第211話 魔法学校進級試験篇③ 大人の期待はたまに毒〜魔法師育成授業・二日目お昼

 * * *



「ふむふむ。クレスは炎の魔素。ペリルは土の魔素。コリスは風の魔素ね。概ね予想通りだな」


 あれからさらに半刻一時間あまり。

 ようやくクレスたちも明晰夢の状態で魔素と対話をすることができた。

 まあ、その結果はご覧の有様なんだが…………。


「うああああっ、ファイアーボールが、野生(?)のファイアーボールが追っかけてくるぅぅ!」


「土の中、冷たくて気持ちいい。僕、このまま冬眠する。もう出たくない…………ブツブツ」


「風だ、俺は風になるんだ! 誰も俺には追いつけないぜ! ヒャッハーッッ!!」


 この子たちの才能がありすぎるのか、それとも初めての魔素との対話でバッドトリップしてしまったのか。横になりながらこんな有様になってしまった。


「さて、いつまでもこのままというわけにはいかないな。真希奈」


『かしこまりました』


 超小規模にて魔素情報星雲エレメンタル・クラウド展開。

 隠密性を旨とする魔素情報星雲を使って、彼らに残存する魔素に干渉。

 速やかにそれらを抜き取ってリフレッシュさせる。


「――――はッ、お、俺は一体なにを!? 野生のファイアーボールの大群は!?」


「あれ、もう朝? というか僕なんで首だけ残して砂に埋まってるの? あれ?」


「俺は風、俺は俺は――――――何ヤッてんだちくしょぉぉぉ! 忘れろ、俺の今の姿は忘れろぉ! というか忘れさせてくれぇぇぇ!」


 目覚めてもうるさいな。

 まあ第一段階はクリアできたからよしとするか。


「せ、先生? いま何をしたんですか?」


 魔素と対話したことで、魔素が見えるようになったケイトがお目々をパチクリさせている。不意にクレスたちを包んでいた炎、土、風の魔素が消えてしまったのだから無理もない。


 僕は質問には答えず、誤魔化すようにケイトの頭をワシャワシャと撫でた。「もう何するんですか!」とプンスカ怒っている。可愛い。ぐふ。


「今の顔イヤらしいの」


「セーレスさんに言いつけるです」


「ごめんなさい。マジでそれだけはやめてください」


 九十度のお辞儀だった。

 良かれと思って引き合わせたのに、思わぬ弱点を作ることになってしまった。


「さてと」


 みんなの輪から外れ、ぽつんと佇んでいる者がいる。

 灰猿族のハイア。

 長い手足と身長。

 引き締まった肉体。

 子供の体格ではあるが、将来性は抜群に見える。


 いかにも只者じゃない雰囲気をまといながら、その実中身はヘッポコだったと自己申告してきた――ある意味潔いやつである。


「ハイア」


「申し訳ない、申し訳ないでござる」


「謝る必要はないよ。とりあえず詳しく聞かせてくれる?」


「は、はい…………」


 みんなの目を気にしながらハイアはポツポツと話してくれた。

 まあ要約すればなんのことはない、コネで入学した、ということだった。


 畢竟地帯ひっきょうちたいデルデ高地に住む獣人種、灰猿族。

 猿の特徴を持つ獣人である彼らは幼い頃から高地に住むことにより、他の種族よりも心肺機能に優れ、山々を駆け上る生活は強靭な足腰を錬成するのだという。


 祖父であるハヌマ・ラングールは自分と同じ灰猿族でありながら『猿飛えんぴ』という唯一無二の称号を得て、一時は列強十氏族に入ったほどだという。


 風をまとい、飛ぶが如く地を駆け、如何な敵であっても一撃で屠る。

 それこそが『飛猿ひえんのハヌマ・ラングール』と謳われた自慢の祖父であったそうな。


 だが、その息子であるハイアの父には、まるっきり魔法の才能はなく、飛猿を名乗ることはできなかった。


 生まれてきたハイアに魔法の才能があるとわかったときは、再び辺境獣人種の中から列強十氏族入りが誕生するのかと期待がされ、彼は幼い頃から持ち上げられまくってきたらしい。


「ですが俺には、どうしても祖父と同じ風の魔素を感じることはできなかったのでござる……!」


 炎でも水でも土でもダメ。

 絶対に風の魔素でなければならないのだという。

 祖父と同じく風を纏って戦わなければ『飛猿』の称号を名乗ることはできないから。


「うーん、なるほど。事情はわかったよ。あのじいさんもおまえには期待してるんだろうな」


「そ、そうなのでござる、今まではまだ魔法の修行をする前だからと言い訳もできたのでござるが、コレ以上はもう無理でござる! 俺に魔法の才能がないとわかったら、わかったら…………」


「勘当とかされるのか、獣人種でも?」


「いや、そもそも父が魔法師ではない故、そんなことにはならないかと…………でも」


「でも?」


「みんなガッカリするでござるよ。祖父はもちろん、両親も。そうなったらもう、今まで通りは暮らしては行けないでござる…………」


 がっくりと肩を落とし、ハイアはそのまま蹲った。

 事態はかなり深刻なようだ。


 生涯引け目を感じながら生きていく。

 期待が大きかっただけに、その反動も大きいものになる。


 落第者の烙印を押されたまま、一族の汚名を被り続ける毎日。

 それは家族間のつながりが強い獣人種でなくともシンドい生き方だろう。


 地球出身の僕よりも、同じ獣人種であるみんなの方が共感するものがあるらしい。

 砂地にひざまずくハイアに、全員が同情的な目を向けている。素直じゃないコリスだけは、あさってを向いて口を尖らせていたが。


 コネで魔法学校に入ったということ自体は、別に問題じゃないんだろうな、この世界においては……。


「よし、とりあえずだ」


「は、はい」


「昼飯にしよう」


「………………はい?」


 涙目になったハイアが見上げてくる。

 ダメダメ。子供がする表情じゃないぞそれは。


「飯だよ飯。バーベキューしよう!」


「ばーべ? え? なんでござる?」


 聞きなれない言葉にハイアはポカンとする。

 僕は大げさに、わざとらしく笑いかけた。


「とりあえず今すぐ家からほっぽり出されて、その歳でひとりで生きていかなきゃならないほどじゃないんだろ。ならなんとかなるよ多分――――」


 元ニートである僕には常にその危険性があった。

 その僕が言うんだから大丈夫だ。

 大人の勝手な期待って本当にウザいよね。


「それに、ちょっと気になることもあるしな」


「は、はあ」


「もう昼時だし、続きは飯を食ってからにしよう。真希奈?」


『はーい、みなさん手伝って下さい!』


「せんせー、これなに、なんなの?」


 クレスが興味津々とばかりに聞いてくる。

 ブルーシートをかぶせて海岸の隅っこに置いておいたバーベキューセットだ。


 コンロは組み立て式、といっても脚を出すだけの簡単なものだ。それをふたつ。

 あとはラエルのところから貰ってきた肉やら野菜やらを詰めたクーラーボックスがみっつ用意してある。


「うわあ、この箱の中、食材が冷たいまま入ってる!」


「氷、氷がいっぱい入ってるです!」


 蓋を開けたペリルが感激し、ピアニは氷に夢中になっている。大容量ウォータージャグに氷入りの飲み水入ってるからたくさん飲むといいよ。


「けっ、今からちんたら焼くなんてめんどくせー。俺は学校の食堂に行くぜ」


 案の定コリスはひとり背を向けて行こうとする。


「――――ふごっ! な、何すんだよ!」


『おや、一個じゃ足りませんか? じゃあ反対の鼻にも詰めますね豆』


「やめ、やへろ! 妖精だからって調子に乗ってると――――」


『俺は風になるんだー! って、学校でみんなに言いふらしますよ?』


「ちくしょー、火種はどうすんだよ!? さっさと焼けよ!」


「はいはい、そりゃあもちろん――――」


 僕はバチンと指を弾く。

 バーベーキューコンロの網の下に、小さな火種が生まれる。


 それは四角いコンロにいくつも整然と並び、上に置いた食材を程よく焼いていく。

 肉の焼けるいい匂いがし始めた。


 って、適当にラエルの屋敷から貰ってきたけど、なんの肉かな?

 ああ、ゲルブブ肉食ったの思い出した。懐かしいなあ。


「すげー!」


「す、すごい……!」


 クレスとケイトが感嘆の声を上げる。

 食材を焼いただけなのに何がすごいんだか。


「ナスカ先生、本当に魔法が使えたの」


「よかった、ちゃんと魔法師だったです」


 容赦ないレンカとピアニのツッコミにけそうになる。

 そういや真っ当な魔法使って見せるのって初めてだっけ?


「とりあえずガンガン焼くから全部食えおまえらー!」


「はーい!」と元気のいい返事が返ってくる。

 うむ。ヒトに飯の世話をするのって何かすごい満足感があるよね。不思議!

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