第230話 魔法学校進級試験篇㉒ 小さな勇者の冒険〜必殺・レンカタイフーンキック
* * *
「風とはなにか、か…………」
原っぱのど真ん中、簡素に設えた竈の中、パチパチと薪が燃えていて、その上に鍋がグツグツと煮えている。漂ってくるのは独特の強い香辛料の匂い。最近子供たちの間で好評を博している『カレー』なる料理だ。
メイドの女性――――エアリスは片時も手を休めず、鍋の番をしながら、同時に他の料理も仕上げていく。その手際は見事としか言いようがなく、後ろから眺めているレンカは質問したことも忘れ、しばしその姿に見入ってしまう。
「よし」
小皿に取ったドロッとしたカレーを口にし、エアリスはようやくレンカを振り返った。
「またせたな。ほら」
差し出される小皿。中身はできたてあつあつのカレー。レンカはそれを受け取りながらフーフーと冷まし、チロッと舌先で掬い、口の中に入れる。
途端、旨味が爆発して目を見開いた。複雑濃厚な味わいに瞬きを幾度もしながらゴクリと飲み込む。すぐさまもっと食べたいという衝動がやってくるが、努めてそれを我慢する。
「美味しいの。辛さも、きっとピアニも大丈夫だと思うの」
「そうか。やはりそなたたちに最初に食べさせたものは、少し刺激が強かったようだな」
「それでも美味しかったの。こんな料理初めて食べたの。エアリス先生はすごいの」
レンカは心からの賞賛を送る。だがエアリスの顔は不意に曇った。
「私が先生か……」
「? ナスカ先生が、セーレスさんとエアリスさんは私達の先生になるって言っていたから。違うの?」
「いや、タケルがそう呼ぶように言ったのなら構わない。だが私個人としては不相応に思う。これまでおよそ教育と呼べるものは受けてきていないからな」
獣人種の世界でも珍しくはないことだった。読み書きくらいなら自分の両親から習うものがほとんど。学校へ通えるものはわりと裕福な部類に入る。両親に学がなく、教育にも熱心でないなら、大人にになっても文字が読めず、計算ができない者も多い。
「そうなの…………学校に通ったことは?」
「魔族種の領内はどこも混沌としている。学校と呼べる学び舎は少ない。なので我ら魔族種は基本的に父母から読み書きなどを習う」
「レンカもお父様とお母様から読み書きを教えてもらったの。あと算術も」
「そなたの家は商家だったか。加減乗除を習えたのは幸運だったな」
エアリスは竈の火を落とし、出来上がった料理に蓋をすると、そっとレンカの隣に腰をおろした。レンカは自分の胸が高鳴るのを感じた。
セーレスが隣にいるときはとても安心して癒される感じがするのに、エアリスはその真逆だ。彼女を見ているだけで鼓動が早くなり、声をかけられただけで天にも昇る気持ちになってしまう。
「ナスカ先生大変なの」
「何だ、タケルがどうした?」
「ううん。何でもないの。それよりエアリス先生は、魔法は誰に習ったの?」
「魔法か。強いて言えば養父だが、基本的には独学だな」
「独学!?」
レンカは女の子にあるまじき大口を開けてしまう。風の精霊を使役する精霊魔法使いである彼女が、なんら特別な教えや訓練を受けたことがないなど信じられない。
「本当だ。私の養父は魔法のことは精霊に聞けと常々言っていた。魔法に関して教えを受けたことはほぼそれだけだ。なので私は魔法を、風というものを、自身の心の枝葉を伸ばすように、少しずつ手探りで学び続けた」
「それは…………」
レンカは言葉を失った。それはとても大変なことではないのか。目隠しをされたまま、長い旅を続けるようなものだ。そんなことをさせ、ろくに指導もしない養父とやらに怒りすら感じてしまう。
「勘違いするなよレンカ。私の養父は正しかった。もし私が精霊の声が聞こえない普通の魔法師ならば、その方法は間違っていただろう。だが私には魔素を超えたその根源たる
魔素を超えた存在。魔素を司るもの。精霊とは神なる奇跡の具現に他ならない。そう、今目の前にいるのはこの
「あ、あの、さっきから養父って」
「ん? ああ。私の両親は私が物心付く前に内戦で死んだようだ。よく覚えていないがな。その後この身は奴隷の身分になった」
「奴隷!?」
さっきから驚きの連続だ。年の頃は魔法学校の高等部を卒業したくらいだと言うが、レンカよりも小さい頃に家族を失い、奴隷に身を
「レンカよ、どうしてそなたが泣くのだ?」
「だって……エアリス先生可哀想なの」
「両親のことは覚えていないし、私はすぐに養父に買われたからな。幸運だった」
「でも、でも……」
「私が自分が不幸だと思ったことは一度もない。養父はぶっきらぼうな男で、必要最低限の読み書きを教えられた以外はずうっと放って置かれたが……あれは今思えば、娘への接し方がわからなかったのだろうな」
辛くなかったという証拠に、養父のことを話すエアリスはとても穏やかな顔をしている。その横顔を見上げたレンカは、ほっと胸をなでおろした。
「レンカ、そなたは優しいな。思いやりがあって、他者の痛みを自分のことのように受け止めることができるようだ。それはきっと魔法にも役に立つだろう」
「そうなの? よくわからないの…………」
「あの者は――――タケルは『愛』の意志力による魔素の蒐集をそなたたちへ教えているのだろう?」
レンカは頷く。
「ならばその優しい心根に風の魔素はきっと応えてくれるだろう。――――アウラ」
不意にエアリスが虚空に向かって名を呼ぶ。濃密な魔素の収束。程なくしてそれはヒトの姿を形作った。
風を巻いて現れた精霊の少女が浅葱色の髪をたなびかせながら、エアリスの腕の中へと飛び込む。受け止めるエアリスの表情を見て、レンカは頬を朱に染めた。
心から愛しいものを迎え入れる慈母のような、見るものの心を熱くさせる……そんな表情をしていたからだ。
風の少女は甘えん坊で、母の腕の中で身じろぎし、首元に抱きついては何度も口づけをしている。そんな姿に目を細めていたレンカだったが、ふと我に返り、すぐさま立ち上がって
「し、失礼しましたなの、アウラ様!」
恐る恐る顔を上げると、キョトンとしたエアリスとアウラがマジマジとレンカを見つめていた。ぷっ、と最初に吹き出したのはエアリスだった。
「そなた、極端すぎだ。先程まで私と普通に話していたのに、アウラが現れた途端にそのような――――ふっ、はははっ!」
「レンカ……おかし」
エアリスは腹を抱えて笑い、アウラからさえも笑われ、レンカは羞恥で真っ赤になった。
「せ、精霊様は特別なの。魔法師を目指すものなら、精霊を使役する精霊魔法使いはすごい存在なの。そして神にも等しい精霊は敬ってしかるべきなの!」
恥を雪ぐわけではないが、しゃちほこばるのも当たり前なのだと言い訳しておく。エアリスはそんなレンカの言葉を黙って聞いたあと、「アウラ」と風の少女を持ち上げた。
重さなどまるで感じさせず、風の少女はフワリと浮かび上がり、パタパタと宙を泳ぎ、レンカの元へとやってきた。躱すことなど以ての外。レンカは棒立ちになったまま、甘んじてアウラを受け入れるしか無い。
「恐れ多いの! 恐れ多いの! 精霊様に抱きつかれてチューされてるの! なんか今自分が歴史に残る偉業を絶賛達成している気がするの!」
アウラに抱きつかれ、頬ずりをされ、なすがままのレンカは悲鳴を上げた。
「はははっ、精霊に口づけをされた未来の大魔法使いと言ったところか!」
「エアリス先生酷いの! アウラ様を使って私で遊ばないで欲しいの!」
「レンカ」
自分の首っ玉に抱きついたアウラに名を呼ばれる。
至近距離から見つめる少女の瞳は、まるで夜空に浮かぶふたつの
「ア・ウ・ラ」
「え?」
レンカの名前の次に、自分の名前をしっかりと口にする。一体どういう意味があるのだろう?
「アウラはそなたに名前を呼ばれることを所望している。もちろん『様』などの敬称は付けずにだ」
「ひいぃぃ、そんなの無理なの!」
「呼ばなければ、アウラはいつまでたってもそなたへの口づけをやめぬだろうな。顔がふやけるまでそのままでいるがいいぞ」
「呼ぶの、呼ばせていただくの! アウラ――――ちゃん!」
ピタリと、アウラが動きを止める。息が掛かりそうなほどの距離から見つめられる。ああ、改めて見ればすごいことだ。馬鹿馬鹿しいほど濃密な風の魔素の集合体。そして全身から漂うのは『愛』の意志力。風の精霊が顕現するとはこういうことなのだとよく分かる。などと思っていると――――
「んん!?」
レンカの小さな唇に、アウラの小さな唇が触れる。
それは正に精霊の祝福と呼ばれるものそのものだとわかり、レンカの頭は真っ白になった。
「どうやら合格をもらえたようだな。二度と『様』付けなどでなど呼ばぬことだ」
「…………わかったの。アウラ、ちゃん」
ニコっと明るい笑顔を残して、アウラはエアリスの元へと飛んでいく。レンカは風の精霊に祝福を受けて、本当に自分が将来すごい魔法使いになれそうな、そんな気持ちがむくむくと沸いてくるのだった。
「私はな、ディー――――養父には精霊の声を聞くことの重要性を教えられた」
エアリスは草原に仰向けになると大きく両手を広げてアウラを抱きとめる。アウラもすっぽりとエアリスの手の中に収まり、まるでふたりはひとつの生き物のようにしっかと抱き合う。風の少女の頭を撫でながらエアリスは、まるで自分の宝物のを自慢するように言った。
「そしてタケルには精霊を――――アウラを娘として愛することを教えられた。タケルによって名を与えられ、我が子として慈しむことで精霊は……魔法は……これまでにない祝福を私に与えてくれた」
「我が子として…………」
それは、なんとなくだがわかる。
物語や伝承に伝え聞く精霊とその魔法使いとのあり方と比べても、目の前のふたりはかけ離れているように思える。
精霊魔法使いとは、神である精霊の声を聞き、精霊から力を授けられ、やがては精霊と一体になるものを言うそうだ。
自身を遥かに超える存在である精霊を使役するためには、想像を絶する修行の果てに、自分さえも神の領域に近づけていく必要があるとされている。
過去、そのように精霊から力を授けられた魔法使いは、すべからくこの世界の歴史に名を刻んでいる。でもエアリスとアウラの関係は、とてもそんなものとは思えない。ごくごくどこにでもいる、仲のいい母娘にしか見えなかった。
「どうだ、そなたも名を与えてみては。そなたの魔法はなかなかに面白い。使い方しだいでは様々なことが可能になるだろう。だがそのためには、まず自分の魔法を信じて慈しむことが必要だ」
「名前…………」
アウラがそばにいるからだろうか。
意識しなくてもレンカの魔法はすぐさま発動した。
小さくて頼りない風の気弾。
何故か魔力を注いでも注いでも、決してこれ以上大きくはならず、レンカはその扱いに困り果てていた。
手の中で揺らめく風の気弾を見つめるレンカに、エアリスはそっと言葉をかけた。
「レンカ、最初の質問に答えよう。風とは自由であるべきだ。何ものにも縛られず、既成概念を打ち砕くものだ。ならばこそ、自分の風に名前をつけたところでなんらおかしいことはない」
その極小の気弾は、紛れもなくレンカが生み出した魔法。自分の子供とも呼べる存在。自分で産んでおいて疎ましく思うなど育児放棄にも等しい。
ならば、まずは名前を与えて、この魔法を愛することから始めてみるのもいいかもしれない。でも――――
「全然、名前なんて思いつかないの」
適当な名前をつけることは、直感でダメな気がする。
覚えやすくて響きがカッコよくて、それでいて名は体を現すように、色々なものを兼ねているような、そんな名前が欲しい。
「そんなときに頼りになるのが我が主だ。あの者はこの世界にない様々な知識を有している。きっとそなたや、そなたが生み出した子供たちも気に入る名前を授けてくれるだろうよ」
「うん。ちょっと行ってくるの!」
そうしてレンカは走り出す。
セーレスと一緒にケイトの魔法を見ていたタケルに向かって「私の子供の名付け親になって欲しいの!」と言い放った。
タケルはセーレスとケイトからすごい目で見られたり、話を聞きつけた真希奈に散々どういうことなのかと問い詰められたりしたらしい。
その末にレンカの気弾には名前が付けられることとなった。
候補の中にあった『だんご3兄弟』なる名前に真希奈は爆笑したが、結局は空に浮かぶ星々の名前にあやかったものとなった。
「星に名前をつけてるなんて、ナスカ先生ってよっぽど暇なの!」
獣人種の常識から言えば、ヒト種族でもないかぎり、星に名前をつけたりなどしない。でも、確かに自分の気弾をよくよく見れば、夜空にまたたく星々に見えなくもない。レンカはタケルが提案した名前を気に入ることにした。
* * *
『その姿は正に威風堂々。勇者が最大の試練に挑みかかる様を彷彿とさせます。小さな小さな風の気弾、その気弾たったみっつだけを使い、レンカさんが距離を詰めようと進んでいきます!』
レンカは自身の前に展開させた風の気弾、深緑の光を湛えた星々――それぞれをデネブ、アルタイル、ベガと名付けた――を武器に1級試験教官を務めるペネラさんへと立ち向かっていく。
だが簡単には近づかせてもらえない。ペネラさんは不動のまま、レンカに向かって三度目となる風の気弾を解き放つ。
まるでこれこそが本物だと言わんばかり、両腕で一抱えもある見事な気弾である。それは本来、対象にぶつかった瞬間に内包された風が解け、敵を容赦なく吹き飛ばす代物だ。
自身が台風の目となり、風を纏って周りのすべてを吹き飛ばそうとしていたアンティスさんの風とはまた違った魔法である。
「――――ッ!!」
レンカは放たれた気弾を恐れずして受け止める。途端、気弾は炸裂することなく、デネブ、アルタイル、ベガによってその威力を減衰させられてしまう。
その間に風の魔素を『愛』の意志力の元、レンカ自身に取り込むことで気弾を無効化するのが一連のプロセスだった。
「賞賛。不可解。でも戦い方はある」
渾身の気弾を三度も塞がれ、ペネラさんはすぐさま戦い方を変えた。
彼女の周りに滞空するのは複数の風の気弾だった。
その威力は三度放った気弾と同等かそれ以上。
それを僅かな時間差を持って上下左右に撃ち放つ。
『レンカさん絶体絶命! 一発ずつなら対処可能な気弾も複数個になると手も足もでないか――――!?』
殺到した気弾たちが炸裂する。演台の周りにいても凄まじい風圧が襲いかかる。強い手応えを感じているのだろう、ペネラさんは余裕の笑みを浮かべている。だが甘いぞ――
「いない。まさか――――」
気弾の炸裂跡にレンカの姿はなかった。
見渡してみても演台のどこにも彼女はいない。
場外へと吹き飛ばされたわけでもない。
残された回避場所などひとつしかない――――
『う、上だー! 気弾の炸裂に巻き込まれたかに見えたレンカさんですが、なな、なんと遥か上空へと回避していたー! ハヌマ学校長、これはまさかの飛行魔法でしょうか!?』
『ほっほ。風の魔法師だけが唯一、空に近づくことができますが、これは違うでしょうな。もし本物の飛行魔法が使えるものが現れたら、とんでもないことですじゃ』
ハヌマ学校長の言うとおり、これは飛行魔法ではない。
エアリス以外で、風の魔素を使った飛行ができるものはいない。
ちなみに僕の場合は、風で制御した炎の爆発を推進力として飛んでいる。
普通の魔法師は風で作った足場を踏み上げたりすることで自身を一時的に浮かび上がらせているに過ぎないのだ。
そしてレンカの場合は手の中に収めたデネブ、アルタイル、ベガを使い、自身の軽い体重を僅かに持ち上げているだけである。
そして会場の遥か上空までレンカ自身を運んだのは、先程のペネラさんの気弾の炸裂によるものだった。
『飛行魔法ではないそうですが、それにしても見事です。まるで綿毛のようにふわふわと滞空し、見事ペネラ女史の気弾攻撃を防いで見せたレンカさん。さあ、この後はどうするのか――――』
レンカが3つの星を掴んでいた右手を開く。途端、重力に引かれ、小さな身体が自由落下を始める。
三つの気弾たちは素早くレンカの足元へと集結すると、そこでクルクルと高速で回転を始めた。途端自由落下のスピードが跳ね上がる。
レンカは三つの星を従えたまま大気を切り裂く箒星となり、そのままペネラさんへと突撃を開始した。
「予想外。まさかこれほどとは――――」
そんなペネラさんの呟きは風が爆ぜる音によってかき消された。レンカ自身がデネブ、アルタイル、ベガをまとめて炸裂させたのだ。
レンカが生み出し、子供のように慈しんでいた三つの気弾は、見た目を裏切る密度を有している。
魔力をどんなに注いでも、その輝きを増すだけで、気弾は決して大きくならない。だがその中身は膨大な風を封じた紛れもない気弾であり、再三に渡ってペネラさんの気弾を吸収した結果、とてつもない威力を内包するに至っていた。
レンカは三つのうちデネブとアルタイルを攻撃用、そしてベガを自身を守り、敵へ威力を100%伝達させるためのコントロール役として炸裂させた。
結果、落下スピード+レンカの魔力、さらにペネラさんの気弾から奪った魔素も加味することで、『レンカ・タイフーンキック(僕命名)』は一撃必殺の技として完成したのだが――――
「誇っていい。私に一番得意な魔法を使わせたことを」
差し込む午後一の陽光。演台の上には虹がかかっていた。
それはレンカのタイフーンキックによって吹き飛ばされた
『こ、これは――――なんということでしょう、風を纏ったレンカさんの突撃が受け止められています! ペネラ女史の前には、余りにも分厚い水の壁が展開されているぅー!?』
そう、今ペネラさんが使っているのは水の魔素を使用した水魔法だった。ペネラさんとレンカの間に小山のように立ち上ったウォーターウォールによって、レンカ・タイフーンキックは完全に受け止められていた。
「あなたは私の風の魔法を解いてしまう。なので別の魔素を使用した魔法を使わせてもらった」
バシャーン、とウォーターウォールが解け、ただの水となって演台を濡らす。足場を失ったレンカも石畳に着地し、その場に膝をついた。
「負けました。もう魔力も尽きて鼻血も出ないの」
ペタっと尻もちをついてレンカは降参を宣言した。
『試験終了ぉー! 全力を出し切ったレンカさんでしたが、やはり審議官の実力はそれを上回っていたー!』
『最後の突撃は見事でしたなあ。正に勇気の成せる業でしたわい』
そんなハヌマ学校長のコメントをかき消す万雷の拍手がレンカに降り注ぐ。
ペネラさんは座り込んだままのレンカを抱き起こし、小さな身体をしっかり支えた。
「この試合、私はずっと二番目に得意な風魔法だけを使うつもりだった。でも一番得意なのは水魔法。私の気弾を解くあなたの魔法を見て、水魔法を使うと決意せざるを得なかった」
「四度も風の気弾を使ってみせたから勘違いしたの。あれのせいであなたは風以外の魔法を使わないんじゃないかと勝手な期待をもってしまったの。あのウォーターウォールを吹き飛ばすには、私の子たちでは力不足だったの…………」
「私の子…………名前を付けているの? あの小さな気弾に?」
「そうなの。デネブ、アルタイル、ベガ。夜空にまたたく星の名前なの」
「素敵な響き。でも聞きなれない名前。もしかしてそれは?」
「ナスカ先生が名付け親なの」
クルリと首を回し、ペネラさんが僕を見つめる。
フッ、と微笑むとウインクなどしてくる。
今の仕草、男の前でちゃんと見せれば結婚相手なんてすぐ見つかりますよ。
さらに何事か会話をした後、レンカはペネラさんにお辞儀をして演台を後にした。負けたはずなのに、観客からの拍手は暫く止む気配がなかった。
小さな少女の最初の大冒険はこうして幕を下ろしたのだった。
続く。
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