第208話 働こうよ改め働け篇⑩ 精霊魔法と愛の祝福〜魔法師育成授業一日目・放課後3
* * *
レンカなの。
亜麻兎族はスーザンの娘で――――ってこれはもうやったの。
瞬きの間に私達を見知らぬ街に連れ去ったナスカ先生。
この事実だけでも、彼が只者ではないとわかるの。
ここは何処? 確かにナーガセーナではないが、獣人種の街であることは間違いない……。
それもこれだけ治水と整地が成されてる街は、そうそうあるものではないから、恐らく列強十氏族のいずれかが統治する街に違いないの。
亜麻兎族は親類全員が商人という一族。
行商を生業とし、中には獣人以外のヒト種族とも交易をしているものもいるの。
でも、商品の運搬の際、盗賊との戦いは付き物。
一族の全員が剣の心得を持っている手練なの。
私の兄も一流の剣の使い手だし、それでも魔法師とは戦いたくないと常に口にしているの。それくらい魔法師は、一方的に相手を蹂躙できる力を持っているの。
私に魔法師の才能があるとわかったのは、私がまだ赤子のとき。窓も開いていない室内が、めちゃくちゃになるころがままあり、訝しんだお母さんが、私が泣き疲れて眠るのを待ってから寝ずの番をしたみたいなの。
結果、部屋を荒らし回ったのは私自身。正確には私の
そうして私は、満を持して魔法学校に入学した。最初は獣人種の高名な魔法私学に入門させられそうになったけど、教育方針の違いとかで、父と私学長が大喧嘩をして、その話はなくなってしまったの。
魔法私学は、良くも悪くも私学長の門派の徒弟となるの。才能はもとより、恭順が強く求められるの。中には家族とのつながりを絶ち、魔法師として身を立てたあとも、師弟の間の絆のみしか認めないものもあるというの。
それは一族の繋がりを重んじる獣人種の間では異端とされる考え方。だからこそ、特定の思想や偏った私感を廃した『魔法師共有学校』へと入学するものが後を絶たないの。
私も家族と離れるのは辛かったけど、立派な魔法師になって父や兄の役に立つことができるのならと、涙を飲んで寮生活をしているの。
それなのにクイン先生の教育方針は、まるで評判の悪い私学教育そのものだったの。でもこれを乗り越えれば必ず魔法師になれるという期待もあったの。あの日、クイン先生に落伍者の烙印を押されるまでは。
突然現れたナスカ先生は、そんな私達を救ってくれたの。でもまだよくわからない。出会ってまだ半日。理不尽とはいえ、クイン先生の魔法師としての実力は確かなものだったの。
本当にナスカ先生の教えを受ければ大丈夫なの?
ナスカ先生って一体何者なんだろう…………?
*
ピアニです。
す、すごいです、こんな綺麗な女性みたことないです。
しかも、
どーみても私達より年下なのに、なんかそんな感じが全然しません。
昔、お母さんが読んでくれた寝物語の中に、神様と呼ばれる存在がヒトの身体を依代に顕現する、というものを聞かせてくれました。
子供とは思えないほど聡明で思慮深く、そして知力と知性に優れていると。
この方はまさにそんな感じです。逆に、先程『神像』と共に現れたバインバインの女性の方が中身が子供っぽかった気がします。
それよりも、すっごくすっごく気になることがあるです。
また……ほら、もう一度。
車輪がついた奇妙な椅子をケイトが押しながら、私やレンカと楽しくお話しているセーレスさん。
でも、たまに視線が後ろに――――私達から少し離れたところを歩くナスカ先生の方に向かいます。
ナスカ先生、先程のお話から察するに、どうやらセーレスさんたちにろくな挨拶もせずに魔法学校にきたようです。
本人は今、妖精のマキナさんとのお話に夢中になっているようですが、セーレスさんの視線に気付いてない様子です。
ふーむ。てっきりナスカ先生の方がセーレスさんにお熱……なのかと思いきや、意外なことにセーレスさんの方がナスカ先生のことを?
正直信じられませんが事実のようです。
それなのにナスカ先生はニブちんですねえ。
「ピアニ?」
椅子を押すケイトちゃんの服を引っ張ります。
注意が逸れて歩みが遅くなると、ナスカ先生が追いついてきました。
「どうかしたのか?」
鈍い。こんな女神みたいなヒトに半端じゃなく好かれているくせに、どうしてもっとそばにいて声をかけてやらないんでしょうか。
ほら、ナスカ先生が隣に並んだだけで、まるで光が灯ったようにセーレスさんは嬉しそうにしています。私、いい仕事をしました。
――――と、セーレスさんと目が合いました。
「ピアニ? 顔が真っ赤なの」
「いえ、なんでもない、です」
不意打ちされたです。
お礼のつもりなのか、あんな無防備な笑顔を向けられたら、頭がどうにかなってしまうです。
心臓が痛いくらい爆発してます。こんな笑顔を向けられて、どうしてナスカ先生は平気なんでしょう。
あ、鈍いのか。
良くも悪くも。
セーレスさんも苦労しそうですねえ。
* * *
公園内はもう斜陽に染まっていた。
遊歩道を奥へ進んでいくと、真っ赤な夕日を映す、美しい湖面があらわれる。
泉、というより、街のために作られた治水用の溜池といったところか。
とはいってもかなりの広さがある。
真ん中には大きな
これは、なかなか粋なデートスポットではないだろうか。
実際、橋の上には幾人もの獣人たち、恋人同士と思わしき者たちが手をつなぎながら歩いている。
「タケル、いい?」
セーレスが僕を振り返り、橋の真ん中を見る。
泉の中央。確かにうってつけだな。
「ケイト、ちょっといいか?」
橋の入り口は高くなっていて、緩やかとはいえ階段を昇っていかなければならない。バリアフリーなんてまったく考えてないのだろう。まあ、この世界は車椅子なんて想定してないだろうからな。
ケイトに場所を譲ってもらい、僕は後ろから車椅子の車輪を抱えると、セーレスを乗っけたまま持ち上げ――――
「ダメぇ!!」
うおっ! ケイト? どうした?
「ナスカ先生さいてーなの」
「それは絶対赦せません、です」
「何が? え、何が?」
レンカとピアニまで。
急に怒り出した獣人女子たちに、僕は戸惑うばかり。
何かマズイことした?
『タケル様、敵に塩を送りたくはありませんが、さすがに今のは同じ女として同情せざるを得ません』
真希奈まで。どうやら僕の味方は一人もいないようだ。
「先生、その椅子は私達で運びますから」
「あとはどうすればいいか、自ずと答えは導かれるの」
「やさしく、あくまで優雅に。それ以外なんて見たくない、です」
まさか、この子達の前で
それはちょっと恥ずかし…………。
「タケルぅ」
椅子に座ったセーレスが両手を伸ばしてくる。
しかもそんな、甘え声でおねだりをするように名前を呼ぶなんて。
「………………はい」
あ。この感触。なんかすごく久しぶり。
この一ヶ月意識が曖昧だったから、ちゃんと触った記憶を思い出せば、十数ヶ月ぶりになる。
でもそれは僕の主観であって、おそらくセーレスからすれば本当に十年ぶりのことなんだろう。
僕はセーレスの身体を持ち上げる。
まるで重さを感じさせない綿毛のような軽さ。
でも太陽を浴びた布団のような温もり。
そしてこの、得も言われぬ香り。
セーレスの匂い。懐かしい。
ああ、改めて思う。
本当に僕はやったんだ。
大好きな女の子を取り戻すことができたんだ。
僕の腕の中、セーレスが上目に見上げてくる。
それに対して僕も自然と見つめ返す。
セーレスの顔が赤い。
僕の顔も多分赤いだろう。
そしてケイトは目を白黒させ、レンカはニマニマと笑い、ピアニはにっこり笑顔で拍手なんかしていた。
これか、これが見たかったのかお前らは!
僕にお姫様抱っこされるセーレスの姿が見たかったのか!?
橋の上にいる獣人の恋人たちが道を開けてくれる。
脇にのけながら微笑ましそうに僕らをを見てくる。
そうして一歩、また一歩と、ふわふわとした足取りで進んでいき、橋の真ん中、泉の中央付近へとたどり着く。
その場所から遥か彼方に目を移す。
地平線の向こう、山々の中へと沈んでいく
かつて地球で見た太陽といささかも変わらないはずなのに、何故か今は違って見える。
何が違うというのだろう。
街並み? 星の位置? 風の冷たさ?
いや多分、地球にいたときにはキミがいなかった。
好きな女の子と一緒に見る風景は、いつでも特別なのだ。
「綺麗…………」
「ああ、綺麗だ」
なんかずっとこうしてたい。
そろそろ冷えてくる時間なのに、僕とセーレスの触れ合ったところからは熱が溢れていて、何時間だってお互いの体温を感じながらこうしていられそうな気がした。
『あー、そろそろ、本来の趣旨に戻ったほうがいいと思うのですが、タケル様?』
「はッ――――」
なんてことだ。
恋人なんて、バカップルなんて。
そう思っていた僕なのに。
ケイト、レンカ、ピアニを見れば、子供がしてはイケない類いのイヤらしい笑みを噛み殺してらっしゃる。
いかんいかん今の僕は先生。教育者なのだからしっかりしないと。
「うおっほん。ありがとうケイト、椅子を」
「はーい」
セーレスをそっと椅子に座らせる。
手を離す瞬間、僕の首に回した彼女の腕が、僅かに引っかかった。
まるで離れたくないと抵抗するようだった。
はあああ! ヤ・ヴァ・イ! キュン死してしまう!
『タケル様の浮気者ぉ…………!』
真希奈が思いっきりほっぺを引っ張ってくる。
痛いけど、今は正気に戻してくれたから感謝しとこう。
*
「ケイト、来て」
「は、はいっ!」
呼ばれたケイトがセーレスの正面に立つ。
差し出された手に、自分の手を乗せる。
セーレスは、ケイトの手を引っ張り、己の胸元へと抱き寄せた。
「え! ええ!? セ、セーレスさん!?」
突然の抱擁。
抱きしめられ、ケイトが戸惑いの声を上げる。
セーレスは母親が幼子にするように、優しくゆっくりと頭を撫でていた。
「魔法が怖い?」
「ッ――――ど、どうしてそれを!?」
ケイトが僕を見る。
話してる暇なんかなかっただろ、とばかりに首を振っておく。
「あなたの心が恐怖に囚われてる。あなたの心に触れた全ての魔素が悲しそうに
「――――ッ!!」
怯えて竦んだ心根は、周囲の魔素にも影響を与える。たとえ呼びかけなくとも、魔法師の精神に、心に触れた魔素はネガティブな影響を受けてしまう。
それはあまりよろしい状況とは言えない。魔法の才能がある者に修行をさせるのは、魔法を制御できない者を野放しにできないという側面もあるのだ。
「無意識であっても魔素に影響を与えてしまうほどの意志力は優秀な魔法師の証。あなたはきっといい魔法師になれる」
「で、でも――――」
セーレスの腕の中、ムズがるようにケイトが首を振る。
「魔法は誰かを傷つけることだってできるじゃないですか。私はそうな風になりたくない。やっぱり、魔法は怖いです…………!」
「うん、そうだね。魔法は怖いよね。でも私は、そんな怖い魔法からみんなを守る魔法師になって欲しい」
「みんなを、守る…………?」
「ケイトだけじゃなく、レンカとピアニも。魔法は確かに誰かを傷つけるかもしれない。でももし、自分の家族や大切なヒトが誰かの魔法によって傷つけられようとしていたら、あなた達はどうする?」
「ッ、それは――――」
「嫌っ、です――――!」
魔法師に対抗できるのは魔法師だけ。
もし万が一、悪い心根を持った魔法師の牙が、誰かを襲ったら。
そしてその誰かの中に、自分の大切なヒトがいたら。
きっと己自身、持てるチカラを振り絞って戦うだろう。
魔法であっても剣であっても、そして素手だろうと関係ない。
人々は営みの中、誰もが常に不当の暴力に晒される危険を持っている。
そしてケイトたちは幸いにも魔法という――素手より、あるいは剣より優れた手段を有しているのだ。
「大丈夫。誰かを守るためのチカラは決して怖くない。ね、タケル?」
「ナスカ先生…………?」
「そうだな。喧嘩もしたし、誤解もされたし、罪人にされて、痛い思いもいっぱいしたけど、今はみんなを守ることができてよかったと思ってるよ」
地球を守ったなどという自覚は正直ない。
ただ僕にとっては、守るべき仲間たちと、彼らが拠り所にする世界をついでに守ったに過ぎない。
でも、と思う。
もし僕がセーレスと出会わず、魔法も使えないまま地球で
「魔法は怖くない。未熟なまま魔法を使ったり、無意識に魔素に影響を与える方がずっと怖い。そして、『憎』の意志力に対して、無理に『憎』の意志で対抗しなくていい」
「そ、それじゃあ、攻撃魔法に対して、どうやって対処すれば…………?」
ケイトの瞳が不安に揺れる。
セーレスはニッコリと笑って、それが当然の答えのように言い切った。
「それは、これから教えてもらえるはずよ。ね、ナスカ先生?」
「ああ。さっきも言ったけど、みんなには『愛』の意志による魔法を教えるつもりだ」
「ええッ!?」
「そんな、どうやって……?」
『憎』の意志の元放たれる攻撃魔法に対抗するためには、同じく『憎』の意志による攻撃魔法で相殺するしかない――――などと子供たちはおろか、魔法学校の先生、特にあのクイン先生は思っているのだ。やれやれだね。
「僕はむしろ『愛』の意志による魔法の方がずっとずっと強いと思ってる。セーレス、見せてあげてくれる?」
「うん」
辺りはもう暗くなり始めていた。
外灯、なんてものは園内には殆ど無い。
街の中心に行けば、魔法で
「これは――――泉が!」
ケイトが驚きの声を上げる。
橋の下、湖面全体が藍色に輝いている。
それは膨大な水の魔素がセーレスの『愛』の意思の元に呼応しているためだ。
やがて泉の各所から藍色の光を放つ水球がいくつも浮かび上がる。
幾百、幾千と立ち上る光の水球は、まるで蛍火のように淡く美しく幻想的だった。
「す、すごい…………!」
「こんな、こんな大規模の魔法、みたことないの…………!」
「でも全然怖くない。むしろすごく優しい感じがするです…………!」
ケイトたちもこれら全てが『愛』の意志力のもとに集まった水の魔素による魔法だと気づいたようだ。
そうだ。強引に魔素を切り取り、攻撃に転化する『憎』の意志よりも、全ての魔素に働きかけ、チカラを貸してもらえる『愛』の意志力の方が強い。
今まさにセーレスが行っているのはそういう魔法だ。
「ひっ――――!」
ケイトの悲鳴。
湖面から現れた水精の大蛇がジッとこちらを見ている。
「大丈夫、怖がらないで。ちゃんと感じて」
藍色の輝きを内包した大蛇は、その長い胴を桁橋にグルリと巻きつけ、一周して再び現れる。ケイトたちを丸呑みできそうなほどの頭部が、ゆっくりと近づいてくる。
「ホントだ、怖くない…………」
「見つめてるだけで、胸の奥が熱くなってくるような…………」
「なんだかこっちまで優しい気持ちになれるです…………」
三名の言葉に満足したのか、大蛇は顔を引いてそのまま湖面へと戻っていく。
あれほどあった光の水球も、セーレスの手元のひとつを残して全て消えてしまった。
「セーレスさん……私、まだ漠然とだけど、わかった気がします……!」
ケイトはすっくと立ち上がり、胸の前で組んだ手を震わせながらそう言った。
セーレスも嬉しそうに頷きながら、ケイト、レンカ、ピアニの順に視線を送り、恭しく告げる。
「あなた達に、水の精霊の加護がありますように」
「はいっ!」
「なのっ!」
「ですっ!」
三名の声が木霊する。
魔法を使うこと、それによって誰かを傷つけてしまうことに怯え、禍々しい『憎』の意志力にとらわれていたケイトの心は解放されたようだ。
そしてレンカやピアニも、目の目でこれ以上無い『愛』の意志力による魔法を見せられて、自分が進むべき魔法師としての方向性を理解したようだった。
「いやあ、よかった。じゃあ遅くなる前に戻ろうか――――」
『上空、感あり。来ます――――!』
真希奈が告げた途端、泉が爆発した。
いや違う、夜空から落ちてきた巨大物体が着水したのだ。
おいおい、その登場は天丼だぞ?
「きゃっほー、お母様、お父様、全部終わらしてきたよー! あと私のこと今呼んだでしょ?」
湖面に屹立するF−22Aラプターの肩から飛び降りるセレスティア。
「あれ、なんでみんなびしょ濡れなの?」とか言ってくる。このお馬鹿娘、どうしてくれようか。
「ねえセレスティア、ケイト、レンカ、ピアニに祝福をあげて」
「え、祝福? いいよー」
そういうとセレスティアはずぶ濡れのケイトたちのおでこに順番にキスをしていく。すると不思議なことに、彼女たちの全身を濡らしていた水が、光の球となって立ち上り始めたではないか。
「これ、水の魔素が、さっきのセーレスさんの魔法に呼応して?」
「あれほど大規模な魔法の行使といい、強大な『愛』の意志力といい…………」
「もしかしてセーレスさんって――――」
「そうだよ、お母様って水の精霊の加護持ちなんだから!」
セレスティアはえっへんと胸を張り、「そして私は水の精霊です」と自ら告白してしまった。あーあ。まあいっか。
それからの三名は、女神みたいなと思っていたセーレスが、本物の精霊を有する魔法師だとわかり、絶句したり感激したり泣いたりで大変だった。
この出会いをきっかけに、彼女たちがいい魔法師になってくれることを期待しよう。課外授業は大成功だったな。うん。
*
おまけ
「タケル、エアリスには会っていかないの?」
帰り際。三名を連れて再びナーガセーナに帰還しようとする直前、セーレスはそんなことを聞いてきた。
「え、うん。今日はもう時間ないし。あの娘たちを送っていかないと」
ケイトとレンカとピアニは、セレスティアと一緒になってわーわーきゃきゃー、走り回って遊んでいる。精神構造が同年代なのですっごい楽しそうだ。よかったよかった。
「少しだけでも時間ない?」
「いや、明日からの授業の準備があるから――――」
どうしてセーレスはこんなに食い下がるんだろう。
不思議に思っていると、「むううう」って感じでみるみる不機嫌になっていく。なんでさ?
「私に会うなら、エアリスにも会わなきゃダメ!」
「えっと――――どうして?」
「どうしてじゃない、口答えしない!」
「は、はい、すみません!」
でも、本当に時間がないのだ。
ケイトは早めに親父さんのとこに連れて行かなきゃだし、寮生のレンカとピアニは夕食に間に合わなくなってしまう。
「わかった。じゃあ今度こっちに来たらエアリスにだけ会って。私とは会わなくていいから」
「どうして!?」
まったくわからん。なんでそんなことをしなきゃならないんだ!?
「とにかく、私と過ごしたのと同じ時間だけエアリスとも過ごして。私とセレスティアに優しくしたら、エアリスとアウラにも優しくすること。約束して!」
「は、はい、よくわかんないですけど、そうします」
「タケルのバカ」
理不尽だ。
でもまあ、セーレスがかなり元気に回復していることがわかったからいいかな。
「それじゃあみんな、そろそろ帰るぞー」
はーい、と最初に来るときより随分素直になった三名が僕に抱きついてくる。あらやだ、先生嬉しいぞ。
「セーレスさん、セレスティアさん、今日はありがとうございました!」
「ありがとう、ございましたなの!」
「ありがとう、です!」
「みんな、またね」
「真希奈、お父様に迷惑かけないでよね!」
『セレスティアじゃないので真希奈は常にタケル様のお役に立ってますぅー』
「なんですって――――!」
「あれ、もしかしてマキナちゃんも精れ――――」
「さあ行くぞ! みんな目をつぶってー!」
そんなこんなで、ナスカ組の初課外授業は無事に終わったのだった。
*
「はあ、また今日も海岸で授業かよ」
翌朝、ぶつくさと文句を言いながら赤猫族のクレスは友人四名と登校していた。
「あのナスカ先生って、なんかイマイチ強そうじゃないよなあ」
「そりゃあ、さすがにクイン先生より強いってことはないだろうけど」
「いや、俺は只者じゃないと思ってる」
熊青族のペリルと鳥緑族のコリスの言葉を、灰猿族のハイアが否定する。
もう昨晩からずっと、彼らはその答えの出ない議論を繰り返していた。
主にクレスはタケルの実力は未知数として中立。
ペリルとコリスは大したことないと断言し。
ハイアだけは何故か高評価だった。
「根拠を示せよペリル!」
「おまえたちこそナスカ先生が弱いという根拠を示せ!」
ムキになるコリスに対して、ハイアも絶対に譲らない。
その度にクレストペリルは双方を止めに入っていた。
そうこうしているうちに街を抜け、美しい大海原が見えてきた。
ザザーンと打ち寄せる波の音が心地いい。
と、すでに砂浜には見慣れた三名の姿があった。
「あれ、レンカとピアニに…………ケイト!?」
クレスの声に他の男子たちも目をむく。
長く登校拒否をしていたクラスメイトがそこにはいた。
「どうしたんだケイト、学校に来る気になったのか?」
「学校? なに言ってるのクレスくん…………?」
軽い調子で挨拶しただけなのに、何故かケイトは怒っているようだった。
「私つい昨日決めたの、一流の『癒やしの魔法師』になるって! そのためにナスカ先生の教えを受けに来たんだから!」
「ええっ!? いきなりどうしたんだよ?」
拳を握りしめ、決然と言い放つクラスメイトからは、以前のような気弱でおどおどした感じがなくなっていた。それどころか――――
「ちょっと男子たち! 普通授業の半時まえには登校するものでしょ、たるんでるんじゃないの!?」
「ナスカ先生に迷惑かけたりしたら、絶対ゆるさないです!」
レンカとピアニまで。
昨日にはなかったナスカ先生に対する忠誠心みたいなものを垣間見て、男子たち四名は何があったのかと首を傾げ続けるのだった。
兎にも角にも。
青空教室ナスカ組の本格授業が始まろうとしていた。
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