第215話 魔法学校進級試験篇⑦ 熱く、熱くなれよ子供たち!〜魔法師育成授業三日目・朝
* * *
常夏の楽園のようだった海岸は、寒風が吹きすさぶ荒れ海のような様相だった。
『タケル様』
「ああ」
海岸に到着する以前から、ピリピリイライラとした『憎』の意志を感じていた。
改めて思うけど、こりゃあ子供には毒だ。子供の毒になる親もいるそうだが、毒になる先生も珍しい。魔法師という特殊な職業故に、誰も口も手も出せないので救いようがない。
海岸に続くあぜ道は坂になっていて、長く続く海岸線には盛土が敷いてある。そこを乗り越えて見下ろしてみれば、バチっと、僕が来ることを察してましたと言わんばかりのクイン先生といきなり目がった。
うへえ。ホント、朝っぱらから何の用なのよ。
「おはようございます。いい朝っすね」
「あなたの顔を見たら台無しになったけどね」
こっちの台詞だよ。
盛土を下りながら、僕は大荷物を下ろす。
本日はクーラーボックスが無い代わりに風呂敷に包んだ寸胴鍋がひとつと、氷入りのウォータージャグがひとつ。あとは各種ブルーシートや授業道具を入れたトートバッグをふたつ……などなどを両脇から下げている。
それらをよいしょっと砂浜に置き、鍋に直射日光が当たらないようにシートを被せておく。まだ涼しいくらいだし、当分はこれでいいだろう。
サッと子どもたちに目をやる。
みんなクイン先生を遠巻きにしたまま、不安そうに僕を見ている。
――ちッ、と心の中で舌打ち。ここ二日でようやく怯えた表情が薄れてきたのに元の木阿弥だよこんちくしょう。
「こんなところまで何しに来たんですか。もしかしてこんな朝っぱらから海水浴ですか? でも獣人種って泳ぎが苦手なんですよね。特に体毛の濃い種族は毛が水を吸っちゃって、水に入った途端まるで絡みつかれるみたいに沈んじゃうって――――」
「あなた、一風変わった授業をしてるらしいじゃないの?」
元ニートの僕が一生懸命ひねり出したオープニングトークを無視ですかそうですか。
「いえいえ、僕は全然たいしたことしてませんよ。子どもたちの才能を伸ばす手助けをしているだけですはい」
「才能? この子達に?」
ギロリと、おっかない形相で子供たちを振り返る。
ビクッとなるクレスたち。ホントマジでいい加減にしてくれないかな。
「そうです、ああ、お礼を言うのを忘れていました。クイン先生、本当にありがとうございます」
ペコリと頭を下げる僕にクイン先生が鼻白む。
子供たちは僕がお礼を言いだしたことで困惑顔だ。
「こんなに魔法の才能と学習意欲に溢れる子供たちを手放してくださって大変感謝しています」
そして。早々に手放してくれたお陰で、あんたの変な影響が出なくて本当によかったよ。
「見栄を張ったところで無駄よ。未だにまともな攻撃魔法のひとつも撃てないその子たちに才能があるですって? バカも休み休みいいなさい」
「おや、というと、クイン先生の指導のお陰で他の生徒達は?」
「ええ、もう何人か、初歩の初歩ではるけれど、攻撃魔法を使える子が出てきたわ」
「可哀想に」
「なんですって?」
僕は心からの哀れみを込めて、クイン・テリヌアスという女を見た。
「かつて、あなたと同じような女性に会ったことがありますよ」
「私と同じ…………?」
「ええ。まあ、容姿は正直、あなたにはまったく及びませんが、心根がそっくりでした」
自分の中で憎悪を掻き立て、延々火を焼べ続け、燃え盛る醜い心を他者へと振りまく。目に見えるモノ全て、あの女からすれば、草も木も風も。あの空も海も太陽も。何もかも全てが醜悪な腐肉の塊にでも見えていたのかもしれない。
「あなたに魔法を教わらなければならない子供たちに心から同情します」
「なんですって?」
あるいはそれが――――僕が発した不用意な一言が、彼女の心の琴線―――もしかしたら逆鱗の類いに触れたらしかった。彼女から発せられる『憎』の意志が目に見えて爆発する。
「あなたにまで――――あなたごときにまで同情されたくなんてないわよ!」
吹き荒れる魔力の波動。彼女の『憎』の意志に従い、
彼女が選んだのは炎。まるでそれは彼女の心を映す鏡。メラメラと彼女を包んで燃え盛り、周囲の酸素を取り込んで拡大していく。
「さすがはラエル・ティオスの飼い犬。あのときのあいつと同じ目をするのね!」
「は? ラエルが?」
――――ちっ。今日は舌打ちのしっぱなしだ。
あの狼女、やっぱりクイン・テリヌアスとは因縁ありなのか。
面倒なやつの相手をさせやがって。
などと思っていると、クイン先生が懐に手を伸ばした。
「これ、何かわかるかしら?」
「それは――――?」
彼女が人差し指と中指の間で挟んでいるのは『紙』である。
今の彼女は全身に炎の魔素が顕現した『火炎』を纏っているにもかかわらず、『紙』はまったく燃える様子がない。ちゃんと燃やし分けができている証拠だ。やっぱり優秀なんじゃないか。性格以外は。
「あっ!」
その紙を認め、声を上げたのはペリルだった。
ははーん。なんとなく察しがついたぞ。
「それは僕が生徒に与えたものの切れっ端のようですが何か?」
「そうね、そこの子が昨夜コレを同室の生徒に見せびらかして遊んでいたのよ。あなた、これがどういうものかわかっていて?」
「さて、何なんでしょうね」
「とぼける気っ!?」
いや、マジでなんなのこの女。
つーか煙吹きながらメラメラとウザいことこの上ない。
「紙の作成と販売は『製紙局』で厳重に管理されているのよ。ではこれはなに? あなたこれ、羊皮紙ではなく、最近研究がされているパルプ紙なんじゃなくて? 製紙局の研究品は門外不出。持ち出せば重罪よ?」
ああ。やっぱりそういう類いのいちゃもんか。
やれやれである。
「誓って―――その紙は先生が考えてるような、怪しい出処のものではないですよ。そもそもその紙は製紙局が作ったものではないですし」
メイドインジャパンであり、日本の文具専門店ならどこでも売ってる500円のクロッキーブックである。なんならその紙を直接製紙局に持ち込んで精査してくれてもいい。
「騙されないわよ。こんな立派な紙、製紙局以外のどこが作れるというの!?」
この女め。何なら日本の製紙工場の見学ツアーに連れて行ってやろうか。
さて、どうやって誤解を解いたものかと僕が考えあぐねていたときだった。
「まあ、いいわ……」
そう言ってクイン先生は炎も消し、紙も再び懐にしまい込む。
だが、全身から発散される『憎』の意志だけはいささかも揺らぐ気配がない。
なんだ、どうするつもりなんだ?
「あなた、さっき私に指導される子供たちが可哀想と言ったわね」
「ええ、確かに言いました」
それは本当に心からの言葉である。
だって見てくれ、あんたを遠巻きに見ているクレスたちを。
昨日の授業ではあんなに生き生きとしていたのに今はなんだ、いつ自分たちに『憎』の魔法が向けられるかと恐々としている顔だ。無論、そんなことは僕が絶対にさせないが。
「なら、今度の魔法師進級試験で勝負よ! あなたの指導と私の指導、どちらが優れているのか、証明してみせなさい!」
マジか。
まあ答えは当然―――
「いいですよ」
「ナスカ先生!」
悲鳴を上げたのはケイトだった。
他の子たちも真っ青になっている。
「随分あっさりと受け入れたわね。ふふ、逃げられないと悟って諦めたのかしら?」
「いいえ、とりあえず、七名全員が合格すると思うんで。問題ないです」
僕の言葉にクイン先生は驚いたようだ。
そして彼女よりもっと驚いているのが、言われた当の本人たちだった。
「私達が……」
「全員って……」
「ウソでしょ……」
ケイト、クレス、ペリルである。
僕が何のためにキミたちに指導してると思ってるんだよ。
「あなた本気で言ってるのかしら? その子たちが全員合格できると!? 不可能だわ!」
まあ、確かにちょっと話を盛りすぎた。
全員は無理だろう。
僕の予想では
でもだからって本人の目の前で合格はできません、なんて言えるわけがない。
全力で100点満点を目指して、結果的に90点なら仕方がないのだ。
「それじゃあ、全員合格できなかったら僕の負けってことでいいですよ」
「良い覚悟ね。オスに二言はないでしょうね!?」
「もちろんありません」
僕とクイン先生の応酬にクレスたちは顔を青くしたり赤くしたり大忙しだ。
「そう……それじゃあ全員合格できなかったら、あなたどう責任を取るの?」
「…………そうですね。首でも差し上げましょうか?」
おーおー、レンカが僕を睨んでる。ピアニなんか目尻に涙まで溜めて。
そんな顔しないでよ。大丈夫だから。
「あなたの進退なんていらないわ。そうね、なら本物の首をもらおうかしら…………?」
ニィっとイヤらしい笑みを浮かべて、クイン先生は自分の首を握りつぶすフリをしてみせた。ホント、お里が知れるってもんだ。どんな育ち方してきたんだか。
「構いません」
もう悲鳴さえ出せない様子で、クレスたちは立ったままブルブルと震えていた。
そしてクイン先生は、心底つまらないモノを見る目で僕を見下していた。
「あなた、バカだったのね本物の。やれやれ。少しは骨のあるやつかと思ったのにガッカリだわ。ラエル・ティオスの係累かなにか知らないけど、私はやると言ったら本当にやるわよ?」
「どうぞどうぞ」
だって不死身だもん。
掃いて捨てるほど生命がある身分ですから。
一回殺されるくらい、別にどってことない。
まあ、できればみんな合格してくれたら嬉しいけど。
「その言葉忘れないことね。心から軽蔑するわ。ナスカ・タケル―――」
最後にクイン先生はクレスたちを一瞥してから海岸を後にした。
ホント、嵐みたいな女だったな。
小さくなっていく彼女の背中を見送って、僕が向き直ると、ドスンと誰かが僕の胸に飛び込んできた。ケイト?
「バカバカ、なんであんな約束しちゃったんですか!」
「そーなの! あと半月しか時間がないのに、全員合格なんて無理なの!」
「先生にもしものことがあったら、セーレスさんになんて言えばいいんです!?」
レンカ、ピアニまで僕の袖を引っ張ったり、ポカポカ叩いてきたりする。
全然痛くないのに、何故か心が痛む。はうう。
「何を言ってるんだ。ちゃんと僕はみんなを合格させるために授業をしていたぞ。でも、キミたちが気負う必要はないんだ。先生同士の約束に生徒は無関係だからな」
焦ることはない。僕とクイン先生のことは置いておいて、ただ持てる力の限り、全力で次の試験は受ければいい。その結果不合格なら仕方ないさ。
「そんな――――!!」
大丈夫大丈夫。僕の命ほど安いものはないから。
それより、あんな醜い大人の戯言に子供を巻き込んじゃいけない。
みんなが伸び伸び試験を受けられるように準備していかなきゃ――――
「そんなんじゃ、足りねえ…………!」
え、コリス……?
「ナスカ先生よ、俺は今すげームカついてる」
真っ白になるほど拳を握りしめながらコリスが言う。
「自分の生命をあっさり賭けちまうあんたにも、そしていきなりしゃしゃり出て来てメチャクチャ言ってくるあの女にも。そして何より、あんな女にビビってる自分自身にすげームカついてるんだ…………!」
あ、熱い。いつもクールで一歩引いたところがあるのがコリスだ。どうしちゃったんだ一体!?
「そうでござる! 俺達は誰に何も恥じることなどない! そしてナスカ先生の授業は本当に素晴らしく、楽しい授業だった! 俺なんかにも、魔法師以外に強くなる方法をご教授くださった、そんなすごいお方なのでござる!」
「そうだ、正直魔法の授業が面白いと思ったことなんて俺は一度もなかった。でも、ナスカ先生の授業はなんか違う…………! 少なくとも俺は、クイン先生や、他の魔法学校の先生の授業より授業が面白いって、初めてそう思ったんだ!」
「元はと言えば、僕があの紙束を勝手に破ってみんなに自慢したことが原因なんだ。僕は必ず合格してみせるよ! 絶対ナスカ先生の指導の方が正しいんだって、僕ら全員が合格して証明しなきゃダメなんだ!」
ハイア、クレス、ペリル。
おまえらまでどうした……!?
「そうだね。私、今ようやくわかった。逃げちゃダメなんだって。逃げても何も解決しないんだって。時には勇気を持って立ち向かわなくちゃいけないんだって、そう分かったの!」
「あんなに禍々しい『憎』の意志を撒き散らすクイン先生。……どうしてナスカ先生が、『憎』の意志に対して『憎』の意志ではなく、『愛』の意志で立ち向かえって言ったのかわかった気がするの!」
「うん、私も。あんな『憎』の意志と同じになんかなっちゃいけないんです。だって周りの魔素たちが泣いてた。無理やり切り取られて奪われて、痛い、悲しいって泣いてたもん。あんなのと同じになっちゃ絶対ダメです!」
ケイト、レンカ、ピアニもその目に覚悟を宿しながら強く気高く宣言する。
しかも、僕がまだ教えていない『愛』の意志力の意味に、ほぼ正解に近いところまで近づきつつある。
なに、一体どうしちゃったのこの子たち!?
そしてなんでこんな熱い展開になってるの!?
「お、おまえたち――――」
『あなた達、今言った言葉は本気なんですね!?』
真希奈!? それ僕の台詞だよ!
『正直真希奈も、あの女を八つ裂きにするため『憎』の意志力が何度溢れそうになったかわかりません。あと呪いも溢れ出しそうでした――!』
その人形に取り付いた悪霊、まだ手なづけてないのかよ!
『真希奈にとってタケル様は何よりも大切な存在。それを侮辱されては黙っていられません! みんなで力を併せて、あの女にギャフンと言わせてやろうではないですか!』
みんな一斉に「おおッ!」っと勇ましく吠えた。
おいおいおい、なんだこのノリは!?
青春の大気圏突破しちゃうの!?
この僕がその渦中に!?
『というわけでタケル様! クレス、ペリル、コリス、ハイア、ケイト、レンカ、ピアニの七名、全員本気で戦います! 絶対合格して見せます! よろしくご指導ご鞭撻をお願いいたします!!』
このバカ娘。
絶対それ私情入ってるだろう。
僕がバカにされて怒ってくれてるんだろうけど、おまえまで生徒と同じテンションになってどうするんだよ。
「先生!」
「ナスカ先生!」
「負けない!」
「ござる!」
「今こそセーレスさんの教えを……!」
「半月死に物狂いでやるの!」
「絶対、合格するです!」
ダメだ、これは水を差しちゃいけない。
冷静になれ、落ち着け、なんて言っても無駄だ。
むしろ、このまま突っ走れば、ほんとにコイツら大化けするかも?
「わかった。だが正直に言って、今のままで全員合格は難しいと思う」
『そんな……!』
おーい真希奈、そろそろこっちに帰ってこい。
「時間が足りない。もともと次の試験が半月後と聞いて、それは参加してみるだけのつもりだったんだ。でも――――」
「でも…………?」
クレスがゴクリと喉を鳴らす。
僕はニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。
「方法はある。とある特殊な環境で合宿をすれば、みんなは見違えるほど成長を果たすはずだ。かなりキツイ合宿になるぞ。それでもやるか?」
「やります!」
さすがは獣人種。凄まじい声量が木霊する。
全員が図らずも同じ言葉を叫び、それが唱和して辺りに鳴り響いた。
「よし、じゃあ青空教室改めナスカ組、特別魔法合宿開始だ!」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
こうして僕らは修羅へと突入した。
いやいや、勉強の鬼とか、そういう意味だ。
どんな合宿かって?
それはまた次の機会に。
つづく。
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