第222話 魔法学校進級試験篇⑭ 立ちはだかる壁・守るための壁〜緊急参戦する龍神様
* * *
「クレスが1級試験を受けるだって…………!?」
その事実を知った途端、ネエムの心にはかつて無い感情の大波が去来した。
突如として世界が闇に包まれ、足元がガラガラと崩れていく感覚。
深い深い穴の底へと、どこまでも落ちていく浮遊感。
「は――――あっ、はあ、はあ、う――げほごほっ!」
自分が呼吸すら忘れていたと知り、慌てて息を吸う。
途端にむせて、ネエムは演台の下、隠れるように縮こまった。
こんなことはありえない。
僕とあのクレスが同じ試験を受けるだなんて。
そんなことあるはずがない。
何故なら自分は名門私塾の天才。
一方クレスは共有学校にしか入れない凡才。
それが、それが、自分と同じ舞台に上がり、同じ試験を受けるだと……?
「ゆ、許せない…………! おまえは僕の下にいるべきなんだ……! 見てろよ、圧倒的大差で合格してやる!」
*
『さあ、前代未聞の大波乱になってまいりました。本日はナーガセーナの魔法師共有学校からお送りしております。毎年二回、前期と後期に行われております、魔法師進級試験において、とんでもない事態が起こっております!』
時刻はそろそろ中天に差し掛かろうかという頃合いだ。
声を伝達する【声風】なる気泡体を全周囲に拡散する魔法は、術者の声を隅々まで立体的に届けることに成功している。
ナーガセーナ放送局のパーソナリティ、リィン・リンド。これまでの試験結果を説明しながら、その明るく軽快なトークで人々の心を魅了していた。
正に地球におけるアイドルといった風情の彼女は、イベントごとには欠かせない存在と言えるだろう。
……こういう時、心深のやつはまるでニュースキャスターみたいに綺麗に美しくプログラムを読み上げたりする。もちろんアイドルみたいに明るい声も出せるが、アイツの場合それは演技だ。
ごくごく自然体で振る舞い、自分も楽しんで、周りも楽しませるといった感じにはならないだろう。
さて、先程まででクイン先生のクラス――――もともとはクレスたちも所属していた生徒たちの8級試験が行われていた。四大魔素のいずれかを可視化した状態で球形に形作る、という試験である。
炎ならファイアーボール。
水ならウォーターボール。
風ならウインドボール。
土ならサンドボールという感じだ。
この前段階の初等部卒業資格に相当する9級、四大魔素のいずれかを使用し鬼火を作るという試験とはまた難度が異なる。鬼火とは要するに魔素そのものの輝きを光源にとして使用する初歩魔法だ。
なので9級は魔素さえ可視化させて使用できればクリアできる。あくまで魔素との感応の延長であり、その中では一番むずかしいといえるだろう。
8級は、その可視化させた鬼火に魔力と『憎』『愛』の意志のいずれかを付加させると見事、現実世界に影響を及ぼす魔法という結果が誕生する。
本当に、改めて考えても不思議なものだ。
魔素+魔力+意志力=炎、水、風、土が出来上がってしまうのだから。
四大魔素は
当然だ。四大魔素は星の息吹であり、星の生理機能そのものなのだから。
ということは魔法というのは星の機能を一部切り取って使用するということなのだろうか。うーん。また変なこと思いついてしまった。あとでまとめておこう。
とにかく。
クイン先生のクラスの子供たちは全員(多分強制)が8級試験を受けて、なんと1名が合格していた。これには会場からも惜しみない拍手が送られた。
もちろん僕も拍手した。当然だ。子供たちに罪はない。そしていい結果が出たら褒め称えられるべきだと心から思うからだ。
だというのにクイン先生は悔しそうに顔をしかめていた。
僕に釘を刺されたからだろう。子供たちに当たるようなことはしていなかったが、それでも結果に不満があるのは明らかだ。そして、恨めしそうな視線が僕へと向けられていた。
そして、いよいよこれから1級試験が始まる。僕とクイン先生の賭けの内容は、どちらの指導が優れているか。そしてクレス達が全員試験に合格できれば、その時点で賭けは僕の勝ちになる。
12級には6名が。11級には1名がすでに合格している。十分な勝算――全員が自分の目的とする級数に合格するよう修行を積んできたが、試合形式の試験となれば結果はまだわからない。取り敢えず全員の1級試験が終わるまで賭けのことは保留しておこう。
などということを僕がつらつら考えていたときだった――――
『1級試験が始まる前に呼び出しをします。メガラー私塾からお越しのアンティス・ネイテスさん、魔法共有学校のクイン・テリヌアス先生、ナスカ・タケル先生、演台東、審議官席におりますハヌマ学校長の元までお越し下さい。繰り返します――――』
僕? おまけにあの二名も一緒なんて。超顔合せづらいんですが…………。
「よく来てくれたの、お三方」
審議官たちがいる席にはハヌマ学校長が座っていた。
三名のうち、僕が一番最後の到着したのだが、先に来ていたクイン先生は罰が悪そうに目をそらし、そしてアンティス・ネイテスさんは女性審議官の影に隠れ、怯えた様子で僕を警戒していた。やれやれだな。
「お三方に来てもらったのは他でもない。1級試験を行うに当たり、是非協力をして欲しいのですじゃ」
「協力、ですか?」
僕以外のアンティスさんとクイン先生に驚いた様子はない。
もしかしてこうなることはわかっていたのだろうか。
「左様。ハッキリ言って七名との戦いを三名の審議官で行うのは無理がある。従って、アンティス女史、クイン先生、ナスカ先生にも審議官代行として子供たちとの試合をお願いしたい」
「え、僕が!?」
マジかよ。運命はなんて残酷なんだ。
自分が手塩にかけて育ててきた子供たち。
その前に立ちはだかる壁にならなければならないなんて……!
「なにか、勘違いしているようだから言っておくけど」
おおう、しゃべった。
僕の隣にいたクイン先生である。
相変わらずキッツい眼差しでこちらを流し見ている。
「基本的に自分の徒弟とは戦わないわ」
「あ、そうなんですか。そりゃよかった」
それじゃあ僕は一体誰と戦うんだ?
「順当に行けばあなたはアンの徒弟、ネエムという子と戦うことになるでしょうね」
「ああ、あの赤猫族の」
「あ、あんたみたいなどこの馬の骨とも分からない変態はね、ネエムにやっつけられちゃいえばいいだから〜!」
ヒトの影に隠れながら言う台詞じゃないですよアンティスさん。
あと変態って……。女性審議官の僕を見る目が超怖いんですけど。
「あれ。ってことは、クレスたちと戦うのは?」
「左様。アンティス女史とクイン先生には各一名ずつ、ナスカ先生の教え子と戦ってもらうつもりじゃ」
「マジですか」
おっと。思わず地球の言葉が。
「まじ、とな?」などとハヌマ学校長が首を傾げている。
どうやら魔法学校の教師というのは国家資格相当であり、当然魔法教官の資格も持っているのだという。
それにしても。
魔法審議官やアンティスさんならまだしも、あの子たちにトラウマを植え付けたクイン先生と戦わせることはできればさせたくない。だが試験とは公正明大なものだ。僕の私心など入り込む余地はまったくなさそうだった。
「では、クイン先生はケイトくんを。アンティス女史にはハイアの相手を頼もうかの」
「――――ッ!?」
僕はかろうじて言葉を飲み込んだ。
よりにもよってクイン先生とケイトが戦うなんて。
一時はクイン先生に怯えて登校拒否までしてたのに。
ハヌマ学校長も自分の孫をメガラー派のアンティスさんと戦わせるなんて。
「ケイトか。元教え子とはいえ今は違う。私は本気で戦うわよ。怪我をさせたくなかったら棄権させた方がいいんじゃないかしら?」
カッチーン。
嫌味ったらしく言うクイン先生に僕も対抗心を燃やした。
「あなたこそ、ケイトを半月前までのケイトだと思ってたら痛い目を見ますよ」
「たかが半月で何がどうなるというのかしら。12級には合格したのだからそれで満足していればいいものを。あなた、私に指導される子供たちが可哀想と言ったけど、その言葉、そっくりそのまま返すわ」
「気が早いですよそれを言うのは。どうぞ、戦ったあとにも同じ感想を抱けるほど面の皮が厚いのでしたら、今のお言葉甘んじて受け入れましょう」
「ふんっ、言ってなさい――――!」
ホント、顔を突き合わせれば喧嘩しかしてないな僕とクイン先生は。
「では決まりじゃ。間もなく試験を開始する。自分の教え子との接触は試験開始前まで。試験が始まったら、一切の指導は禁止とする。それから試験中はお三方にも壁役を頼みたい。もちろん、他の先生方にも総出でお願いするつもりじゃ」
「あの、壁ってなんですか?」
僕の言葉にクイン先生とアンティスさん目を見開く。
ハヌマ学校長が禿頭をポリポリと掻きながら説明してくれた。
「あー、舞台上で魔法を撃ったりするからのう。観客に被害が及ばないように、魔法を撃ち落とす役目を壁役と言うんじゃよ」
へえ。結界とかで守ったりしないんだな。
「ホントに何なのこの男〜、壁役なんて魔法師中等部になったら嫌ってほどやらされるのに〜。まさか学校に通ったこともないの〜?」
そのとおりだよ。悪かったな。
「万が一にも撃ち漏らしがあったら、あなたこの会場の全員を敵に回すわよ。覚悟するのね」
などということをクイン先生はすっごい嬉しそうな顔で言うのだった。
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