第207話 働こうよ改め働け篇⑨ 女神と聖女・ふたりは母娘〜魔法師育成授業一日目・放課後2
* * *
私の名前はケイト。
黄犬族はリシーカの娘です。
あ、ありのまま今起こったことを言います。
気がついたら知らない街にいました。
そして、女神様に出会ってしまいました。
な、何を言ってるのかわからないと思いますが本当なんです!
今まで見てきた女性の中で本当に一番きれい……。
こんな綺麗なヒトが私のことを視界に入れてくれている。
それだけで頭がどうにかなってしまいそうでした。
…………私、夕暮れって嫌いだったんです。
楽しい一日の終わり。
夜は寂しくて暗くて冷たくて。
でも私の明るい色の髪は、強い
友達にそれを指摘されたときは、まるで自分が特別な存在に――それこそお姫様にでもなったような気分になって嬉しくなりました。
でも、私は今日初めて知りました。
流れるような砂金のような髪。
それは
そう感じさせる本物のお姫様――――いえ、女神様がそこにはいました。
* * *
「突然ごめんな、ちょっと話し――というか相談があってさ」
僕は背後からそっとセーレスに近づく。
ラエルから聞いてはいたがすごい行列だ。
街中の、それこそ噂を聞きつけた近郷近在から、セーレスの癒やしの水精魔法を求めて、多くの獣人たちが詰めかけているのだ。
最初はセレスティアと共に街中を散歩していたセーレスだったが、目の前でころんだ小さな子どもの怪我を治したことが切っ掛けで、次から次へと治療を行うことになってしまったのだという。
噂は噂を呼び、翌日からも人々はまるで縋るようにセーレスに癒やしの水魔法を求めて集まった。
実は今彼女の側にいて、長蛇の列の整理と、事前の問診を行っている者たちがいる。この街の教会――養生所に所属する僧侶たちである。
癒やしの魔法を使えるものは『神官』相当の地位のものだけであり、大変貴重な存在だ。神官たちは各自が持ち回りで諸国をめぐり、人々を治療しながら何年も旅をするのだという。
当然この街にも癒やしの魔法師がやってくるが、それは良くて半年に一度といったペースだ。なので突如現れた癒やしの魔法師の存在に、人々はここぞとばかりに治療を求めてやってくる。
だが、物事はそう単純ではなかった。
魔法による治療行為とは厳格に管理されなければならない。領主や街を治める首長、領主から命を受けた教会、あるいは
いずれも僧侶が派遣されており、僅かずつでも人々から必ず対価をもらうよう要求してくる。
それは当然の行為で、魔法という能力には限りがあり、魔力とは有限だ。癒やしの魔法師を保護するためにも、魔法治療とは適切な管理の元、公平に行わなければならない。
たまたまそのチカラがあるからと言ってのべつ幕なしに治療を行っては、他のバランスを崩してしまいかねないのだ。
最初、セーレスは無償で人々を治療しようとした。それは長く寝たきりだった彼女が魔法の勘を取り戻すためのリハビリ的行為だった。だが、彼女の稀有なる魔法能力を聞きつけた僧侶たちが交渉にやってきた。
どうか、私達の志を理解して欲しい。魔法による治療は希少な能力であり、決して他に替えが効かないのだと。
そして重病者を最優先として、それでも必ず対価をもらって欲しい。魔法の安売りをせず、魔法に人々を依存させず、そして必要以上の治療を行わないと。
そうして得られた対価は、新たな癒やしの魔法師育成や、孤児院の運営に当てられるという。
セーレスは――――はじめて知ることになった魔法治療の現実に己の無知を恥じた。そして恥じながらも彼らの要望を聞き入れることにしたそうだ。
そして当然――――
無料で魔法治療が受けられる。
そう期待して遠方から来たものは不満の声を上げた。
結局それは金目当てなんじゃないのか。
魔法という神から与えられた得難きチカラは無償で使うべきであり、対価を取るなどとんでもないと。
だが、セーレスは決然と彼らに告げたという。
「私は怪我をしている誰かが目の前にいたら、迷わず助けたい。そう思います。でもそれは私がその誰かを助けたいという強い想いがあるからそうするんです。私は神様ではありません。眠たくなったら眠るし、お腹が空いたらご飯を食べます。でも眠るところも、ご飯も、無償で得ることはできないんです」
シーンと、人々は静まり返ったそうだ。
先の無償発言は、そもそも治療を行ってくれる者の負担を度外視したものなのだと、セーレスは端的に告げていた。
「私も、僧侶さんたちも、過大な対価は要求しません。どうぞご自分の生活の負担にならない程度のお金で結構です。どんな重病人でも、軽症者であっても、対価の過多によって治療行為に差をつけることはしません。得られたお金は治療魔法師の育成や地域孤児院の運営に回されます。そのうえでどうぞ、自らの神に恥じない対価をお願いします」
セーレスの言葉に人々からは掛け値なしの拍手と絶賛が巻き起こったという。
ぶつくさと文句を言った者も、周りから白い目で見られるはめになり、小さく縮こまっていたそうな。
そして、人々の払いも、いつもより気前のいいものとなり、僧侶たちは大層驚いたという。
僕は――――そんなエピソードをラエルから聞くにつれ、改めてとんでもない女の子を好きになってしまったものだと、そう痛感するのだった。
*
「ううん、会いに来てくれて嬉しい」
ニッコリ。
ああ、夕暮れ時でよかった。
絶対赤くなってるぞ今の僕の顔。
ざわざわと、治療を待ち望んでいた人々が騒ぎ出す。
突然現れた見慣れない灰狼族の男と、みんなの女神様が親しげに話しているのだ。
そして女神様は、恐らく今までみんなには見せたことのない類の笑みを浮かべている。
治療行為目当てではない、セーレス目的で集まった若い男連中などは、事前問診の段階で弾かれるそうだが、少し離れた一角に集まり、両の指では足りないほどの人数になっている。うわ、僕超睨まれてる。
「タケル、その子たちは?」
ついっとセーレスが視線を動かす。
その途端ケイトたちは電流が疾走ったように背筋を伸ばした。
一瞬セーレスもそんな三名に驚いた様子を見せるが、すぐにニッコリと僕に向けたのと同等の親愛の笑みを浮かべた。
「ああ……」
「女神さまなの」
「ですです…………!」
そうか。キミたちの目にもそう映るか。
今のセーレスの見た目は子供のままだ。
下手をすればケイトたちよりも幼いくらいなのに、身にまとう雰囲気はやっぱり子供を超越したものがある。年が近いと僕よりも彼女に対する印象も違って見えるのかも。
「こんにちは。私はアリスト――――セーレス。セーレスって呼んで。あなたたちは?」
「ひゃ、ひゃい! 私は黄犬族リシーカの娘、ケイトです!」
「レンカ。亜麻兎族スーザンの娘、レンカなの」
「せ、せせせ赤鼠族、ターシャムの娘、ピアニですぅ!」
「ケイト、レンカ、ピアニ。素敵な響き。いいお名前ね」
もう三名はセーレスの一挙手一投足に夢中だった。
いや、訂正。列を成している患者たちも同様だ。
少し離れたところのセーレスファンクラブ(←僕命名)連中は陶酔状態と言っても過言ではない。
「それでその、治療が終わってからでかまわないから、ちょっと時間が欲しんだけど、いいかな?」
「うん、大丈夫。今セレスティアが戻ってくるから」
「え、そう? あいつってばセーレスを放ってどこに行って――――」
僕が言いかけた時だった。突然頭上に大きな影が差す。
見上げればそこには、この魔法世界の文明には似つかわしくない、大きな物体が落下してくるところだった。
「お父様――――――!!」
ズシーンッッッ! と、重い音を響かせ、石畳がめくれ上がる。
突如街中に現れたのは、全長10メートルはあろうかというロボット――歩兵拡張装甲F22Aラプターだった。
「会いたかったよー」
ズシンズシンズシン!
砂埃を巻き上げ、大股で近づくラプターはものすごい迫力だった。
列に並んでた爺さん婆さんは総じて腰を抜かしてるし、僧侶の人たちは慣れた手つきで壊れた石畳を脇にのけてる。
そしてセーレスファンクラブと思っていた連中は――――何故か超エキサイトしていた。
「お父様お父様お父様ぁぁぁ――――! 酷いよ、私を置いて遠くに行っちゃうなんて! というか帰ってきたの? 帰ってきたんだよね!? もうどこにも行かないよね! そうでしょ!? そうに決まってるもん!」
ラプターの肩から飛び降りるなり、僕に思いっきり抱きついてきたのは、誰であろうセーレスの精霊にして僕の娘セレスティアだった。
白を貴重としたゴスロリドレス姿で、何故か草の束を抱えている。僕に抱きつく際、それらを全部放り出したので地面に落ちて――あ、僧侶さんたちが拾ってくれてる。すみません。
「ナ、ナスカ先生、そちらのキラキラした女性は…………あとこの大っきいのは、まさか『神像』ですか!?」
違いますよケイト。アメリカ軍から借りパクしたロボットです。
こちらに戻ってくる際持ってきちゃいました。
なんで誰も止めなかったんだ。僕も意識が曖昧だったとはいえ気づけよ。
とはいえ後の祭り状態で、何度も「返してきなさい」と言っても「嫌ぁー!」の繰り返しで話にならなかったので放っておいてる。
「セレスティア」
「お母様っ!」
名前を呼ばれたセレスティアは嬉しそうにセーレスに抱きついた。今の二人の姿は、ハッキリ言えば異質だ。
子供の姿のセーレスが母と呼ばれ、どうみても大人なセレスティアが幼子のようである。でもこれでいいのだ。このふたりは紛れもなく母娘であり、互いの名前を愛おしげに呼び合う姿は、例えようもなく美しい。
人々は、まるでそれが女神と聖女とを共に描いた一枚絵でも見るように、ある者は跪き、ある者は手を合わせ、またある者は涙を流している。事情は知らずとも、それがかけがえのない光景だと心が悟っているようだ。
ケイトたちも、セレスティアの登場に驚いていたのも最初だけで、今はその姿を温かな表情で見つめている。
セーレスは胸元に抱くセレスティアをたっぷり撫でた後、優しく言った。
「あとの治療をお願いね。私は少しタケルとお話があるから」
「ええッ! せっかく薬草採集から帰ってきたのに! 私もお父様とお話したい!」
まあ、セレスティアの言い分は当然だな。僕としては治療が終わってからでもいいのだが。
「それはまた後で。ほら、もうすぐおしまいの時間だから、それまでに治療を全部終わらせれば、それだけ早くお父様と一緒にお話できるでしょう?」
いいッ!? 全部って、これだけの人数を日暮れまでに!? ざっと100名近くはいるんですが!?
「そうか、そうだよねっ!」
「そうよ。それにお父様にいいところを見せなくっちゃ。治療してるセレスティアの姿、お父様も見たいよね?」
ニコっ。
「お、おう」
抗えない。その笑顔。
「わかった、私がんばる!」
「いい子いい子。じゃあお願いね」
「うん!」
顔を上げたセレスティアにもう迷いはなかった。
僕にいいところを見せたい。でも今から僕らがここを離れなければならない事実を忘れている。
セーレスさん、それは意図したものですか!? それともあなたも天然ですか!? 後者であって欲しい。僕は切実にそう思った。
「向こうに泉のある公園があるの。そこに行こう。みんなも」
「そ、そうだな」
僕はセーレスの座っている奇妙な椅子。車輪がついた車椅子のロックレバーを下ろし、取っ手を握って押し始める。
僧侶さんたちはラエルから聞いているのだろう、僕みたいな怪しい灰狼族の男が女神と見紛うばかりの少女を連れていくのに、何も言わないどころか貴人に対するような礼をしてくる。
「ケイト」
「は、はい」
「これは車椅子って言って、身体の不自由なヒトが座ったままラクに移動できる椅子なんだ。僕の代わりに押してみるか?」
「い、いいんですか?」
「いいよな、セーレス」
「うん。ケイト、お願い」
「は、はい、がんばります!」
レンカとピアニが羨ましそうに見ていたが、体格的にちょっと無理じゃないかなキミたちは。
患者たちの列に背を向けながら僕は、後ろの方で膨れ上がる膨大な水の魔素――――そして頭上に輝く瀑布の質量を持った巨大水球が膨れ上がるのを、見て見ぬフリをした。
「みんないっぺんに治しちゃうからねー!」
「ひーっ」とか「わーっ」とか「きゃー」とか「女王様ー」とか聞こえてくる。
ちょっとマテ。最後のは何だ!?
まあ、とにかく。
セレスティア――――無茶しやがって。南無三。
*
おまけ。
「そういやさっきからずっと大人しいよな。どうしたんだ真希奈?」
セーレスとの会話の間中、ずっと真希奈は僕の影に隠れていた。
背中にピッタリくっついていたり、ケイトや、レンカとピアニの頭や尻尾にくっついていたのだ。
『えっと、それはその……』
「もしかして、セーレスが嫌い?」
『そんなことはないです!』
即座に否定する愛娘にホッと胸をなでおろす。
じゃあどうして?
『実は、嫌いではないですし、むしろ慕ってはいるのですが、なんというか苦手で……』
「苦手?」
『真希奈もよく理由はわからないのですが、どうしてもセーレスさんとお話していると、自分が妙に子供っぽいというか、矮小な存在に感じられてしまうことがあって。乳デカ女相手には感じることのなかった気後れのようなものを覚えてしまうのです…………』
なるほど。片や60年以上生きている者と、片や生誕数ヶ月では、そう感じてしまうのも仕方がないことだろう。
『それから、これも漠然とした感覚なのですが、何かこう、決して相手を出し抜くことができない、まるで真希奈の思惑も計画もすべて見透かされているような、手の上に載せられているような感じがしてしまうのです……これは一体なんなのでしょうか?』
それはね。
きっとキミの心の中の邪な願望が見透かされてるからだと思うよ?
まあ、これから真希奈が僕関連のことで暴走を始めても、セーレスという最強の切り札がいれば、無茶も控えてくれるだろう。
ケイトに車椅子を押されながら、レンカやピアニと楽しげに話をしているセーレスを見て、僕はそんなことを思うのだった。
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