第225話 魔法学校進級試験篇⑰ 魔法剣勝負〜追い詰められるネエム少年
* * *
『間もなく中天に差し掛かろうという時刻です。午前最後の試験を執り行います――――』
アンティスさんが教官を務めたハイアとの試験は、演台がかなり大きなダメージを負ったため一時中断となっていた。
審議官と共に試験教官を務めることになった僕は、公平性の観点から医務室に運ばれたハイアを見舞うこともできなかった。
気を利かせた真希奈がハイアの無事を知らせてくれたが、そうで無ければとても仕事になど集中できなかっただろう。
『さて、次に1級試験に挑むのは、あの超有名派閥、メガラー私塾の徒弟、ネエムくんです。先程見事な試合を見せてくれたハイアくんと同い年であり、同じく試験教官を務めたアンティス女史を師匠に持つ、非常に優秀な魔法師の卵であります!』
がんばれー! と会場からは声援が飛ぶ。その中には随分と黄色い声が混じっているようだ。実際、ネエム少年は大変線が細い美少年と言っても過言ではない。
同じく赤猫族であるクレスがスポーツ少年だとするなら、ネエムは物静かな優等生タイプだ。どうやら早々に会場にいる女性客――特にマダムたちの心を掴んでしまったらしい。
『対して、試験教官を務めますナスカ・タケル先生は一切の経歴が不明! 出身派閥や学校もわかっておりません!』
ぶーぶー! などとブーイングの嵐だった。
そんなやつが何で教官なんかやってるんだー!
ごもっともな意見である。
『静粛に願います! えー、一切の経歴は不明ですが、彼の推薦人は何を隠そうここにいらっしゃるラエル・ティオス様です。ラエル様、ナスカ先生の魔法師としての実力はどの程度のものなのでしょうか?』
『その点に関してはなんの心配もいらないでしょう』
『というと、かなりの実力者であるということでしょうか?』
『もちろんです。魔法、魔力、魔素に関する鋭い考察と観察眼を持ち、常人には到底及びもつかない突飛な発想をしたかと思えば、深淵のような知識を駆使して魔法を行使することもあります』
『それは――お話だけ聞いていればまるで賢者様のような先生ですねえ。随分とお若く見えます。見た目はまだ高等部程度の年齢に見えますが、実際は?』
『然り。まだ元服したばかりの年齢です』
『ええッ、それじゃあ本当に15歳ということですか!?』
ふたりの会話にざわざわと辺りがざわつく。
さっきからものすっごい注目されてる。恥ずかしいなあもう。
『今回ラエル様がナスカ先生を魔法学校の教師にと推挙したそうですが、それだけの教員経験を彼は積んできていると?』
『いえ、教師としての経験はまだまだといえるでしょう。ですが彼の者はあの若さにして大きな試練を幾度も乗り越えてきています。その試練を乗り越える過程で、彼の魔法師としての才能は開花しました。とにかく、色々な意味で退屈しない男ですよ』
ほおお〜、というため息がそこかしこから聞こえる。
数百名からが一斉に息を吐いたため、会場の空気が一斉に震えた。
『みなさまお聞きいただけましたでしょうか。ラエル様をしてここまで言わせるほどのナスカ先生の魔法、そしてそんなナスカ先生を相手にネエムくんがいかにして挑んでいくのか、ぜひ刮目して見ようではありませんか!』
盛り上げるのが上手いなあ。
試合前だというのに会場は拍手喝采である。
……しかし正直いって。
こんな大人数に見守られて舞台に上がるのは初めてだ。
小中と卒業式にすら僕は出てなかったからなあ。
だが、演台の上に立ってしまえば、観客の目や解説の声など気にならなくなる。
それは目の前の少年の
ネエム少年は、まるで親の仇でもみるような目で僕を見ていた。
抑えていた魔力が身体のアウトラインから湯気のように立ち上っている。彼はやる気だ。最初から全力全開。一切の妥協なく、本気の魔法で僕へと挑んでくるつもりだとわかった。
魔法審議官のおっさんが言っていた。
生徒は全ての力を出し切って。
教官は生徒の力の全てを見極めるようにと。
それが壁になるということ。
挑み乗り越えようとするモノを阻み、押し返す壁となる。
今から僕が行う役目とは、そのようなものなのだ。
『第一等審議官レオーノフ・コマロフが告げる。第1級試験二戦目、始め!!』
「うおおお――――!」
開始が宣言された途端、ネエム少年がその優しそうな雰囲気を裏切る雄々しい咆哮を上げた。意外だ。この子はこんな激しい一面を持っているのか。いや、戦闘になると雰囲気が変わる子なのだろうか。
ネエム少年は全身から魔力を吹き上がらせ、まるで鋭い鎌でも振り下ろすよう、四方八方から魔素を簒奪していく。
「土の魔素?」
ネエム少年が必死にかき集めているのは紛れもなく土の魔素だった。
魔力が付加され、真黄の光が溢れる。
次の瞬間、彼の手の中には、身の丈を超えるような大剣が握られていた。
『おおっと! ネエムくんの手の中にはいつの間にか大きな剣が握られています! ラエル様これは――――』
『土の魔素によって作られた
ラエルの賞賛に、会場からも感嘆のため息や拍手が湧く。
実際僕も「へえ」と感心する。硬度は鉄の剣に迫るほどの密度。それは強固に個体分子が結合していることを意味する。
土の魔素に関してウチの子たちの中ではペリルしか使い手はいないが、精密さや形状を保つための意志力でネエム少年はその上を行っていることを表していた。
「まだだ!」
おや。ネエム少年はまだ何かをするらしい。戦闘とはいえこれは試験だ。彼の技能を全て引き出すまでいくらでも待つつもりである。
「くっ、ううあああっ!」
また? ネエム少年が再び魔素を収拾し始める。それにしても、『憎』の意志による魔素の簒奪のたびにとても苦しそうだ。
クレス達はこんな感じに魔素を集めたりはしない。『愛』の意志の元、ごくごく自然に膨大な魔素を集わせることができる。他所の子とはいえちょっと不憫だな。
「――――はあ、はあはあ、はああああ!」
『こ、これは――!』
リィンさんが言葉を失う。会場のお客さんも同様だ。
ネエム少年が持つ土塊の剣が炎を纏っている。メラメラと燃え盛り、ところどころプロミネンスのように炎が尾を引いて弾けている。
『な、なんということでしょう、ネエムくんが作り出した土塊の剣が火炎を纏っております。ふ、ふたつの魔素を同時に使いこなし、これほどの魔法を見せてくれるとは、メガラー派閥の徒弟恐るべし、といったところでしょうかラエル様!?』
『いえ、あれは――――』
言葉を濁すラエルとは裏腹に会場の盛り上がりを絶頂を迎えていた。
惜しみない歓声と拍手がネエム少年に降り注いではいる――が、僕の心はひどく冷え切っていた。
(なんて無駄なことを……)
それ以外の言葉が見つからない。
最初に作り出した土塊の剣はよかった。
即席の武器鍛造としては合格点だ。
あのまま殴りかかり、相手にキチンと当てることができれば、棍棒以上・剣未満のダメージを与えることができただろう。
だがこの火炎の剣はどうだ。
あまりにも無駄が多すぎる。
そもそも魔法で剣を鍛造するなら、本物の剣を買ったほうが早い。
さらに言うなら、火炎をまとわせるために土塊の剣を使ったのが裏目に出てしまっている。
故に彼は土という個体を炎で燃やすことを思いついたのだろう。
土は燃えない。確かにそうだが、それは炎と土という相反する属性を無理やり組み合わせることを意味する。
個体→液体→気体、さらにその先の気体がエネルギー状態に置かれることをプラズマという。
極めてエネルギー準位が静止状態にある個体と、極めてエネルギー準位が高く自由電子・陽子状態にあるプラズマとでは、対極に位置するが故、互いを相克しあってしまうのだ。
「どうだ、これが僕の魔法だ!」
いや、そんなドヤ顔で言われましても。
キミぃ、さっきより弱くなってるよ?
個体のまま静止している土の魔素は炎に引っ張られて解けかけているし、炎は土の魔素に固着させられているために、見た目の派手さとは裏腹に全然温度が上がっていない。
本来なら剣自体が超高温になるので魔力フィールドで手元を覆わなければならないのだが、それもできていない。
なんつったっけな……僕が魔族種になって初めて戦った
あいつは特殊な金属の剣に炎をまとわせていた。剣の切れ味を損なわず、切り口を一瞬で
あの手元、よくよく思い出せば耐熱グローブを着用し、さらに魔力で覆っていたように思う。
「僕は負けない、僕は勝つんだ!」
ネエム少年は大剣を振りかぶりながら斬りかかってきた。
僕の失望はさらに強くなる。遅い上にへっぴり腰すぎるのだ。
剣を作っておきながら本人は剣術のイロハもできていない。
演台の周りで土魔法を使うべきか、炎の魔法を使うべきかで迷っていた壁役の先生たちはさぞホッとしてることだろう。
「うおおおっ!」
大上段に振り下ろした剣が石畳を叩く。
半身で躱した僕を追撃しようと、剣を切り返そうとするが――ダメだネエム少年、自分の火炎にビビって腰が入っていない。完全な手打ちになってしまっている。
火炎の剣が登場したときには拍手喝采だった会場も少しずつ「大丈夫なのか?」という感じで静かになってきている。僕はどうしたものかと考えあぐねていた。
でもそれでは彼自身が魔法を維持できなくなったように傍目には映るはずだ。これは試験。つまりはちゃんと周りにもわかる形で、彼を負かす必要があるのだが――――
「どうした、逃げてばかりいないで戦えよ! それとも僕の魔法が怖いのか!?」
ネエム少年も焦っているのだろう。
挑発的な言葉を浴びせてくるが、その表情にはまったく余裕がない。
このまま彼の剣を躱し続けるのは容易い。
時間が経てば、魔法を維持できなくなるのは自明の理。
しょうがない。目に見える形で負けてもらおうか。
僕は次なる剣の一撃を躱す際、大きく後退した。
距離を取るとネエム少年はその場に留まり荒く息をつく。
うん、ちょっと休憩しててくれ。
「土の魔素よ。愛よりい出て憎を成せ」
わざと、適当な呪文を口にしながら僕は魔法を紡ぐ。
ざわっ――――と、会場がどよめく。
僕の手の中には一振りの黒剣が握られていた。
直刀の両刃。幅が広く、長さは僕の背丈を超える。
その材質は純度100%土の魔素である。
顕現した土の成分から不純物を排し、純粋な鉄の成分だけを分子結合させている。
その強度はもはや並の鉄を遥かに凌ぐほどだ。
ネエム少年は固まっていた。
僕が一瞬で創り出した剣を前に蛇に睨まれた蛙のように硬直している。
『こ、これは――――ネエムくんの激しい剣戟を厭い、大きく距離を空けたかに見えたナスカ先生ですが、その手には一刀の見事な剣が現れました! ラエル様、これは一体!?』
『土の魔素を用いた武器の鍛造ですね。ですがこれほどの魔素と魔力の収束になるともはや錬金術の域と言えます。強度からしてもネエムくんの土塊の剣を遥かに超えているでしょう』
『ラエル様べた褒めだー! ここに来て明らかになったナスカ先生の実力! まさに第1級試験に相応しい高度な魔法の応酬が続きます! ああ、こ、これは――――!?』
リィンさんが驚愕の声を上げる。
僕は土の魔素で作った黒剣を石畳に突き立てると、次なる魔法を行使したからだ。
「――風の魔素よ、
僕は四大魔素、それぞれを用いた剣を次々と創り出し、ズラリと石畳に突き刺していく。
風の刃は極限まで細く研ぎ澄まされた深緑の
水の刀は刀身に刃紋ならぬ波紋を湛えた濃藍の湾刀。顕現した水を圧縮しているため、見た目を裏切る超重量だ。斬るというより叩き潰すための刀である。石畳には魔力フィールドで固定している。
炎の剣はプラズマを
『も、申し訳ありませーん! もはや私の理解の
『恐らくですが、四大魔素のそれぞれを用いた剣であると思われます。黒が土の魔素を用いたもので、緑が風、青が水、赤が炎ですね。これは、ネエムくんへ向けた彼なりの教育でしょう』
その通り。
魔素同士の相性も考えず、ただ見た目が派手なだけの未熟な魔法剣を用いたネエム少年に対するアンサーがこの四本の剣だ。
余分なものなどなにもない、ただそれぞれの魔素を極限まで突き詰めて剣を成せば、それぞれがこういう形になる。まああくまで常識的な範囲では、という意味だが。
この先、土の剣なら、さらに密度と硬度を増すために、形状をそのままに重量を数十トン単位にすることもできる。
風の剣は真空の刃にして、エアリスのホロウ・ストリングスのように、触れるものの分子結合を寸断するアビリティを付加するのもいい。
水の刀なら、
炎の剣は、さらに温度を上げることが可能であり、そうなると赤い剣ではなく白光の剣になるだろう。
「さあ、始めようか」
さすがの僕も、鎧の補助もなしにこれらの剣を素手で操ることは不可能である。従って魔力フィールドを触手のように用いて四本を同時に扱うことにする。
そして僕が全身からさらなる魔力を発露させた瞬間――パキィンと音を立て、ネエム少年の土塊の剣がへし折れた。それは同時に彼の心が折れた音でもあった。
「ま、参りました…………」
あれ、終わっちゃった。
『試験終了です! 最後はナスカ先生との圧倒的実力差を認めたネエムくんが降参を宣言! ですがみなさん大きな拍手をお送りください! 未来あるネエムくんの今後の成長を期待しましょう!』
わー! と大歓声が湧き起こった。
彼は僕に向かって一礼すると、がっくりと肩を落として立ち去っていく。
「
演台に突き刺さった四大魔素剣から魔素を抜き取り、魔力も散らしてやる。
あれほど存在感を主張していた剣は一瞬で消え去り、影も形もなくなった。
ネエム少年には才能がある。それは間違いない。
あとの仕事はアンティスさんに任せよう。
何が悪くて、どうすることがベストだったのか。
キチンと自分の弱さと向き合えば、彼ならもっと強く成れるはずである。
だが、この敗北をきっかけに、ネエム少年は最悪の選択をしてしまうことになる。
ホント……教育って難しい!
続く。
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