第221話 魔法学校進級試験篇⑬ 1級試験へ挑む者達〜落第者なんてもう言わせない

 * * *



 ナスカ・タケル。

 あの男は危険だ。


 彼が着任したあの日、ハヌマ校長に無理やり連れられ正門前まで出迎えに行ったが、そのときにはなんて凡庸な男なんだろうと思った。


 一流の魔法師が持ち得る独特の雰囲気が、強者特有の威圧感がまったくないと思った。まるで波風の立たない静かな湖面を見ているようで、ひどく退屈な男だった。


 早々に興味をなくした私が自分の受け持つ教室へ戻ってみれば、目をかけていた子供たちが私のことを糾弾していた。


 どうして。どうしてあなた達まで私を否定するの?


 私を否定し、私を拒絶するものは許さない。

 かつて私を裏切ったアンもラエルも今では憎悪の対象だ。


 ふたりとは親友だった。

 当然美しい思い出もある。

 でも今は、もう憎しみしか無い。


 昔の私は気弱で、いくら師匠に『憎』の意志を抱けと言われてもできなかった。

 でも今はいくらでもできる。親友だったふたりの顔を思い浮かべるだけで、たやすく憎悪の炎を燃え上がらせることができるから。


 今日、メガラー派閥から私学生がひとり、試験を受けに来るというのは知っていた。もしかしたらという予感があった。案の定、やってきたのはアンで、試験を受けるのは彼女の教え子だという。


 アンはわざわざ校舎の中にまでやってきて私を探していたようだ。見つけた途端、顔を喜悦に歪めながら抱きついてきた。おぞましい。


「久し振りだね〜、ラエルちゃんには見捨てられ、私学からは追い出されてクインちゃんってば本当に可哀想。ねえ、今どんな気分〜? 子供を自分の復讐の道具にしちゃダメよ〜?」


 目の前が真っ赤になった。

 頭の奥がズクンと痛み、何かが切れたのだとわかった。

 私は周りのこともお構いなしに、ありったけの『憎』の意志をかき集め始めていた。


 もう止まらない。止められない。

 こんな屈辱を感じながら残りの生涯を生きていくなど耐えられない。

 私が紡ぐ炎と共に、私の怒りと憎しみを叩きつけてやる!


「久しいな、ふたりとも息災であったか?」


 憎悪の対象が増えた。

 ラエル・ティオス。

 現・列強十氏族の一角。

 紛れもない強者。


 彼女にはアンも腹に一物を抱えているのだろう。

 私に向けていた警戒があからさまに逸れた。

 これ幸いにと私も目標をラエルへと切り替える。


「負け犬の嫉妬は醜いなあ」


 それはラエルの背後、灰狼族の少年が発した言葉だった。

 初めてだ。怒りとは限界を超えると一度自分を見つめ直せるほどの冷静に至るのだと知った。


 私が切り捨てた子供たちを使って、この男がこそこそ何かをしているのは知っていた。


 まるで私に見せつけるように、私の判断を否定している。

 最初から気に入らなかったが、この一言が決定打になった。


 ――燃やし尽くす。欠片も残さない。

 それはアンも同じようで、風の気弾が鈴なりに並び、彼女の号令を今か今かと待っていた。


 その時だった。

 無造作に彼が近づく。


 空手が振り抜かれた瞬間、私の炎もアンの風も、跡形もなく消え去っていた。

 何をされたのか全くわからなかった。


 呆然とする私とアンに向けて、あるいはそれが本来の彼の一面なのか、獰猛な肉食獣のように嗤いながら、たやすく私達の首元に手をかけようとした。


 一切の魔法が封じられた。

 こんなことは初めてだった。


 魔法という守り手がなくなり、丸裸になって初めて目の前の男が異常だと、怖い存在なのだと気づいた。


 そして今、彼の教え子――私が切り捨てたはずの少女が、私の魔法を凌駕する炎の魔素を顕現させている。


 これは夢?

『憎』の意志以外で、これほどの魔素が集まるものなの?


 崩れていく。

 常識が。

 積み重ねたものが。

 音を立てて。

 ガラガラと。


「何者なの――――ナスカ・タケル」


 半月前にも抱いた疑問を、その時とは全く違う面持ちで口にする。

 アレ程の若さで、アレ程高度な指導を。

 今まで全く無名だったなんて信じられない。


 神童や天才と言われていていてもおかしくない。

 まるで昨日今日突然生まれたわけでもあるまいし。


 あなたは何者なの――?



 *



『現在審議中のため試験が中断しております。えー、改めて解説をさせていただきます』


 会場はざわざわと落ち着かない様子だった。

 誰もが審議の行方を心配し、結果を待ち望んでいるのだ。

 リィンさんが改めて事案を解説する。


『先程の魔素感応試験、15級から12級相当の試験におきまして、審議入りの事案が発生いたしました。124番、ピアニさんが試験想定外の11級相当を行い、これが違反ではないかと物言いがついたためです。現在は魔法騎族院の審議官三名による議論が続いています。もう少々お待ち下さい。――いやあそれにしてもすごかったですねえ、ハヌマ学校長?』


「腰が抜けるかと思いましたわい。こりゃ将来が楽しみですなあ。ほっほっほ」


 正直言えば僕も内心はハラハラだった。

 だがそんな気持ちを顔に出すわけにはいかない。

 だって、目の前にはもっと落ち着かない様子のピアニがいるのだから。


 可哀想に、オロオロとしながら審議官たちが詰める控室の入り口を何度もちら見している。その度にケイトやレンカに「大丈夫大丈夫」と慰められたり、頭を撫でられている。


 会場の雰囲気も悪いものではない。さっきから「さっさと合格にしろー」「あれを不合格にするなら他の誰も受かんねーぞ!」などと聞こえてくる。頼む、もっと言ってやってくれ。


「実際どうかな、真希奈?」


『正直こういうのは受け止め方次第だと思われます』


 僕の肩に座った真希奈(人形)にそっと耳打ちする。


「つまり?」


『想定外のことをしたのだから言語道断で不合格。もしくは多少の瑕疵に目をつぶっても合格にするべき。今審議官たちはそのどちらかで揺れているところだと思われます』


 なるほど。それに不安要素はまだある。

 なにせピアニは炎の魔素しか使えないのだ。


 他の魔素も使うことはできないか、色々と試してはみた。

 だがどうしても炎特化型になってしまっていて、故にあれほどの規模の炎の魔素を操ることが可能なのだ。


 真っ当なやり方では受からないとして、ピアニ本人に最初からできることを全力でやるべきだ、とアドバイスしたのは僕である。なので受かって欲しい。受からしてあげたい。うおお。自分が試験を受ける100倍緊張するぞ!


『あの審議官に物言いをつけたのは恐らく貴賓室にいる列強氏族の係累でしょう。真希奈もこの魔法世界にやってきて、ほとんど獣人種としか接していませんが改めて感じています。みな【愛】の意志力の存在を軽んじすぎていると』


 相手を傷つけるんだから『憎』の意志を。確かにそれは正しいだろう。だが、『愛』の意志は何も回復系ばかりに使うものではない。


 本当の意味で怖いのは、『愛』の意志によって相手を傷つけられるという事実なのだ。例えば『愛』の意志によって魔素を集約させて、攻撃に使う分だけ魔素を切り取り、『憎』の意志を込めて魔法を放つ。これが一番効率的だ。


 そして、最初から最後までまじりっけなく、『愛』の意志によって相手を傷つけられたとしたら。その者はきっとサイコさんだろう。愛しているから傷つける。愛してるから殺す。流石にそんな風には、生徒たちにはなってほしくない。


『とにもかくにも、いかがですかタケル様。普通の魔法師・・・・・・たちに触れてみて、彼らの苦労を目の当たりにした感想は?』


 それをおまえに言われるのってどうなんだろう。

 僕はなんとなく憮然としながら、真希奈にしか聞こえないよう、さらに声を落とした。


「ホント、龍神族の力ってチートすぎると思うよ」


 僕が苦労したのはコントロールの話だ。

 元々は災害規模の魔法しか放てなかったのを、何とか使い勝手のいい通常レベルまでグレードダウンさせたかったのだ。


 垂れ流しだった魔力をどうにか貯めることができないかと魔素分子星雲エレメンタル・ギャラクシー魔素情報星雲エレメンタル・クラウドを開発し、虚空心臓内に保存することにも成功した。


 先ほどピアニが召喚した魔素も、僕がミュー山脈で休火山を復活させようとしたときの規模には遠く及ばない。それでも、並の魔法師を遥かに超える魔素の収束だったのだ。


 あのクイン先生も炎を得意にしているそうだが、アレほどの規模を召喚したことはないだろう。ふはは、あんたの驚いた顔は傑作だったぞ。


『タケル様も、こちらに来て少し変わったように思われます』


「僕が? 冗談でしょう」


『失礼ながらタケル様はニートだった時代、自分のことしか考えられなかったのではありませんか。自分のことで手一杯だったら、子供たちのことを第一に考えて色々な授業計画を考えることもなかったはずです』


「うーん。どうだろうなあ。それは生徒になったのがたまたまあいつらだったからかも」


 落第者。弾かれ者。

 それはかつての僕と同じだ。


 僕も担任から匙を投げられた経験がある。

 特に僕は親が家にいなかったので、学校から見放されても、それをとりなしてくれる大人がいなかった。


 いや、本当は居たんだが、見てみないフリをしていた。まあ要するに僕がどうしようもないガキだったのだ。ホントにね。


「あいつらは僕と違って可愛げあるもんな。全然ひん曲がってないよ。それぞれが面白い魔法の才能持ってるし。あいつらの才能を伸ばすことは、きっとこれからの僕自身にも役に立つとも思うし…………」


 この試験が終わったら、僕は考えていることがある。


 いつまでもラエルの屋敷で世話になるわけにもいかない。


 なんとなくエアリスの希望もあって、次の進路は決めてあるのだ。


「せめて全員、ちゃんとした結果と自信を与えてからお別れしたいなあ」


『そうですね』


 真希奈が優しそうに微笑み、僕の顔に抱きついてくる。


 なんとなく振り払うのも面倒なのでなすがままにさせておく。


 む。なんだか子供たちの視線がこっちに注いでいるような?


「前から思ってたんだけど、マキナ先生ってナスカ先生のこと好きすぎねえ?」


「うん。私は妻になりたい娘とか言ってるし」


「それはダメなの! 娘が父親とだなんて!」


「家族が不幸になってしまうです」


「どうして? 娘とお父さんって結婚できないよね? なんで?」


「いいんじゃねえの好きにさせれば。あの先生なら人形相手でも問題ないだろ」


「俺は師匠がどんな趣味嗜好を持っていても尊敬できるでございるよ!」


 前言撤回。やっぱ可愛くねえ!

 しかも人形趣味とか思われてるのが腹立たしい。

 僕は今も昔もフィギュアには手を出さないって決めてるんだ――――


『大変おまたせをいたしました。審議の結果がでました!』


 来たか。

 ピアニが祈るように両手を組む。

 果たして――――


『おめでとうございます! 124番ピアニちゃん、特例として11級合格です! やはり魔素の収束規模が評価されたようです。他の魔素を操れないのは減点対象ですが、過去に前例がないわけではないのと、今後の成長も期待しての合格です。改めておめでと――――』


 続く言葉は観客の大歓声にかき消された。

 ピアニは飛び上がり、全身で喜びを表現している。クレスたちが駆け寄って早くも胴上げである。


 兎にも角にも作戦成功だな。

 あと物言いつけやがった列強氏族の係累って教えてもらえる? 便所裏で虐めてやるから。


『さあ、試験はいよいよ11級以上へと進んでいきます。最初にも説明したとおり、12級に合格した生徒は、自分の実力に見合った級数へと挑戦することもできます。逆に段階を追って11級や10級を順当に受けるのもありでしょう』


『もし飛び級で試験を希望する生徒は担任教師に申告しておくようにのう』


『いやしかし、近年まれに見る高水準の試験になりそうですね』


『まったくですのう。ほっほ』


 ピアニは11級に合格したが、他のみんなも12級までには合格している。


 ピアニは残念ながらここまでだ。だが彼女はまだ卒業まで時間がある。


 これからじっくり魔法の練習をしてけば、恐らく炎を使ったかなり高度な魔法使いになれるはずである。


 そして他のクレスたちはというと――――


『合格した生徒たちの申告試験級数が集まってきています。うーん、やはり殆どの生徒が順当に11級を受けるようですねえ』


『高学年のものは卒業を見据えて9級に挑戦するものもおるようですわい』


『今回も含めて試験は後期を残すのみですしね。高学年のものはここで挑戦して感触をつかみたいところでしょうな』


 リィンさんとハヌマ学校長、ラエルが冷静な分析を行っている。観客たちも「なーんだ、無謀な奴はいねえのかー」などとぼやいている者もいる。


 子供たちの試験を肴に飲んだくれているお祭り気分野郎どもだ。生徒を我が子に持つ親たちほどここは順当に、確実に受かる級数を受けて欲しいと思っていることだろう。


 だが、無謀な挑戦者は確かにいるのだ。


『おおっと! なな、なんと、低学年の子供たちが9級以上の試験に挑むようです! クイン・テリヌアス教室の生徒全員が、は、8級に挑戦するとのことです!』


 おおおおっ! とどよめきが起こる。


『さ、さらになんと、メガラー派閥からやってきたネエム君が1級に挑戦するそうです! 1級は魔法審議官との戦いになります! こ、これはすごいことで――――え!?』


 さらに盛り上がりかけた会場がタイミンを外される。資料を読み上げていたリィンさんが唐突に言葉を切ったからだ。


 小声で「これは確かでしょうか?」という声が聞こえてくる。


『た、大変失礼しました。只今判明したのですが、ネエムくん以外にも1級試験に挑む生徒がいるようです!』


 ざわざわ…………。

 まさか、そんなことが。前代未聞じゃ……。無謀なんてもんじゃねーぞ。などの声が会場からは聞こえてくる。


 そんなことはわかっている。だが、なかなか捨てたものじゃないと思うぞ。


『い、いずれもナスカ・タケル臨時教師の生徒たちです! 先程11級に合格したピアニちゃんを除く全員が、飛び級試験を受けるようです。クレスくん、ケイトちゃん、レンカちゃん、ペリルくん、コリスくん、ハイアくんが1級試験に挑むと――――』


『ハイアがーッ!?』


 素っ頓狂な声を上げたのはハヌマ学校長だった。

 僕から試験制度の改定を頼まれたとしても、さすがにこの事態は想定していなかったのだろう。じーさん、アンタの孫はやる時はやるヤツだぞ。


『た、戦いです! 魔法審議官三名もこれは想定していなかったかー! 今大慌てで準備運動を始めているそうです!』


『前代未聞ですな。初等学校で1級試験を受ける子供たちがいるなど無謀とも言えます。ですが、本当に魔法審議官と戦える実力の子供たちだとすれば、面白いことになりそうですな』


 放送席からラエルが言う。

 その視線は明らかに僕と、僕の生徒たちを見ている。


 無謀だなんてとんでもない。

 みんなそれぞれ、最高の師匠のもとでこの一ヶ月間・・・・、修行を積んできたのだ。


 ラエル・ティオスの領内、魔の森を開拓したばかりの広大な野原にアクア・ブラッド・・・・・・・でドームを作り、1日が倍になる遅延世界の中で、エアリスとセーレス(ついでに僕)というふたりの精霊魔法使いからみっちり魔法を教わってきたのだ。名付けて『精神と時の部屋』作戦だ。


 その結果、ちょっとおもしろい感じにみんなは魔法が使えるようになったのだ。


 無謀でも無茶でも挑戦することに意義がある。

 特に落第者と謗られた彼ら彼女たちだからこそ意味はあるのだ。あとジャンアントキリングって超気持ちいいよね。


 会場はもう熱狂の渦だった。

 まさか1級試験を受ける子供が7名もいるとは思わず、興奮の坩堝と化している。


 さあ、自分たちの修行の成果を見せつけるときが来たぞ。思いっきり行け――――!

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