第213話 魔法学校進級試験篇⑤ 魔法師以外の強さとは〜魔法授業二日目・放課後
*
「こんな授業初めてなの」
そろそろ日が傾き始めた頃、レンカがそんなことを呟いた。
他のみんなも慣れない授業で疲れただろうが、その顔は満足げな様子だった。
「さて、今日はこの辺にしとくか。明日も午前中は魔素との対話、午後は想像力の訓練。あと3日はこれを続けるぞ。では本日最後の授業だ。全員起立!」
お尻の砂を払いながら全員が起立する。
僕はクレスの前に立ち、すっと腰を落とした。
ハイアが「あ」と声を上げる。
「今日はみんなの魔力量を計測してから終わりにしようと思う」
「魔力量って、そんなの測れるの?」
「まあ、僕の方で大体を把握するだけだ。手を出して」
クレスに差し出した手と反対の手を出してもらう。
手の甲と甲を合わせる。
「これは『
あの時はいきなりだったから手加減できなかった。だが今は大丈夫だ。
「真希奈、頼むぞ」
『かしこまりましたー。計測開始します』
「ほい、次はペリル」
「え、もう終わり俺?」
「そ。ほら、軽く手を合わせて」
「こうですか?」
そうやって全員と手を合わせていく。
最後はハイアだ。構え方とか爺さんそっくりだな。
そして――――ふむ。なるほど。やっぱりね。
「よし、じゃあ今日はおしまいだ。解散!」
「ありがとうございましたー」
みんなが使ったクロッキーブックはそれぞれの名前を表紙に書かせて回収しておく。どうやらこういう紙は貴重品らしいので寮に持ち帰るのは不味かろうと思っての判断だ。さてと。
「ハイア、ちょっといいか?」
「は、はい! で、ござる…………」
僕に呼び止められるのは予想していたのだろう。
ゴクリと喉を鳴らしながら苦しげに口を引き結んでいる。
「今日は、今日はとっても楽しかったでござる…………、最後にいい思い出ができました。ありがとうございます…………!」
などと予想通りすぎるリアクションだ。やれやれお前ね。
「こら、勝手に終わらせるな。半月後の進級試験もあるのに」
「だ、だけど俺は、絶対受からないかと…………」
「そうだな。多分魔素を使った魔法の試験じゃ受からないだろうな」
「――――くっ……!!」
僕にハッキリと告げられ、ハイアは何かを
握りしめた拳がブルブルと震えている。
「おまえ学校長の孫なんだろう。なら、なんとかなるかな」
「――――そんな、縁故を利用して不正に合格しろと!?」
ハイアの目に燃えるような光が宿る。それは怒りだ。
そんなことをしてまで受かりたくはないと。
ホントに潔いやつである。
「誰が不正なんかするもんか。ちょっと新しい試験項目を追加してもらうだけだ。その年で魔力の総量がもう大人とおんなじくらいあるやつを不合格になんてさせられないだろう」
「……………………はい?」
パチクリ、とハイアがせわしなく瞬きをした。
僕の言葉が理解できなかったようだ。
「真希奈、荷物をまとめておいてくれな」
『かしこまりましたー。いってらっしゃいませー』
「ハイア、こっち」
「は、はい――――あ、いえ、さっきのは一体、どういう…………?」
僕らは夕日に背を向けて海岸を歩いて行く。
しばらく歩き続けると、岩に囲まれた岩石地帯が見えてくる。
「さっき『推手路』ってやっただろ。
「そ、そうだったんですか?」
「うん、まあ僕独自の判断基準ではあるが、おまえの魔力量はみんなの中ではダントツに多かった。ビックリだぞ」
基準としているのは僕が独自に儲けたビートサイクル・レベル1である。
ヒト種族の成人魔法師では大体1,5と言ったところだ。
獣人種なら1,8〜2.0と少し多めである。
これは過去に戦った魔法師――――
それに照らし合わせれば、クレスたちの魔力量は概ね0,5〜0,9と言ったところだった。まだまだ伸び盛りだし、これから成長と共に伸びていくことだろう。学校の生徒たちも大きくは変わらないはずだ。だがハイアは別である。
「おまえ、獣人種の普通の魔法師とおんなじか、ちょっと多いくらいだったぞ」
「ほ、本当でござるか!?」
「ござるござる」
ハイアの魔力量は2,5ってところかな。僕のビートサイクル・レベルに換算して。ちなみにあのクイン先生の推定算出魔力量は3,0ってところだ。これはかなり優秀な部類らしい。
未だに会ったことはないが、王都の宮廷魔法師だと恐らくそれを超えるだろうが、6,0には届かないと僕と真希奈は結論づけている。
「そんな、そんなに魔力があるのに、どうして俺には魔素を感じ取ることができないんだ…………ちくちょう!」
絶望に落とされたはずなのに、
でもそれは魔法師としてはあまりにも不完全なものだった。
中には魔素は感じ取れるが、魔力がまるで無いために魔法師になれない者もいるという。
その逆もまた然り。
魔力とは無色透明なエネルギー。
何ものにも染まらない、だが如何様にも染められる力。
そして四大魔素と組み合わせることで、炎、水、風、土――――プラズマ、液体、気体、個体という目に見える現象として発露させることができる。
「おまえは多分、自己の世界が強固にできているんだろう。あまりに綻びの少ない――――そう、今日描いた真球のように完璧で完全な形をしているのかもしれない」
世界の声に耳を傾ける余地の無いほど、他のものを差し挟む隙間もないパーソナル。あるいは魔素の声が聞こえない代わりに、それほどの魔力量を持っている、と考えるべきか。つくづく神様とは二物を与えないものである。
「だからこそ、おまえにしかできないことがある――――」
足を停める。
目の前には壁――――そびえ立つような岩山があった。
七メートル、はないかな。でもビルの2階建てに相当する――それくらい大きな岩の塊である。
「魔力とは純粋なエネルギー。常人を遥かに超える強い活力。だったらその力を駆使して、おまえは誰よりも強くなればいい――――!」
多分だが、あの学校長は気づいていると思う。
自分の孫に魔法師としての才能がないことは。
その上で、おまえには自分独自の道を歩んで欲しいと思っているんだろう。
僕が切っ掛けを与えるくらいは、まあいいはずである。
「ナスカ先生、一体何を…………?」
「今から見るものは、みんなには内緒だぞ?」
言ってから僕は、自分の中のスイッチを切り替える。
自分の内面世界――――虚空心臓という異界から魔力を取り出す。
ドクン(ドクッ)と一拍、神龍の鼓動が空間を叩いた。
「は――――今、地鳴り――――?」
ハイアの呟きが耳に聞こえた瞬間、僕は弾丸となって飛び出した。
低く落とした腰と、小さく畳んだ右腕。
全身を雷光と見紛うほどの速度で投げ出し、岩山の直前で地を踏みしめる。
「今のは――――魔素は一切使用してない。純粋な魔力のみの力だ」
振り返れば、顎が外れそうなほどに大口を開けて固まっているハイアが見えた。
僕はもう一度、
震脚跡は大きく陥没し、目の前に聳えていた岩山は根本から完全に粉砕されている。そのお蔭でもうもうと砂埃が発生中だ。ケホ。
「ナ、ナスカ先生、こ、この技はなんと言うでござるか…………?」
「やっぱそれ知りたい?」
知りたいか。そうかあ。まあいいか。
「この技は
結局いい名前が思いつかなくて、惰性のままこの名前で来てしまった。
もういいかな。改名は諦めよう。
「す、すごい…………すごすぎるでござるよ『ちょうとっきゅうかいおんそくけん』は! 俺も、コレができるようになるでござるか!?」
「なるなる」
だってこれ、ビートサイクル・レベル3だもん。
キミも全力でなら一回だけ打てるはずだよ。
「ただし、身体にかかる負荷がものすごいので、おまえにはまだこれはできない。もしこの技を身につけたければ、徹底的に自分を鍛えるしかない。おまえはまだ成長期だし、無理はさせられないが、身体能力に優れる獣人種ならいいところまで行けると思うぞ」
「やります! これを目指します! こんな、こんなことが俺にも…………! うはははー!」
魔法師になることだけが世界の全てではない。
それ以外の方法で強さを極める者だっているはずだ。
でもハイアには幸いにして魔力がある。
使い方と鍛え方さえ間違えなければ、魔法師にも引けを取らない武芸者になれるはずだ。
もうそれからのハイアは興奮しっぱなしだった。
自分が目指すべき道が、これ以上無いくらいのインパクトで示されたのだから無理もない。でも少し落ち着いて欲しい。あと本当にオフレコで頼むよキミぃ。
「明日からもご指導よろしくお願いするでござる『師匠』!」
「おう、早く帰って休め!」
ん…………? 今なんて言ったあいつ?
『お疲れ様でしたタケル様』
「うん、変に疲れた。でも悪くないな」
体力的に問題はなくとも、精神的に疲れている感じだ。
でもなんだか妙に清々しいというか、いい気分である。
『指導をしているときのタケル様、かっこよすぎです! 全部録画してます! あとでこっそり見直します!』
「ほどほどにしてよね?」
そんなこんなで。
僕は荷物をまとめて持って、聖剣でゲートを開き、ひとまずラエルの屋敷まで帰った。ナーガセーナの街中に自分用の宿はあるが、明日の昼飯の食材を詰めてもらわないとね。
そして事件は翌日に起こった。
魔法授業三日目の朝だ。
僕がみんなのいる砂浜に行くと、――――そこには女王が待っていたのだった。
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