第216話 魔法学校進級試験篇⑧ 幕間・ヒトと魔の境界〜嗚呼懐かしきリゾーマタ
【無級】 入学時
【15級】 風の魔素を感じ取れる
【14級】 水の魔素を感じ取れる
【13級】 土の魔素を感じ取れる
【12級】 炎の魔素を感じ取れる
【11級】 四大魔素を可視化して認識できる
【10級】 四大魔素のいずれかを自身の意志で使役できる
【9級】 四大魔素のいずれかを使い、鬼火を作れる。
※(最初の難関。初等卒業資格)
【8級】 四大魔素のいずれかを球形状にすることができる。
【7級】 球形状にした四大魔素を投擲できる。
【6級】 四大魔素のいずれかを矢にして投擲できる。
※(第二の難関。中等卒業資格)
【5級】 風の魔弾(三個以上)を投擲し、なおかつ目標を破壊できる。
※(ヒト種族魔法兵と同等資格)
【4級】 水の
※(ヒト種族魔法戦士と同等資格)
【3級】 土の戦斧を顕現させ、なおかつ動く目標を破壊できる。
※(ヒト種族魔法剣士と同等資格)
【2級】 炎の刀剣を顕現させ、なおかつ動く目標を破壊できる。
※(ヒト種族魔法騎士と同等資格)
【1級】 それらすべてを駆使して国家魔法教官に勝利する
※(ヒト種族魔法導師と同等資格)
※獣人種の場合はここまで。これ以降は全て導師号と称され、それに軍の位階がついてきたりする。
以降はヒト種族の高位階を記す。↓ ↓ ↓
―――――――――――――――秀才の壁―――――――――――――――――
【
【
【
【
【
―――――――――――――越えられない才能の壁―――――――――――――――
【
※(ラエル・ティオスの魔法師としての実力がここに当たる)
―――――――――――――越えられない天才の壁―――――――――――――――
【
―――――――――――――越えられない変態の壁―――――――――――――――
【
聖都の災害はこれを遥かに超えるレベルとなった。
* * *
タケルと子供たちが合宿を開始するちょうど一ヶ月前。
ヒト種族リゾーマタ領、狭間の宿場町ベーメは今恐怖に包まれていた。
王都から離れた僻地であり、領主が殺害されるという衝撃的な事件があり、それでもようやく正式な代官が着任してしばらくが経った頃だった。
リゾーマタ領は狭間の領地と呼ばれている。
ヒト種族の領地と魔族種領テルル山地、さらには大河川ナウシズを挟んで魔の森の一部と接している。
そんなナウシズ河の向こう側、魔の森から恐ろしい一匹の
だが、それでも犠牲者は増え続けるばかりであり、これは自分たちの手には負えないと判断した領主代行アデラート神官は伝書鷲を使い、王都へと援軍を要請した。
その間に生き残った冒険者たちは宿場町ベーメに防衛線を構築した。おまけ程度で放置していた町の外壁を急造とはいえ堅牢なものに拡張し、籠城。交代で寝ずの番をしながら、応援がやってくるまで懸命に市民たちを守り続けた。そして――――
「遠路はるばるようこそおいでくださった」
「こちらこそ到着に半月もかかって申し訳ない」
領主代行が仮の根城としている宿場町ベーメの中にある粗末な教会で、ふたりは固い握手を交わした。
ひとりは腰の曲がった好々爺。この町の領主代行、
領主リゾーマタ・デモクリトスの死去。
未だ謎の多いそれらの事件だが、直前に獣人種の魔法師が攻め込んできたとか、魔族種の怒りに触れて報復されたなどなど。様々な憶測が飛び交っていた。
そのような
だがそこで敢えて手を上げたのがアデラート・ルター翁だった。これもまた徳を積むためと、周りの反対を押し切り、長い馬車の旅で腰を悪くしながらもリゾーマタに着任し、精力的に領主の仕事をこなしている人格者である。
そしてもう一方、そんなアデラートと知己であり、またかつては師弟の関係でもあったエミール・アクィナスは長旅の疲れなどお首にも出さず、しっかとアデラート翁の手を握り返した。
白銀の甲冑を纏った男装の麗人である。
だが女だからと侮ることはできない。彼女に付き従う屈強な近衛兵団の雰囲気や練度を見れば、その実力を疑うまでもないことが伺える。
「なんのなんの。まさか近衛兵団の若き獅子に来てもらえるとは、ハーン国王のお気遣いまっことありがたい」
「はは。そのような称号、過分にして気恥ずかしいものですが、組織の中では大変ありがたいものです」
女だてらに剣の腕でのし上がってきたエミールだが、男の強さを手本にしたことはあっても、男の醜さを手本にしたことは一度もない。
女性らしさを失わず、幼い頃から仕込まれた細やかな気遣いや礼儀作法は、男所帯の兵団の中にあって一服の清涼剤として機能し、団員たちの士気を高めるのに役立っている。
その中でも、女に似つかわしくない厳つい二つ名は、対外交渉の場においても彼女の武器として少なくない貢献をしていた。
「いやしかし、ハーン国王も大変な時期でしょうに。ご無理をさせてしまったようで心苦しい」
現在の王都は国難の最中である。
山脈ひとつを挟んだ聖都が滅んで以来、その跡地から溢れ出した【呪い】が北の大地を丸ごと汚染し続け、今もなお拡大しているのだ。
そしてついに、聖都跡地より最も近い宿場町アクラガスの井戸水が呪われていることが判明した。
すでに王国騎士団が派遣されたが、それは民草の救済のためではない。呪いを体内に取り込んだ住民たちを隔離するという苦肉の策のためだった。
「この半年の間、数多くの神官が呪いの解呪を試みていますが、未だ成果は出ていません。近づくものを弱らせ、次第に死に至らしめるという強力無比な呪い。このまま放置することは王都の権威にも関わりましょう」
「そうですなあ。今はまだ諸侯連合アーガ・マヤからの突き上げ程度で済んでいますが、このままでは王国の管理責任が問われかねませんな」
「はい。早期解決をしなければアーガ・マヤだけではなく、ドゴイやグリマルディに介入する隙きを与えることにもなりかねません」
紛うことなくヒト種族最大の王国である王都ラザフォード。そのすぐ西には王都諸侯連合が本部を置く複合国家アーガ・マヤがあり、さらに海を挟んで軍事要塞国家ドゴイ、そして海洋都市グリマルディが四すくみの状態にある。
王都が聖都の呪いにばかり兵と国力を浪費していては、いずれ必ず他国につけ入れられてしまうだろう。だからこそ、エミールのような優秀な軍人をリゾーマタなどに派遣している暇はないのだが……。
「まったく国王――――おじ様はいまだに私を子供扱いする。私がアクラガスへの出兵を志願したのに即座に却下し、別のものに行かせてしまうのですから」
「ほほ。勇ましいことですな。今や誰もが聖都の呪いを恐れて近づきたがらないというのに。公爵家のお姫様とは思えない勇気と胆力です」
「ヒトよりまずは己自身が泥にまみれろ。そう教えてくださったのはアデラート様ではありませんか」
「そうでしたかなあ。なんにしろ貴族の子女に教えることではありませなんだ。王や公爵に知られれば大目玉ですなあ」
「いえいえ、貴族なればこそです。私はどうも、爵位にあぐらをかいているのが性に合わないようで。アデラート様の――――
「………………器か」
アデラートは口の中で小さく呟いた。
まさに若き日の高潔なる王子、オットー・ハーンを見ているようだと思った。
「どうかされましたか?」
「いえいえ――――さて、世間話もここまでにしましょう。この小さな町もまた、火急の事態に巻き込まれているのですから」
「ええ、如何な僻地と謗られようと、魔とヒトとを隔てる要衝には違いありません。王も姪である私に暇を与えるために遣わしたわけではないでしょう」
そうしてアデラートは、自分が着任してから僅かふた月たらずのうちに起こったことのあらましを話して聞かせた。
曰く、夜な夜な怪物が現れては、宿場町の周辺で野宿をしている旅人を襲った。最初の被害者が出てから冒険者が討伐に出たが、とても敵わなかった。
パーティの生き残りの証言では、身の丈を超えるほどの雄牛のような角と顔を持った二足歩行の
以降、街道を封鎖するよう、隣町まで触れを出したり、王都からエミールたちが到着するまで町中に籠城していたと……。
「雄牛ですか。確かこの近辺では稀に魔の森から獣がやってくるとか?」
「うむ。聞いたことがある。だがそれは数年に一度、ゲルブブのように泳ぎが得意な四足獣が河川を越えてくるのが確認されている程度じゃ」
「となると初めての獣ですか。なにかそのものが
「うむ。それは――――」
アデラート翁がまさに今核心を話そうとしたその時だった。
町の中に設置された警鐘がけたたましく鳴り響く。
エミールは途端戦士の顔つきに変わり、「御免!」と教会を飛び出していく。
一拍遅れて事態に気づいたアデラートは血相を変えた。
何よりもまず先に伝えて置かなければならなかったことがあったからだ。
老骨に鞭打って同じく外に飛び出したときには、エミールの姿は影も形もなくなっていた。
「マズイぞい…………!」
にわかに痛みだした腰も構わず、アデラートはヒョコヒョコと走り出した。
*
「伝令――――ッ!」
戒厳令下にあるベーメの宿場町を駆ける一騎の早馬。
それを認めた途端、止めるのも止まるのも惜しいとばかりにエミールは跳躍した。
「どうどうッ!」
フルプレートの鎧を着込んでいるのを感じさせず、まるでしなやかな獣のように空中で身体を反転させると、エミールは馬の背――伝令係のすぐ後ろへと飛び乗った。
突然増えた重量に泡を食った馬の鬣を掴んで宥めると、未だに目を白黒させている伝令係に檄を飛ばす。
「何を呆けている! 急げ!」
「は、はッ!」
馬を反転させ、来た道を全力で戻っていく。
無人の町に警鐘は鳴り続けている。
それは町の東側からのようだった。
「あれは――――」
木材で補強された町の外壁が破られている。
その直ぐ側の民家から火の手が上がり、すでに駆けつけていた部下たちの姿が見える。そして――――
「ッ――――、あれか!?」
炎と瓦礫の中からのっそりと、大きな影が現れた。
身の丈は大人三人分もあるだろうか。
全身が真っ黒い体毛で覆われている。
その面相は確かに雄牛のようだ。
だがしかし――――
「なんだ、あの
牛人を象ったモンスターなら確認されている。
蹄を持ち、頭が雄牛という『カウルス』という
だがアレはそれに似て非なるモノだ。
蹄があり、体毛に覆われた巨躯は同じ。
だが、頭部が存在しない。
頭部があると思わしき場所には隆々と盛り上がった筋肉のコブと天を衝くような角が二本生えており、そのすぐ下、胴体に埋まるよう、大きな口を有する雄牛の顔面が埋まっている。上半身の半分が顔というあまりにも醜悪な姿かたちをしているのだ。
「いかん、何をしている! 体制を立て直せ!」
浮足立っていた近衛兵たちが弾かれたように後退する。
続けざま、エミールは指示を飛ばした。
「盾を持つものは前面で時間を稼ぎつつ誘導! 民家から市民を救出しろ! 残りは包囲陣を形成! 魔法師は後方で詠唱待機!」
エミールという司令塔が来ただけで、兵士たちはまるで一個の生物のようによどみなく動き始める。その中で醜悪な
未だ炎が渦巻く民家に頭から突っ込むと、中から
それは年端もいかぬ子供だった。瓦礫に押し潰されて重症を負っているのがわかる。だが、エミールが指示を出す暇もない。まるでそうすることが当然とでも言うように、
時間が止まったようだった。
近衛兵団の誰も、エミールでさえも動けない。
カウルスの亜種と思わしきモンスターは『ゴキ、んッ』『バキンッ』『ゴリンゴリンッ』とその強靭な顎を動かし続け――――ごくん、と嚥下した。
「殺せえええええええええッ――――!!」
エミールの目の前が真っ赤に染まる。
近衛兵団は物言わぬ一振りの剣となって
「グルァ――――!!」
咆哮。硬質の金属同士がぶつかる音がし、盾を構えた重騎士たちが吹き飛ばされる。一瞬低く身構えた
「仕方ない――――、魔法師部隊・ウォータージャベリン! ってぇ――――!!」
エミールの号令は魔法師の咆哮のような呪文にかき消された。
殺到した水精の槍が寸分違わずモンスターの全身を串刺しにする。
やった。これ以上無いほどの手応えに、その場にいる全員が勝利を確信した。
「――――いかん! 魔法はダメじゃッ!」
「アデラート様!? いけません、お下がりください!」
脚をもつれさせながらやってきた領主代行に駆け寄り、エミールはその身体を支えてやる。だがアデラートは息を切らせながら尚も叫んだ。
「其奴は突然変異の
「なッ――――」
魔法師の天敵?
それは一体どういう意味なのか。
そう問う前に、答えが披露される。
全身から水精の槍を生やし、そのまま崩れるかに見えた巨体が蠢動していた。それは痛みに悶えるているのではない。その逆――大いなる活力を得て喜びに打ち震えるようだった。
「馬鹿な!」
エミールの目の前で水精の槍が雲散霧消する。魔法師が放ち、未だその支配下にある魔法が
一滴の血も流れた様子のない
ミリミリミリと、その身体が隆起し始めたのだ。ただでさえ大きかった巨躯がさらに二回りは巨大化する。
「や、奴と戦った冒険者の中に魔法師がおったのじゃ。どうやら奴は魔素や魔力を自分の力として蓄えることができるらしい…………!」
「そんな――――!?」
なんだそれは。
そんなモンスターがいるなど聞いたこともない。
だがそれより以上に、絶対戦力たる魔法師が逆効果にしかならない。
その心理的動揺は大きかった。
いかなエミールとはいえ、次なる指示が遅れる。
瞬きの間に、重騎士が空を飛んでいた。
「――――ッ、後退! 下がれ!」
それはまるで嵐のようだった。
今や民家の屋根を越える巨体となったモンスターが、黒光りする両の角を使い、兵士、民間人、家屋を問わず、目に見える全てを破壊していく。
それは正にこの世に顕現した悪魔の所業。何人も逆らえぬ暴君として、町を更地にするまで止まりはしないだろう。
「アデラート様、お下がりください!」
「ど、どうするつもりじゃ!?」
「考えがあります」
エミールは諦めていなかった。
盾となる重騎士を壊滅させられ、あとは魔法師と近衛騎士しか残ってはいない。
だが彼女が打った次なる一手は、アデラートからすれば最悪の悪手にしか見えないものだった。
「魔法師隊詠唱待機! 合図と共にウォータージャベリンを撃て!」
「エミール、それは――――」
「ッ、てぇ――――!!」
号令と共に指揮官を信じた魔法師から再び魔法が放たれる。暴れまわっていたモンスターが動きを止める。
両手を拡げるように全身に水精の槍を受け止める。同じだ。再びモンスターに魔法が吸収されてしまう――――
「おおおおッ、動けるものは全員抜刀! 私に続けッ――――!!」
エミールは抜き放ったバスターソードを大上段に振りかざして突貫した。その切っ先は、棒立ちになったモンスターの片目を深々と抉っていた。
「続け! 団長に続けッ――――!」
意図を理解した騎士たちが踊りかかった。
上に下に左右前後。とにかく一人が剣を突き刺せば離脱し、また別の誰かが剣を突き刺すを繰り返していく。
流れるような連携で、あっという間に白銀のハリネズミ――――、
「なんと…………、魔法を吸収する瞬間、動きが止まるのを狙ったのか」
敵が魔法を吸収することはわかった。
そして吸収の瞬間には完全に動きが静止してしまうことも。
エミールは見事、再び魔力を与える危険と引き換えに、それを上回る手傷を与えることに成功したのだ。
「どうだ――――!」
すばやく離脱していたエミールが、予備の短剣を抜き放ちながら見守る。
カウロスの亜種である
『グルゥ…………ガアアアアアッ!』
エミールの顔が恐怖に引きつる。
アレ程の致命傷を負いながらまだ暴れられるというのか――――
『ブフっ、フシュ、フシュゥ――――!!』
違った。
モンスターは背中を向けて脱兎のごとく逃げ出した。
あっという間に町の囲いを突破し、平原を猛然と駆け抜けていく。
「お、追え追え! 生き残っている馬と剣をかき集めろ! そこな民家から武器になりそうなものを借りてこい!」
「はッ――!」
そうして、エミールが馬に跨り、狭間の境界を抜け、ナウシズ河の
「私の剣」
公爵家の家紋が入った大剣がヌラリと血に濡れて地面に転がっていた。
目の前の大河を見やり、さらに対岸の向こうに鬱蒼と広がる『魔の森』を見やる。
「逃げられたか」
深追いすることはできない。
何故ならここから先はヒト以外の領域。
口惜しいことだが災害のようなものだと思うしか無い。下手に藪をつついてはまたぞろあのような亜種の
「次は必ず殺す」
敗北の証として剣を拾い上げる。
もう二度と再び遅れは取らない。
守るべき領民に被害を出したことを悔やみながらエミールは、ヒトと魔の境界を後にするのだった。
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