第219話 魔法学校進級試験篇⑪ 親友との再会〜歪んでしまった僕
* * *
雑魚。
あれも雑魚。
どいつもこいつも弱すぎる。
「共有学校のぬるま湯に浸かってる奴らなんかに負けないよ僕」
ひとり、毛色の違う見習いローブを着込み、試験会場の控室――大勢のケモミミ子供たちの只中にいるのはネエムだ。
彼の周りには距離が。
他の生徒達はネエムの周りに近寄ろうともしない。
彼の着込んでいるローブがかの高名なメガラー派閥の徒弟のものだとわかっているからだ。
そう、このローブは特別の証。
どんな大貴族や王族、または列強氏族が大金を積んだところで、才能がなければ決して与えられることのない天才の証明。
それがメガラー派閥のローブ。
それを着るものの誇りそのもの。
おまけにネエムの家は船団を多く有する貿易商である。
泳ぎの苦手な獣人種が海に出ること、それは水漬く先は屍という必定を背負うこと。
それだけの危険を犯して、さらに危険なヒト種族の諸侯連合やドゴイ、グリマリディとも商取引をしている家系なのだ。
取引相手を威圧するための虚勢は張るし、腕っ節だってあって困るものではない。だがメガラー派閥は野に下ることを良しとしない。暖簾分けなど一切せず、メガラーの徒弟になったら生涯メガラーでいることを強要される。
「ようするに、誰も文句を言えなくなるまで強くなればいいんだ」
師匠であるアンよりも、メガラー導師本人よりも。
すべてを抜き去り、頂点に上り詰めれば、自分が法そのものになれるのだ。
今日、ここに試験を受けにやってきたのは自信をつけるため。
同年代の子供たちを見下し、その実力の程度をあざ笑いながら、自分の立ち位置を知るためである。
師匠であるアンはなにやら別の目的があるようだが、正直どうでもいい。
「おっと、噂をすれば」
子供たちの群れの向こうに、頭一つ分以上飛び抜けた女性の獣人種がいる。
大きく肩を肌蹴させた扇情的な格好。正直何がいいのかわからないが、彼女はよくオスに声をかけられる。いくら初等の子供たちとはいえ、高学年になるほどアンの姿にドギマギする子はいるようだ。
逆に女子は低学年も高学年も、軽蔑するような目をアンにむけている。
これもまたいつもどおりの光景だった。
「ネエムぅ!」
子供たちの輪をかき分けて、アンが走り寄ってくる。
その姿はいつも超然とした彼女から程遠い、ひどく狼狽えたものだった。
「ど、どうしたんですかお師匠様。みんな見てますよ、落ち着いてください」
正直今すぐ突き放したい気分だが、こんな大勢の前で被った猫の皮を脱ぐわけにもいかない。
「私、私の魔法が、魔法が〜!」
「魔法? いつものえげつない風魔法がどうしたっていうんですか?」
「そ、それが〜」
ザワっと、子供たちが集まる控室がどよめいた。
注目の的になっているネエムたちとは別――入り口の方からさざめきが拡がっていく。どうやら試験を受ける新たな一団が到着したようだ。試験開始10分前。随分と余裕のある登場といえた。
「あっ、あいつ、あいつよ〜!」
なにがどいつなんだかさっぱりわからないが、いつもは敵も味方もお構いなしの風魔法をごきげんにぶっ放すアン師匠が怯えた様子を見せている。ネエムの小さな身体を盾にしながら彼女が敵意を向ける先には一人の男の姿が。
魔法師共有学校の教師用ローブを纏った、灰色の耳に黒髪の、まだ少年と言っていい若い男が立っていた。
「いやあ、なんとか間に合ったな。みんな、ちゃんと眠れたか?」
灰狼族の少年はにこやかに、自分の教え子と思わしき子供たちを振り返った。
「ナスカ先生のバカー! なんでもっと早く起こしてくれなかったの! お陰で寝癖ついたまま来ちゃったじゃない!」
「女の子には色々と準備が必要なの。男連中みたいに、直前に起こされたらたまったものじゃないの」
「ねむ。まだ、眠い……眠るです…………」
「寝るな寝るな、
ふわふわ黄色髪の所々をハネさせた犬耳の少女と、うさぎ耳の少女、そして灰狼族の少年はねずみ耳の少女の肩を激しく揺さぶっている。
「いやしかし、ナスカ先生のこの魔法ってホントなんなんだろうなあ?」
「さっきまで僕らラエル様の屋敷にいたやずなのに、もうナーガセーナだよ」
「俺はもう考えるのは諦めた。
「ふははは! 本物の大魔法使い
こ、濃ゆい。ネエムは思わず顔を引きつらせた。
細くてヒョロっとした灰猿族や、男か女かよくわからない鳥緑族、大人みたいな巨躯を誇る熊青族までいる。あの中では赤猫族の少年が一番普通に見えるような――――
「ん?」
「あれ、キミ」
赤猫族と赤猫族。
惹かれ合うようにふたりは近づき手を取り合った。
「もしかしてネエムか?」
「クレス、クレスじゃないか!」
ふたりは幼馴染だった。
だが魔法がふたりを隔てた。
クレスは貧困故に共有学校にしかいけず。
ネエムはその才能と裕福さから名門私塾へ入った。
その瞬間から、ふたりは違う道を行くことになった。
そして、メガラー派閥という虎の穴に入ったことで、ネエムは歪んでしまった。
すなわち――――
「やあ、僕とクレスが最後に会ったのはいつだったかな?」
「入学式の前だろ。俺はここに。おまえはメガラー私塾なんてすげーとこに合格してさ。ていうかなんでネエムがここにいるの?」
ネエムは内心でほくそ笑んだ。
そう、メガラー派閥の私塾はすごいのだ。
その狭き門をくぐれるのは一握りの天才だけだから。
入学する前は貧富の差なんて関係なく友達だと思った。
でも魔法の才能まで差があったらもう駄目だ。
魔法は絶対だ。僕は天才。クレスは平凡に毛が生えた程度。
「そうだったっけ、もう随分昔のことのように思えるよ」
自分はそれだけ、過去を振り返る暇もないほど、厳しい修行を積んできた。
共有学校の寝ぼけた授業を受けてきたおまえとは違うのだ。
ネエムは今すぐ邪悪な笑みを浮かべて相手を見下したくなるのを、師匠譲りの面の皮の厚さでなんとか凌いでいた。
クレスとネエム、ふたりが旧交を温め合っていると、ざわざわとクレスを含めた7名に、周囲から奇異の視線が向けられているのには気づいた。ネエムはその囁きにそっと耳を澄ます。
「あいつらどうして……」
「学校辞めたんじゃ」
「才能ないって……」
「クイン先生に逆らって――」
「落第者め」
ネエムが聞き耳を立てるまでもなく、周りの生徒達は疑惑の視線と言葉をクレスたちに送っている。
誰かが弱っているのを見ると、膿んだ傷口を見ると、無性に突きたくなる。私塾に入る前にはなかったそれらの嗜好を、今のネエムは持ち合わせるに至っていた。
「クレス、気にすることはないよ。周りの子たちはきっと勘違いしてるんだ。まさかおまえが落第者なわけがないものなあ?」
「いや――――」
言葉に詰まり、下を向くクレス。
その姿に得も言われぬ喜悦を感じながらネエムは、さらに畳み掛ける言葉を口にしようとする。
だがそれより早く面を上げたクレスは、気後れした様子は一切なく、目を輝かせながら言い放った。
「確かに俺ら、一度はクインって先生に見捨てられたんだ。才能なんかないって。でもそんなことないって、そう言ってたくさん色んなこと教えてくれる先生が現れたんだ……!」
振り返ったクレスの視線の先には、灰狼族の少年の姿が。その少年の顔の横には――あれは妖精種だろうか。非常に希少性の高い眷属…………何やら女子を代表して怒っているようで、その姿から察するに彼は妖精の下僕なのかもしれない。
とにかく。見た目も中身もパッとしない男のことを、クレスは誇らしげに語っている。何故かネエムにはそれが無性に引っかかった。
「ナスカ先生は、多分すっごくすごいんだと思う」
「それは…………魔法がすごいってことなのか?」
「いや、もう魔法なのか、それ以外の力なのか、実は全然よくわかんねーんだ。でも多分、ナスカ先生のすごさはそんなんじゃない、もっと別の力のような気がするんだ……」
私塾の世界に於いて、師の存在は絶対だ。
共有学校に於いては担任にさじを投げられることなど退学と同義である。
一度はそれを宣告されながら、なぜ今クレスはこんなに穏やかで誇らしげな表情をしていられるのだろう。
気に入らない。
下に見ていたはずの親友が、実は自分よりずっと前を歩いていたと気づかされたときのような苛立ちと焦りがネエムの胸の奥をえぐる。
「全員注目!」
控えの間に大きな声が木霊した。
ひしめく生徒たちが静かになると、演説台に三名の男女が立っている。
その身なりから獣人種魔法騎族院に属する『公正魔法審議官』であるとわかった。
自身も優秀な魔法師である彼らは、魔法騎族院より遣わされてきた試験管でもあるようだった。
「これより来賓用の会場に移動し、試験を開始する。諸君らが日々研鑽した技量を遺憾なく発揮し、一族の名誉になれるよう励むように!」
まず最初に行われるのは魔素の感応試験である。
15級である風の魔素、次は14級水の魔素。
さらに土、炎と順番に自らの周囲に魔素を集めてくるのが目的だ。
重要なのは魔素を如何に多く素早く、大気中から切り取ることができるか。
それをなすためには、強い意志力が必要になってくる。
だがネエムが見渡すかぎり、ここにいる者全員が、ぬるま湯の中に頭まで浸かった甘ちゃん連中ばかりである。魔素を簒奪するために、『憎』の意志力を行使できるとはとても思えないのだった。
(……ふん、クレスの態度は鼻につくけど、僕が主席合格するのは間違いないな……)
ネエムは自身の一人勝ちを確信していた。
続く。
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