第210話 魔法学校進級試験篇② 明晰夢で逢いましょう〜魔法師育成授業・二日目
* * *
「なあペリル」
「なんだクレス」
「いい天気だな」
「だなー」
「こう天気がいいと眠くなってくるな」
「寝たらマキナ先生が鼻にカッチャン豆、詰めてくるぞ」
「カッチャン豆か」
「カッチャン豆だ」
「……………………」
「……………………」
「もしかして、おまえ食ったのか?」
「食ったさ」
「鼻に入ったんだよな?」
「入ったけど、自分のだし」
「うえー、ないわー」
「なんでだよ、美味いだろカッチャン豆!」
「いや、でもさ、なんか俺カッチャン豆嫌いになりそう」
「ふざけるな、食べ物を粗末にしたらダメなんだぞ!」
「粗末になんかしてねーよ、好き嫌いの問題だろ!」
「僕の鼻に入ったカッチャン豆を僕が食べたらクレスの好き嫌いが一個増えたことがおかしいって言ってるんだよ!」
「気分の問題なんだよ! 見た目を想像してみろよ、お前が自分のデカイ鼻をホジって取り出したカッチャン豆を口に運んでる姿を! まるで違うものをホジって食べてるみただいろう!」
「あーあー、言っちゃならないことを言った! 想像しないようにしてたことをわざわざ言いやがったな!」
「やっぱりおまえも自覚があったんだな! 自分で自分の鼻ク――――」
「言わせないよそれだけは――――!!」
『あなたたち――――食べ残したら呪いますよ』
騒ぎまくっていたクレスとペリルの鼻に、パタパタと妖精真希奈がカッチャン豆なる固い殻を持った豆を詰めていく。
「ふごごっ! そんなに入らねーっす!」「僕だけどうしてこんなにひ(い)っぱい入れるんですか! ぐがっ!」などとやってる。
授業が始まってまだ
「――――って、おまえらも寝るな!」
僕の足元、鳥緑族のコリスと灰猿族のハイアはもうすっかり熟睡モードに入っていた。頬をペシペシとしてやると、コリスはものすごい形相で睨んでくる。おい、僕は先生だぞ。もうちょっと敬え。そしてハイアはまったく起きる様子がない。いい度胸である。
本日は青空教室二日目。
本格的な魔法授業は今日が初めてとなる。
取り敢えず僕は彼ら彼女たちに魔法の才能があるものとし、魔法を使えるようになるための授業を行っている。
僕が最初に彼らに行った授業内容は、男子女子に分かれて、砂浜でごろ寝をするというものだった。天気もよく、実に良い昼寝――ならぬ朝寝日和だ。
誤解しないで欲しい。これはあくまで授業である。寝っ転がるのには正当な理由がある。あ、ちゃんと下には地球から持ってきたブルーシートを敷いてるのでご安心を。
日差しは暖かく、風は優しく、波が打ち寄せる規則的な音は、正直僕でも眠くなってくるほどではあるが……。
「ナ
男子たちを代表してクレスが質問してくる。
取り敢えず鼻の豆、取ってから喋れ。
「質問を質問で返すようで悪いが、逆に学校じゃあどんな授業をしてるんだ?」
「それは――――どんなんだっけ?」
「クレス、大体寝てるもんね」
ペリルがやれやれと首を振る。
「ちッ」と舌打ちをしているのはコリスだ。
「いつもは座学と実技ですね。実技と言っても、僕らは先生のお手本を見せてもらうだけですけど」
ペリルが丁寧に説明してくる。座学と見てるだけの実技なんてつまらなそうだな。
「自分で魔法を使う練習はさせてもらえないのか?」
「だから、その魔法をどうやって使うかわかんないんじゃん」
これはコリスだ。苛立たしげに睨んでくる。ふむ。魔法は使いたいけど使えない。苛立ちも募るだろうな。
「とにかく魔法は見て覚えるのがいい、とか言っちゃってさ。見ただけで使えるようになったら世話ないよなー」
クレスはお気楽な調子で言っているが、これはなかなか深刻ではないだろうか。
獣人種共有魔法学校ができる前は、魔法の学校は私塾が一般的だったという。
魔法の実力のあるものが、自分の裁量で学校を開き、自分の名声を喧伝し、高額の授業料で生徒を募集する。
そういう私塾の先生は天才肌で自尊心が高く、子供の時から自然と魔法が使える者が多いらしい。つまり、『誰に教えられなくてもできてしまったヒトたち』なので、『できない者がどうやったらできるようになるのか』――――という、そんな教え方はできないのだとか。
ケイトがトラウマを植え付けられたのも実技の時間だった。クイン先生が『憎』の意志を込めた攻撃魔法をお手本とばかりに連発していたのがマズかったのだろう。多分彼女も私塾出身の魔法師なんだと思われる。
確かに、見て覚えて魔法が使える子たちも中にはいるだろう。だがそれは一部の子供だけである。
彼らの大半は『魔素』も『魔力』の基礎も知らない子達ばかりだ。それなのに座学で教えるのは獣人種の歴史や過去の高名な魔法師の伝記なのだという。
効率悪い。思った以上にそこが変だよ獣人種共有魔法学校!
「まず、今日午前中の授業はキミたちに『魔素』の存在を感じ取ってもらう。と言っても、『魔素』の最たるものは、日常的に目にしてるし、何処にでも存在する」
「嘘つくな。見たことねーぞ」
コリスだ。どうでもいいけど腕枕に足なんか組んじゃって。
どうみても見た目女の子だから不良っぽく見えちゃうぞ。
「何言ってるんだ、四大魔素の結実した姿を、おまえたちはいつも見てるぞ」
「ホントに?」
「僕たちが?」
クレスとペリルが身を乗り出して聞いてくる。
「そう、例えばこの
「ええっ、そうなの!?」
「知らなかった……」
クレスとペリルは目をまんまるにしている。
コリスは――意地でも驚かないつもりか、片眉を跳ね上げた顰め面になっていた。
「それだけじゃない、自然現象の殆どによっつの魔素は関わっている」
四大魔素とは即ち、【個体】、【液体】、【気体】、そして【熱量】の状態に分類される。
太陽光や火を焚いた時に発生する熱や光は正に炎の魔素だ。砂浜を構成する小さな砂の粒や、向こうに見える岩石地帯は個体の最たるものだし、氷などは水と土の魔素が結実した姿だ。氷が解ければ液体に、液体は気体――風へと変化していく。
「目に見える全ての現象にはちゃんと意味がある。基本的に四大魔素の組み合わせで全て説明ができる。だからみんなには学校の教室の中ではなく、それらを感じやすいように屋外に集まってもらったんだ」
クレスとペリルは感心した様子で「そうだったのかー」と口をそろえて呟いている。素直な反応だ。一方へそ曲がりのコリスは組んだ脚をブラブラさせて疑義を呈してきた。
「そんなこと言ってもよ、いつも目の前にあるのが当たり前になりすぎて、今さら『魔素』だけ感じることなんてできねーぞ」
「鋭いな。確かに目に映るものは全て『魔素』が干渉した『結果』に過ぎない。では、直接『魔素』を感じるにはどうしたらいいのか。そこで、お前たちに寝てもらおうというわけだ」
「もったいぶんなよ、どういうことなんだよ」
しめしめ。コリスのやつめ随分と知りたそうだな。
興味なさげだったのに僕の術中にハマってるぞ?
「魔法師は誰しも自分自身の世界を持っている。そこから発生するのが『魔力』だ。そして『魔素』が存在する世界は外の世界。したがって、みんなには夢の中で『魔素』を感じてもらう」
「言ってる意味がわからないんですけど…………」
首を傾げるペリル。
そうやって脚を放りだして背中丸めてるとまるっきり青い熊だな。はちみつ好き?
「夢の中でって、バカじゃねーの? ――――ッち。しくじったなあ。その年で魔法学校の先生やるくらいだからよっぽど優秀なのかと思ったのに、こんな訳のわからん授業…………最悪だぜ」
コリスは本当に口が悪い。見た目は美少女みたいだけど、その毒舌はレンカと違ってちっとも可愛くないぞ。
「
「いっち…………なに?」
「まだ授業を始めて僅かな時間しか経っていない。少しわかっただけで、全てを理解しているとは言えないだろう。そんな状態で放り出したら魔法師なんてなれないぞ」
「――――ッ、わかったよ」
悪態をつきながらもコリスがごろりと横になる。それにならってクレスとペリルも仰向けになった。
「目をつぶって、そのままの状態で聞いてくれ。みんなが目指すのは『寝ているんだけど寝ていない状態』。意識の一部は起きている、という状態になってもらう。普段みんなは夢をみるだろう。そして夢の終わりはいつも目が覚めて終わるはずだ。何故か――――」
「姉ちゃんが起しにくるから」
「違うぞクレス」
「うーん。美味しそうな朝ごはんの匂いで目が覚めるから」
「デカイ図体で可愛いこというなペリル」
「…………夢は目覚める直前に見てるから」
「正解だコリス!」
なんだこいつ、やっぱり鋭いな。生徒が正しい答えを言っただけなのになんか嬉しい。テンションが上がる。これが教師冥利というやつなのか。
「僕達の眠りには二種類ある。深い眠りと浅い眠りだ。通常寝始めたばかりの時は浅い眠り。徐々に深い眠りになり、大体半刻と少しずつ、浅い眠りと深い眠りを繰り返す。そして夢をみるのは常に浅い眠りのときだ」
所謂レム睡眠とノンレム睡眠のことである。
「そして、みんなは夢の中で『あ、これは夢だ』って思った記憶はないか?」
「夢の中で? あったかなそんなの…………?」
「僕はあるかも。夢で見たことも結構覚えてる」
ペリルは経験者のようだ。それなら話は早い。
「夢なんて見ないよ。いつも朝までぐっすりだ」
けっ、とコリス。だが夢は必ず見ているものだ。レム睡眠から覚醒した場合は夢の内容を覚えていることが多い。でも深い眠りのノンレム睡眠から目覚めると、見ていた夢の内容は覚えてないのが普通だ。
「とにかく。今みんなにやってもらっているのは、浅い眠りの状態を意図的に作ってもらっているんだ。『夢の中でこれは夢だ』と自覚することができれば、自由に自分の夢を操れるようになるんだぞ」
「え、夢を自由に!?」
「美味しいものいっぱい食べられる?」
期待を裏切らないなペリルは。
「まあ、夢は自分の記憶の中から形作られるから、自分の知らない食べ物は出てこないだろうが、好きなものを食べるという満足感は得られるかもな」
「す、すごい……! 僕やる気出てきた!」
いやいや、ちょっとマテ。そうじゃない。
「違うぞ、好きな夢を見る練習じゃない。その状態になった時っていうのは、自分の世界と外の世界の境界が曖昧になってる状態でもあるんだ。そうなったとき、魔法師の卵であるみんなには、世界の声が――――『魔素』の声が聞こえるはずなんだ」
僕はサクサクと砂浜を踏みしめながら男子の寝ているシート――かなりの間隔を空けて反対側に女子たちが寝ているシートがあり、そこをゆっくりと回っていく。
「ヒトが目から得られる情報は膨大だ。だけど今、あえて横になり、目をつぶってその情報を遮断している。すると目以外の器官、耳や肌、鼻。それらがいつもより鋭敏になってくる。瞼の裏に温かい日差しを感じるだろう? むき出しの手足に風が触れる感触は? 風が運んでくる潮の匂いはどうだ?」
先程まであれほどブツブツ言っていた男子たちが静かになった。
だが眠っているのではない、リラックスしながら集中している状態なのだとわかる。
そして――――
『タケル様』
こっそりと真希奈が耳打ちしてくる。
「おお……」
小さく感嘆の声が漏れる。
ケイト、レンカ、ピアニの女子組だ。
昨日の課外授業のおかげで、最初から文句も言わず、僕の言うことに素直に聞いていた彼女たちにはもう効果が現れていた。
少女たちが横になったシートの周りには小さな極彩が集まり出している。
炎の
僕の
「真希奈、これって――――」
『確かに【愛】の意志力を感じます』
『憎』の意志力による魔素の取得とはいわば『
対して『愛』の意志力は友好と融和である。『憎』の意志力とは違い、『愛』の意志力による魔素への働きかけには大きなメリットがある。それは――――
「おおお、次から次へと」
魔素がちょっとシャレにならない規模で集まり始めた。
『愛』の意志の呼びかけにより、魔素たちが手をつなぎ、私も私もと駆け寄ってきているのだ。
それは連鎖式に増えていき、彼女たちの『愛』の意志力に触れた魔素たちが、再びそこいら中から仲間に呼びかけ、無尽蔵に増えていく――――
『タ、タケル様、流石にこれ以上は――――』
「そうだな。確かに心臓に悪いわ」
火種さえあれば爆発する大量火薬が目の前にうず高く積まれてるみたいなものだった。今この状態を見るものが見れば悲鳴を上げてしまうかもしれない。
「はいはい、女子組はおしまいー」
パンパン、と一定間隔で手を叩きながら覚醒を促す。
「う、ん…………あれ? 私、確か…………あれ?」
「ふあーあ…………なんかずっとふわふわしてたの」
「ぷは。か、体中が火照って、ふわあ、熱いですぅ」
ゆっくりと起き上がった三名は、寝ぼけ眼のままだ。それでも最初の授業としては破格の結果に僕はニヤニヤが止まらない。
「どうだった? どんなものが見えた? ケイト?」
「は、はい、えっと、深くて青い水の底で、天井でキラキラ光る
「ほうほう。レンカは?」
「おっきな綿毛になって、ふわふわどこまでも飛んでいく夢をみたの」
「なるほど。ピアニはどうだ?」
「よくわかんないです、けど、全身がもう熱くて熱くて。お水が欲しいです」
僕はトートバッグの中からマグボトルを取り出す。蓋を取って丸ごとピアニに渡した。
「鉄の筒? その割には軽いような…………つ、冷たい! あ、氷が入ってますです!」
「うそ、氷? いいなあ、私にもちょうだい」
「独り占めはダメなの」
女子たちは昨夜コンビニで買った氷入りのミネラルウォーターに夢中になっている。だがどうやら三名それぞれの話を総合すると、ケイトは水の、レンカは風の、ピアニは炎の魔素と相性がいいらしい。
やっぱりこの海岸は魔素が非常によく活性化している場所のようだ。
降り注ぐ
それぞれ炎、水、風、土と、非常に豊富な魔素たちが集まっている。
なんで他の先生たちはここで授業しないんだろうなあ。
何はともあれ。
女子たちは最初の課題をクリアしたわけだ。
明晰夢の状態で心の深部で魔素と対話をする。
それぞれが心象で見た自己のイメージに最も色濃く反映される魔素が、本人と相性がいい魔素である。
本日は自分の得意な魔素がわかるところまで行って欲しいのだが――――
「ナスカ先生、男子たちのアレって…………」
ケイトが指差す方。
男子たちが横になったシートでは、早くも集中力を切らしたクレスがイライラカリカリとのたうち始め、ペリルはさぞごちそうにありつく夢を見ているのだろう、ヨダレを垂らしながら高いびき。コリスは――――なんか目を開けたまま瞬きもせず
そしてさっきからずっと黙ったままだったハイアと言えば――――
「いやあ、やっぱりダメでござる」
ござる?
ハイアは唐突にビョンっと跳ね起きて、そのまま僕のところへ軽い足取りでやってきた。
「ナスカ先生、俺には魔素というものがまったく感じ取れないです。魔法師、諦めた方がいいですか? いいですよね? 泣いていいですか…………?」
あまりにも潔いドロップアウト宣言に、僕は絶句した。
てか、そんなんでどうして魔法学校に入れたんだよキミ……?
続く。
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