第227話 魔法学校進級試験篇⑲ 暴走する天才少年〜試験当日昼休み2
*
「ごちそうさまでしたー!」
「ごちそうさまです」
会場の片隅、試験者用の簡易東屋の中で、クレスとペリルは早々に弁当を平らげていた。
食事の前と後で、特に何か挨拶をする習慣は獣人種にはなかった。
だが、タケルが「いただきます」と「ごちそうさま」という挨拶を推奨し、それがクレスたちには定着してしまった。
調理者と食材に感謝するというのは自然と調和し、それに感謝を送る獣人種には非常に馴染みのあるものであり、今では当然のように、食前と食後に言うようになってしまっていた。
『あなた達、食べるのが早いですよ。キチンと噛んでゆっくり食べなさいと言ってるでしょう?』
「噛みましたー」
「うん、ちゃんと噛みましたー」
『そんな鼠みたいにせかせか噛んではいけないのです。いいですか、もっと落ちつて優雅に……』
「ご、ごめんなさいです」
『違いますよ、ピアニは赤鼠族なのだからいいのです!』
彼らが今食べているのはエアリス手製の弁当であり、カリッとした衣に包まれた
「でもなんでポルク肉なんですか? それもわざわざこんな衣に包んで油で揚げるなんて。……とっても美味しいからいいですけど」
こちらはケイト。まだ半分以上も弁当を残していて、先程から甘辛いタレを衣につけながら、おっかなびっくりといった様子で食べている。
『タケル様の故郷では大きな勝負事の時には、このカツレツを食べる風習があるのです。勝負に《勝つ》と
コリスは弁当を平らげながら「けッ、くだらねー」と悪態をついている。ちなみに付け合せのキュエレイの千切りだけ弁当箱の隅っこに避けていた。
「んん?」と真希奈が覗き込もうとする度に「ガツガツガツ」などとかっ込むふりをして見せないようにしていた。
「マキナ先生、ナスカ先生の故郷ってどこなの?」
サクサクと衣だけ先に剥いで咀嚼しているのはレンカだ。彼女はサクサクの衣がヒタヒタになるくらいソースをかけて最初に食べてしまうのが好きだった。別に汚い食べ方をしなければ真希奈は自由にさせていた。
『タケル様の故郷はすっごくすっごく遠いとこです。ちなみに真希奈が生まれた場所はさらにさーらーに遠いところです』
「けっ、どこだよそりゃあ? ドゴイやグリマリディのどっかなのか?」
「セーレスさんがいるんだから
「もしかしたら失われた超大陸、オルガノンの生き残りがナスカ先生だったりするの」
「なにそれ!? ナスカ先生って超古代大陸の戦士ってことです?」
コリス、ケイト、レンカ、ピアニはわいわいと賑やかだった。
そんな子供たちを優しい眼差しで見守り続ける真希奈。
だが次の瞬間彼女は「ああッ!」と大声を上げていた。
「ど、どうしたのマキナ先生?」
『タケル様とのリンクが切れました!』
「りんく? ってなんなの?」
『真希奈はおはようからお休みまで、タケル様の全てを監視――ゲフンゲフン。見守る義務があるのです。たとえタケル様がこの場にいなくとも、その存在はつぶさに感じ取ることができるのです!』
「なんだよそれ…………おっかねえ」
コリスがポツリとこぼした言葉は全員の総意だった。
『まさか…………真希奈を置き去りにして聖剣を使った!? おのれぇ……そこはかとなく浮気の匂いがします! あなたたち、そこにいなさい! いいですか、試験が始まるまでこの会場から出るんじゃないですよ!?』
「はーい」
「いってらっしゃいなの」
「ナスカ先生可哀想です」
真希奈(人形)はひらひらと飛んでいってしまった。
残された子供たちは東屋の中でめいめいにくつろぎ始める。
コリスは「俺は寝るぜ」と言って横になり、「ピアニも!」とお休み大王も一緒に寝っ転がった。
「もー行儀悪いなあふたりとも。食べてすぐ寝るとカウロスになっちゃうんだよ?」
「ケイト、そんなの迷信なの。だいたいなんで牛型のモンスターにならなくちゃないけないの?」
「そういえばなんでだろうね?」
そんな会話をしながらケイトとレンカが残りの弁当を平らげようとしたときだった。
「あれ? クレス、ペリル、どこに行くの?」
東屋に背を向けて、クリスとペリルが抜き足差し足離れようとしているのを見つけ、ケイトが呼び止める。
「いや、あれだ、ちょっと俺らお花を摘みに……」
「お手洗いなら反対側なの」
「いやあ、あそこ一番混んでるし。僕としてはもっと落ち着いたところで、ねえクレス?」
「そうそう、マキナ先生だっていつも優雅に振る舞えって言ってるだろう。それって食事も小便も同じだと思うんだよなあ俺」
「ぶッ! クレス、私達まだ食事中!」
「悪い悪い! じゃあちょっと俺ら連れション行ってくるわ」
「だからっ!」
「そんな遠くには行かないから。じゃあねー」
そう言ってクレスとペリルはウキウキとしながら東屋を後にした。
「明らかにおかしいの。どうしてわざわざ遠くのお手洗いに行くの?」
レンカの疑問に答えたのはコリスだった。
「ウロウロするのが目的なんだろう。そうすりゃ嫌でも目立つからな今の俺達は」
「目立つって?」
ケイトはタケルが残していったクーラーボックスから氷入りのマグボトルを取り出す。冷え冷えの水を一口飲み、手を伸ばしてきたレンカにもカップを渡してやる。コリスは横目でこちらを見ながら静かに、眠りにつく直前のようにウトウトしながら言った。
「初等部のくせに……全員が1級試験に挑むナスカ・タケルの教え子……。ハイアがぶちかまして……、ナスカ先生があんな魔法見せつけたんだ……。周りが放っておかねえよ」
コリスは半分夢の中にいるようだ。彼の周りに優しい風が吹き始めている。それは魔素との対話。タケルに一番最初に教わったことを彼はごくごく自然に身につけていた。
「それって……あのふたり、自分からチヤホヤされに行ったってこと!?」
ごちそうさまでした、と弁当箱を片付けた途端、ケイトが色をなして叫んだ。
「午後から自分たちも試験があるっていうのに信じられない!」
「まったくなの。今すぐ連れ戻すの!」
「けっ、放っとけよ……。おまえたちだって試験があるんだろう。他所に構ってる暇があるのかよ……。あいつらも実はそうやって緊張をほぐしてるのかもしれねーだろが……」
「…………」
「…………」
コリスが首を持ち上げる。ケイトとレンカが妙に静かだったのが気になったのだ。ふたりはビックリしたような顔でコリスを見つめていた。
「コリスが他者を気遣ってる……」
「いえ、違うの。きっと探しに駆り出されるのが面倒なだけなの」
「うるせえ。言ってろ」
ゴロンと真横を向く。
こっちは試験を前にしてさっきから手が震えっぱなしだっていうのに……とコリスは口の中だけで呟いた。
(認めたくはないが、魔素の才能がないハイアが一番伸びている。ケイトもレンカもすげえ。ピアニは多分、キッカケがあればあっという間に化ける。クレスとペリルもこれだっていう自分だけのモノを持ってやがる……)
それに比べて自分は?
全然大したことがない。
それでも落第者の烙印を押されたまま縮こまっていたくはない。
(絶対一発かましてやるんだ……!)
ギュウウっと自身を抱きしめ、コリスは懸命に眠りにつくのだった。。
*
「いやあ、堪りませんでしたなペリルさん」
「まったくですな、クレスさん」
コリスの読み通り、クレスとペリルはみんなにチヤホヤされていい気になっていた。
かつての旧友や、会場に詰めかけた観客らの前にそそっと姿を現すだけで、「あ、キミたちはもしかして!」「久しぶりだなクレス!」「ペリルも元気だったか!?」「ところでさ、ナスカ先生ってどんなヒトなの?」「普段一体どんな指導を受けたらあんなすごい魔法を使えるようになるんだ!?」……などなど。
散々質問攻めにあってきたのだ。
だがその大部分がタケルに関することであり、観客の中にはタケルはヒト種族の宮廷魔法師ではないかと疑うものもいたほどだ。
それでも、今まで見向きもされなかった自分たちが、誰かから求められるのがあまりにも気持ちよくて……実はあることないこと、本当はよくわからないことも含めて色々と喋ってしまっていた。
「よくわかんないけどナスカ先生は魔法の腕はホントすごくて――――」
「セーレスさんとエアリスさんっていうすっごい魔法師の恋人がいて――――」
「実は子供がふたりいたりして――――」
「マキナ先生っていう妖精種の――――」
そんな風に調子に乗ってべらべら語っていると、次から次へとヒトが集まってきて、警備の先生から解散を宣言されてしまった。
みんなが帰っていく直前まで、クレスとペリルは主役みたいな気分を味わい尽くしたのだった。
「なんか、俺ら結構余計なこと言ったかもしれないな?」
「うん。でも悪いことは言ってないよね。大体本当だよね?」
実は結構プライベートなことまで話していたりする。
集まった群衆が一番盛り上がっていたのが『エルフとメイドの三角関係』のことだった。
「やるなあ、お前らの先生相当な色男だぜ!」などと言われ、「色男ってなんだろう?」とふたりはよくわからないにもかかわらず「それほどでもー」と適当な返事をしていたのだった。
「そんじゃマキナ先生に怒られる前に帰るか」
「うん。あ、その前に僕ちょっとおしっこ」
「この辺便所ないぞ?」
「向こうの茂みでしてくるから待ってて」
「おう。もう昼休み終わるからな。早くしろよ」
そうしてペリルが茂みをかき分け、排尿行為に及ぼうとしたときだった。
「オラ、早くこっち来いよ!」
ものすごい怒声が聞こえた。
ペリルはとっさに気配を殺してさささっと隠れる
そうして木の陰から覗いてみると――――
「てめえ、もう一度言ってみろよ。俺らがなんだって?」
「随分と俺らを小馬鹿にしてくれたもんだな。おい、さっきまでの威勢のよさはどこいったんだよ!」
「メガラーだかなんだか知らねえが調子に乗ってるとぶっ殺すぞ!?」
いずれも高学年のお兄さんたちが口々に一人の少年を攻め立てていた。そしてその少年とは誰であろうネエムであった。
(えええ〜、こ、これって…………!)
もしやこれが噂に聞く『お呼び出し』というやつだろうか。
(ほ、本当にあるんだこういうの〜〜!)
調子に乗ってると高学年のお兄さんたちがやってくる。
それは低学年の子供たちの間に実しやかに流れる噂である。
そもそもどのように調子に乗ったら『お呼び出し』の対象になってしまうのかまるで判断基準がわからない。それでも、自分よりも身体の大きなお兄さんたちに呼び出しを受けるのは恐怖以外の何ものでもなかった。
(たたた、大変だ〜! 早く誰か呼びに行かないと、あのネエムくんが『えいっ!』ってされちゃう! 『えいっ』って!)
ペリルにとっての『えいっ』とは、拳骨に相当するのだが、次の瞬間齎された暴力は拳骨どころの騒ぎではなかった。
「ぐふっ――――!」
高学年の中でも特に大きな体格を誇る
ネエム少年の足元からは土の杭が生えており、それがお兄さんの腹部を容赦なく打ち据えたのだとわかった。
「て、てめえ……! よくもやりやがったな!」
「ガキだからってもう容赦しないぞ!」
だが遅い。同じく真下からものすごい勢いで
「ふ――、ふふふ。あーはっはっはっは!」
地面に
「ちょっとちょっとー、どうしたんですか先輩? もう終わりですか? いやあ、聞きしに勝る弱さですね、共有学校の高学年なんてこんなものですか。さっきの台詞ですか? いいですよ、何度でも言ってあげますよ『早く道を譲れ雑魚ども』です。聞こえましたか? 聞こえてないんですかー?」
言いながらネエム少年は靴のつま先をお兄さんたちの腹に何度も何度も突き刺していく。
高笑いをしては足蹴にし、なじる言葉を吐いては踏んでいく。その異様な光景を前に、ペリルはガタガタと震えて見ていることしかできなかった。
「はあはあはあ…………。そうだよ、僕は弱くなんてない。僕は強いんだ。おまえらごとき共有学校の馬鹿共なんかとは出来が違うんだよ! それなのに偉そうにしやがって! クソっクソっクソ――――!」
(うわわ! アレってマズイんじゃ…………!)
白虎族のお兄さんの腹をネエム少年は執拗に蹴り続ける。
うめき声を上げていたのも最初だけ、だんだんとお兄さんが動かなくなっていく。
「トドメを刺してやる。二度と僕に舐めた口をきけなくしてやる――――!」
ネエム少年は試験のときと同じ炎を纏った土塊の剣を手にしていた。
それを大きく頭上に掲げ、今にも振り下ろさんとする――
(ダ、ダメだダメだダメだ! でも魔法を試験以外で使ったら怒られるし! でもでも魔法で誰かを傷つけるのはもっとダメだってナスカ先生が――――!)
身体は固まっていたはずなのに、心は迷いに縛られていたはずなのに。
気がつくとペリルは茂みの中から一目散に飛び出していた。
「土の魔素よ――――!」
力を貸してください。
あの子を止めるために。
その純粋な願いに魔素は確かに応えた。
「な――――なんだおまえは!?」
何故なら今のペリルはいつもの彼とは全く異なる姿かたちをしているからだ。
2メートルを超える巨体。
ずんぐりとした手足。
大きくて丸い胴体。
まさに大熊といった風情となったペリルが、お兄さんたちを庇うように敢然と立ちふさがっていた。
「ふご、ふごふごふご! ぶふーぶふー! (魔法で誰かを傷つけちゃダメなんだよ! もうこんなことやめよう!)」
などと一生懸命訴えるペリルだったが、この姿になると全く喋れなくなってしまうのが最大のネックだった。
「ふっ――ちょうどいい。なんだかよくわからないが、いい時に現れてくれた。僕の剣のサビにしてやる! こい、
「んぐぐぐッー!(違うからー!)」
昼休みも終わり、もうすぐ午後の試験が始まろうとしていた。
だが今ここで、子供同士の譲れない戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
*
「ペリルのやつおっせーな。…………うんこかな?」
クレスは大樹の幹に背中を預けながら呑気に鼻をほじっているのだった。
続く。
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