第223話 魔法学校進級試験篇⑮ 閃電手になった少年〜嵐と拳の力比べ
*
「えええ!? ナスカ先生、いなくなっちゃうのかよ!」
クレスの言葉はみんなの心情を代弁していた。
他の子たちも不安そうに僕を見上げている。
コリスだけは腕を組んで明後日を見ているが、視線がチラチラ僕に注がれていた。
随分変わったなあおまえも。
「本当にすまん。試験中はそばに居てやることはできないが、あとは真希奈に任せるから。そういうわけだ、頼んだぞ真希奈」
『かしこまりました、ドンとおまかせください。それにしてもニートだったタケル様がお仕事優先して立場を異にすることがあるなど……。真希奈は今感動しています』
「それな。ホント僕も成長したもんだよ」
もうニートなんて呼ばせない。
苦笑する僕と涙を流す真希奈を交互に見つめながら、子供たちが「にーとってなーに?」と囁き合っている。多分キミたちには一生縁のないものだよ。
「それからケイト、さっき聞いたとおりだが、おまえの相手はあのクイン先生になる」
「ッ――――、はい、わかってます…………!」
ハイアとケイトには予め試験管を務めるのがアンティスさんとクイン先生だと伝えてある。ハヌマ学校長に頭を下げて、それを告げることだけは了承してもらったのだ。
「本当に大丈夫か? いいか、絶対に無理はするなよ。僕とクイン先生の賭けなんて全然気にしなくていいから、危なくなったらすぐ棄権しろよ?」
「…………正直言うと、クイン先生のことは今でも怖いです」
ギュッと胸の前で手を組みながら、ケイトは俯いた。
僕は瞬間的に、その頭に手を置きそうになってしまう。
ダメだ。堪えろ。ここで慰めたり手を差し伸ばすのは違うんだ。
「多分半月前の――――修行をするまえの私だったら、きっとクイン先生の前に立つと考えただけで、怖くて怖くて泣いちゃってたと思います」
「うん」とひとつ頷いてから、ケイトは面を上げる。
そこには綺麗な瞳が。強い意志を宿した両の眼が真っ直ぐに僕を映していた。
「でも、今は違います。私の中にセーレスさんやエアリスさん、ナスカ先生やみんながいます。だからもう大丈夫なんです!」
「そうか」
子どもたちのなかで一番変わったのはケイトだ。本当に子供の成長の早さには驚かされる。これが教師冥利というものなのか。ちくしょう、涙腺が緩んでしょうがないぜ。
『お待たせをしました、これより獣人種共有魔法学校初等部における、第1級試験を開始します。最初の対戦はナスカ教室のハイアくんと、メガラー派閥の魔法師、アンティス・ネイテスさんです!』
待ってましたー! 観客の絶妙な合いの手をキッカケに大歓声が沸き起こった。
15メートル四方の巨大な演台に風を巻いて降り立ったのはアンティス・ネイテスさん。どうやら彼女は風をメインに使う魔法師のようだ。
そう。一流と呼ばれる魔法師はみんな、自分の得意とする魔素の魔法で戦う。
だが彼らはただ得意というだけで、他の魔法も同等に使いこなすことができるのだという。
エアリスやセーレスのように、ひとつの魔素に特化しているが故に、それ以外の魔素はほとんど使えない、ということはないそうだ。どうしても全部の魔素を使えないとダメなのかな。特化型じゃダメなのかなあ。
そして今、演台の上にカチコチに緊張しながら上がったのはハイア。
この一月あまりの修行で最低限の魔素は感じられるようになった。
だがそれだけだ。多分彼はもうこれ以上、魔素の声を聞くことはできないだろう。
それは魔法師としてまったく絶望するしか無い状況ということ。
ハイア自身も、もうその事実は受け入れている。
それでも――――
「獣人種魔法騎族院、第一等審議官レオーノフ・コマロフの名に於いて、第1級魔法師進級試験の開始を宣言する。魔法教官は試験者の全ての実力を見極めるように。試験者も公平な勝負の元、己の全てを出し切るように。それでは――――始め!」
ついに戦いの火蓋が切って落とされた。
次の瞬間、アンティスさんの周囲に風が巻き起こる。
自身の足元から渦を巻いて立ち上る上昇気流。
その展開規模、速さは、さすが一流の魔法師と言える。
演台の場外、360度に広がった共有学校の先生たちは、彼女の展開した風魔法に驚愕の表情を見せながら、自分自身の両手の中に風魔法を収束させ始めた。
あ。なるほど。こういうときのために全魔素の魔法を使えるようになっておくのか。風魔法の相殺には風魔法がベスト。エアリスやセーレスレベルの精霊魔法使いなら別として、普通の魔法師である彼らなら、同系統の魔法で相殺するしかないのだ。こんなとき風魔法が使えなかったら大惨事である。
「な、なあ、あんた」
僕の頭上から声がする。
見上げてみると、観客席に座ったお客さんが不安そうにこちらを見ていた。
「なんかあんた全然魔法を使う様子がないんだが大丈夫かね? 他の先生たちは風の魔法を使う準備を整えているようなんだが…………」
「問題ありません。もうすでに防御壁は展開済みです」
この会場をまるごと覆って、たとえどんな撃ち漏らしがあったとしても瞬時に魔素を引き抜き、霧散させることが可能である。
観客は「本当か?」みたいな顔をしていたが素直に引っ込んでくれた。
餅は餅屋。魔法は魔法師に任せておいてくださいな。
さて、ハイアはというと――――
「ネエムと違って可愛げのないお猿さんねえ〜、私を前にして万にひとつでも勝ち目があると思ってるの〜?」
肩と胸元を肌蹴させたけしからんお姉さんに、まるっきり悪役そのままの台詞を吐かれていた。
どうでもいいけど風で服がはためいちゃってるんだけど。
子供に見せたくないだらしない大人って感じだった。
『す、凄まじい風魔法です! 演台の上はまるで嵐の様相! さすがは名門私塾メガラー派閥の魔法師! 会場のみなさん、くれぐれも余波にはお気をつけください!』
先程までは魔法師による戦いが見られるとして歓声に包まれていた会場だが、今は息を呑んで静まり返っている。面白いもの見たさの観客たちも、一流魔法師の創り出す本物の魔法の威力に言葉を失っているようだ。
『おおーっと、あまりの風圧に石畳が――――あれ?』
はいはい。ちゃんとお仕事しましたよ。
『い、今のはどうしたことでしょう。舞い上がった演台の石畳が突如として粉々になってしまいました。どなたか、風魔法でも撃ちましたかー?』
魔法学校の先生方が一斉に首を振っている。
「どうやら、壁役はきちんと役目を果たしてくれているようね〜、これならなんの躊躇いもなく、思いっきり暴れられそう〜」
アンティスさんの風が勢いが増す。
彼女が纏うのはなにも風ばかりではない。
圧倒的な『憎』の意志力も渦を巻いている。
会場の人々は血の気を失って青くなっていた。
『憎』の意志力を敏感に感じ取り、会場のそこかしこから、小さな子供たちの泣き声が聞こえ始めるほどだ。
でも、そんな圧倒的な魔法を前にして、ハイアはまったく臆してなどいなかった。
「ござる……! まずは確実に当てること。そして相手を倒せるだけの絶対の威力を練り上げること……!」
ブツブツと言いながら後ろ足を引き、前脚の膝を折って、低く低く腰を落とす。いわゆる前屈姿勢というやつだ。その姿は見るものが見れば、放たれる前の番えた弓矢を彷彿とさせることだろう。実際僕には発射寸前のロケットのようにも見える。
「なぁにその奇妙な構え〜。そんな格好からどんな魔法を放てるというの〜。あなた12級までの試験では小鳥の涙ほどの魔素しか集められていなかったわよね〜。どんな小細工を弄したところで所詮は低学年の…………って、えええッ――――!?」
アンティスさんも気づいた。
遅れて壁役の先生方も。
その中には当然クイン先生も含まれる。
まったく魔法の才能がないハイアの全身から、まるで火山の噴火のように立ち上る無色透明なエネルギー――――魔力。
ビートサイクル・レベルに換算して約3という、修業によって僅かにカサを増したその魔力量は、この会場にいる先生方はもちろん、魔法審議官にも引けを取らないほどの量だ。
「ま、魔力だけどんなに大きくたって、魔素を扱えなきゃ魔法なんて撃てないんだから〜!」
ついにアンティスさんが動く。
風を纏ったままハイアへと突撃する。
それはハイア自身にとっても望むところだった。
「――――ッふ!」
ハイアが呼気と共に、後ろに伸ばしていた左足を引き、前に踏み出すように地面へと下ろす。
大きく伸びていた彼の身体は一瞬小さく縮こまり、だが次の瞬間、「ダンッ!」と左足が地面を叩いた。
爆発する足元。ハイアは身体を大きく開き、右足を大きく前へと振り上げる。
同時に胸の前で構えていた右の拳を突き出した――
「――なッ!?」
その悲鳴はアンティスさんのものだ。
全身に魔力を纏い、演台の石畳を叩き潰す程の勢いで飛び出したハイアは、カウンター気味にアンティスさんと正面から激突した。
拮抗は僅か。ハイアの放った『超特急・快・音速拳』のあまりの突進力に、風をまとっっていたアンティスさんがふっ飛ばされる。
ハイアはそのままの勢いで演台を飛び越え、場外へと至り、観客席を下支える石壁へと衝突した。
『なッ――――、い、今のは!? 一体何が起こったのでしょう!? 風を纏ったアンティス女史と、目にも留まらぬ速さで飛び出したハイアくんが演台中央で激しくぶつかりあいました! ハイアくんのアレは、一体なんという魔法なのでしょうか!?』
『いえ、魔素の存在は感知できませんでした。あれは決して魔法ではありません!』
『魔力ですじゃ。純粋な魔力だけの力で己の身体能力を強化し、アレほどの風魔法にも負けぬ強固な拳を練り上げたのですじゃ!』
その通り。
一月の修行中、僕はハイアにたったひとつのことしか教えていない。
今彼が見せた『超特急・快・音速拳』を打ち出す一連の型。ただそれだけである。
多くの複雑なことを教えられるよりも、ハイアはひとつのことに没頭し、見事その才能を開花させた。
魔素を使った魔法が使えなくとも、魔力というエネルギーを使って、一撃必殺の拳を創り上げることができる。そのことを彼は身をもって証明してみせたのだ。
『魔力は確かに多ければ多いほどよいとされます。ですが、それは魔素がなければなんの役にも立たないものとされてきました。彼の師であるナスカ・タケルは優秀な魔法師としてだけでなく、魔力を使った身体能力の強化も専門としているのです』
ラエルの解説に会場中の視線が僕に集まる。
ふ。正直に言おう。めっちゃいい気分だった……!
「くっ、この、よくもぉ……!」
遥か上空へと吹き飛ばされたはずのアンティスさんが、ふわりと演台の上に降り立つ。一瞬コントロールを失い、自身の風にもみくちゃにされたのだろう、髪の毛と服が爆発し放題になっている。あと露出が。いい加減目の毒なので閉まってください。
『アンティス女史は健在! 一方、石壁に大穴を開けたハイアくんは無事なのか! 彼が健在であれば、演台に戻り戦闘再開となりますが果たして――――』
もうもうと立ち込めていた砂埃の向こうに影が現れる。
フラフラとした足取りで現れたハイアに、会場の人々は驚きを隠せない様子だ。
でも、そこまでだった。
「ふう…………降参するでござるよ!」
あっさりそう宣言すると、ハイアはその場に座り込み、バタンと大の字に倒れた。
『な、なんと降参宣言です! アレ程の一撃を見せてくれたハイアくんでしたが、余力は残っていなかったのか、あっさりと降参してしまいました!』
ハイアの降参を受け入れ一等審議官が試験終了を告げる。
ここまでは、僕の計算通りだった。
ハイアは確かに、『超特急・快・音速拳』を習得した。
でもそのかわり全力で打てる拳はたった一発だけなのである。
まだ成長途中で身体が出来上がっていないハイアは、二撃目の負荷に耐えることができない。仮に身体が大丈夫だったとしても、二撃目を放つにはまだまだ魔力が足りない。
故に僕が許可したのは最初の一撃だけ。
かの有名な武術家に倣い、「一招熟するを恐れよ」と優れたひとつの技のみを修行させ、確実に当てるための訓練をひたすらに繰り返させたのだ。
そして先程の激突の瞬間、僕から見てもあれはハイアの負けであった。
一見派手に吹き飛んだように見えるアンティスさんだったが、それは彼女が纏う風の威力故、そう見えただけに過ぎない。実際彼女にダメージはほとんどなく、まだまだ戦闘は可能なはずである。
だが、一瞬でも一流魔法師から魔法の制御を失わせ、弾き飛ばしたのは紛れもない事実。そのことは技を食らったアンティスさんが一番よくわかっているだろうし、自身の恥を雪ぐこともできず、彼女はただ悔しそうに唇を噛み締めていた。
『まさか最初の試験からこのような素晴らしい戦いが見られるとは思いませんでした! いかがでしたか、ラエル・ティオス様!?』
『同感です。我々の予想を遥かに越えていました。あの技を極め、これから修行を積んでいけば、彼は魔法師と互角に渡り合えるもののふに成れることでしょう』
『列強十氏族のお墨付きが出ました! ハヌマ学校長、ハイアくんはあなたのお孫さんとのことですが…………、どうやらしばらく感想はもらえなさそうですね』
学校長、涙だくだくである。
もう胸がいっぱいすぎて「あう、うああ……!」と嗚咽を漏らしていた。
担架で運ばれていくハイアには会場から惜しみない拍手が送られる。
僕もまた、精一杯の拍手と賞賛をハイアへと送った。
さあ、この勢いで次の試合も無事に乗り切るんだぞお前たち。
続く。
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