第226話 魔法学校進級試験篇⑱ 去りし日々の青春〜試験当日昼休み1

 * * *



『午前の試験は全て終了しました。一刻の時間を挟みまして、午後一時カルより試験を再開いたします。それではこれまでの試験をハヌマ学校長と共に振り返っていきましょう――ハヌマ学校長、よろしくおねがいします』


『ほほ、そうしたいのは山々なんじゃがのう。いやあ、わしちょっと腹の調子が悪くて……イテテ。できれば誰か別の者に代わってもらいたいんじゃが…………』


『医務室の回りをウロウロされていたくせに腹いたですって? お孫さんを心配されるのはわかりますが仕事はキチンとこなしてください! 途中から解説の仕事をサボっていたんですからもう逃しませんよ!』


『ひーッ!』


 そういやハヌマ学校長、僕とネエム少年の試験中、一切声が聞こえなかったな。

 あのジジイめ。僕だってハイアの具合は気になってるのに。


 会場はすっかり歓談ムードで、お客さんは持参した弁当やら、売店で買ってきたフード&ドリンクを片手にお昼ごはんに舌鼓をうっている。


 演台の上では整備スタッフが清掃&片付けを行っており、先程までの戦いの爪痕をせっせと修繕している最中だった。


 さて、僕も子供たちと一緒にご飯を食べようかな。

 ――などと思ったときだった。


「ちょーっと待った。ナスカ・タケルよ。少し付き合え」


 ガシっと、肩を組んできたのはラエル・ティオスだった。

 何だ何だ、突然こんなに気安く。


 今回は獣人種の正装というタイトな鎧姿にマントを羽織っている。顔にもバッチリ濃いめのメークで……なんだろうな、宝塚の麗人か、劇団四季の役者みたいに見えるぞ。


「何の用だ。これから僕は子供たちと昼飯を食うつもりなんだ。さすがに昼休憩中は接触禁止じゃないだろう?」


「それなんだがな、今はやめておけ。そなた少々目立ちすぎたぞ」


「は? 何がだよ。いいから離せよ」


「気づかぬか。誰も彼もがそなたを見ている。そなたの見事な魔法の腕前に瞠目どうもくしているのだ。ふふっ、あのアンとクインでさえ、そなたが気になってしょうがないようだぞ?」


 まさか。アンティスさんとクイン先生が?


「油断したら寝首でもかかれるかな僕?」


 言った途端、ラエルは吹き出した。


「かもしれぬな! とにかく、そなたを紹介した私の面目も保たれた。感謝するぞ」


「おまえのために仕事してるんじゃないぞ僕は」


「わかっている。子供たちのためなのだろう。私の屋敷でだらけていた者と同じセリフとは思えぬな。まああの子たちなら大丈夫だ。真希奈様がついているのだろう。医務室に運ばれた子も問題ないと聞いているぞ」


「なんだ、何を企んでいるんだおまえ?」


 僕の魔法師としての実力が優れているとわかり、推薦したラエルが鼻高々なのは理解した。だが、それだけでこんな上機嫌になるような奴だったかお前……。


「うん。正直に言うとな、そなたの正体になんとなく気づき初めているものがいるようなのだ」


「それって――――列強氏族の?」


 アーク巨樹の校舎に開設された貴賓室。そこには他の列強十氏族の係累が詰めているのだという。係累とはいえ、それなりに高い身分のモノがいるのは間違いない。


「まあな。列強氏族とは獣人種の代表だ。あまりに一種族が強くなりすぎても均衡を崩しかねない。そしてそなたほどの力の持ち主といえば出自に感づくものは出てくる。――――したがってな、そなたの教員生活も、そろそろ終わりが近づいてきていると思ってくれて構わない」


 ラエルの言葉ははじめから覚悟していたものだった。

 ……だったはずなのに、僕はいつの間にか抗議の声を上げていた。


「僕に無理やり仕事を押し付けておいて、ずいぶん勝手な物言いだな」


「それはすまんな。実を言うとな、もしかしたら早々にそなたがクインをぶっ飛ばして教師をクビになるくらいでもいいと思っていたのだ」


 おい。やっぱりクイン先生のことを僕にどうにかさせるつもりだったのか。


「私とアンとクインはもともとメガラー派閥の徒弟だった。だが私はどうにも水が合わなくてな。独学で雷狼族の秘技を研鑽し、退会式に挑んだのだ」


「退会式?」


「一度入門したものは一生涯徒弟。それが鉄の掟だった。だからどうしても辞めたいものは当時派閥の実力者と戦わなければならなかったのだ」


 レディースの退会リンチかよ。

 いい感じで思い出話をしているラエルには申し訳ないが僕はドン引きだった。


「私は勝った。ギリギリの勝負だったがな。そして破門扱いにされ、自由になったはいいが、結果的にアンとクインを置き去りにすることになってしまった」


 どんなに厳しい修行も三人一緒なら乗り越えられた。

 ずっと励まし合い、支え合い、研鑽しあってきた。

 だが、ラエルがいなくなったせいで、そのバランスが壊れてしまった。


 結果、幹部の座を競い、熾烈な競争があり、その中でクイン先生の魔法の腕前は停滞し、アンティスさんはそんなクイン先生を容赦なく蹴落とし、今の地位に上り詰めたのだという。


「ん? 別に退会式を受けなくてもクイン先生みたいに辞められるんじゃないのか?」


「馬鹿な。クインは魔法学校にいても未だにメガラー派閥の徒弟だ。だが公式な肩書として名乗ることは許されないし、世間からは落伍者として扱われるのだ」


 なんと。

 生かさず殺さず。

 落ちぶれた徒弟は一生涯嬲りものにするというのか。

 いや、それよりも――――


「クイン先生も落第者だったのかよ。なら、なんでクレスたちにあんなことを…………」


「もちろん、本人は誰も落第者は出したくない、出させないつもりなのだろう。だが、彼女の教えについていけない生徒への接し方を彼女は知らないのだ。恐らく落伍者の烙印を押した瞬間、同族嫌悪のような感情が湧くのかもしれん。まるで自分自身を見ているようで直視できない存在となり、結果切り捨てるしかなくなるのだろう」


「たまったもんじゃないな子供たちにとっては」


 集団の中には個性があり、当然その中には優劣がある。

 大事なのは劣を切り捨てることではなく、優秀な子、劣る子、それぞれに合った教育をしていくことだ。


 優秀な子だからと放っておかないで、その子をもっと伸ばしていくのはどうしたらいいのか、その子の意見も聞きながら考えていかなければならない。


 それよりも劣る子、成績が振るわない子がいたら、その子のいいところを見つけて伸ばしてやる方が、きっとその子の将来のためになる。


 今回僕がクレスたちに行ったのは正に後者だ。

 だが実際クレスたちは決して落第者ではなかった。


 ただ単に、クイン先生のものさしではダメな生徒とされただけで、彼ら彼女らにはちゃんと他の子にはない優れた部分があった。


 たとえ僕じゃなくとも、クイン先生だって他の先生だって、きっとそれは見つけてやることができたはずなのだ。


 たったひとつの判断基準に合わないからといって、あんな小さなうちから未来を閉ざすようなことをするべきではないのだ。


「なんだよ?」


 などということをつらつら話していたら、化粧のキッツい顔でラエルが僕を覗き込んでいた。


「いや、全くそなたの言うとおりだと思ってな。例えどんなにぐうたらで食っちゃ寝ばかりしているようなダメなヤツでも、決して投げ出さないで根気よく付き合っていればいいこともあるものだ。ふははっ!」


 バンバンと強く肩を叩かれる。


「おまえな。殴るぞ?」


 それは僕のことを言ってるんだろう。そうだろう。なあ?


「それからな、謙遜のし過ぎはよくないぞ。あの子たちにとってはそなたが唯一無二の恩師なのだ。他の誰でもない、そなたと出会わなければ今のあの子らはなかっただろう」


「さて、どうかな」


「照れるな照れるな」


 うりうり、と肘で僕の脇腹を小突いてくる

 ホント今日のこいつはウザいな。


「さて、どこにいても他者の目が気になるだろう。いっそ我が屋敷に帰るか」


「おまえな、僕の聖剣を当てにしすぎだろう」


 最初はあんなにおっかなびっくり『ゲート』を潜っていたくせに、それがどこでもドアだと知ると、気軽にタクシー代わりにするようになりやがって。


「許せ許せ。あまりにも便利すぎるのだ。なあに、そなたもエアリス殿の作りたての手料理が食べたいであろう?」


「…………まあな」


「決まりだ。行くぞ!」


 二軒目の居酒屋をハシゴするようなノリでラエルは僕を引っ張っていく。


 それにしても――――そうか。

 やっぱり子供たちとはお別れになるか。

 

 自分の中でなんとなく決めていたこととはいえ、他者からハッキリと告げられると離れがたい気持ちが湧いてきてしまう。


 僕自身も僅かな時間で随分変わったものだと、そう思うのだった。

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