第220話 魔法学校進級試験篇⑫ 魔素感応試験開始〜彼女は炎の姫巫女

 *


『さあ、入場開始です! 各教室の生徒たちが担任の先生を先頭に堂々たる行進を披露しています。高学年の生徒を筆頭に中学年、そしてこれが初めての試験となる初等部低学年の生徒たちです。みなさん、大きな拍手でお迎えください』


 外周をぐるりと行進し、お客さんたちに顔を見せたあとは、先頭の子供たちから整然と演台に上がっていく。


『続々と入場してくる魔法師の卵たちを見ていかがでしょうか、ラエル・ティオス様から見て才能を感じる子はおりますでしょうか?』


『さて、ここから見る限りでは、みんな利発そうで才気に溢れる子たちばかりに見えます。魔法の実力のほどは見てみなければなんとも』


『今やラエル・ティオス様の家臣になることは、全ての獣人種にとっての憧れと言っても過言ではありません。もし飛び抜けた才能を持った天才と称されるような子供がいれば、ラエル様直々に引き抜くということもありえるのでしょうか?』


 生徒たちの行進に併せて送られる拍手の中に「おおお〜」というどよめきが起こる。ラエル・ティオスの従者枠が増えるかもしれない。それは一流の就職先であり、誰もが憧れる夢の職場なのだ。


『いやいや、まさかこの場で引き抜きはしませんが、もちろん目をつけておくことはするでしょう。恐らくこの会場内にも、他の列強氏族の係累が目を光らせているはずです。優秀な魔法師は宝。氏族間の均衡を保つためにも重要な存在ですからね』


 実際解説席の上の階層、より高みに設けられた貴賓席には列強十氏族の『狐影族こえいぞく』、『牛堅族ごけんぞく』、『虎岩族こがんぞく』や『犬臣族けんしんぞく』などの息がかかったものたちが見守っている。


 同時に彼らは共有学校のスポンサーでもあり、魔法師共有学校のレベルが出資に見合うかどうかも判断を任されているのだ。 


『おっと、みなさまご注目ください。ただいまたったひとり威風堂々と行進して参りました赤猫族の少年は、何を隠そう本年度唯一の私学塾からの試験希望者、ネエムくんです。初等部低学年扱いの彼ですが、実はなんとあの高名なメガラー派閥に籍をおく少年です。本日は彼の師であるアンティス・ネイテス女史とともに見聞を広めるという意味でも参加をしてくれましたー!』


 わッ、と拍手がさらに大きくなる。

 やれやれ、とネエムはその拍手に苦笑した。


 生徒も甘ちゃんなら、その保護者も甘ちゃんである。

 魔法師共有学校の主席合格者を、学校外の者に取られるかもしれないというのに呑気なものだ。


 ――それにしても。


「師匠、いい加減僕の影に隠れながらこそこそ歩くのやめてもらえませんか?」


「いやよ〜、あなた小さくても男なんだから、女を守るくらいの気概を持ちなさい〜!」


「そんな前時代的な。そもそも魔法師の世界にオスメスもないでしょう。そんなにあの灰狼族が怖いんですか?」


 ネエムたちの前を歩く七名、クレスを含めた落第者組は、灰色の狼耳に黒髪という、どこからどうみても魔法師高等学部程度の年齢にしか見えない少年に引率されていた。クレスたちが尊敬しようがすまいが、所詮は落第組からみて尊敬される程度なのだと思われる。


「あ、あいつは変態よ〜絶対! 魔法の構成そのものを壊してくるの〜。きっと陰険で業突ごうつく張りで、嗜虐嗜好なヤツに決まってるの〜!」


「魔法の構成を…………?」


 魔法発動に必要なものは『魔力』『魔素』『意志力』の三要素。

 それらのうちどれかが欠けても魔法は発動しないし、単体ではどれも役に立たないものだ。


 それら三要素をなんらかの手段を使って破綻させることができるとするなら、それは魔法師にとっては天敵となり得る存在かもしれない。魔法師にとって自分の魔法を否定されるということは、自分自身のみならず、築き上げてきたものすべてを否定されることに他ならない。


 ならばこそ師匠の怯えもわかるし、クレスたちが尊敬を捧げているのにも納得はできる……一応。


『さあ、いよいよ最初の試験が始まります。15級から12級相当、風、水、土、炎の魔素それぞれを感じ取り、自身に集約させるという最も基本的な試験です。試験を受ける子供たちにはそれぞれ番号が割り振られ、番号を呼ばれた生徒は、速やかに演台から退出しなければなりません』


『これはお客さんたちには退屈なものに映るでしょうなあ。魔法の才能が無いものは魔素を感じ取ることができませんから。11級相当の魔素を可視化して使役する試験までは我々の解説を参考にしてもらうしかありません』


 リィンとハヌマのやり取りを耳にしながらネエムは周囲を見渡す。

 引率してきた担任教師たちは皆すでに演台から降りている。


 最後までアン師匠が僕の側を離れたがらないのには困った。最後は公正審議官に無理やり引っ張って行かれてしまった。まったく、こんなところで恥を晒さないで欲しい。


「それでは――――始め!」


 ネエムは目をつぶり、自己の世界へと一瞬で埋没する。

 そこから意識の枝葉を張り巡らせ、周囲に揺蕩う炎、水、風、土と言った四大魔素エレメントの存在を感知する。


 その揺蕩う四大魔素エレメントに剣を振り下ろすように、切り取った分だけ魔素を自分の支配下に置く。これが一般的な魔素を自身に集約させる一連の手段である。


 既にしてネエムの周りには四大魔素エレメントが集まりだし、この時点で12級に合格したことになる。


(余裕だな…………)


 こんなことはメガラー私塾に入門する時点でできていたことだ。

 改めて魔法師共有学校のレベルの低さに辟易しながら、ネエムはいたずらを思いつく。


 意識の枝葉を、周囲の自分と同じく魔素を集約させている子供たちに向ける。そして彼らがせっかく集めた魔素を、無理やり奪い取ることにしたのだ。


「え、あれっ?」


「なんでっ、どうしてっ?」


 そんなマヌケな声が聞こえてくる。

 彼らが集めた魔素は、もうネエムのものだ。


 ネエムという強い意志力――――魔素を無理やり屈服させ、支配するだけの『憎』の意志力によって、素早く無理矢理に剥ぎ取ってやった。


「14番失格! 29番も退出! 44番もだ!」


 自分の番号を呼ばれた子供たちが、涙を流しながら演台を降りていく。

 ネエムは顔には出さず、心の中で腹を抱えながら、さてもう少し遊んでやろうかと獲物を探す。そこで――――


「なんだ…………?」


 強固な魔素の収束を感じる。

 魔素たちが手を携え、お互いに呼びかけ合うかのように、次から次へと収束していくのがわかった。


「あ、あれは……!?」


 それはクレスたち落第組だった。

 もうすでに炎、水、風、土の魔素が集約し、12級相当に合格しているのがわかる。


 それだけではない。ネエムがいくら意識の枝葉を伸ばし、彼らの魔素を簒奪さんだつしようとしても、そうすることができない。それどころか、その一帯に干渉しようとすれば、逆にこちらが集めた魔素が奪われそうになる。


(なんて強固な『憎』の意志力! これほどまでに強いものは初めて感じ…………いや、まさか違う!?)


 ネエムはわざと自分の支配下から魔素を解き、一部を自由にしてやる。押さえつけられていた魔素は宙を泳ぎ、まるで吸い寄せられるようにクレスたちの方へと『自分の意志』で向かっていくではないか。


(支配してるんじゃない。魔素自身が自分から集まるように呼びかけている? まさか、そんなことが……!?)


『憎』の意志力による簒奪でないのなら、それはもはやひとつしか無い。『憎』と双璧をなす『愛』の意志力による魔素の収束である。


(なるほど、そういうことなのか……?)


『愛』の意志力では到底攻撃魔法には転化できない。相手へと魔法を差し向けて傷を負わせるためには、どうしても『憎』の意志が介在せざるを得ないからだ。


 従って、魔法師になるためには、『憎』の意志を徹底して教え込まされる。好きでも嫌いでもない相手に、怒りを、憎しみを、あらゆる負の感情を一瞬で抱くように徹底して教育されるのだ。


 ネエムはそれがうまかった。

 一瞬で相手の欠点を見抜き、それを攻撃する。


 容姿であったり、頭の善し悪しであったり。要するに揚げ足取りが上手い。

 そうして相手を下に見て、自分が必然上になれば、たやすく傷つけることができるようになるからだ。


(確かに12級までは、相手を攻撃する必要のない試験項目だ。魔素を集めるだけなら『愛』の魔素の方が効率がいいとは聞いたことがある。でも、それだけだ。これより上の、相手を攻撃するための試験には絶対受かるはずがない…………!)


 あるいは12級までに合格させればいいと考えて、敢えて『愛』の意志力による魔素の収束をクレスたちに教えたのか。あの灰狼族の少年、なかなかの策士なのかもしれない。


(ん? あの子は?)


 クレス達の中でひとり、まだまったく魔素を収束させていない子がいる。

 ひときわ小さな、赤鼠族せきそぞくの女の子だった。


「そこの、どうした? 体調不良でないのなら早く魔素を集めなさい。失格にするぞ」


 公正審議官に言われ、ようやくその子が動き始める。

 と、何を思ったのか、ずっと小脇に抱えていた『あるモノ』を床に敷き、彼女は大きな声で宣言した。


「124番ピアニ、寝ます!」


 はあ? である。

 宣言された審議官も、演台下の教師たちも、そして周りを見渡す余裕のあるネエムも、誰もがみんな疑問符を浮かべる。


 だが本人が言ったとおり、ピアニと名乗った少女は、床に置いた枕に頭を載せ、疾《と》く夢の世界へと旅立ったようだった。


 バカなのかな…………。

 ネエムがそう思っていると――


「あちっ!」


 誰かがそう言った。

 それをきっかけに、「うわっ」「アチチ!」「なんだ!?」「きゃ!」などとそこかしこから悲鳴が聞こえ始めた。


 ネエムも気づく。

 演台の上の温度が以異常なまでに上昇していた。

 ふと頭上を見上げる。

 そこは真っ赤に染まっていた。


「なっ、にい……!?」


 それは炎の魔素だった。

 いずこからやってきたのか、余りにも膨大な炎の魔素により、辺り一体の気温が異常なまで上昇しているのだ。


 しかもその魔素はすでに可視化されている。

 気づいた一般の観客たちも、突如演台の上に集まり始めた色鮮やかな赤――鮮紅せんこうの魔素に、悲鳴にも似た声を上げている。


「ま、まさか…………!」


 ネエムだけではない、周囲の生徒たちも気づき始めた。

 余りにも膨大無比なその炎の魔素はたったひとりの――――場違いにも今、演台の上で眠りについている一人の少女が呼び寄せたものだった。


 その証拠に、炎の魔素はくるくると渦を巻きながら、ピアニの周りへと集まり始めた。


『こ、これは一体どうしたことでしょうか――――! 突如として演台で爆睡を決め込み始めた赤鼠族の少女の周りに、馬鹿馬鹿しいほどの炎の魔素が収束し始めました! だいぶ離れているはずの解説席にも熱波が伝わってくるほどです! 演台の子供たちは大丈夫でしょうか!? ラエル様、これは一体どういうことなのでしょうか!?』


『恐らくあの子は、今夢の中で魔素と対話をしているのでしょう』


『夢、ですか?』


『彼女の師が考え出した、新しい魔素との感応方法だそうです』


『えーっと、手元の資料によりますと、124番、赤鼠族のピアニさん。担任は……臨時講師のナスカ・タケル先生とあります。…………臨時講師? えーっとこちらの方はハヌマ学校長?』


『つい半月前に着任した先生じゃよ。ちなみにラエル・ティオス殿の紹介でもある』


『なな、なんと、とんでもない少女が現れてしまいました! 圧倒的です圧倒的すぎます! 周辺環境に影響をおよぼすほどの魔素の収束! これは並の魔法師を遥かに凌駕しているといえます!』


 演台の上は騒然としていた。

 もはや炎に巻かれているのと同じ状態になり、次々と子供たちが避難していく。


 もちろん演台下に避難したネエムも顔を真っ青にしながら、炎の魔素が渦を巻いて会場を舐め回す姿を見つめていた。


 あれは他者が干渉してどうにかなるものではない。

 ネエムはおろか、一流魔法師でもある公正審議官とて、これほど膨大な炎の魔素は扱い切れるものではない。


 もし、この炎の魔素全てを魔法に変換したら、恐らくこの会場の全てが火の海になって、あのアーク巨樹さえも燃やし尽くしてしまうかもしれない。


『誰も手が出せませーん! ピアニちゃーん、もう結構ですよー、起きてくださーい!』


 あまりの事態に解説者が泣きを入れ始めた。

 だがピアニは炎の魔素を従えたまま、まったく起きる気配がない。

 というかこの状況でどうして高いびきを決め込めるのか。


 演台は煉獄の様相で、誰も近づくことができない。

 魔素をどうにかしようとしても、あまりにも多すぎて、奪い取るにも限界がある。

 一体どうすればいいのか――――


「まあ、こんなもんかな」


 そんな声がネエムの耳に入った。

 灰狼族のナスカ・タケルである。


 彼は妖精種を従えながら、ひらりと演台に飛び乗ると、まるで炎の魔素をかき分けるように進んでいく。熱波を物ともせず、服も燃やさず、実に軽やかな足取りでピアニの元にたどり着くと、ポンポンとその肩を叩いた。


「ふわ……」


 そんな吐息と共に少女が目を覚ました瞬間、陽炎のように揺らいでいた演台の上から、炎の魔素が雲散霧消うさんむしょうした。肌を焼くほどだった温度も一気に下がっていく。


「ナスカせんせー?」


「おはようピアニ。上出来だったぞ」


「ホントです? やったー!」


 飛び起きたピアニは、はしゃぎながらナスカ・タケルへと抱きついた。

 そして、いつの間にか集まったクレスたちも一緒になって喜んでいる。


「相変わらずすげーなピアニ!」


「みんなすっごいビックリしてたよ!」


「審議官の泡食った顔は忘れられないの」


「今日は多分今まで一番すごかったんじゃないかなー」


「けっ、俺もいつかこれくらいの風を集めてみせるぜ」


「ようやく爪先ほどの魔素を感じ取れるようになった程度の俺からすれば、信じられない規模だったでござる」


 ネエムはもう唖然とするしかない。

 主席合格を狙っていたのに、あんな規模で魔素を収束させる子が出てきてしまってはそれも敵わない。


 まさか魔法師共有学校に、あんな魔法使いの子がいたなんて――――!


「あー、124番、ピアニくんだったか」


 熱波の残滓に汗をかきながら、公正審議官の三名がやってくる。


「炎の魔素の収束、見事だった。これでキミは11級に合格したわけだが、一応これは12級までの試験でね。どうして魔素の収束をすっ飛ばして可視化まで行ってしまったのかな?」


 なんだかすごく及び腰だ。試験の上ではまだ11級に合格したばかりの、魔法師とも呼べないピアニに、恐る恐ると言った感じで聞いている。だが質問内容は至極真っ当なものだ。どうしていきなり飛び級で11級相当のことを始めてしまったのか。


 何故か、クレスたちは苦笑している。

 ピアニは恥ずかしそうに俯いて服の裾をイジイジしていた。

 助け舟を出したのは、担任のナスカ・タケルだった。


「すみません、実はこの子はこれしかできないんです」


「え!?」


 叫んだのは演台下にいたネエムだった。

 これしかできないって、まさか……?


「この子は炎の魔素に特化しすぎているんです。風も水も土も、他の魔素は何も感じ取れません。そして炎の魔素も、寝ているときにしか、あれほどの規模を集めることはできないのです」


 会場に痛いくらいの沈黙が流れる。

 ピアニは小さく縮こまりながら「てへ」などと笑っていた。


 次の瞬間、観客全員が発した「えええええ〜ッッ!」という叫びは、ナーガセーナの海岸で散歩をしていた老婆にも聞こえる程だったという。

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