魔法学校進級試験篇

第209話 魔法学校進級試験篇① 幕間・受賞者インタビュー〜拝啓、私のヒーローさんへ

 * * *



「1万円からのお預かり、900円のお返しです。ありがとうございましたー」


 夜8時過ぎ。僕は両手いっぱいにビニール袋を抱えて店を出た。いやあ危なかった。閉店ギリギリの時間だったぜ。ついでに何処かで食事を済ませようかと駅前までの坂道を登っていく。


 平日だが街は閑散としていた。

 もともと学生の街だけあって、夜は人通りが少なくなるが、それでもまだ宵の口といってもいい時間だ。


 駅前周辺はそうでもないが、ひとつ道を外れて路地に入ればそこは真っ暗だった。電力の使用制限がされていて、外灯は軒並み落とされているようだった。


 ヒトも車の通りすらまばらな物寂しい繁華街に、政府広報のニュースだけがもの悲しく響いている。


『本日2月13日で大規模地球災害、通称【サランガ災害】が終息してから47日目となりました。主な被害地域となった、アメリカ、日本での死傷者数は併せて154万2491人となりました。最大の被害地域となったハワイ島では調査隊による検分が連日行われ、本日未明全島民の死亡が正式に確認されました。これに対してローマ教皇フランシスコは異例の緊急声明を出し――――』


 そう、僕は今――――日本にいる。


 明日から子供たちのために使う勉強道具を自費で買いに来たのだ。

 本来なら青空教室などと言わず、学校長に交渉してどこか空き教室を借りてもよかった。


 だが、やっぱり今の方が色々と都合がいいと考え、暫くの間授業は海岸でやると決めたのだ。


 学校の施設も使えず、子供たちには色々と不便をかけるかわりに、魔法世界にはないアイテムを使うくらいは許されるだろうと、ケイトたちを送り届けてから聖剣でゲートを開き、一ヶ月以上ぶりとなる日本で、今しがた買い物を終えたところである。


 さて、久しぶりの日本での食事だ。

 ハンバーガーがいいか、ラーメンがいいか。

 たしかこのへんって有名な豚丼のお店があったような。

 いや、さすがにもう閉まってるかな。

 などと看板を見上げていると――――


『国内からは嬉しいニュースです。声優で歌手でもある綾瀬川心深さんに国民栄誉賞の授与が決定しました』


「――――ブーッ!!」


『タケル様!?』


 なななな、なんですって!?

 ど、どどどどういうこと!?


『タケル様、スマホに映像を出します!』


 ナイスだ真希奈!

 画面に映されたのは総理官邸、官房長官の記者会見の様子だった。

 バシャバシャとフラッシュが焚かれる中、バーコードのおっさんが幼馴染の名前を読み上げる。


『――――綾瀬川心深さんは先の【サランガ災害】において、自らの危険を顧みず、インターネット放送という形で、最後まで人々に希望を呼びかけ続けました。その毅然きぜんとした振る舞いは、目にする国民全てに勇気を与え、結果的に多くの人命を救うこととなりました。よってその功績著しいとして、紅綬褒章こうじゅほうしょう、並びに国民栄誉賞の同時受賞を、全会一致で決定いたしました』


 おおおおーッ、と記者たちがざわめき、フラッシュの光が強くなる。

 ちなみに紅綬褒章とは『自己の危険を顧みず人命の救助に尽力した者』に送られる褒章だ。授与式は天皇陛下が行う。


 対して国民栄誉賞は内閣総理大臣が贈る賞のことで、その条件とは『広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、その栄誉を讃えること』とある。


 確かに、もともとの声優としての人気も実績もあるし、条件は満たしているような……。


『タケル様、さらに国民栄誉賞は割りと総理大臣の胸三寸のところがあります。出したいと思えばわりと出せちゃう的な。あ、あと重要な受賞条件として【歴史を塗り替えるような、突き抜けた功績を上げる】という暗黙の了解も必要とか』


 補足説明ありがとう真希奈。ちなみにいまの真希奈は人形ではない、コアだけ虚空心臓内に格納し、スマホ越しに僕と会話していた。


 いや、それにしてもびっくりした。

 16歳の女の子が陛下と総理から表彰されるなんて前代未聞すぎるだろう。などと思っていると、僕が考えたのとおんなじような解説を、スタジオのコメンテーターも言っていた。


「これもやっぱり国民感情の高揚目的があるんだろうなあ」


『まさにそのものズバリだと思います』


 話題性のあるヒーロー・ヒロインを作り出して、暗く沈んだ国民感情を浮揚させる意図があるんだろう。


 実際、サランガ災害がもたらした被害は、人的なものだけに限らず、経済活動や生産活動などなど、多岐に渡っている。


 政府やメディアも、明るい話題を作り出そうと必死になっているのだ。


 ――――などということを僕が考えていると、画面の中でキャスターが『現場と中継がつながっています』と住宅街を映しだす。見覚えがある。心深の家の近所だ。


『はい、こちらはすでに多くの報道陣が詰めかけています。私の後ろに見えますのが綾瀬川心深さんのご自宅で――――あ、出てきました、綾瀬川心深さんが現れました!』


 玄関扉が開き、制服姿の心深が衆目に姿を晒す。一斉にフラッシュが降り注ぎ、心深は一瞬目を背けるも、改めてしっかと前を見つめる。


 たくさんの――それこそ歩道を埋め尽くすほどのテレビカメラと中継車、リポーターがいるにもかかわらず、彼女は威風堂々とした態度で、ススっと門戸の前に歩み出る。なんだろう、コイツこんなかっこよかったっけ……?


『綾瀬川さんおめでとうございます! 先程【紅綬褒章】と【国民栄誉賞】のダブル受賞が決定しました! 何かご感想は!?』


『はい、先程宮内庁と官邸からお電話をいただきました。大変栄誉なことだと受け止めています』


『サランガ災害で放送をしているときから、こうなることは予想していた!?』


『まったく予想していません。そもそもあの放送は私ひとりの力でできたことではありません。私の無茶に付き合い続けてくれた、プロディーサーやスタッフの方々と一緒にこの喜びを分かち合いたいと思います』


『授賞式にはどなたかご家族が列席されるんですか!?』


『はい、父と母が付き添いをしてくれると思います』


『ご家族の方はなんとおっしゃってますか!?』


『母は早速、エステに通わなくっちゃと言っていました』


 ――――どっ! と笑いが溢れる。ひえー、あのおっかないお母さんをネタにして笑いを取ってる。なんか余裕が感じられるぞ心深のやつ。


『今この喜びを誰に伝えたいですか!?』


 リポーターがそう質問したとき、心深が押し黙った。

 よどみなく答えていたのに、初めて時間が空く。


 下手をすれば十数秒も沈黙が続き、質問した本人がもう一度呼びかけるため『綾瀬川さん』と言いかけたとき、ようやく彼女は口を開いた。


『最後の最後に私を、そして多くの国民を助けてくれた、あの金色のヒトに――――ありがとうと、伝えたいです』


 顔を上げた心深はここではない、どこか遠くを見つめる目をしていた。

 まるで画面越しにその金色のヒト――――僕を見ているような、そんな気さえした。


 画面の向こうでは、強い意志を感じさせる心深の顔に、容赦なくフラッシュの雨が降り注いでいた。


『あの光の正体を綾瀬川さんはご存知なんじゃないんですか!?』


『もし知ってるとしたら、どうして今までその正体を明かさないんですか!?』


『あるいはあの光は、集団幻覚だったのではないかとの説もありますが!?』


『自衛隊の新型兵器だったんじゃないかという噂も――――!?』


『あの光が現れたあと、心深ちゃん泣いちゃったよね、どうして!? やっぱり知ってるヒトだったんじゃないの!?』


 矢継ぎ早に投げかけられる質問に、心深は少し困った表情をしたあと、今までの毅然としたものではない、心の深奥から溢れる慈愛の微笑みを浮かべた。ドキっと、一瞬僕の胸が高鳴る。


『あの光の正体は――――わかりません。もしかしたら極限状態にあったヒトの心が見せた幻覚だった可能性も否定はできません。ですが厳然として、あの光を多くの人々が目撃し、その出現の直後に、化け物たちの脅威は消え去りました。結果だけ見るなら、金色の光の持ち主は、紛れもなく私のヒーローなんです』


 笑っているような、でも泣いているような。

 そんな複雑な表情の心深が言葉を続ける。


『ですから、私が分不相応にもいただいた、多くの栄誉や感謝の声は、本来すべてそのヒーローさんが受け取るべきもの……なんだと思います』


 誰も声を挟まず、ただ心深の言葉に耳を傾けていた。

 まるで今の心深は、この放送を通じて、あの日、あの光を見た全ての人々の心を代弁しているかのようだった。


『今、この放送を彼――――ヒーロさんが見ているのかはわかりません。ですが見てくれていることを願って、この場を借りてお礼を言わせてください。――――本当にありがとう、みんなを助けてくれて』


 深々とお辞儀をしたあと、心深は『失礼します』と、報道陣を前に背を向けた。画面がスタジオに切り替わる。


 再びキャスターが来期に延期された心深が主演を務めるアニメ映画の宣伝や、心深が歌う映画の主題歌が現在オリコンランキングで1位を獲得し続けていることを紹介していた。


 だが正直僕は心深の最後の言葉がずっと耳に残っていて、もう何も頭に入ってこなかった。


『タケル様、そろそろ現地時間は深夜になりますが』


「そっか、そうだな。…………帰るか」


『お食事はどうされますか?』


「んー。今日はいいかな。なんか胸がいっぱいだ」


『かしこまりました。【ゲート】を開くのに都合のいいスポットまでナビゲートいたします』


「うん、よろしく」


 ヒトのいる場所に背を向けて、僕は暗い街路を歩き続ける。

 先程まで感じていた空腹感は、今は別の何かで満たされてしまい、まったく感じなくなっていた。


 あるいはこれは――――ヒトに褒められることなど、何一つしてこなかった僕が初めてもらった、勲章と呼べるものなのかもしれない。


 ホント、情けないけど。ようやく今頃になって、自分が地球を救ったんだという、そんな実感が湧いてきてしまい、どうにもむず痒いやら、興奮しているやらで、強く自制していなければ、空でも飛んじゃいそうな勢いで――――すっかり参ってしまっているのだった……。


 さて、明日からは授業開始だな。

 頑張ろっと…………!

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