第229話 魔法学校進級試験篇㉑ 試験と私闘に挑むモノ達〜風と土と炎の饗宴
*
「ふふ、ふははははッ!」
溢れ出す哄笑。
湧き上がる衝動。
暴れる鼓動。
戦いの最中だというのに、ネエムは笑い転げていた。
大きな土熊の爪を大げさに躱し、ホコリにまみれながら剣を振り抜く。
土熊の身体を構成する土が解けて地面に還っていく。
ネエムは止まらない。自分が相手に損傷を与えているという感触が――一方的に加虐しているという事実がたまらなく面白い。
土熊のモンスターが一回爪を振り下ろす間に、二撃三撃と土塊の剣を叩き込んでいく。
ついにボフっ、と土熊の足が破壊され、つま先から解けて膝をつく。
好機。ネエムは肉薄し、土熊のモンスターの顔面へと剣を突き立てた。
「クマーッッッ!!」
「ちィ――――」
攻撃を中断したネエムは慌てて距離を取った。
土熊の崩れた片足がもう再生している。
それを成しているのは尋常ではない土の魔素の収束だ。
先程から何度か、足の末端に攻撃を集中させ、頭が下がったところに致命打を与えようと工夫をしている。土熊の腰元にも届かないネエムでは、体格差を埋めるためにそのような戦い方をするしか方法がなかった。
「なんなんだこの
動きは鈍く、攻撃は鈍重。
だが耐久力があまりに高すぎる。
土塊の剣の一撃ではよくて砂掻き程度の痛手しか与えられない。
それに――――
「またか――――!」
自分の獲物が軽くなった感触。
目をやれば、土塊の剣の切っ先が大きく削れている。
あの土熊のモンスターは魔素を奪う。
ネエムが剣という形にとどまらせている土の魔素を、足の再生の度にごっそり奪いさっていくのだ。
「うああああッ!」
『憎』の意志を滾らせる。
木々が乱立する森のそこかしこから、新鮮な土の魔素を
より太く。より強靭に。炎を纏わせていないネエムの土塊の剣の完成度は本当に高いのだ。
「クマーッ、クマクマ、クママあ――ッ!」
「何いってんだか全然わかんないよ!」
ネエムは土塊の剣を両手で構え、土熊のモンスターと対峙する。
モンスターは手をバタバタと振って、なにがしかを訴えかけている。
油断できない。意味のない動きに注意をひきつけて、またこちらの剣から魔素を奪うつもりか。
「でも、確かに今のままでは倒しきれない。……ちッ、しょうがないな」
ネエムが剣を下ろす。
その姿を見て、土熊のモンスターも構えを解いた。
途端――――
「クマっ!?」
地面から瞬時に伸び上がったグランド・ランスが土熊の顔先を掠める。
「クママァ――――!」
地面が沸騰する。
次々と隆起したグランド・ランスがモンスターに襲いかかる。
立場は逆転した。今度は土熊の方が地面を転がり、ほうほうの体でランスを躱していく。ネエムは「ちッ」と舌打ちをする。
「制御が甘いなぁ。簡単に避けられちゃうや。それに直接叩き込んでやらないと、なんだかイマイチ楽しくない。まあいい――――」
『憎』の意志の元に簒奪した魔素に魔力を滾らせる。
途端そこは屠殺の処刑場と化した。
「クマクマっ!?」
地面は足の踏み場も無いほどのグランド・ランスで埋め尽くされる。
その槍先は確実に土熊の身体を削っている。
「串刺しにして動けなくしてから、こいつでトドメを刺してやるさ――――」
制御が甘いといいながらも、ネエムは獲物を追い詰めて行く度にグランド・ランスの制御が上がっていくのを感じていた。逃げ回るモンスターの進路にランスを顕現させ、徐々に逃げ場を奪っていく。まだか。もう少し。あと少しだ――――
とその時、土熊は突如として方向転換。グランド・ランスの群れに自ら突っ込んだ。この行動はさすがに予想外。ネエムは身構えながら訝しげに事態を見守る。
「なんだ? 一体どういうつもり――――」
土熊が向かう先には地面に倒れたままの高学年のお兄さんたちがいる。
まさか――――
「気持ち悪ぅ。モンスターの分際で助けるつもり?」
いや、きっとランスの盾に利用するのだ。そうはさせない。
ネエムは持ち前の運動能力を使い、土熊の後を追いながら『憎』の意志を滾らせる。あいつらを盾にしようと手を伸ばした瞬間、狙い撃ちにしてやる。
「クマ――――――!!」
今っ!
ネエムが渾身の『憎』の意志を込めたグランド・ランスを解き放つ。
それは、地面に横たわるお兄さんたちに手を伸ばしかけた土熊を一斉に貫く――――はずだった。
バキンッッ――――と、凄まじい音を立てて、束になったグランド・ランスがへし折れた。大人の腕ほどもある太い支柱がまとめて粉砕される。
「なッ――――!?」
今のは!?
一体何が起きた!?
「クマクマ、クママ――――!!」
「相変わらず何言ってんのか全然わかんねえぞペリル!」
茂みをかき分け、ネエムの前に現れたのは、赤毛に猫耳の少年だった。
「クレス…………!!」
「ネエム、だよな…………やっぱり」
クレスは憮然とした表情のまま幼馴染の少年を見つめる。
「クマぁ?」
「おい、いい加減面倒くさいから顔出せ顔」
「クママぁ、――――ぷはっ! 酷いよネエムくん! 何度もやめてって言ったのに、こんな危ない攻撃をするなんて! もう少しでお兄さんたちを巻き込んじゃうところだったよ!」
ずんぐりむっくりな土熊の頭部から――――ではなく。首の付根の真下の土がボロボロと剥がれ落ちる。そこから顔を覗かせたのは酷く血相を変えたペリルだった。
「おまえは――――!?」
ネエムの表情が驚愕に歪む。
まさか手強いモンスターだと思っていたのが同い年のトロそうな獣人種だったなんて……!
ネエムの思いとは裏腹に、クレスはそんな幼馴染に静かな怒りを湛えて語りかける。
「なあ、おまえさっきのグランド・ランス、本気でペリルに当てるつもりだったよな。確かにこの姿になったコイツは、見た目モンスターみたいだけど、なんでもかんでも問答無用ってちょっとおかしくないか?」
「……………………」
ネエムは答えない。
全身が土埃に塗れ、その顔は俯いて見えなくなっている。
クレスは大きなため息を吐くと、ペリルを振り返った。
「おい、もう行くぞ。午後の試験が始まってる。戻ったらマキナ先生にしこたま怒られて、カッチャン豆、また鼻に詰められちまうぞ」
「それはヤダなあ……。あ、でもお兄さんたちはどうしよう?」
「なんのためにそんなデカイ熊みたいな図体してるんだよ。まとめて担げるだろう?」
土の魔素を全身に纏ったペリルは本当にちょっとしたモンスター並になる。
動きこそ鈍いが、耐久力と持久力、そして腕力がとてつもなく増すのだ。
「熊みたいなんて言わないでよ! 僕はナスカ先生のあのカッコいい鎧を頭に思い浮かべながらこの格好をしてるんだから!」
「あ、あのすげえ鎧を目に焼き付けた結果がその姿なのか?」
「カッコイイでしょう?」
やたらと偉そうに胸を張る土熊に、クレスは呆れ顔だった。
もういい、さっさと会場に――――
「うおおッ!?」
踵を返そうとしたクレスの背後をグランド・ランスが遮った。
槍先の尖ったランスは、至る所から細かな棘を生やし、振れただけで大怪我をしてしまいそうな禍々しさだった。
「ネエム、何のつもりだッ――――!」
「行かせないよ試験になんて…………」
ユラリ、と首を持ち上げカクンと仰け反る。
無理矢理にクレスたちを
「僕が1級試験に落ちたんだよ? メガラー派閥の徒弟である僕が受からなかったんだ。まして共有学校になんて通ってる落ちこぼれのキミたちなんかが受かるはずないじゃないか……?」
「てめえ…………撤回しろ。俺達は落ちこぼれなんかじゃない!」
「どうしても試験を受けたいっていうなら、まず僕が腕試ししてあげるよ……!」
まったく噛み合わない会話をしながらも、二人の闘志と魔力が高まっていく。完全なる戦闘態勢に入ってしまった親友とその幼馴染の姿に、ペリルは真っ青になりながら震えていた。
「マキナ先生にまたカッチャン豆、鼻に詰められちゃう!」
……訂正。全然別のことで青くなっていた。
* * *
『試合開始が告げられました――――が。未だ双方動きはありません。どうやらレンカさんには若干の緊張が見られるようですね、ハヌマ学校長』
『当然でしょうな。これだけの大舞台で最高峰の試験に挑もうというのです。しかもそれが低学年の子ともなればなおさらです。そんな中ウチのハイアはよくぞあれだけの力を発揮し――――』
『おっと、先に動いたのはペネラ審議官の方だ。彼女の掲げた手の平に風の魔素が寄り集まっていくぅ――――!』
『ほっほ。実に余裕がありますのう。まるでお手本を示すようですわい』
ハヌマ学校長の言うとおり、未だ緊張の解けないレンカ。
普段はあれだけズケズケと僕らに毒を吐くくせに、こんなときは殊勝なものである。
対して審議官であり試験教官もつとめるペネラさんは非常に滑らかに且つ速やかに魔素を
『憎』の意志力が希薄だ。『愛』の意志力とまでは呼べないが、もともと感情の起伏がフラットなヒトなのかもしれない。
「風よ、ひとところに集いて
集められたのは風の魔素。
それが魔力を付加されて現実の世界へと顕現する。
深緑の光を湛えた、一抱え近くもある気弾を形成する。
「何もしないまま終わらないで」
ポツリと呟いた瞬間、ペネラさんの気弾は唸りを上げて撃ち出された。
解説も観客も誰も反応できない。
一瞬で空気を切り裂き、レンカを襲った気弾は小さな身体を軽々と吹き飛ば――――さなかった。
「受け止めた? 私の風はそんなに甘くないはず」
当然。素手で受け止めるなど言語道断。
だが風の魔法ならうちのレンカもなかなかのモノを持っている。
『か――苛烈なる先制攻撃ぃぃぃ! 正に目の覚めるような一撃を放ったペネラ女史の気弾でしたが、レンカさんは未だ健在。ですがなんの対価もなく無事だったはずはありません。一体彼女に何が――――』
ザワっ、と会場がどよめく。
自身の前に両手を突き出したレンカの手の平に、深緑の光を認めたからだ。
だがそれは、ペネラさんが撃ち出した気弾とも、通常の風魔法とも随分と趣の異なるものだった。
『レンカさんの手の中に見たことのない魔法が認められます。あれは風の魔法でしょうか?』
『実に小さい気弾のように見えますのう。じゃが、ただの気弾ではないようですじゃ』
ハヌマ学校長の指摘の通り、レンカの手の中にあるものはただの気弾ではない。
あれはいわばレンカの分身。可愛い子供たちなのである。
「デネブ、アルタイル、ベガ。お願いなの」
一つ一つは豆粒のように小さな気弾だが、鮮烈な深緑を湛えた力強い光を放っている。それが三つ、レンカの手の中でクルクルと回り出した。
「何それ、初めて見る。それで私の気弾を防いだ? いや、論より証拠――」
速い。先程よりもさらにスピードを増したペネラさんの気弾がレンカに放たれる。容易に目の速度を超える気弾は、その魔素を素早く感知して防ぐしかない。
バチッ、と一瞬惹かれるようにレンカの手に受け止められた気弾。いや、正確には気弾を受け止めているのはレンカの生み出した三つの気弾――デネブ・アルタイル・ベガである。
それが高速で回転することで受け止めた気弾の威力を削ぎ、さらに魔素を散らすことで無効化していく。
「
そう。
あれほど強力に見えたペネラさんの気弾は霧散したのに、レンカの小さな気弾は未だに健在。小さいが故に密度と精密さが段違いに強いものになっているのだ。
ペネラさんの顔に、初めて感情らしきものが浮かぶ。
それは未知なものに対する好奇心。喜び。
試験官にあるまじき、子供のような顔つきで、彼女は次なる魔法を紡ぐ。
対するレンカは、風の気弾を自分の身体の目の前に展開する。
夏の大三角のように大きく広がった極小の星。それを魔力という
レンカは小さな胸を反らして大きく息を吸い込むと、ぐッ、と全身に力を入れた。
「行くの――――!!」
試験という名の、レンカの
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