第212話 魔法学校進級試験篇④ さあ、イメージしてください〜魔法師育成授業・二日目午後

 * * *



「嘘だろ…………あれだけあった食材が!」


 クーラーボックス三つ分がペロリだった。

 獣人種の食欲を甘くみていた…………!


「えー、もうないの?」


「けっ、しょぼ!」


「気にしなくていいですよ先生。私たちはこれくらいで十分ですし」


 ペリルに言われるならまだしも、クレスとコリスに言われるとショックだ。ケイト、いい子。


「ご、午後の授業はことさら集中力を有する。お腹がいっぱいになって眠くなられても困るからな。腹八分目がちょうどいいのさ」


 などと言い訳しながら僕は、またド◯キでクーラーボックスを追加購入することを決意した。


「午後は何をするんですか?」


 首をかっくんかっくんさせながら、もう半分夢の世界のペリルが聞いてくる。居眠りしたらまた真希奈が豆詰めるぞ?


「全員にこれを進呈しよう」


 僕はこの世界には存在しないビニール袋を開封する。

 そして中身をみんなにひとつずつ渡していく。


「大っきい本、なの?」


「あれ、でも中身が真っ白です」


 早速レンカとピアニがペラペラとページをめくっている。


「本じゃないぞ。無地の紙束だ。午後はみんなに絵を描いてもらう」


「えッ!?」


 素っ頓狂な声を上げたのはケイトだった。

 他のみんなもすっごく驚いた顔をしている。

 僕が渡したのはなんのことはないデッサン用のクロッキーブックだった。


「絵って、絵のことですか!?」


「そうだ。ほら、これも」


 袋の奥から箱を取り出す。

 中身は3Bの鉛筆だ。

 一本を取り出しケイトに渡す。

 何故か驚いたまま固まってるみんなの手にも一本ずつ握らせる。


「これ、どうなってるの? 筆ペンじゃない?」


「描くってこの木の棒でどうやって?」


「それはこれだ、え〜ん〜ぴ〜つ〜け〜ず〜り〜!」


 全員の「はあ!?」という視線が返ってきた。

 結構似てたと思うんだけどな僕のドラ◯もん。


「これは筆ペンじゃない。鉛筆っていうれっきとした筆だ。グラファイト――芯が石炭の仲間でできていて、それを削り出して描く。ナイフで削ってもいいんだけど、今回はこれを使います」


 そこでこの鉛筆削りである。


「ま、丸くて可愛い!」


「何なのそれ? 見たことも聞いたこともないの」


「木でも鉄でもないです、軽くて固くてツルッとしてるです!」


 地球で買ってきた鉛筆削り器に女子たちは夢中である。

 なんか今年の文具大賞ってポップが貼ってあって、超おすすめされていたのだ。

 名前は確か……『トガリターン』だったかな。

 僕としてはナイフで十分なんだが、みんなのこのリアクションが見たくて買ってしまった。テへ。


「いいか、まずこの穴に鉛筆を入れます」


「ふむふむ」


「反対側のハンドルを手前から奥に向かって回します」


「ええ!?」


「芯を削り終わると手応えがなくなって、ハンドルを回し続けると排出されます」


「マジかよ」


 クレスとペリルの反応がいちいち気持ちいい。

 コリスまで言葉を失っているのがもう快感。


「というわけで、各自の鉛筆は自分で削って――――」


「はいはいはい! 私やりたい!」


「ずるいの、私が先に手を挙げたの!」


「俺が先だっつの!」


「ぼ、僕も! 僕もやりたい!」


「興味なんてねえ、興味はないが仕方ないから使ってやる!」


 ケイトが真っ先に飛びつき、レンカとピアニが奪い取ろうとしている。

 クレス、ペリル、コリスも我先にと群がっていた。


「落ち着け。奪い合うなら全部僕が削っちまうぞ。ケイトから順番にな。別に鉛筆削りは逃げないから」


 そう言うと全員がおとなしくなった。基本的に彼らは素直なのだ。


 ふむ。魔法学校の初等部は彼らが初めて通う学校である。

 幼稚園とか保育園制度は獣人にはないそうだ。


 親元で最低限の常識は学んでいるだろうが、集団生活の中の『順番』とか『約束』とか『譲り合い』も教えていかなければならないのだ。


 従ってクイン先生みたいな授業は、正直僕からすれば論外だ。

 子供たちよりもまず、自分の魔法自慢をしたいだけなのではないかと思ってしまう。


「削れた!」


「あ、ここに木くずが溜まってる!」


「なんて計算された道具なんだ。ヒト種族の王都にすげー技術をもった技工士がいるって聞いたことあるけど、まさか……!?」


 普通に感激するクレスとペリルに対してコリスはちょっと見当違いの深読みをしている。ないない。御茶ノ水のトゥールズで1500円で買ったもんだからそれ。


「ハイア」


 みんなの輪の中に入れず、ハイアはひとりしょんぼりとしていた。

 飯だってしっかり食べたし、大丈夫かと思ったが、いざ授業が始まると負い目が先に立ってしまうらしい。


「ほら、おまえの分の鉛筆とクロッキーブック」


「ナスカ先生、俺は…………」


「多分な、大丈夫だと思うぞ」


「え?」


「それを確かめるために、まずはこれ、受け取れ」


「すみません、俺なんかのためにこんな高級なものを…………!」


 なんか主君から下賜されるみたいに恭しく受け取っている。

 うーん。早く問題を解決してやらないとなあ。

 でも、僕の予想が正しければ、コレ・・で片鱗が見えるはずなのだが……。



 *



 さて、午後の授業開始である。

 もうおわかりだと思うが、みんなにはデッサンをしてもらうつもりだ。


 まずクロッキーブックの最初のページは自由に鉛筆を走らせることを教えた。

 直線を引いたり、円を描いたり、とにかく削り出した芯が丸くなるまで塗りつぶさせる。


「おお〜」「紙が破れないよ!」「インクをつけなくてもずっと描いてられる!」などと反応は上々だった。


 そして、2ページ目からデッサン開始である。


「全員ちゃんと鉛筆は削り直したな? みんなに描いてもらうのはこれだ」


「なんですか、それ?」


 僕が取り出したものにケイトが首を傾げる。


「なんでもないよ、ただの石膏せっこうで出来た『球体』だ。でも大事なのはこの形。みんなにはコレを描いてもらう」


 まず大事なのは形、そして手触りと質感だ。

 全員の手に渡るように回していく。


「まんまるすべすべ、なの」


「これを描くなんて簡単なのです」


 そう思うのならばやってみるといいよピアニ。

 僕はみんなが座った中心、砂浜にポンとデッサン用の真球オブジェクトを置く。


「真希奈、カウントして」


『かしこまりました。制限時間は1分1ミンです。いいですか――――始め!』


 みんな一斉に鉛筆を走らせる。

 そして予想通り――――


「描けた!」


「僕も!」


「けっ、余裕」


「私も、描けました」


「本気を出すまでもないの」


「こんなもんです」


 クレスから順番に完了の声を上げる。

 まだ1ミン(分)も経っていない。

 良くて30セカ(秒)ほどがいいところだ。


「それじゃあ見ていくか」


 後ろに回り込み、クロッキーブックを覗いていく。

 そこに描かれていたものは予想どおりただの『円』だった。


「不合格!」


「ええ、どうして!?」


 ケイトだけじゃない、他のみんなも大小の違いはあれど、鉛筆を丸くはしらせただけの平面的な円が描かれているだけだった。


「いいか、これは目で見た物の形を、頭の中に記憶して、それを絵に描く訓練だ。重要なのは形のアウトライン――――大まかな形を捉えることじゃない。もちろんそれも大切だけど、実物と見比べてみるといい。自分が描いたものと同じか? 同じじゃないだろう?」


「そう言われてみれば、違う、かな」


「確かに、どこが違うかはわからないけど、同じではないの」


「でも、どうやって描けば……?」


 女子組はわかってくれたようだ。

 だが男子組は大雑把すぎた。


「ええ、おんなじだろ。まるまるじゃん」


「うん、そっくりだと思う」


「訳分かんねー。なんの役に立つんだよこんな授業」


「それはもちろん、こういうことをできるようになるためだ」


 僕は指先に小さな鬼火を作る。

 先程肉を焼いた炎よりも大きなものだ。


 その炎が球体を形作る。

 球体から三角錐、直方体、そして矢のような鋭く尖った形を経て、最後はクルクルと螺旋を描き始める。


「おおお〜」というどよめき。魔法教師の面目躍如って感じだな。


「得られた魔素に魔力を付加して魔法は成る。その魔法に形を与えるのは魔法師のイメージ――――想像力だ。頭の中にキチンと与えるべき形が定まっていないと形にはならない。だから今のみんなのイメージはコレだ」


 クルクル、螺旋を描いていた炎がピーンと細く伸びて、端と端がくっついて『円』になった。


「で、本来はこうなる」


『円』だった単純な線に肉付けするように炎を纏い『真球』に。

 炎とは言っても燃焼はせず、煙も火の粉も上がらない。


 真希奈というOSを介してではあるが、僕のイメージは完璧だ。

 炎の魔素を使った光の球、という感じである。


 全員にキチンと見えるよう、顔の目の前まで近づける。

 光量に眩しそうに目を細めながらも、ひとりひとり、マジマジと見つめている。


「このように形を自在に操るために必要なのは、形、質感、影を描く必要があるのだが――――」


 ハイアの前まで来た時、僕は足を止めた。

 彼の描いていた『円』には、今僕が言ったとおりの『影』らしきものが描かれていたからだ。


「ハイア、おまえが描いたの、みんなにも見せて」


「え? これでござるか?」


「ござるござる。早く」


「は、はい」


 ハイアが自分の描いたものを恥ずかしそうに掲げる。

 みんなはそれを見て、自分の描いたものに目を落とす。

 違いがわかるかな?


「それぞれが座った位置が違うから、みんな同じには見えないはず。でもハイアの位置からはキチンと球体の下に影が出ているのが見えたんだ。これが超重要。みんなが描いたのは『平面』の『円』。ハイアが描いたのは『立体』の『球』。紙という平面に立体を描けるようになれば、魔法で作り出した炎に形を与えることも絶対できるようになる。とりあえず――――はい、みんなハイアに拍手!」


「すごいね、ハイア!」


 ケイトがパイパチと手をたたく。

 それに続き、みんなが一斉に拍手した。

 コリスは唇を尖らせてあさってを見ながらだが。

 賛辞を贈られたハイアは赤くなって頭を掻いていた。


「みんなが今使ってる鉛筆は実はかなり芯の濃い種類だ。力の入れ具合で薄くも描けるし濃くも描ける。じゃあ今度はみんなが今描いた『円』に影をつけて『球』にしてみよう」


「はーい」


 美術の授業のイロハのイ、デッサンの基礎の基礎ではあるが、魔法の授業との相性は抜群によかった。そもそもみんなは平面と立体の違いも今まで意識したことがなかったのではないだろうか。


 それからは一度休憩を挟んだ。

 しまった。氷水しかない。


 誰も文句は言わないが、明日からはラエルの屋敷からお菓子を貰ってこよう。

 それともまた地球に出張して焼き菓子でも買ってこようかな?


 クッキーやビスケットもパッケージから出せば普通にあるよね?

 それともブロックチョコでも買ってこようか。


 チョコレートって魔法世界にもあったかな?

 地球のチョコレートをあとでラエルに食わせて確認しとこう。


「球体は随分書けるようになったな。じゃあ次行くぞー」


 そうして三角錐、正六面体、円柱とデッサンを続けていく。

 紙より鉛筆より、実はこのオブジェの方が一番金がかかった。


 だがこうして子供たちが凄まじい集中力でデッサンをしている姿を見ていれば、まったく安い投資だったと思えてくる。


 あ、ちなみに地球でのお金は、カーネーショングループから支払われたアウラのモデル広告代である。


 仕方がない。僕の小遣いや貯金口座は、国際テロリストとして家宅捜索された際に全部没収&凍結されているのだから。


 百理の話ではそれはいずれ戻ってくるそうだが、エアリスにはあとでお金を使った旨を報告しておかなくちゃなあ。

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