第228話 魔法学校進級試験篇⑳ 土の魔素の祝福〜何故ヒトは強くなろうとするのか
* * *
『みなさん大変おまたせをいたしましたー。第1級試験、午後の部を開始します。さあ、次の難関試験に挑むのは――――レンカさんです!』
わっ、と一斉に会場が湧く。
試験会場ではすっかり腹が満たされたお客たちが、次なる無謀な挑戦者は誰なのかとウキウキわくわくしている様子だった。
『レンカさんは
『ほっほ。魔法師として実力をつければ商家が行商の際に雇う
『まさに家族や一族とのつながりを重視する獣人種として立派な目標を持つレンカさんですね。さあ、演台の上で待機しているのは今回、レンカさんの試験官を務めます、獣人種騎族院所属の三等審議官、ペネラ・スプートニクさんです。御覧いただけます通りペネラさんは
今回、レンカの相手はしなやかな長身とハリネズミヘアーが印象的な女性審議官だった。全身の筋肉が無駄なく引き絞られていて、まさにアスリートといった風情である。
結婚相手募集中の情報に「わーっ」と会場の男たちは異様な盛り上がりを見せている。地球だったら女性に恥をかかせるようなプライベートに関する紹介の仕方も、獣人種の場合はありのようだった。……というか本人が全く気にしてないようだ。会場に向けて愛想よく手など振っている。
『レンカさん、準備が整ったらどうぞ演台へ上がってきてくださーい』
リィンさんが声がけをする度、会場の盛り上がりは加速していく。
レンカは緊張した面持ちでスーハー、と深呼吸を繰り返して演台へ続く石段を登り始めた。
今、レンカを見守る子供たちはケイトとコリスのみである。
この場にいるべきのクレスとペリルは、弁当を食べたあとブラブラと散歩に出たらしくまだ戻って来ていない。
真希奈には試験に望む残りのコリス、ケイトのケアをしてもらわなければならず、ふたりを探しに行っている暇もない。
本来ならクレスが午後の先発のはずだったが、急遽レンカからになってしまい、そのせいもあって彼女は心の準備を急ぎ整えなければならなかった。
もどかしい。壁役の魔法師としての仕事がある僕は、そばでレンカにアドバイスひとつできない。まだ帰ってこないクレスとペリルのことも気になる。
まったくままならない……。あの子達のために教師をしているというのに、その立場が僕自身を縛ってしまっているな……と僕は苛立ちを覚えてしまうのだった。
*
「クマーッ!」
ようやく真っ当な言葉を話せるようになった第一声がそれだった。
ペリルは全身に土の魔素を纏った
魔法に対抗できるのは魔法だけ。
自分もまた暴力に対して魔法という暴力を行使することに一瞬抵抗を覚えたが、これ以上誰かが傷つけられるのを座して待つことなどできはしない。
そう。人一倍臆病な性格で、タケルとの特別合宿を通しても、攻撃的な魔法などペリルにはひとつも覚えることができなかった。
他のみんなは、少しだけ変わってたりするけど、どれもこれも個性的な独自魔法を習得していく中、その時点でペリルに使える魔法は、土の魔素との対話だけだった。
自分だけみんなに置いて行かれている。そんな焦りと不安から、ペリルは初めてタケルへと相談――という名の愚痴をこぼした。
「ねえ、ナスカ先生。なんでナスカ先生はそんなに強いの?」
「は?」
言われてからたっぷり空を見つめたあと、タケルは自身の鼻先に指を突きつけた。
「僕がか? 僕は特におまえたち…………ペリルの前では攻撃的な魔法を使ってみせたことないよな。それなのにどうして僕が強いと思うんだ?」
「うーん。なんとなく」
「なんとなくか」
子供特有のフィーリングかな? などと彼は言っていたが、当然言葉の意味などペリルはわからなかった。
「ペリル、例えばどんな時に僕が強いと思うんだ?」
「えーっと、なんかナスカ先生って全然焦った感じがしないから、かな」
「焦る?」
「うん、焦る。僕やクレスたちはまだ低学年だからそうでもないけど、中学年になるとみんな自分の進路を決めなくちゃいけなくて、それに向けていっぱい勉強するんだって」
「へえ」
タケルはまるで初めて聞くように興味深げだったが、ペリルは気づかずそのまま続ける。
「それでね、ナスカ先生くらいの歳の高等部のお兄さんたちって、みんなすっごくせかせかしてるんだって。それで余裕がなくて、何かに追われてるみたいに毎日イライラカリカリしてて……。でも、ナスカ先生はそういうヒトたちと全然違うから……」
「ははあ……そりゃあ僕は別に魔法師になりたかったわけじゃないからな」
「えッ!?」
ペリルは大きな身体で飛び上がった。ドスン、と土埃を立てて地面に尻もちをつく。
「魔法師になりたくなかったのに魔法師になっちゃったの!?」
「いや、魔法師にはなる必要はあったかな。でも、自分が魔法を使えるようになるとは夢にも思ってなかったぞ」
「ど、どういうこと……?」
混乱した様子のペリルにタケルは落ち着け、と苦笑していた。
ペリルにとって、タケルはとっても強い魔法師だ。それは先程も言ったとおり、それを感じさせる余裕というか風格が漂っているからである。
だがそれは意外と単純な真理だったりする。弱いものは強くなりたい、強くならねばと焦る。だがすでに魔法も心も強いものは焦る必要がない。足りないものなどなく、満たされている感じが周りにも伝わるのだ。
「それは、僕にとって魔法っていうのは目的を達成するための手段にすぎないからだ。おまえたちは――――いや、多分この世界の魔法師の誰もが、魔法師という仕事に就きたくて魔法を覚えるものなんだろう?」
「う、うん」
「僕はそもそも魔法師になろうとは思ってなかった」
衝撃の告白だった。
獣人種共有魔法学校の生徒であるペリルにとっては天地がひっくり返るような言葉だった。
「そ、それはどうして? 魔法師になろうと思ってなかったのに、どうして今は魔法が使えるの?」
「セーレスを助けるために必要だったからな」
そっと目をつぶり、タケルは空を仰いだ。
今、セーレスさんはナスカ先生の傍らにいる。
彼女はそうか、ナスカ先生の努力によって今あそこにいるんだ、とペリルは理解した。
「僕にとって魔法を使う理由なんてそれだけだ。彼女を助けたあとのことは全然考えてなかった。魔法学校の教師をすることになったのは全くの偶然だった」
タケルはゆっくりと目を開くと、ペリルを振り返る。
「気を悪くしたか? ごめんな、こんなのが教師なんかやってて」
「ううん。ちょっとビックリしたけどすごく納得できた。だからナスカ先生の魔法は怖くないんだ。誰かを傷つけるために覚えたんじゃなく、誰かを助けるため、守るために覚えたものだから」
「なかなか背中が痒くなることを言うねおまえ」
タケルが照れたように頬を掻く。
ならばこそ、そんな彼にこそ聞いてみたいことがペリルにはあった。
「僕は魔法を勉強していくことの意味がわからない。たまたま魔法師の才能があったから魔法学校に入学しただけでなんです。だからどうやって魔法を覚えていったらいいのかわからないんです」
勉強することの意味。
それは将来の選択肢を拡げるため。
そもそも魔法の勉強をするのは魔法師になるためだ。
従ってペリルの学習意欲を上げるのには役立たない。
タケルは腕を組んでうーん、と唸ったあと、ポンと手を打った。
「それじゃあみんなと仲良くするために魔法を勉強して強くなるっていうのはどうだ?」
「ええ!?」
本日二度目の驚きだった。
再び座ったまま飛び上がったペリルがドッスンと尻もちをつく。
みんなと仲良くなるために強く…………?
「これは僕が好きな書物の主人公が言っていた問答の答えだ。どうして強くなろうとするのかと問われたら、『みんなと仲良くするためだ』と答えるのさ。なあ、いいと思わないか。自分を傷つけにやってきたヤツと友達になれるくらい強くなるって」
「そんなおっかないヤツとはそもそも友達になりたくないし、それにそれってすごく難しいことだと思うんだけど……」
「そうだな。だからこそ今中途半端なことで悩んでる場合じゃないって思うだろう。これは心も身体も相当強くならないと達成できないことなんだ」
「確かにそうかも……。みんなと仲良くできるほど強くなるって、どれだけ強くなればいいの?」
「さて、どれだけかなあ…………?」
「ナスカ先生くらい強くてもみんなと仲良くなれないの!?」
「僕なんか敵のほうが多いよ。クイン先生なんかとは一生仲良くなれる自信ないね」
「それはわかる」
そうして長いこと話し込んでいると、真希奈がタケルを呼びに来て、ふたりはどこかへと出かけていってしまった。なにか頼んでいたものができたから引き取りに行くのだという。
一刻ほどもした頃だった。
ペリルが原っぱでひとり土の魔素と語らっていたとき、突然目の前にそれは現れた。
「えッ――な、なにッ!?」
ヒト型の人形。
いや、ヒト型をした鋼の鎧だった。
全身が黒と銀の鋼鉄で覆われた、見たことも聞いたこともない、獣人種のものとも、ヒト種族のものとも違う、見事な造形の鎧人形が現れたのだ。
このときペリルは魔法師として強くなるための理由と、そして強いものへ憧れる気持ちを同時に抱くことになる。
――――自分もこんなカッコイイ鎧を纏って強くなりたい。
その想いに応えるように、土の魔素はペリルの全身を覆っていた。
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