が、僅かな期間で目覚ましい実力を身につけ、周囲を驚愕させた。
その男の名前は記録には残されてはいないが、獣人種ではなく魔族種の根源貴族だったのではないか、とのみ記されている……。
* * *
「もうネエムったらどこ行っちゃったのよ〜!」
正門前からナーガセーナの街へと続くあぜ道は閑散としていた。
観客相手の露天も軒並み開店休業状態で、ほとんど誰もいない。
観客席が設えてある試験会場からは時折拍手や歓声が聞こえてくるが、アンティスは興味を失っていた。流れですることになった試験教官の役目も終わったし、ネエムもあっさり負けてしまった。
「友達に会いたいんです」
ただそれだけの理由でアンティスへの帯同を志願してきた少年の心根を彼女は正確に把握していた。十中八九、友達を見下したかったのだろうと。
入学してから十ヶ月あまりで極端に変貌してしまったネエムを、アンティスは良しとしていた。それはメガラーの中では必要な素養であり、そのように変貌しなければこの先メガラーでのし上がっていくことはできないからだ。
もし自分のように適応できなければふたつにひとつ。かつてのラエルのように私塾を飛び出していくか、クインのように首輪を付けられたまま放逐されるかである。
「しっかし、今回は相手が悪るかったわ〜、あんなん私でも無理だし〜」
自分が試合を務めた少年、確か学校長の孫だったか。魔素の扱いは『おげちゃ』だったのに、あの魔力量には恐れ入った。
ただ、身体がまだできあがっていないことが幸いし、魔力による身体強化の限界が訪れ、一撃だけに終わってしまった。
あの突撃は今思い出しても背筋が寒くなる。アンティスの纏った風は十全にその役目を果たし、見事少年の拳を防いでくれた。
だが、ごっそりと風は削られてしまい、必要以上に上空へと退避するハメになってしまった。もし、二度三度とあの拳を受け続けていたら――
「ホントなんなのよ〜、ナスカ・タケルって〜」
あんな灰狼族がいるなど聞いたこともない。
今回アンティスが共有学校に来た大きな目的は視察である。
メガラー派閥は中立を保っているフリをしているが、実際は六氏族寄りの私学塾だ。
教師、生徒の強さや素養、さらに試験の内容などなど。四氏族への牽制も兼ねて、あとはクインをからかうという最大の目的のために足を運んだのだ。
収穫はあった。メガラーや六氏族にとっては悪い意味での報告を挙げなければならないだろう。
「子供たちの強さは大体把握したし〜、試験の内容も予想の範疇を超えなかったし〜、やっぱりラエル・ティオスの係累っていうナスカ・タケルひとりが突出してる感じ〜?」
あの魔素を使った剣の鍛造は実に恐ろしかった。
土塊の剣などは、土の魔素の扱いに長けたものなら可能だ。
なぜなら土は個体だから。粘土のように形を自由に定めることができる。
だが彼が創り出したものは土塊の剣どころの騒ぎではなかった。
さらに驚いたのは本来固形化が難しいはずの他の魔素も剣という形にしてしまったことだ。
土、風、水、炎。
尋常ならざる魔素の収束で構成された剣を彼はさらに操ろうとしてはいなかったか。
ネエムが降参を宣言する直前、彼からさらに吹き出した魔力には正直絶望以外の言葉が見つからなかった――――
「だから、あれは負けても仕方ないっていうのに〜、ネエムったらイジケて先に帰っちゃったのかな〜、私ひとりで帰れるかしら〜?」
そんな感じでアンティスが途方に暮れていると――――
「ここにいたか保護者よ!」
「ッ――――ラエル・ティオス様〜、一体なんの御用かしら〜?」
土埃を上げてズザザっと目の前にやってきたのは赤い髪の雷狼族の長だった。
正装用の装飾鎧姿であり、豪奢なマントなどを羽織っている。
自分などはまだ一私塾の幹部になれたばかりだというのに、同い年の幼馴染は十氏族会議に出られるほどの実力者なのだ。クインではないが、これでは腐ってしまう。
「何を帰ろうとしてるのだそなたは!」
「私の義務は果たしました〜、もう用なんかないわよ〜、美味しいもの食べて帰るんだから〜」
「自分の教え子を放っておくつもりか!?」
「ネエムがどこにいるか知っているの〜?」
ナスカ・タケルに破れてしまってから、まったく姿を見かけていない教え子。まあ本人はしっかりものだし、なんならひとりでも帰れるだろう。むしろひとりで帰れないのは自分の方なのだが……。
「とにかく来い、そなたには自分の弟子を見守る義務がある!」
「はい〜? 一体なんの話をしてるの〜?」
「ご免!」
そう言うとラエルはクインをひょいっと肩に担いだ。途端アンティスは目を剥いて暴れだす。
「ちょ、何するのよ〜! 離して〜!」
「うおっ、そなたまた太ったな!?」
「なッ――!? いきなり何言い出すのよ〜、ぶっ殺すわよオラ〜!」
「構わん! 飛ばすぞ――――!」
「飛ばすってまさか〜!? やめて〜、ラエルちゃんってばビリビリして痛いの――――」
最後まで言い切ることができず、アンティスを抱えたラエルは一瞬で姿を消した。雷狼族の秘技である高速移動術である。
魔力によって生み出した風を自身に纏わせることで帯電し、筋肉を電気駆動させることで、常人を超える速度での移動を可能とするのだ。
周囲にいた僅かな露天商達は、紫電の残光だけを目に焼き付けることとなった。
*
「ネエム! いい加減にしろッ!」
もう幾度目かになるかもわからないグランド・スピアの猛撃をネエムは躱していた。
正直こんな攻撃当たるものではない。もともと動きが鈍く、さらに土の魔素を纏っているペリルなら別だろうが、
それでもさすがと言うべきか。もともと土の魔素の扱いに長けているのだろうが、ネエムの魔法師としての実力は同世代の自分たちの中でも群を越えている。
木々が乱立する森の中を移動しながら、僅かに露出した地肌からグランド・ランスは容赦なく牙を伸ばしてくる。
辺り一面はすでにハリネズミの様相になっており、これだけ土の魔素を蒐集し、魔法を放つことができるネエムの魔力量とは、もしかしたらハイアといい勝負なのかもしれない――――!
「おっと!」
逃げる進路上に出現したランスを躱すと、背後から土塊の剣が迫ってくる。クレスは近くの木の幹を一瞬駆け上り跳躍。ネエムの頭上を飛び越えて着地する。
「はあ、はあ、はあ…………、相変わらずすばしっこいなあクレスは!」
「かけっこでも俺、おまえに負けたことなかっただろう?」
「そうだね……僕はずっとキミの背中ばっかり見てきた…………それがどれだけ惨めだったか、キミにわかるかい?」
「なんだよそれ…………?」
ネエムの形相は酷いものだった。
動き回りながら魔法を駆使しているせいで、顔面からは汗が吹き出しているし、そのくせ顔色は青くなってしまっている。
昔からネエムはそれほど運動能力が高くはなかった。それなのに駆けっこなどではクレスに勝てるまで何度も何度も挑戦し、最後はネエムがぶっ倒れて終わる、ということも珍しくなかった。
「おまえ、なんでそんなにムキになってるんだよ。最後はいつも気分が悪くなって気を失うんだからいい加減に――――」
「もう僕は昔の僕じゃない!」
『憎』の意志を滾らせながらながらネエムは力の限り叫んだ。
「おためごかしはもうやめろよ! 僕に優しくするフリをしてホントは僕を嗤ってたんだろう!? 心の中では見下してたんだろう!? 僕はもうキミの後ろをついて回るだけの魚のフンじゃないんだ! 僕はメガラー私塾に入っておまえを超えたんだ! 強くなったんだああああ――――!」
撒き散らされる憎悪の意思。親友だと思っていた幼馴染の胸をウチを聞いて、クレスは愕然としていた。
脚が早いことは確かにクレスの自慢だった。そして一番仲のよかったネエムとは、数え切れないほど競走をした。
その結果は十割の確率でクレスが勝利していた。負けるとネエムはもう一回、もう一回と言って食い下がり、最後はフラフラになって動けなくなるまで勝負にこだわった。
そんなときクレスはネエムになんと言っていた? 「おまえ足遅いくせにしつこいぞ」とか「もう諦めろよ、どうせおまえ俺には勝てねえよ」などと平気で言ってはいなかったか。
その度にネエムは「そうだね」などと力ない笑みを見せていたが、実はそれは違ったのだ。腹の内側では、煮えたぎる憎悪を醸成していたのだ。
無二の親友だと思っていたのはクレスの思い込みだった。本当は自分が彼を一方的に食い物にしてきただけなのかもしれない。だとしたらネエムは――――
「ネエムくん、クレスも、もうこんなことやめようよー!」
はッ――――と我に返る。
戦闘しながら移動を続け、試験会場からはだいぶ遠くの森まできてしまった。
置いてきぼりを食らったペリルが土の魔素を纏ったままようやく追いついてくる。
ネエムを見る。目が合う。嗤っている。マズイ――――!
「来るなペリルぅ――――!!」
もはや善悪の判断もついていないのかネエムは、後ろからやってきたペリルに向けて最大の『憎』の意志を解き放った。
足元が沸き立ち、ペリルを串刺しにせんとグランド・ランスが殺到する。間に合わない――――!?
ネエムは絶対の確信を持って魔法を解き放った。
クレスは考えるより先に動いていた。
自分が持てる最大の魔法――――炎。
それをより集め、一抱えもある火球を創り上げる。
それを目の端で捉え、ネエムはほくそ笑む。
今更何をしたところで無駄だ。
親友の目の前でその友達が串刺しになる。
こんな愉快なことはない。
クレスは怒るかな。泣くかな。
どちらでもいい。そのどちらであっても。
きっと自分は心から笑うことができるから―――
「シュぅぅぅぅぅトォ――――ッッッ!!!!」
「なッ――――!?」
そんな聞き慣れない言葉を聞いた瞬間、クレスの手の中にあったファイアーボールが、信じられない速度で打ち放たれた。
炎の尾を引いてネエムのすぐ脇を高速ですり抜けたファイアーボールは、寸分違わず、ペリルへと殺到していたグランド・ランスにぶち当たる。
「うわわッ!」
途端大爆発が起こり、ペリルが地面をゴロゴロ転がって木の幹にぶつかる。
ネエムが振り返る。クレスは「ゴぉぉぉぉぉル――――!!」などと意味不明の言葉を叫びながら両腕を振り上げていた。
「なんだそれ…………今、何をしたんだ!?」
「え、あ……なんか蹴る前と蹴ったあとにこう言えってナスカ先生に言われてさ。言葉の意味はわかんないんだけど、なんかカッコイイから」
照れた様子でクレスは頭を掻いていた。
だが聞きたいのはそんなことじゃない。
今、彼はなんと言った?
自身で創り出したファイアーボールを
「クレス、キミは――――!?」
驚愕の表情で親友を見つめるネエム。
クレスもまた真剣な眼差しでネエムを見つめ言い放つ。
「いいぜネエム。また俺達の競走を始めよう。今の俺と今のおまえでさ。どっちが勝っても恨みっこナシだ――」
「ッ、僕に勝てるつもりでいるのか、ふざけるなよぉ――――!!」
土と炎の魔法が交錯する。
歪んだ友情を精算するため。
過去の自分を振り払うため。
赤猫族の少年ふたりは決闘を開始した。
そして――――
* * *
『おおっと、コリスくん立ち上がれるか!? 試験教官との実力差は圧倒的です! もはや為す術はないのか――――!?』
「ちっ、うるせえんだよ…………!」
第1級試験午後・二戦目。
魔法騎族院所属の審議官と戦うコリスは既にボロボロの様相になっていた。
続く。
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